©️2017 WHILE YOU WERE COMATOSE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなるめざめ』映画評

製作総指揮はジャド・アパトー! 異文化結婚の実話に基づいた異色のロマンティック・コメディ『ビッグ・シック』を常川拓也がレビュー。

by Takuya Tsunekawa
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05 March 2018, 1:03pm

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第90回アカデミー賞脚本賞にノミネートを果たした『ビッグ・シック ぼくたちの大いなるめざめ』は、共同で脚本を手がけた主演クメイル・ナンジアニとその妻エミリー・V・ゴードンの実生活の恋愛に基づいた映画である。

タクシー運転手をしながらスタンダップ・コメディアンを夢見てステージに立っているパキスタン系アメリカ人のクメイル(クメイル・ナンジアニ)は、ライブを見に来ていたWASPのエミリー(ゾーイ・カザン)と恋仲になる。しかし故郷の封建的な因習に従い、強制結婚こそがロマンスだと信じる厳格なイスラム信仰の彼の家庭とって、ウルドゥー語を話さない白人との恋愛はご法度だ。そこで彼は親の圧力と恋愛との間で両者に秘密を保持したまま関係を進めていくが、ある日、彼の嘘に気づいたエミリーから別れを告げられてしまう。

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このラブストーリーのユニークな点は、物語の中盤で彼と別れたばかりのエミリーが重病の治療のため医学的な処置で昏睡状態に陥ってしまうことだ──ヒロイン不在のなか、クメイルはエミリーの両親と時間を過ごすことになるのだ。さながらアメリカ版『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)のような物語でもあるが、コメディとドラマとのバランスを淀みなく取ることに長けたマイケル・ショウォルターは、重くなりそうな場面でもユーモアを滲ませ、お涙頂戴の“難病もの”のクリシェに陥ることを回避している。

本作において注目すべきことは、この映画が製作総指揮を務めるジャド・アパトーの関心によって生まれていることだ。「スタンダップ・コメディアンはユニークな人種だと思う。弁護士や私立探偵、警官についての映画は充実しているが、芸人についての映画はまだ少ししかない」──アダム・サンドラーを主演に迎えた『素敵な人生の終り方』(2009)で余命宣告されたお笑い芸人を描いたアパトーは、何よりもスタンダップ・コメディアンに魅了され、彼らの世界の出来事に強い興味を持っているのである。

ここで思い出すべきは、アパトーがスタンダップ・コメディアンのマイク・バービグリアが監督と主演を務めた長編デビュー作『スリープウォーク・ウィズ・ミー』(2012)を激賞していたことだろう。深刻な睡眠障害を患う彼自身の半自伝的な物語であるこの映画こそ、まさに『ビッグ・シック』の大いなる手がかりとなっているに違いない。

元来、自分自身が直面している個人的な問題を物語にして扱うことを好んでいるアパトーが、『スリープウォーク・ウィズ・ミー』の方法論に感銘を受けたのは、確かに『素敵な人生の終り方』で試みたスタンダップ・コメディアンと難病の枠組みをバービグリアが当事者自身の実体験に引き寄せ、よりスタンダップ的な手法で更新を図ったものであったためだ。その影響は、アパトーがバービグリアをキャストに迎えた監督作『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』(2015)にも伺えるだろう。初めて自身ではなく、スタンダップ出身のエイミー・シューマーに脚本と主演を兼ねさせ、彼女自身のパーソナルな過去を掘り下げさせたそのアパトーの新たな方法論が、本作にも引き継がれているのは明らかである。

アパトーは本作でナンジアニに彼自身の実体験を織り込ませ、そこから引き出した瞬間に基づいた具体的な描写によって、紋切り型ではなく、有機的で真実味のあるキャラクターを築き上げようとしている。クメイルは伝統や生い立ちとアメリカン・ドリームとの間で板挟みになりながらも、それらによって自由意志が縛られることは望まない。映画は、ロマンティックな理想主義を提供しながら、現実の人生に敬意を示しているのである。『素敵な人生の終り方』や『スリープウォーク・ウィズ・ミー』とは異なり、『ビッグ・シック』が見つめるものはロマンスである。ギリシャ系カナダ人のニア・ヴァルダロスが脚本と主演を務め、第75回アカデミー賞脚本賞にノミネートされた『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』(2002)も彷彿とさせるが、ここでは、難病も肌の色の違いも親の反対もすべてはふたりの恋愛を妨げる障害として表出しているのだ。

『ビッグ・シック』は異なる人種の男女が仲睦まじくなっていく姿をチャーミングに捉えた恋模様に始まり、次第に文化的な相違や衝突、移民に対する偏見、宗教観や信仰といったアクチュアルな要素を探求している。見事なのは、中東系であることがISIS/テロリストだと直結して取り違えられてしまう時代でのアイデンティティ・ポリティクスに踏み込んでいながらも、あくまでもロマンティック・コメディの形式に鮮やかに落とし込んでいることだ。ゾンビ映画好きのクメイルの部屋には『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)のポスターが貼られているが、思えば、あの映画もまた煮え切らない態度ゆえにガールフレンドに振られた男が、全く予想だにしない緊急事態に対処し彼女を救出しようとするなかで自分自身を発見していく姿を型にはまらない方法で描いた、一風変わったロマンティック・コメディだった。

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」全国公開中

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