生理は恥ずかしい?

私は生理を隠語で呼ぶことをやめた。

by MAKOTO KIKUCHI
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02 August 2019, 3:00am

はじめて生理が来た日のことは、いまでも覚えている。同級生の女の子のほとんどがもう生理が始まっているというのに、私は他の子より遅れていた。だからずっとドキドキしていたのだ。「生理が来たみたい」と母に伝えたら、あらかじめ買っていた生理用ショーツとナプキンを渡してくれた。その日のお夕飯にお赤飯が出て、父はどこか気まずそうに「おめでとう」と言った。

中高は女子校に通っていたので、生理についてはかなりオープンに話してきた。替えの生理用ナプキンが足りなくなったら、「誰かナプキン持ってない?」と大きな声で普通に声をかけていたし、「生理でお腹が痛いので、今日の体育は見学します」と男性教員に言うのも特に恥ずかしいこととは思っていなかった。

大学生になって、同じ授業を受けていた女の子に小声で「ナプキンかタンポン、持ってる?」と聞かれて、ハッとした。彼女は明らかに、自分が生理中であることを周りに知られたくなさそうだった。だから私も、机の下で他の人に見えないように気をつけながら、持っていたナプキンを彼女に渡した。

アルバイトをしていた居酒屋の店長は男性だった。シフトが入っていたその日、生理中だった私は急にお腹が痛くなって、冷や汗が出てきてしまった。立っていることも辛くなって、ビールサーバーの横でうずくまっていた私に、店長が「どうしたの?」と声をかけてきた。「生理痛が……」と言い出せなくて、かわりに「体調が悪いからすこし休ませてください」と伝えた。

生理がいつの間にか「恥ずかしい」ものに変わっていた。まわりが同性ばかりだった中高時代、「生理」はごく当たり前の日常でしかなかったのに。お赤飯を食べながら父に「おめでとう」と言われたときの気まずさが、より確固たるものになっていたのだ。

生理が自分の身体について知るための重要なバロメータであるということは、大人になってから実感するようになった。睡眠不足やストレス、栄養バランスやホルモンバランスといった様々な体調の乱れに気付かせてくれる。

ここ数日、SNSでよく目にする「#NoBagForMe」。生理用品の購入した際に中身が見えないように紙袋やビニール袋などの外袋に包むことを断るという選択肢を持つことを推進するプロジェクトだ。その一環として、生理用品ブランド〈ソフィ〉は、女性の体に自然に起こる生理について「当たり前に語れる世の中であってほしい」という願いを込めて、生理用品を隠す必要性を感じさせない新パッケージのデザインを開発していおり、現在SNSを通じてデザインの一般投票を行なっている。

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Via @nobagforme

「生理について当たり前に話す」この動きは今に始まったことじゃない。この記事のいちばん上に掲載した写真を撮影したのはアーティストで詩人のルピ・クーア。自身のさまざまな経血の写真を撮影し、「ピリオド(月経)」というシリーズとして公開していた。この写真は、公開から24時間以内にインスタグラムのコミュニティガイドラインに反するとして削除され、作家が抗議。米・ワシントンポスト紙に取りあげられるなど話題を呼んだ。これを受けてインスタグラム側は謝罪し、削除を撤回するに至った。

日本では、マルチクリエイターのharu.が編集長を務めるインディペンデント誌『HIGH(er) Magazine』では生理やセックスといったトピックをフランクに取り扱っている。同誌第4号では、生理用品の機能性やデザインを徹底比較した記事を掲載した。

私は1年ほど前から、生理を隠語で呼ぶことをやめた。それで嫌な顔をされたことは、まだ一度も無い。生理用品を購入するのに「袋要りません」と断る勇気を持つのには、少し時間がかかるかもしれないけれど、大切な一歩だと思っている。これからまだ長い付き合いになるであろう生理に、「よろしく」という意味を込めて。

Credit

Text Makoto Kikuchi