「ゆっくり急げ」:Gucci 2018クルーズ・コレクション

アレッサンドロ・ミケーレが、Gucciの今季クルーズ・コレクションを、ブランドのルーツであるフィレンツェのピッティ宮殿で披露した。

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jun 1 2017, 1:15pm

「Festina Lente(ゆっくり急げ)」は、ヨーロッパに伝わるラテン語の格言だ。ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスや、第10代ローマ皇帝のティトゥスが座右の銘にした格言で、それに倣ったメディチ家のコジモ1世もこれをモットーとして掲げた。「僕はルネサンスに結びつきを感じる。だから、もちろんピッティ宮殿ともつながりがあるんだ」と、アレッサンドロ・ミケーレは月曜、16世紀に初代トスカーナ大公でありメディチ家当主のコジモがフィレンツェに完成させた宮殿でGucci 2018年クルーズ・コレクションのショーを行なった後に言った。ミケーレがGucciで築いた成功についても先述のモットーが当てはめることができるだろう。雄大な夢の世界を追求したミケーレのGucciワールド(Gucciもまた、フィレンツェ発祥のブランドだ)は、メディチ銀行が繁栄を後押ししたルネサンス時代のフィレンツェのように、抜け目のないロマンチックさを放っている。今回のコレクションもまた、これまでにミケーレがGucciで発表してきたコレクションと同様に、歴史や架空の世界に突飛なモチーフを合わせて、見る者の感覚を凌駕するコレクションピース(ミケーレ自身はこれを「エキセントリシティ」と呼んでいる)を作り出していた。しかし、ミケーレは今回のコレクションで単にトレンドのネタを作り出していたわけではなかった。彼はそこに独自の帝国を築いていたのだ─そう、ゆっくりと急ぎながら。

"ルネサンス時代のウォール街"をテーマにした今コレクション。ミケーレが約3年前にGucciのクリエイティブ・ディレクターに就任して初めて発表したコレクションでは、個性的なGucciガールズ&ボーイズが登場してわたしたちを圧倒したが、今回も彼らが装飾と甘さをふんだんに盛り込んだミケーレ特有の服に身を包み、ピッティ宮殿を闊歩した。なかには「Gucci世界に染まった」というニュアンスを意味する(のであろう)「Guccified」という造語が型抜きや刺繍で配された服もあった。そこに見るブロケード(イタリアの錦織)、ジャガード、タペストリー、プリントはそれぞれの素晴らしさを克明に説明しようとすればショールームで1ヶ月間を費やしてもまだ足りないほど美しかった。しかし、ミケーレにとって大切なのはそういったデザインのパーツではない。ショーの裏側でミケーレは、それらのパーツが寄せ集めることで織りなす全体像について思考を巡らせていた。「16世紀フィレンツェには新しいものに溢れていた」と、ミケーレはルネサンス時代について話す。「いまで言えばナパバレーにいるような感じだったに違いない」。ミケーレが意味するのは、おそらくシリコンバレーのことだろう。シリコンバレーといえば、コンピューター技術の拠点であり、現代のイノベーションの震源地だ。

500年前フィレンツェは現在のシリコンバレーが世界に果たしているのと同様の役割を果たしていた。レオナルド・ダ・ヴィンチが実験的な創作を続け、芸術と発明に新たな領域を生みだせたのもフィレンツェという自由な環境あってのことだった。当時のフィレンツェ人たちはパーティに明け暮れ、Gucci色に染まる術を知っていた─それこそ今コレクションで発表したTシャツにミケーレが込めた意味だ。「クレージーにいこうよ! ということ」と、16世紀フィレンツェの画家アーニョロ・ブロンズィーノが描いた肖像画のような内巻きの髪に大きな瞳を輝かせ、顔には髭をたくわえたミケーレは言う。「新たな時代が到来している。誰もが好きなことを好きなようにやればいいんだ」。ミケーレによるグッチフィケーションはうまく整えられた狂乱の世界だった。ピッティ宮殿に現れたモデルたちは真珠をあしらったヘッドピースや、金色に輝く古代ギリシャ風の花冠で頭を飾っていたが、それらはどれも奇想天外な存在感を放っていた。ミケーレのショーはいつも、そうした存在感の強さとして頭に記憶される。それは"多彩"という言葉ではとても言い表すことのできない世界観だ。逆説的に聞こえるかもしれないが、ミケーレは簡潔なデザインにおいてその本領を発揮する。ルネサンス時代風のドレスに配された中世風パフスリーブにダイヤ柄がパターンを描く装飾がほどこされたルックは、言葉少なながらも雄弁に彼の世界観を物語っており、もっともシンプルだがもっとも優れた作品だった。

ロゴにおいてもそれは変わらない。「ロゴはGucciのヒエログリフ(象形文字)だと思うんだ。それがブランドにとって最大の装飾であり、ポップの象徴でもある。ロゴによってすべてのものがパワフルになる」とミケーレは言う。今季はギリシャらしさを演出するためにロゴが用いられている。このコレクションはもともと、古代ギリシャの都市国家アクロポリスの遺跡で披露される予定だった。しかし、実際に開催するのが難しいとわかると、ミケーレはすぐさま次の候補地にピッティ宮殿を指名した。ピッティ宮殿にはそれぞれの広間にギリシャの神々の名前がつけられているのだ。目立ってギリシャ的なわけではない今回のコレクションだが、トロイのヘレネーを思わせるドレスや、男性モデルたちを宮殿裏手のボボリ園に立つ彫像のように見せていた先述の花冠などが散りばめられていた。「どのコレクションにもロックンロールの要素を織り込みたいと思ってる。だから、今回はプッチ家をはじめとして中世フィレンツェの繁栄を彩った人たちを思い描きながらコレクションを作っていったんだ」と、ミケーレは語った。「彼らは当時もっともロックでエキセントリックな存在だった。彼らの影響は現代の文化にも色濃く残っている。いまの文化にもギリシャやローマ的なものが留まっている─それってすごく素敵なことだと思うよ」

2018年クルーズ・コレクションはトップメゾンが軒並み、世界のさまざまな文化のルーツを捉え直すシーズンになっている。Diorがアメリカーナの原点をテーマにし、Louis Vuittonは日本の伝統装束へのトリビュートを捧げ、Chanelはギリシャ神話の女神たちを描いている。そして、Gucciも同様のムードで今季のクルーズ・コレクションを作りあげた。未来を予見するなら、まずは過去を振り返り、理解しなければならない。そして、"世界市民"という概念が絵空事のようになってしまっている現在だからこそ、そうした考え方が今日的な意味をもって響く。「ゆっくり急げ」とは言い得て妙だ。わざと綴りを変えた「Guccy」のロゴの真相を解明しようとプレスたちはショーを終えたばかりのミケーレを追いかけ回したが、逃げ切られた。しかしあのロゴこそ、彼が築いているGucciの一時代を象徴しているように思えてくる。それが誤った綴りであろうとなかろうと、ミケーレがGucciで築いているメディチ家的ブランド価値はそれくらいで傷つくこともない─そう、ミケーレはすでにGucciという帝国を築き上げているのだ。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Dan Lecca, courtesy Gucci
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.