ソフィア・コッポラの「ガーリー美学」はどう成り立っているのか?

カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したソフィア・コッポラ。これで彼女は、カンヌ史上2人目の監督賞受賞女性監督となった。受賞作となった『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』公開を前に、ソフィアが築き上げた「ガーリー」観を再検証してみよう。

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30 augusti 2017, 5:47am

カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した女性は、これまでに2人しかいない。ソフィア・コッポラはそのひとりだ。トーマス・カリナンの著作『The Beguiled』を原作として、1971年にクリント・イーストウッド主演で製作された『白い肌の異常な夜』を、コッポラが新たな視点からリメイクした『ザ・ビガイルド』で受賞した。

南北戦争から逃れ、傷を負った脱走兵が、民間人の女性たちに助けられ、女子専用の寄宿学校で傷を癒すというのが原作のストーリーだが、これを脱走兵の視点で描いたのが『白い肌の異常な夜』であるのに対し、コッポラの『ザ・ビガイルド』は、女性たちの視点から描いている。脱走兵を演じているのはコリン・ファレル、寄宿学校の教師はニコール・キッドマン、その生徒たちはエル・ファニング、キルスティン・ダンスト、アンガーリー・ライス、ウーナ・ローレンスらが演じている。女性たちだけの環境に男性が入ったことで、そこにはセクシーで暴力的な人間劇が勃発し、泥沼化していく。

アメリカ南部を舞台に、奇妙で不気味な人物や状況をリアルに描写する「南部ゴシック」という小説ジャンルがある。『ザ・ビガイルド』は、原作にある血と汗と絶叫の物語を南部ゴシックの様式で描いている。しかし、『ヴァージン・スーサイズ』から続くソフィア・コッポラらしい視覚的表現も健全で、監督にとっての新境地を開いている。シャーベット色のドレスに身を包んだ女性たちの美しさは繊細で、ポスターに踊るピンク色のレタリングも、コッポラのミューズであるキルスティン・ダンストもまた美しい——それらは、彼女の映画をコッポラ作品たらしめるフェミニンな視覚的暗号と言ってもいいだろう。

彼女の映画を観ることは、美しい幻覚を見るのに似ている。スーパーロングショットやスローズームは、セリフの少ないコッポラ映画において、セリフよりも雄弁に主人公の内面を描き出す

「僕は夢想家」と、コッポラはデビュー作『ヴァージン・スーサイズ』で、登場人物ティム・ワイナーに言わせている。「現実にうまく溶け込めきれない」と。ティムの言葉はとりわけ胸を打つものがある。それは、コッポラの世界観とその美しさを端的に言い表しているからだ。彼女の夢のような世界観は、たとえばデヴィッド・リンチにとっての象徴描写、またウェス・アンダーソンにとってのシンメトリー美学のような役割を果たしている。彼女の映画を観ることは、美しい幻覚を見るのに似ている。スーパーロングショットやスローズームは、セリフの少ないコッポラ映画において、セリフよりも雄弁に主人公の内面を描き出す。

それでは、何がソフィア・コッポラの作品を夢見心地に仕立て上げているのだろうか? 彼女が撮る映像は、まるで燦々と降り注ぐ太陽の光を受けたレンズを通して彼女自身が人生を静観しているように美しい。そこには、夢のように軽やかな世界が広がっている。しかし同時に、いつもどこか物悲しい感じも漂っている。『ロスト・イン・トランスレーション』で孤独なシャーロットが京都を旅するシーンは絵はがきよりも美しい。しかし、このシーンにもメランコリックな雰囲気が全体を覆っている。セリフがないことで、観客は風景の完璧さに目を奪われ、そこに投影されたシャーロットの心情を見出す。

『ロスト・イン・トランスレーション』には、美しい色彩がひときわ光っている。青とピンクを基調にしたシネマトグラフィは、シャーロットが東京のカラオケボックスで「Brass in Pocket」を歌うシーンの重要な要素となっている。海のように青い情景の中、ピンク色のおかっぱウィッグをかぶったシャーロットが歌うシーンは、シャーロットの内面を見事に活写している。異なる色をひとつのフレーム内に配することで、ビル・マレー演じる中年俳優と若いシャーロットのほろ苦くも甘いロマンスが浮き立つのだ。無垢で甘く、セクシャルで悲しい関係が、そこに描かれている。

コッポラの色彩感覚がもっとも発揮されたのは、優美にして壮大な『マリー・アントワネット』だろう。噂によると、ソフィアは衣装デザイン界の巨匠ミレーナ・カノネロのもとを訪れ、持参したラデュレのマカロンを取り出して、「こういう色が好き」と言ったそうだ。

そして5作目となる『ブリングリング』では、その色彩感をさらに進化させた。撮影はハリウッドにあるパリス・ヒルトンの自宅で行われた。セレブ文化に取り憑かれた高校生たちは、パリスが自宅に持っている、かのウォークイン・クローゼットに入り洋服を盗む。その映像はきらびやかだ。タイトルからも伝わってくる通り、この作品はコッポラ作品のなかでもダントツの派手さが際立つ。

しかし、なんといってもソフィア・コッポラ作品でもっとも重要な役割を担うのは、透き通った肌に絹のような髪の美しい女性たちだ。彼女たちの輝きが、ソフィア・コッポラの織りなす夢の世界へと観客を引き込んでいく。その筆頭はキルスティン・ダンストだろう。ダンストは、生意気盛りのティーンエイジャー、崇拝する人物をとことん真似る若者、ときには実在したお姫様を演じている。ソフィア・コッポラは、大人の女性へと変化していく少女を描くのを得意とする監督だ。コッポラが描く夢の世界はフェミニスト映画評論家のローラ・マルヴィーには酷評されるだろう——たとえば、『ヴァージン・スーサイズ』は、道を隔てた場所から、10代の少年の視点を通して描かれているからだ。しかし、それでもやはりソフィア・コッポラの描き方はフィメール・ゲイズ(女性の視点)だ。見た目は美しいかもしれないが、その内側で彼女たちは自分を完全な存在としてくれる何かを求め、自分を完全な存在にしてくれる誰かを切望しているのだ。

ソフィア・コッポラの影響は、映画界のみにとどまらない。現在、パステルカラーの世界観と、媚びないフェミニンな美的感覚は現代のあらゆる文化に強く根付いている

ソフィア・コッポラの監督としての才能は、その幻想的な世界と美を超越したところで発揮されている。彼女は独特の美意識をもって少女という宇宙を探るアーティストなのだ。彼女がこれまでに書き上げたセリフの中に、「こんなところで何をしてるんだ? 君はまだ、人生がどれだけ醜くなりうるかも知らないぐらい若い」というものがある。これは、『ヴァージン・スーサイズ』でリスボン姉妹の最年少セシリアがホニカー医師に言わせる言葉だが、セシリアはそれに対して、「そうだけど、先生、あなたは13歳の少女だった経験なんてないでしょう?」と答える。女性なら誰しもこの言葉が響くはずだ。

ソフィア・コッポラの影響は、映画界のみにとどまらない。現在、パステルカラーの世界観と、媚びないフェミニンな美的感覚は現代のあらゆる文化に強く根付いている。チュールを極めたモリー・ゴダードの服は、今ならソフィア・コッポラが惚れ込み、マリー・アントワネットに着させたいと歓喜するだろう。写真家ペトラ・コリンズも、出版界の女王の風格すら漂うタヴィ・ゲヴィンソンも、彼女が作るウェブサイトRookieも、ソフィアの影響でできあがった"ガーリー"という美学を用いた、夢のように軽やかな世界観を打ち出している。

映画界は依然として男性社会だ。監督賞もカンヌ国際映画祭における最高峰の賞ではない。同映画祭における最高賞はパルムドールであり、これを受賞したことのある女性監督はカンヌ国際映画祭の70年の歴史において、ジェーン・カンピオンのみだ。ハリウッドは決定的に平等性を欠いている。ソフィア・コッポラのガーリーな世界観とスタイリッシュな様式美、そして霞みがかった美しい映像は、長きにわたり軽く扱われてきた。それがここにきて遂に正当な評価を得ることとなったのだ。

Credits


Text Billie Brand
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.