『ビール・ストリートの恋人たち』バリー・ジェンキンス監督interview

『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督が、敬愛する作家ボールドウィンの小説『ビール・ストリートの恋人たち』を映画化。70年代のNYを舞台に、親密な恋人の“聖なる空間”を美しい映像と叙情的な音楽で綴った。コラムニスト・山崎まどかが初来日を果たした監督に、登場人物たちが交わす視線や、ボールドウィンが生前に残した映画化に関するノートについて訊いた。

by Madoka Yamasaki
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22 February 2019, 8:47am

二人の人間が愛し合うと、その間で起こるあらゆることが神聖な空気をまとう。無実の罪で投獄された青年と彼の子供を身ごもっている恋人の試練を描いたジェイムズ・ボールドウィンの『ビール・ストリートの恋人たち』のなかに、そんな忘れがたい一節がある。バリー・ジェンキンスの映画版は70年代のアフリカ系のカップルが置かれる社会的状況の厳しさをリアルに追求しながらも、その真に愛し合う者たちの間に生まれる聖なる空間を映像のなかに築き上げている。どのようなビジョンがあってその原作のムードを演出し、実現したのか気になって聞いてみた。

「僕が原作を読んだときに最初に惹かれたのが、まさしくその聖なるものに近い、主人公の二人の絆だったんだ。ボールドウィンの素晴らしさは、その感覚を見事な筆致で描いているところだよね。映画ではそれを映像、音響、音楽といったものを使って表現しなくてはならない。ナレーションも使ったけど、それだけで表現したくはなかった。その感覚を観客にも分かってもらえるように、場合によっては、観客に、恋人同士がお互いを見つめ合う先のその聖なる空間に入り込んでもらいたいという気持ちで作っていた」

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©︎Yoshiyuki Uchibori

『ムーンライト』でも組んだ撮影のジェームズ・ラクストンは、目に見えないはずのムードを空気感で表す名人だが、彼のカメラと共にその“聖なる空間”を作り出す大きな役割を担っているのが、ファニーとティッシュを演じる主演のステファン・ジェームスとキキ・レインの強く、清潔で、印象的なまなざしである。

「もちろん、恋人役としての相性の良さというのも大切だったのだけど、二人を起用した大きな理由にあの目の美しさがあった。彼らの視線や、存在そのものが、二人が見つめ合うなかで生まれる聖なる空間に観客を招き入れるようなオープンさがある。そんな二人だと思ったね。前作の『ムーンライト』も今作でも、瞳や視線は脚色においてとても大事なポイントだった。僕は目というのは魂の窓だと考えている」

このラブ・ストーリーにおいて、視線はとても大事な要素だ。ファニーが留置所に拘留されてからは、二人は面会室のガラス越しにしか会うことを許されないからだ。

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©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

「過去と現在が行き来するような構成で、まっすぐな時間軸の作品ではないけれど、(映画の中心となる)二人が置かれている状態では身体に触れ合うことができないから、彼らが触れ合わずに触れるということを考えたときにアイ・コンタクトを使った」

映画のなかの視線といえば、ティッシュの母親役によって数々の映画祭で助演女優賞を総なめにしているレジーナ・キングのまなざしも忘れがたい。特に、ファニーの事件で証言し直してもらうために、被害者を追って単独でプエルトリコに渡るシーン。まっすぐにカメラを見つめる彼女の視線は真実を射抜くような迫力がある。

「レジーナが演じる母親は映画の主役ではないけれど、15分ほどあるプエルトリコのシーンでは、観客にとって見覚えがあるキャラクターは彼女しかいない。でも僕らは彼女の目を通してその娘であるティッシュや、これから生まれてくる赤ん坊を見ることができる。まったくセリフがない3分間のシーンでも、レジーナは本当に多くのことを伝えてくれた。素晴らしい仕事だと思う。彼女がカメラを直接見る、もっとシンプルなシーンもある。ティッシュが帰宅してきて、彼女が“今日はどうだった?”と聞く場面。カメラの方に少しずつ彼女が送る視線で、母親が娘に何か言いたいことがあるんだということがもう分かっている、と伝わるんだ」

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©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

バリー・ジェンキンスの映画の中心にはいつも愛の物語があり、そのなかに社会的な問題が内包されている。そうした形のロマンスに彼が心惹かれるのはなぜなのだろう。

「それこそが現実だと思うから。ラブ・ストーリーは社会的な背景や政治的なものを排除して、ただ恋愛だけを描いているものも多い。でも誰だって社会の一員だし、当然、政治的なものも介入してくる。そのなかで愛を育んでいくんだ。だから僕はそうした要素を入れて愛を語る方が、よりリアルだしパワフルだと思う」

ジェイムズ・ボールドウィンはハリウッド映画におけるアフリカ系の描き方に疑念を抱いていた。そのこともあってか彼の小説がアメリカで映画化されるのは今回が初めてになるが、『ビール・ストリートの恋人たち』に関してボールドウィンは映画化の構想ノートを残していたという。

「そのノートによると彼が『ビール・ストリート〜』の監督として考えていたのはフランソワ・トリュフォー、ルイ・マル、ゴードン・パークス、(「ア・レーズン・イン・ザ・サン」や「フェンス」など黒人を主人公にした演劇をブロードウェイで演出してトニー賞に輝いた)ロイド・リチャーズ……でも、どういうことかバリー・ジェンキンスが撮ることになったわけだ(笑)。ボールドウィン・エステートからそのノートが僕の元に送られてきたのは撮影の二ヶ月前で、もう映画の方向性は決まっていたから、そこから影響を受けるということはなかった。でも、こうしようと決めていた自分のビジョンと彼が書いていることが合致しているところがあって、ボールドウィンから抱擁されているような気持ちがしたよ」

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©︎Yoshiyuki Uchibori

ジェンキンスの次回作は、ピューリッツァー賞に輝いたコルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』のドラマ化になる。“地下鉄道”とは奴隷州の南部から自由州の北部へとアフリカ系の人々の逃亡を手助けしてきた19世紀の地下組織の名前だが、小説の方は本当に地下を走る秘密の鉄道が出てきてSF仕立てのところもある。今まで彼が手がけてきた映画とはまた違う作品になりそうだ。

「映画作家としてやりたいことが僕には三つあって、ひとつは自分のルーツを描くことだった。これは『ムーンライト』で実現した。もうひとつは大好きな作家の作品を映画化すること。これは『ビール・ストリートの恋人たち』で叶った。最後のひとつはアメリカの奴隷制について描くことで、それも『地下鉄道』で叶ってしまうから、もう引退しなきゃいけないんじゃないかとさえ思う(笑)。コルソン・ホワイトヘッドの原作はアメリカの歴史の様々な側面を奴隷制という文脈において語っていて、そこが興味深い。原作を大事にして、多くの人たちに色々なことを感じてもらえる作品にしていきたい」

ビール・ストリートの恋人たち』2019年2月22日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開