カンヌ脚本賞受賞『幸福なラザロ』が描く現代の寓話:アリーチェ・ロルヴァケル監督interview

2018年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し話題をさらった傑作『幸福なラザロ』。驚異の新人アリーチェ・ロルヴァケル監督が、裕福な役柄にユーチューバーを起用した理由や、本作のテーマである「善」と「コミュニティ」を語る。

by Douglas Greenwood
|
25 April 2019, 8:33am

無知は幸福。外界と隔絶すれば、自分がつくりだした、ゆったりとした空気の流れる泡のなかで、幸せな生活を送れる。しかし、実はその〈泡〉をつくったのが自分ではなく他の誰か、たとえば私たちの幸運を搾取せんとする金持ち一家だったとしたら? 自分自身よりも他人を満足させるための人生でも、やはりよろこんで享受するのか? このジレンマこそが、『幸福なラザロ』の主題だ。

イタリア人監督のアリーチェ・ロルヴァケルが監督/脚本を手がけ、2018年のカンヌ国際映画祭で注目を浴びた傑作『幸福なラザロ』。主人公の若き農夫、ラザロの旅路を追う本作は、美しい寓話的雰囲気をたたえつつ、現代社会を映すリアルなドラマだ。ラザロが暮らすのは、インヴィオラータという小さな村。そこでは、彼も村人たちも、小作制度の廃止を知らぬまま、小作人としての暮らしを続けている。ひとのいいラザロは家族や年長の仲間たちに軽んじられながらも、それを恨むことなく、いいように使われ続けている。しかし、裕福な領主の美しい息子であるタンクレディが村にやってきて、ラザロは彼と、兄弟のような強い絆で結ばれるようになる。

ロルヴァケル監督の作品はアート映画という枠組みで語られることが多いが、それは受け取る私たちの責任であり、彼女の問題ではない。トスカーナの片田舎で、養蜂家の父と母のもとで生まれ育った彼女は、トリノの映画学校スクオラ・オルデン(Scuola Holden)で脚本執筆を学び、これまでに3本の見事な長編を発表してきた。彼女の作品は、伝統的な規範や現実に存在する規則を曲げるひとびとや可能性がテーマだ。少女の成長、心のよすがとしてのカトリック教会をヒリヒリとした筆致で描く長編デビュー作『天空のからだ』。『ふしぎの国』というテレビ番組に出演する養蜂家の家族を映し出す半自伝的作品『夏をゆく人々』は、多くの映画評論家たちが2014年の年間ベスト作品に挙げた。長編第3作となる『幸福なラザロ』が、高い評価を受けているのも当然だ。

i-Dは監督にインタビューを敢行し、本作について、故アニエス・ヴァルダからの評価について、この世界に、より多くの善が必要である理由を語ってもらった。

1554462203377-2-LAZZARO-FELICE-di-Alice-Rohrwacher-_-nella-foto-Luca-Chikovani-e-Adriano-Tardiolo

——まずは『幸福なラザロ』の若き主人公が経験する旅について教えてください。本作のようなストーリーを構成するとき、主人公の〈行き先〉についてはどれくらい考えますか?
「映画においては、〈旅〉こそが脚本の要だと思っています。しかし本作では、ステレオタイプ的な主人公の〈旅〉をむしろ壊すことが重要だと考えました。多くの映画では、主人公はこれまでと違った視点を獲得し、変化します。ただ本作では、何があっても変わらない主人公の歩みを描きたかったんです。ステレオタイプとは真逆ですよね。ラザロの旅で描いているのは、世界や時間を旅するラザロの姿ではありません。ラザロの周りを、時間が旅しているんです。問題は、私たちの人間としての違いではない。私たちを取り巻く世界がどれだけ異なっているか、です」

——だからこそ本作を、「現代社会を映すリアルな寓話」と撞着語法的に称す批評家が多いのかもしれませんね。監督は意図して、酷な現実とファンタジーとの境界線すれすれのところを狙っているのでしょうか?
「ふたつの要素が語り合うような作品をつくりたいと思っています。現実世界では、それが実現していませんから。おとぎばなしのシンボルが、現実感を強めるんです。現実に根差さない想像なんて、薄い空気から作品を生み出そうとするようなものです。そこには何もない。想像力がどれだけ羽ばたいたかを測るためには、現実という基準が必要です。リアリティはとても大事。本作で描きたかったのは逃避じゃありません。現実へ戻ることです。そして、ラザロに感情移入をしながら過去をみつめることです。異世界を想像するためのおとぎばなしはつくりたくなかった。今自分たちが暮らしている世界を、より思いやりをもってみつめる一助になれば、と思ったんです」

——先ごろ他界したアニエス・ヴァルダは、あなたの作品での、見捨てられた田舎のコミュニティの描き方に「痛いところを突かれた」と述べていました。本作ではインヴィオラータ村に暮らす村人たちですね。脚本家として、田舎のコミュニティに惹かれる理由は?
「アニエスがそんなことを言ってくれていたなんてうれしいです。私たちは友人で、私は彼女の奔放さや、そのすばらしい作品を尊敬していました。私にとってコミュニティは、常に大きな問題としてあるんです。私たちは誰かといっしょにいるほうがいいのか、それともひとりで生きるほうがいいのか。コミュニティには何が必要なのか。私の長編デビュー作『天空のからだ』でも、その問題、すなわち個人とコミュニティのあいだにあるつながりを扱いました。フォーカスしたのは宗教的なコミュニティです。『夏をゆく人々』では家族というコミュニティ。そして『幸福なラザロ』では、大きな意味での〈家族〉です。私にとって、コミュニティは本当に大事なテーマです。誰かといっしょに何かをつくりだすことができるのか、それを確認するという意味でも大切です」

1554462222366-5-LAZZARO-FELICE-di-Alice-Rohrwacher-_-nella-foto-Adriano-Tardiolo_still

——あなたと撮影監督のエレーヌ・ルヴァール(エリザ・ヒットマン『ブルックリンの片隅で』も撮影)は、ラザロというキャラクターを、物腰柔らかで聡明な男性としてとらえています。ここで伺いたいのは〈メール・ゲイズ〉、すなわち男性のまなざしについて。女性の映画監督/脚本家は、男性の映画監督/脚本家に比べて、男性キャラクターを単純明快に描きがちです。
「だからこそ第三者が必要なんです。私たちは何者なのか、そして自分を知るためには〈他者〉が必要だということを教えてくれるような存在が。だからひとそれぞれの差異はすばらしいんです。ラザロに関しては、その男性性を描くのではなく、聖人としての彼の姿を描きたかった。ラザロは守護聖人で、ジェンダーはラザロのキャラクターにおいて重要ではない。もちろん、彼もまた男性である、という事実については注目すべきかもしれません。本作に登場するすべての男性、そしてすべての女性が滑稽です。誰も典型的な〈いいひと〉ではなく、みんな問題と矛盾ばかり抱えています」

——ラザロを演じるのは、今回発掘された新人のアドリアーノ・タルディオーロ。そしてラザロと親しくなり、金持ち一家の出身で様々な特権を享受するタンクレディ役として抜擢されたのは、ルカ・チコヴァーニ。彼はユーチューバー兼ポップスターです。そんな彼をタンクレディ役として選んだ理由は?
「本作で裕福なひとびとを演じる役者には、プロの俳優をキャスティングしたかったんです。なぜなら本作の裕福なひとびとは、ウソをつきながら生活しているから。地主である侯爵夫人一家を演じるのは、自分たちのみせかたを知っている俳優や、ショービズ界で生きているひとたちじゃなければならなかった。タンクレディ役を探しているとき、キャスティング・ディレクターのキアラ・ポリッツィが、ユーチューバーはどうか、と提案してくれたんです。彼らは、自らの想像力で勝負していますから。でもルカはただのユーチューバーではなく、すばらしい役者でもありました。アドリアーノとルカの共演を実現できてよかったです」

——『幸福なラザロ』が語るのは、絶対的な善はどんな環境でも、たとえ抑圧されても存在できるのだ、というストーリーです。今の社会でも、充分な善は存在しているでしょうか?
「本作で語っているのは、〈善〉の意味を忘れるな、ということです。この世界には善があふれているわけではない。だけど、善があふれていた時代の記憶はあります。私たちはその記憶を、強力なものとして提示する必要があるんです。今の世界では、破壊ばかりが幅を利かせています。だからこそ、この作品をつくったんです。かつての記憶を明確に提示し、善というものを思い出してもらえるように」

This article originally appeared on i-D UK.

幸福なラザロ
4月19日(金)よりBunkamuraル・シネマ他全国順次ロードショー