ソーシャルメディアの登場はヘアスタイルにどのような影響を与えたか?

現代人のライフスタイルを一変させたSNS。髪型もその例外ではなかった。InstagramやYoutube、Twitterの登場によって、若者のヘアスタイルはどのように変化していったのだろうか? 美容師のための美容文藝誌『髪とアタシ』の編集長・ミネシンゴが、ヘアスタイルの「見える化」とそれがもたらした髪型のクローン化、そして、その後の可能性を探る。

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jun 20 2017, 5:45am

「ヘアカタログ」という言葉が死語になりつつあると思う。かつてヘアサロンに行けば大量のヘアカタが本棚に積まれていて、客がヘアカタを見ながら今日のヘアスタイルを美容師と相談する光景があった。もちろん今でもその光景が見れなくなったわけではないが、ヘアカタに変わって美容師に見せているものが「スマホ」だ。A4判型のヘアカタにはおおよそ200~300のヘアスタイルが掲載されているが、ヘアサロンと客をマッチングさせるネットサービスのヘアカタや、Instagramにはその何百倍というヘアスタイルが掲載されている。しかも、自分のなりたいヘアスタイル(パーマスタイルとかベリーショートとか)を「検索」して、探しているヘアスタイルにすぐにアクセスできるのだ。しかも無料で。

思えば、私自身4年ほど美容師経験があって、10年以上前のソーシャルメディアといえば「mixi」が王道だった。モデハン(練習モデルを探すこと)や客ハン(路上で客を探すこと)を繰り返していた美容師にとって「mixi」の存在は大きく、インターネット上でハントができることに一喜一憂していたのを覚えている。女性誌に大きく取り上げられたサロンや美容師が売れっ子になっていく時代から、より「個人」に紐付いたネットサービスでコミュニティをつくっていく時代に変わっていった。「あそこのサロンに行けば間違いない」から「あの人にやってもらったら間違いない」に変化したのだ。

それ以降、個人の美容師がヘアスタイルを撮影してソーシャルメディアに自分の「作品」を載せていく風潮ができた。誰がどの髪型を作っているかが「見える化」されたことによって、客は美容師選びに新しい選択肢ができた。なりたい髪型を見つけるには、それを叶えてくれる「人」を探すことだったのだ。

今や芸能人以上にTwitterやInstagramのフォロワーを抱えている美容師も珍しくない。そこには彼彼女たちがつくってきたヘアスタイルがずらりと並び、美容師としてのアイデンティティが体現されている。最近ではヘアスタイルに留まらず、美容師自身がヘアアレンジのプロセスを公開したり、メイク術を公開している記事をよく目にするようになった。どんな道具を使ってどれぐらいのスピード感で仕上げることができるのか。本や雑誌でもテクニックの公開は今までもあったが、よりリアルに、より一般人が真似しやすいようにコンテンツが作られている。プロの技がより身近になって、自分でもその技が身につけられるようになってきた。完成されたヘアメイクの写真を載せるだけでなく、その行程までも見せる。実際の記事、動画を見て髪を切ってみたり、アレンジしてみたり。「見える化」の深度は深まるばかりで、真似ることが加速している気がする。

しかし、その「見える化」は本当にいいことなのだろうか。

女性の後ろ姿を見ると、どれも同じに見えてしまう。女子高生なんて、まったく区別がつかないくらいヘアメイクが類似している。ファッションアイコンはいつの時代も存在するが、そのアイコンに近づけられるテクニックを手に入れたのはソーシャルメディア全盛の今の若い人たちだと思う。なりたい自分の「像」にいつでもアクセスできることによって、クローン人間が増えたのではないか。ソーシャルメディアで多くのフォロワーを抱えている美容師は、それだけで集客が叶っているし、客は彼彼女がつくった作品をスマホを通してオーダーする。過剰な「見える化」によって、類似スタイルを大量生産できるようになった。

別にそれが悪いとは思わない。思わないが、つまらないと思うのだ。服と違って着替えることができない自分の髪(カツラは別としてね)は、もっとも個性を発揮できるツールである。元サッカー選手の中田英寿はピッチ上で同じユニフォームを着ている選手の中で、海外チームのスカウトから目を引けるように金髪にした。類似したイメージからの脱却を、髪で表現したのだ。髪のクローン化が進むと、それに反発するようなヘアスタイルが生まれてくる。昔のロックミュージシャンの髪型(どこまでも高く髪をおっ立てたり、金髪やクレイジーな髪型)に反発した、普通のヘアスタイル(黒髪で爽やかなサラサラヘア)のロックミュージシャンが多い現代は、ある意味「ロック」であるように。個人のメッセージを髪に託すことは、いつの時代も存在している。

話が脱線した気もするが、とにかくソーシャルメディアの出現によってヘアスタイルの「見える化」「出来る化」が進んだと思うのだ。その見えすぎた先にクローン人間が生まれ、私にとってはつまらない状況が出来上がった。ヘアサロンにおいても、「見え」すぎた客の髪を切ることにプレッシャーを感じることもあるだろうし、完成されたヘアスタイルを見せられて美容師の腕の見せどころを発揮できていないこともあるだろう。だからこそ、ヘアカタを置かないヘアサロンも増えてきている。美容師は客とのコミュニケーションだけでイメージを膨らませて、「見える化」で客が見てきたイメージ以上のものをつくる。これは客に対しての反発(ロック)だと感じる。見せないということではなく、「イメージの断片」を言葉で拾う。正面、サイド、バックのスタイルを100%見せるのではなく、曖昧な部分からイメージを膨らませる。そんな余白がほしいし、考える時間がほしい。完成されたものはつまらない。完成された情報だらけの中で、いかに思考するかが今必要な気がする。

イメージのその先に、本当の自分がいるか。ソーシャルメディアの中に、なりたいヘアスタイルがあるか。まずはそのことから思考してみよう、と私はソーシャルメディアから学んだ。

『髪とアタシ』
ミネシンゴ:Twitter

Credits


Text & Photography Shingo Mine