Lex Shu Chan. Photo courtesy of Terry Vietheer.

2021年におけるアジア系/トランス+コミュニティの〈可視性〉とは?

3月31日は国際トランスジェンダー認知の日。世界中でのレイシズムやトランスフォビアの増加を受け、レックス・シュー・チャンがアジア系コミュニティ、トランスコミュニティにとっての真の可視性の意味を語る。

by Lex Shu Chan; translated by Nozomi Otaki
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05 April 2021, 5:50am

Lex Shu Chan. Photo courtesy of Terry Vietheer.

レックス・シュー・チャンはトランスの香港人で、弁護士として働く傍ら、ロンドンを拠点に活動する多様性/インクルージョン・リーダー。

3月31日は国際トランスジェンダー認知の日だ。ここ最近、私は〈可視性(visibility)〉という言葉が自分自身や自分が属するコミュニティにとってどんな意味を持つのか、考え続けている。可視性とは注目され、認識されることに関連している。認識されることは、目の覚めるような、エンパワーメントされる感覚を与えてくれる。特に沈黙を強いられている、不可視化されていると感じたことのあるひとならなおさらだ。

そのいっぽうで、注目を浴びると危険にさらされ、虐待、差別、暴力の対象になる場合もある。つまり、この言葉にどんな意味があるにしろ、もう〈注目される〉だけでは不十分なのだ。

真の可視性とは〈見られる〉こと、すなわちあなた個人の物語を、その豊かさも複雑もすべて完璧に理解してもらうことであり、同時にその存在を周囲の人びとと同一視しないということだ。そして物語を理解してもらうためには、それを発信する必要がある。しかし私や多くのアジア系コミュニティの人びとには、なかなかそういう機会は訪れない。

 ここでふと頭に浮かんだのが、不都合、面倒、煩わしいという意味の中国語〈麻煩〉だ。私が普段不可視の存在でありたい、と願っているのは、私がトランスだからだ。多くのトランスの人びとがただ存在しているだけで容赦なく攻撃されているのを目の当たりにした私は、不正な扱いに直面しても、存在を認められたり、はっきりと意見を述べるよりも、〈シスジェンダーとしてやり過ごす〉ことを優先してきた。

 このような条件反射によって、誰かが(他でもない偏屈さのせいで)自分の一部を認めてくれないなら、トラブルを起こさないように、相手に不快な思いをさせないことを優先するべきだと考えるようになっていったのだ。

 トランスのあり方は人それぞれだが、アジア系コミュニティについても同じことがいえる。米国でアジア系および太平洋諸島系(Asian Americans and Pacific Islanders:AAPI)の人びとへの暴力が急増し、多くの主流メディアに対して、このコミュニティへのさらなるサポートを求め、アジア系の高齢者への無差別攻撃を非難する声が高まるなか、#StopAsianHateというハッシュタグがトレンド入りを果たした。

 しかし、アジア系の女性6人を含む8人が犠牲になったアトランタの悲惨なマッサージ店襲撃事件が起きるまで、このようなムーブメントが起きることはなかった。

 今ではミシェル・キム(Michelle Kim)、コミュニティ組織〈AAPI Women Lead〉、ジョセリン・チャン(Jocelyn Chung)、ビン・チェン(Bing Chen)などのアクティビストや擁護団体のおかげで、複雑なアジア系への差別が、ようやく画一的ではない体験として論じられるようになった。

 アトランタの襲撃事件が、アジア系女性特有の体験から階級という要素の関連性、〈モデル・マイノリティ(模範となる少数派)〉の神話が多くのアジア系には当てはまらないという論説まで、インターセクショナルな視点から分析されるようになったのもそのためだ。

しかし、その複雑さは本当に100%理解されているだろうか? 社会からアイデンティティを無視されていながら、〈麻煩〉になること、さらには身体的、精神的安全が脅かされることを恐れ、十分に自分の物語を伝えられていないひとがいるのではないだろうか? つまり、私たちは真に〈可視〉の存在であるといえるのだろうか?

香港で十代を過ごしたアジア人として、私はほぼレイシズムの心配をする必要がないという特権を享受してきた。クラスメイトに〈くさい〉中国の弁当をからかわれたことも一度もない(多くのAAPIの若者が体験する差別のひとつ)。

しかし、私のなかでだんだんゲイ男性としてのアイデンティティが芽生えていった。それをオープンにしていたわけではないが、あらゆるクィアなティーンエイジャーが体験してきたであろう、同性愛嫌悪的な自覚なき差別をずっと受けてきた。高校の体育の先生はいつも私の「大きな女子のブラウス」に言及してきたし、政治の先生が私に「女々しい男」役を割り当てたときはクラスメイトにクスクス笑われた。

大学進学のために英国に引っ越せば、そういうものからは解放されるだろうと思っていたが、今度は「自分の国に帰れ」「ここはあなたの居場所じゃない」「ビザはあるの?」というフレーズを初めて耳にするようになった。

親しい友達数人をのぞいて、最近まで一度もこの体験を打ち明けたことはなかったが、話してみると多くのアジア系の友達が似たような言葉を向けられてきたことがわかった。こういう話をすると「きっと聞き間違いだよ」という反応が返ってくることが多いので、あまりおおごとにしたがらない人が多いことにも気づいた。

もっとひどいときは、酔っ払った男たちに、中華料理の持ち帰りメニューを大声で読み上げながらチキンの骨を投げつけられたこともある。アジア系への差別は今に始まったことではないが、パンデミックが始まって以来急増したアジア系への嫌がらせや暴力が、映像に収められて拡散されることも増えている。もし2003年にiPhoneが存在していたら、私も録画しただろうか。それとも当時の自分と同じように、下を向いてさっと通り過ぎるだけだろうか。

ロンドンに引っ越した私は、幸運にも新たな家族に出会うことができた。彼らは今も私の最愛の存在で、ここは私の居場所だと実感させてくれた。しかし同時に、この街の同性愛者のデートシーンに初めて飛び込んだ私は、社会の主流ではないアイデンティティを複数持つことの相乗効果を痛感することになる。

超マスキュリンな白人を理想とするこのシーンにおいて、(しばしば〈性的嗜好〉やそういう〈集まり〉を装った)アジア系男性に対する差別はよく知られているものの、それが完全に理解され、認知されているとはいえない。

Grindrのプロフィールに悪びれもなく記される「アジア系お断り」の文字を目にしたり、より毛深くがっしりとした体つきの白人男性に話しかけようとクラブで押し退けられたりするたびに、自分は性的に魅力がないとか、自分は完全に不可視の存在なのではないかと思わされた。

当時はこの体験を誰かに伝えようとすると、「相手を間違えたんじゃない?」とか「誰にだってタイプはあるよ」などというコメントが返ってきた。そして私は、あれは差別じゃなかったかもしれない、と自分に言い聞かせる精神鍛錬を行い、その過程でもっと自分の本心を抑えこみ、自分を追い込んでいった。

今から6年ほど前、私のジェンダー進化において、記念すべき出来事が起きた。アンドロジナス(男女両性)からトランスフェミニンへと移行した私は、自分が信じ込まされていたほど物事は二元的ではない、ということに気づきはじめた。新しい名前によって自分のアイデンティのフェミニンな部分を表現したものの、当時は生活をしっかり分けるべきだと考えていた。つまり、社会的に受け入れられるかどうかに応じて、自分のさまざまな側面を際立たせたり、隠したりしていたのだ。

例えば、トランスであることは弁護士としてのキャリアに差し障ると思い、それはロンドンの法律事務所からは完全に締め出していた。にもかかわらず、トランスフェミニンとしてクィアシーンに足を踏み入れていたので、なかには困惑するひともいたが、当時の自分のなかでは折り合いがついていた。

アジア系であると同時にトランスであることの影響をもっとも強く感じるのが、恋愛だった。ここ数週間で、フェティッシュ化や客体化にまつわる体験を共有する(主にシスジェンダーの)アジア系女性が増えている。性欲が強くエロティックだがおとなしく従順、という典型的なイメージは、間違いなくミソジニーや暴力の原因となってきた。こういう女性たちが過去のトラウマに向き合ったり、自らの体験を共有すると、SNS上でさらに嫌がらせを受けることが多い。若い頃からアジア人女性として社会に適合させられるとはどういうことなのか、私自身には想像もつかない。

ただ、Tinderで一方的に送りつけられてくる「色っぽい」「女王様」「ずっと好きだった」「君が気になる」「控えめ」「ゲイシャ」「チャイナ・ドール」などという言葉からわかるのは、トランスフェミニンのアジア系も彼らのフェティッシュの対象になるということだけだ。シス男性によるトランス女性やトランスフェミニンのフェティッシュ化はずっと前から存在するが、今の私に向けられる視線や注目は、ゲイのアジア人男性だった頃とは際立って対照的だ。

私を過度に客体化したがりながら、有意義な関係を築こうとしないシス男性とも何度もデートをした。彼らと会話を交わしても、私が弁護士だという話は嘘だと決めつけられ、「他のサービス」の値段を訊かれた。まるで彼らの性的な幻想を実現させることが、トランスのアイデンティティとアジア系のアイデンティティが両立する唯一の道であるかのように。

 今思い返せば、彼らが「サワディーカ」「コンニチワ」「ニーハオ」などという言葉とともに近づいてきた時点で、会話を終わらせるべきだった。しかし私は、怒って立ち去ったり、激しく非難すれば痛快だっただろうが、私は律儀におしゃべりをしてからその場を後にしていた。

 当時の私は、自分がそうしたのは身の安全を考慮してだ、ということで納得していた。多くのトランスの人びとの体験を踏まえれば、ごく当たり前の判断だ。英国家統計局(Office for National Statistics)のデータでは、国内で2020年度に犯罪に巻き込まれたトランスの人びとは、シスジェンダーの14%に比べ、4人にひとり(28%)にのぼる。

米国のベトナム系支援団体〈Viet Rainbow of Orange County〉の設立者、ヒュー・グェン(Hieu Nguyen)は、特にパンデミック中にLGBTQIでかつアジア人であるということは「二重苦」だと述べた。トランスやジェンダーノンコンフォーミングの太平洋諸島系の人びとが直面する嫌がらせや暴力を調査した最近の研究も、彼の言葉を裏付けている。

しかし、安全性の問題を別にしても、自分のジェンダーアイデンティティについては沈黙を貫いたことも多い。それは騒ぎを起こさないためだ。私のアジア系としてのアイデンティティは一貫しているが、自分のジェンダーアイデンティティの進化は、他人の私の認識の仕方や体験を一変させた。アジア系のコミュニティの中においてもだ。

数年前、あるアジア系の友達に、男性のふりをして結婚式に参列してほしい、と懇願された。理由のひとつは、保守的な親戚も参列する式を「全て完璧に」執り行うためで、トランスフェミニンとしての私は(参考として床につく長さの花柄のドレスを着た写真を送ったにもかかわらず)「かなりきわどい」とのことだった。大変な話し合いの末、私は傷ついた心を隠し、彼女の希望に沿うかたちで、よりジェンダーニュートラルな服装を選んだ。今振り返ってみれば、私たちがアジア人としてそれぞれの方法で不都合やトラブルを避けようとしていたこと、ふたりとも他人の戸惑いを軽減させようとしていたことは理解できる。しかし他人のために〈麻煩〉を避けることで、私は自分の一貫性、自分に正直でいること、幸せを犠牲にした。このような私の体験は、数多の声のひとつに過ぎない。普遍的な〈トランスの体験〉などというものは存在しないように、アジア系の体験も画一的なものではない。コミュニティの多様なメンバーが直面する複雑な差別を理解するには、インターセクショナルなアプローチが不可欠だ。

私の(複数の)体験談だけでも、ずっとアジア系である事実は変わらないにもかかわらず、社会の主流ではないアイデンティティを複数持っていると、人生のさまざまな時期に体験する差別は複層的で、絶えず変化していることがわかるだろう。もちろん、社会の主流ではなくても特権を享受しているひともいないわけではない。社会経済的な特権によって、私自身が、いまだにその存在も声も認識されていない多くのアジア系コミュニティが直面する差別から守られていることも事実だ。多くのアジア系が不可視の存在であることは偶然ではない。私自身も何度も沈黙を強いられ、ここにたどり着くまでには何年もかかった。しかし、私は今日この日に、さん然と輝く辛抱強いふたつのコミュニティの誇り高き一員として、〈可視の〉存在になることを決意した。アジア文化は個人より集団を重んじるとみなされがちだが、大切なのは、まったく異なる個人で構成されるグループを団結させることを目的とするムーブメントを通して、各々の唯一無二の体験が語られることだ。

私たちの命が等しく尊いということは言うまでもないが、特に経済的に恵まれていない人びと、セックスワーカー、障がいを抱える人びと、そしてもちろん私のクィアな兄弟たちなど、社会の主流ではないアジア系コミュニティのメンバーには、ぜひ私と一緒にユニークな物語を語り、相対的に特権を享受している人びとには、それを実現するためのプラットフォームを提供してほしい。目的は、それぞれの苦しみを比較することではない。単に注目を浴びることが真の可視性と混同されがちなこの世界において、本当の意味で〈認められる〉ことだ。

米国在住の方は、アジア系に対する攻撃はすべてStop AAPI Hateに報告してください。アジア系米国人を支援する方法はたくさんあります。コミュニティや高齢者を支援する方法や寄付先の団体については、こちらのリストを参照してください。

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