「今は一番いいディグができる時代」長谷川白紙 interview

ネットの音楽シーンから頭角を現し、Corneliusをはじめとするミュージシャンや若い音楽好きからも絶大な支持を集める長谷川白紙。現在は音大で学びながらソロ・アーティストとして活動する "恐るべき子ども"が、そのめくるめく音楽遍歴や名前の由来、ネットを駆使したディグ術、独自の「ポップス論」を語った。むんにゅぱ〜

by Momo Nonaka
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26 March 2020, 2:29am

"ネットで噂のアンファン・テリブル" だった長谷川白紙は、2018年に19歳で初のCD『草木萌動』をリリースするやいなや日本のポップミュージック愛好家たちの話題をさらった。2019年11月にリリースされた最新作であり初のフルアルバム『エアにに』でも、大きな期待を裏切らない才気がほとばしっている。

エレクトロニカ、ジャズ、ブレイクコア、ボーカロイド、現代音楽……幅広い領域からの膨大なインプットを、複雑でありながらドライヴ感のあるトラックに落とし込み、細く中性的なトーンにほのかな体温を宿したヴォーカルを聴かせる。インテリジェントにしてポップなサウンドはもちろんのこと、同時代の現代美術作家を起用したアートワークに見られる美意識も、歌詞やTwitterの言語感覚も冴えていて、なんとも気になる存在なのだ。

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現代美術作家・浦川大志による『エアにに』のアートワーク

──まず「長谷川白紙」という名前がかっこいいなあと思っていて。だって英語だと「ホワイトペーパー」ですよ? どうしてその名前になったのか、由来があれば教えてください。

長谷川:や、なんかテキトーですね。わたしが最初にインターネットに参加したときの主な交流の場がチャットルームだったんですが、そこでハンドルネームを決める必要があって、毎日違う名前を名乗り続けたことがあったんです。そのなかに「長谷川白紙」っていうのがあって。その名前で曲も発表しちゃったんで、いまさら変えるわけにもいかず……。

──高校時代にSoundCloudに作品をアップするようになった時点で「長谷川白紙」名義。

長谷川:そうです。なんでだったんだろうな、それ……。長谷川白紙については「別に、そうですか」って感じです。もちろん気に入ってないわけじゃないけど、気に入ってるわけでもない。おもしろいですね、いまそう考えると。

──他にチャットルームで使ってた名前って覚えてますか?

長谷川:英語で「I should go」って意味の「行かなきゃ」って名乗ってたことがあって、それはハマってたなとは思いますね。1日ずつ変えなきゃいけないんで無限に単語出さなきゃいけないんですよ。「BOY BOY BOY BOY BOY」と名乗ってたこともありました。

──それはどのくらいの期間やってたんでしょうか。

長谷川:1年半ぐらいなんで、ハンドルネームは500個ぐらいあったんじゃないですかね。いまも自分が名乗る名前を思いついたら、iPhoneのメモ帳に貯めてて。100個ずつで交代してるんですけど、それがいま4つぐらいなので、いずれ名乗るときの名前候補は400個ぐらいあります。

──長谷川さんはネットから出てきた才能という印象が強いのですが、そもそも音楽に興味を持つようになったのはどこからでしょう?

長谷川:わたしは記憶がはじまるのがすごい遅くて、中学1年、2年生ぐらいからなんです。ピアノは4歳ぐらいの頃から習っていたらしくて、音楽は気づいたらやってたんですけど、自発的に音楽を聴くようになったのは記憶がはじまる前後ですね。はじめに買ったアルバムはサカナクションの『シンシロ』で、それはすごい聴いてました。あとは近現代のクラシックとか。でも、はじまったあたりは普通に、RADWIMPSとかサンボマスターとかそういう当時流行ってた感じのものも聴いてました。その後、サカナクションから派生してエレクトロニカっていうものに興味が生まれて、「エレクトロニカ おすすめ」で検索してどんどん聴いていきました。

──それが2010年代前半ですよね。どんなところが情報源になっていたのか気になります。

長谷川:「2ちゃんねる」のスレッドのアーカイヴでした。音楽サイトとかはほぼ見ていませんでした。

──ネットの情報を浴びつつ、高校時代はディスクユニオン新宿店のジャズ館にも通っていたとお聞きしました。

長谷川:ジャズはもとは全然好きじゃなくて。なんていうんでしょうね、気取ってる人が聴くもんだと思ってたんです。でも同時に、そういった気取った感じへの憧れみたいなものもあって、そういった憧れからジャズを聴いてたらかっこいいかなって思って、ブラッド・メルドーをジャケ買いしたんです。メルドーが空間系に移る前、すごいスレスレのパッセージがずっと続くみたいなソロを取ってた時期の作品で、それがすごい衝撃的で。全然おしゃれでもなんでもないなあ、みたいな。それでジャズに興味を持ちました。オーネット・コールマンとかめちゃくちゃ聴いてた気がします。

──そこからさらに現代音楽に?

長谷川:現代音楽にはじめて触れたのはクセナキスだったんですよ。何の曲だったか……「ST/4.」ですかね、弦楽四重奏の。はじめて聴いて、「この人はなんなんだ」っていう感じで、打楽器の作品群のアルバムを中古で買ったんです。それを聴いて「おお」ってなったのは覚えてます。

──クセナキスにはいつ頃、どこ経由で出会ったのでしょうか。

長谷川:高3のはじめくらいかなと思います。YouTubeの「あなたへのおすすめ」に出てきて。

──ありますね、「あなたへのおすすめ」。

長谷川:それを全部見るんですよ、わたしは。1日朝と夜に全部巡回する。Twitterの自分のタイムラインで見つけた曲も全部聴くんです。そうするとまたサジェストが変わるじゃないですか。そうでもしないと自分の中でランダムなアーカイヴを得られないというか。ディグを自分だけでするんじゃなくて、他の人が持ってきたものを見境なく取り入れる。それはけっこう自分のメインのディグの手段ではありますね。無差別にやる。死ぬほど時間かかるんですよ。だから大学に入ってからは、1日2回は休みの日しかできなくて……。

──近年は人が「おすすめ」のアルゴリズムに支配されてしまって意外な出会いが生まれなくなっているのではないかと危惧されていますけど、量を取り込むことでそれを克服するんですね。

長谷川:YouTubeとかApple Musicのサジェスチョンってまだ全然正確とは言えないじゃないですか。RADWIMPSとかを聴いてた人がクセナキスをおすすめされるっていうことは、まだ精度が低いんです。そのおかげでディグの幅が広がっていってる。

最近はけっこう精度があがってきていて、「ちゃんとしてるな」とか思うんだけど。でも自分の中では、ランダム性はTwitterのタイムライン全部聴くやつとジャケ買いでまだ担保できてる。サジェスチョンの精度があがっても、それはそれでいいんですよね。「もっとこういうの知りたいな」って思ったときにそれも手に入るから。だから、今はいちばんいいディグができる時代かもしれないです。

──音大に進学して世界は広がりましたか?

長谷川:それはもう考えられないぐらい広がりましたね。大学の教授がおすすめしてくれる曲も知らないものばっかりだし。大学はアカデミズムの場なので、歴史を編み直す教育を受けるんですよ。それで音楽の見方もだいぶ変わってきましたし、ポップスに関してもそうですね。考え方もどんどん変えられているというか、自分の思考法のツールが増えていってる感じ。

──プレイヤーとして影響を受けたミュージシャンはいますか?

長谷川:ドン・プレーンっていうフリージャズのピアニストがいるんですけど、その人とかは演奏面で影響を受けたというか……。演奏なのか……。プレーンが出した『Random Thoughts』、随想っていうアルバムがあるんですけど。バックのリズムはすごくシンプルで、いわゆるジャズのスタンダードっぽいコード進行なのに、ピアノだけめちゃくちゃなことをやっている曲があって。演奏に関して、そういった転換が起こるところは影響を受けているかもしれないです。

──演奏と作曲は分けられない?

長谷川:そうですね。ほぼ分けてない。

──やはり楽器ではピアノが好きですか?

長谷川:ピアノ、好きですけど特筆するほど好きではないですね。要するに全部の楽器が好きなので。ピアノが好きって言うとピアノ以外の楽器はピアノより好きじゃないみたいな感じになっちゃうじゃないですか。そんなことは全然ないんですよ。ピアノ以外のどんな楽器も等しくおんなじぐらい魅力があるというか。

──音楽が好き。

長谷川:そうですね。聴くのはすごい好きです。

──作るのは?

長谷川:作るのは「まあ別に」って感じですね。いや好きなんですけど。好き……いや、自信ないですね。自分でやりたくてやっているというよりかは、なにか違うものに要請されてやっているような気がするんです。やりたくてやってるんだったら、たぶんもうとっくに辞めてて。それくらいつらいことが多い。もちろん作曲してて楽しい瞬間なんていくらでもあるんですけど。何て言ったら正しいのかな、これ。たぶん一生やっていくんだろうなと思ってますし、それで満足もしているんですけど、やりたいか、好きかと言われたら、たぶん違う寄りというか。

──もし「もう作るな」と言われたら?

長谷川:「作るな」って言われたら、たぶん作ると思うんです。ただ、それがやりたくてやってるかと言われたら違うんだと思いますね。そういうふうになっちゃってるんです。それを変えるのは、死んでいくのと同じ。心が死ぬとかそういう意味じゃなくて、ほんとに死ぬという意味の死です。

──歌詞も現代詩を感じるというか、思いがけない言葉の連なりが新鮮です。

長谷川:わたしの詞は、何か特別なテーマがあって「これを表現するために書くのだ」とか「こういうことを書き表したい」とか、そういうのはなくて。「あなただけ」という曲はイレギュラーで、ひとつの目標に向かって進めた詞ではあったんですけど。ほかの曲は、自分のOSというか、その曲を書いているときに使っている自分の思考法というか、創作のモードを自然に出す。それは表出しているだけなんですよね、表現しているわけではなくて。あるひとつの曲ごとの違った環境に自分が潜り込んだときに書けるものがイコールわたしの詞なんです。

──曲がひとつの環境としてある?

長谷川:『エアにに』で取り入れた作詞法があって。Unityっていうゲームを作るソフトがあるんですけど、それは3DCGの環境にオブジェクトを置いていって、それでゲームができちゃうよー、みたいなツールなんです。曲ができたら、語感とか曲の与えてくれるイメージに則って、何個か言葉をあてはめてみるんですよ。そこの段階まで行ったら、それと対応しているものをUnityの環境の中に置くっていうことをやってるんですよね。『エアにに』の2曲目の顔文字の曲(「o (__*)」)では「豹」って単語が最初に出てきたので、Unityの中に豹を置いて、そこからはパソコンの画面最大にした3D空間を見回して、何か入るものを付け足していく。

──それでしかありえない言葉を探し当てていくような感覚でしょうか。

長谷川:そうですね。名産品とおんなじです。沖縄でサトウキビが育つのとおんなじようにわたしの歌詞は書けている。サトウキビは北海道では育たないので。

──長谷川白紙の音楽はとても複雑だったり変わった試みをしていたりしても、総合的には耳に馴染むポップミュージックになっていますよね。ポップ性というものをどう捉えていますか?

長谷川:これはまだ実験的な試論というか、かなり初期段階の思想なのであんまり言うべきではないのかもしれないけれど、わたしにとってポップというのは「基準を含んでいるもの」だと思っていて。この曲が自分にとって素晴らしいものなのかもしくは唾棄すべきものなのかっていう価値判断の材料となる指標を、その中にすでに含んでいるもの、っていうのがポップだと思っているんです。たとえそれがまだ誰にも知られていない基準であっても。

で、わたしのポップ性っていうのは、ある種、歌によって保証されているんです。わたしの曲ってすごい複雑な面もあったりして、狭義の「ポップ」、つまり一般の人に広く受け入れられる感じというよりかはアヴァンギャルドな方向だと思うんですけど、歌が入ることで「歌もの」という判断基準を持つようになって、ポップスとしての枠組みを成り立たせることができる。どんなに複雑なことをしていても、そのうえでメロディーと言葉で歌うっていうのが、わたしのポップスとしての成立条件だと思います。全員がそうというわけじゃなくて、わたしが価値基準を内在化させるために歌という要素を事あるごとに使っています。

──長谷川さんのTwitterを見ていると、一人称がひらがなの「わたし」だったり、ジェンダーをあまり確定しない語り口が素敵だなと思います。

長谷川:わたしは去年の夏頃から、自分で会話するときに性別を限定した三人称単数形を使わないというふうに決めてまして。「彼」と「彼女」は使わないようにしてるんですよ。さっきのドン・プレーンの話も、絶対ラストネームで呼ぶんです。「プレーンは」とか「ジェイコブは」って。英語に翻訳されたときに、heとかsheとかになってたら嫌ですね。自分もHakushiがいいです。

──本とか美術とか、音楽以外にも興味の幅が広いなと思うんですけど、いま気になっているものは?

長谷川:最近はバレーボールを観ています。リズムがすごいあるんですよね。バレーって返すたびに、ボールを空中にあげなきゃいけないじゃないですか。そうすると、人体が取れるリズムは限られてて。ボールが空中にある時間で、歩数とかジャンプを合わせるタイミングが変わってくる。リズムがボールの動きに完璧に同期するっていうおもしろさがあるんです。

バスケもおもしろいリズムを持ってると思うんです。足と手のリズムが違うって時点でもうポリリズム。だからリズムをまだ感じられない競技はあんまり観られなくて。野球とかは鬼門なんですよね……。ラ・モンテ・ヤング聴いてるみたいで。ルールを理解すればおもしろいんでしょうけど。

──これからやってみたいことはありますか?

長谷川:やってみたいこと……特にないと思います。わたしはいつもわたしが言うことに従っている感じがあるので、これから先について確固たるイメージはないんです。やるべきときが来たらやっているだろうという確信があるだけ。時代の流れとか、あるべきタイミングとかそういう意味ではなくて、わたしがやっているときがわたしにとってやるべきときだったんだろうな、っていう。後からわかる結果論の連続だっていうことでしかないですよね。進路とか迷ってます。どうしようかな。未来のこと決めるのすごい苦手なんですよね。

長谷川白紙 @hsgwhks

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