Kim wears shirt and trousers model's own. Coco wears dress Sandy Liang, bracelets Rodarte, and rings COS.

母と娘:キム・ゴードン&ココ・ゴードン・ムーア

世界を虜にしてきたキム・ゴードン。だが、娘のココ・ゴードン・ムーア─生まれながらに才能あふれる若きアーティスト─にとって、彼女は母であり、よき相談相手であり、親友だ。ふたりの絆は強く、どこまでも美しい。

by Clementine de Pressigny
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09 June 2017, 6:45am

Kim wears shirt and trousers model's own. Coco wears dress Sandy Liang, bracelets Rodarte, and rings COS.

キム・ゴードンがロサンゼルスの街を車で駆け抜けているときに、私たちの三者通話はつながった。彼女の娘のココ・ゴードン・ムーアは、とっくに母親の家から通話に参加していた。このふたりと同時に話すのは大変だってことが、一瞬でわかった─彼女たちの声は似ているなんてものじゃない。しかし、ありがたいことに質問への答え方はかなり違っている。

ココの方がよくしゃべり、返答も早い。はつらつとして屈託がない。スポットライトに当たる人々の周りで育ったけれど、まだライトにさほど照らされていない(だが、関心を集めていなくはない)ものが持つ大胆さもある。なんといっても音楽界のレジェンド夫婦の二世であり、特異な芸術的才能を備え、適度に謎めいてもいる。一方、キムはフレンドリーに話すが、あらゆる質問を浴びてきたアーティストらしい控えめな態度で、余計なことまでベラベラとしゃべりたがるタイプではない。もちろん彼女はすでに、思うがままに人生を打ち明けている。世界中で出版されると共に絶賛された『GIRL IN A BAND キム・ゴードン自伝』(2015)のなかで彼女は、子どもの頃から極度に内気で傷つきやすいけれど、ステージに立つときだけその性格から解放される、と語っているのだ。

ココはシカゴ美術館附属美術大学を卒業したあと、一時的に母親の家にもどっているが、すぐにニューヨークに引っ越すつもりだという。母親と同じ道をたどろうとしているのだ。「すごくワクワクしてるけど、冬に引っ越すのは無理かも」と彼女は話す。「私、"卒業したけど人生マジでどうしよう"状態かもね。ニューヨークに行くって決めた理由はそれ。アートをやろうと思って。正しい選択のような気がするわ」

ソニック・ユース活動休止のあと、キムはビル・ネイスと組んでボディ/ヘッドの名でバンドを始めた。2016年の暮れには、音楽業界36年目にして初めて、自分の名義でレコーディングしたシングルをリリース。現在はもっぱら絵画を描きながら、80年代初めの自分と同じように我が子が世に飛び出していくのを見守っている。

「ココはね、間違いなく私なんかより意欲的に勉強してたわ」とキムは振り返る。「私はどこの学校に行ってもうなだれてた。それで20代でニューヨークに行ったの。あの街に住むにはいい歳だった。若いし、苦労しても何とかなったのよ。私は"20代そこそこ"っていう年齢が好きじゃなかった。そう、大嫌いだった」。これもふたりの共通点だ─現在22歳のココも自分の齢を嫌がっている。80年代のニューヨークは荒れ放題で何が起こるかわからない空気があったが、クリエイティブの可能性は無限に広がっていた。キムが耐え抜いた苦難は、現在のこぎれいでカネまみれのニューヨーク社会とはまるで違う。しかし、ココはそんな今のニューヨークを自分のものにするだろう。なぜなら彼女は、母親がそうであったように、アートのことしか頭にないからだ─「自分にとって芸術の道に進むのは自然だし、当然のこと」と彼女は言う。「ココは物を使って表現するのがいつもうまかった。書くものも面白かったよ」とキムが続ける。「芸術にしろ物書きにしろ、彼女がクリエイティブなもの以外をするのは想像できなかった」

ココにとっては、母親キムこそがインスピレーションであり、アートの"基礎"だった。「もちろんママの作品はかなり参考にしてる。すごくコンセプチュアルな作品が多いから」とココは言う。「小さいときからママは作品を上手に批評してくれたの。あの頃は受けいれられなかった。だけど、そのおかげでいいアーティストになれたし、学校に通い始める前に、表現者としてのバックボーンができていたわ」ココは、両親が若くして大物だったことを知っていた。「すごく小さい頃、ソニック・ユースのツアーに一緒に行ったことがあるの。ステージにいるメンバーを見たり、お客さんがママに手を振ってるのを見たり。頭がおかしくなってる人もいたわ」。しかし、ココはティーンエイジャーの例にもれず、母親を親以上の存在だと考えると落ち着かなかった。「高校のときは考えないようにしてたし、気に留めないようにしてた。そういう存在として見ないようにしてたのね。彼女は第一に私のママで、文化人はその次でしょ? って」とココは語る。「ママをフェミニストのアート・アイコンとして見るようになったのは、大学に入ってから。それまではそれが何なのかよくわかってなかったんじゃないかな」。ご想像のとおり、ものすごくクリエイティブな母親(今でもそうだ)の存在は、そのままで人生の良きガイドになる。「いいアドバイスをたくさんもらったわ」とココははっきりと言う。「最高の相談相手ね」。キムが娘の告白に驚く─「それなら、よかった!」と彼女は答える。では今のココの齢の頃、キムは何を知っていたかったのだろう?「世界はこうも大きく圧倒的だということ、かな。あと、しないといけないと思ってる仕事より、アートの仕事のほうがピッタリだってこと」

よく言われているように、母娘関係は一筋縄ではいかない。思春期に距離ができ、ふたりの自己意識が大きくなるからだ。だがやがてその関係は別の姿に育っていく─この親子の場合、それはいい方向に向かった。キムとココはいさかいの耐えない時期を経て、新しい場所まで突き抜け、それまで以上に親密な仲になったのだ。「ティーンエイジャーなら、親から離れるのが仕事よ」とキムは言う。「だからって親は子を見捨てたりしない。それっていい関係よね。ココはしっかりと自分らしく生きてる。すごいことだと思う。感心するわ」。ココはこれに同意する。「私たちの関係は、高校の最後の年に変わりはじめて、大学に入ってから本格的に変わっていったと思う。今はむしろ友達みたいな仲。私が十代の頃はぜんぜんそんなじゃなかったけどね。今では一緒に出かけることもあるけど、イラつかせることはないわ」

Credits


Text Clementine de Pressigny 
Photography Daria Kobayashi Ritch 
Styling Leah Adicoff

Hair Brian Fisher at The Wall Group using Oribe 
Translation Hiromitsu Koiso

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