NARSと写真家スティーヴン・クラインが誘う幻想の世界

写真家スティーヴン・クラインとフランソワ・ナーズが新しいコレクションについて、それぞれの立場から語る。

by Lynette Nylander
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07 April 2016, 4:10am

デパートの化粧品フロアは危険に満ちている。必ず1階に位置するあの魅惑的な空間での戦いは避けられない。香水セクションからの匂いが、前触れもなしにこちらの鼻孔を突いてくる。まるで病院のような白さの各売り場は殺風景で、どこからどこまでがどのブランドのカウンターなのかもよく分からない。完璧なメイクを施した女性たちが、セリフのようなおべっかを使い半信半疑で"夢"を売りつけようとする。美容は巨大な市場であり、多くの人々に安堵感を与えているのは確かだ。しかしNARSに限っては、一度たりともありきたりなルールに従ったことがない。

1994年にフランソワ・ナーズによって設立されたNARSは、常に限界を押し広げることに尽力してきた。伝説のアートディレクター、ファビアン・バロンによって提案された象徴的なパッケージは、デザインされてから20年近く経った今も"ミニマルなクール"の代表例として君臨し続けている。ナーズ自身がメイクと写真を担当する広告キャンペーンでは、ほぼ不可能に思われることが達成されている。「あなたが美しければ人生は美しい」というギャグみたいな定番の商法に賛同しない、新しい世代の人々を惹きつけるメイクアップを提案したのだ。「みんな、自己表現をしたいと思っているのです。メイクアップはそれにうってつけの方法です。自分が望むだけクリエイティブになれるので、メイクアップはこれからも存在し続けると思います」。去年末にリリースとなった、写真家スティーヴン・クラインとのコラボ商品について我々がニューヨークで話を聞いた際に、フランソワ・ナーズはそう語ってくれた。「どの時代について考えた場合でも、わたしにとって時代を特徴づけるのはいつもメイクアップなのです」。実際、NARSは、いつでもその時代の最も創造的な瞬間を象徴する人物や場所、そして顔に対し常に敬意を表してきた。アンディ・ウォーホルからギイ・ ブルダンまで、ナーズは革新的なアーティストと組むことの必要性をいつも敏感に感じるのだ。スティーヴン・クラインもその1人である。「彼の作品が大好きなのです。昔から大ファンですが、彼はファッション写真家以上の存在だと思っています。だから、このコレクションのためにスティーヴンに協力を頼んだのはとても自然なことでした」と彼は説明する。

我々は別のタイミングで、ニューヨークのチェルシー地区にある素晴らしいインダストリアル・スタジオを訪ね、クラインに直接話を聞いた。すると、彼もナーズとのコラボレーションは自然でスムーズに進んだと話してくれた。「本当に久しぶりに、気楽に取り組むことができたプロジェクトです。写真数点をやり取りしただけで、このプロジェクトを象徴するパッケージの写真はすぐに決まりました。NARSは非常にクールなブランドなのでやりやすかったですね。一番楽しかったのは名前選びです」。大胆なプラム色の口紅には"No Shame(恥知らず)"、豪華なブラシ一式には"Full Service(完全サービス)"、そして4色チークのコンパクトには"Don't Mask, Don't Tell (隠すな、答えるな)"という名を選んでいる。映画のタイトルにある『壁の花の特権(邦題:ウォールフラワー)』(2012)というよりは"ピンナップガールの特権"といったイメージだろうか。NARSとスティーヴン・クラインのコラボ商品を身に着ける女性は、ハッキリ言えば、常識など気にも留めないタイプだろう。

「若い人たちは楽しんだり、面白い経験をすることに興味があります。ジェンダーやセクシャリティは彼らにとって重要ではありません。年輩の人々のほうがそういうことを気にするようですね」。作品にみちた滑らかな官能を持ち味にクライン、20年以上にわたりファッション写真界の第一線で活躍し続けてきた。

圧倒的な官能性に彩られた力強い写真によってジェンダーの境界線を押し広げるクラインの美意識は、常に時代の先を歩んできた。「90年代に写真を始めた頃、"両性具有"は1つのムーヴメントでした。私は男性と女性が近づいてきて、その境目が曖昧になってきていると感じ、それが面白いと思ったのです。そしてそれこそ"未来の向かう方向"だと確信しました」と彼は語る。「ボストンではクラブに通っていて、ドラッグや口に剃刀を入れた性転換者に囲まれて育ったんです。そうしたものはいつも私の世界の一部で、特別なことではありませんでした。セックスの部分は避けては通れませんね。すべての物事の本質は"性の誘惑"から発生する、そう思っています」。クラインの視点から商品のパッケージングを見てみよう。彼とナーズは23のアイテムから成るコレクションの官能的な雰囲気を上手く表現するに相応しい11作品をアーカイブから選び出し、ファビアン・バロンと共にSteven Kleinの名前をNARSのロゴや容器のデザインに付け加えた。金属の飾りが付いた、艶のある黒いラッカー仕立てのビニールが、バッグの底に転がるプラスチックのコンパクトと相まって、S&M風な魅力を放っている。

NARSとクラインのコラボレーションは、ニューヨーク州の郊外にある屋敷オルダー・マナーで催されたパーティーで、お披露目となった。空のプールには、黒いアイシャドウを施した目を秘め隠すように仮面を付けた裸のアドーニスのような男性たち、不気味なマネキン、ネオンサインが置かれている。美しいモデルたちが、透明なシートの周りで身悶えている。その光景はまるでホラーハウスであるが、化けて現れるのは美しさ、ただそれだけだ。「スティーヴンの写真に命を再び吹き込んだかのようでした」とナーズは言う。「1つの世界まるごとを作り上げることができました。車がある部屋、そして床の上に割れた鏡が散らばった部屋。それはスティーヴンのヴィジョンであり、その隣には私の世界が拡がっているのです」。

NARSの考えるセクシャリティは、モダンで多様なものだ。「とてもグローバルな考え方を持ち続けてきました」とナーズは言う。「メイクアップは普遍的なものであると考えています。トランスジェンダーのコミュニティとはこれまでずっと深い付き合いをしてきて、男性にも女性にもメイクをしてきました。メイクは、性別や人種、年齢に関係なく、人々を美しく見せるものと言えるでしょう。私は一切の垣根を作ったことがありません。私の世界が限定的なものであったことはないのです」。世界に向けられたヴィジョンが共通していたからこそクラインとナーズのコラボは成功したのだろう。それは、"彼女は特別な何かを持って生まれたのかもしれない(Maybe she's born with it.)"といった他社の広告戦略とは一線を画す、先駆的思考の持ち主同士の出会いだったといえる。そうして、彼らの世界には美しい調和がもたらされるのだ。

Credits


Text Lynette Nylander
All images NARS / Steven Klein

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