ゴーシャ・ラブチンスキーのロングインタビュー

川久保玲がサポートするストリートのカリスマ、ロシアのファッション界の神童をインタビュー。彼が見る現在のファッションユースカルチャーとは?

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apr 14 2016, 5:30pm

ゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)は明確なテーマをもって服作りをするのが好みのようだ。21世紀のロシア、東洋のエキゾチシズム、冷戦へのノスタルジー、サブカルチャーの若者集団。サッカーのフーリガンや、スケーター、テクノ音楽であっても。

2008年に発表した最初のコレクション「Evil Empire」から、川久保玲のサポートを受けるようになった頃、最新コレクション2016年春夏コレクションでみせたロシア構成主義へのオマージュまで。わずか7年のあいだにキリル文字で書かれたゴーシャ・ラブチンスキーの名は、クールさの確固たるシンボルとなった。

彼の写真が持つ誠実さは、見る者を独自の世界に連れていく。そこには普段目にできない世界が広がり、現在のロシアで若者であるとはどういう意味を持つのか、私たちに問いかけてくる。ベルリンのカルチャー誌『032c』は今シーズンの号でゴーシャの作品を特集し、クロイツベルクにある自社ギャラリーで彼の展覧会を開いた。ベルリン滞在中、ゴーシャは誰にも真似できない彼独自のスタイルで街の若者を撮り、私たちに素敵なフォトダイアリーを残してくれた。

今回、我々はゴーシャに会い、彼のインスピレーション源と将来への展望、なぜモスクワにこだわるのか、そしてCHANELとSupremeとの関係について話を聞いた。

2009年に3つ目の、モスクワ以外では初のコレクションをロンドンで発表しましたね。当時は非常に珍しいことでした。反響はどうでしたか?
まず、あれはとても小さなコレクションだった。ショーのたった1週間前に招待されたから、準備期間が限られていたんだ。だから、セーターやスウェットパンツみたいなベーシックなルックでいくことにした。それからひとりの少年を題材にしたビデオとジンをつくった。いつも評判はどうだったかなんて覚えていないよ。好かれても嫌われても、気にしないから。もちろん、皆はぼくが誰だか知ってくれているけど、見せたいのはぼくの映画とヴィジョンだけなんだ。いつだって注目はされる。批評がポジティブでもネガティブでも好きに言わせておこうよ。

あなたの服を見て驚いたのを覚えていますよ。
本当に? どうして?

他のコレクションはほとんどが突飛で過剰だった。でも、あなたのデザインはまったく違った。これ見よがしにならずに、ある種の雰囲気を醸し出していました。
最近じゃ、いろんなデザイナーがそんな仕事をしているよ。

あなたのアプローチはやっぱり違います。だから、これほど成功したのでしょう?
モスクワとあの街の若い連中が、いつだってぼくにとって一番大切なものだった。ぼくらは深く考えることなく、2008年にファッションプロジェクト「we」を立ち上げたんだ。モスクワでの最初のショーはパフォーマンスとして企画した。"ある気分"を届けたくて、コレクションはそのためのツールだったんだ。それ以上ファッションに関わるつもりはなかったけど、ショーの後、当時のモスクワの独立系ファッションウィークのような存在だったサイクル・アンド・シーズンスに招待されて。それで新しいコレクションが必要になったんだ。その後ロンドンから招待が来て3つ目のコレクションを制作して、今に至るというわけ。どういうわけか、このファッションプロジェクトは大きくなっていったんだ。

あなたのおかげでファッション界はロシアに関心を持ちました。秘訣は何だったのですか?
難しい質問だね。自分の好きなことをやっているだけなんだ。誰かを喜ばせようなんてしていない。皆、おもしろくてリアリティのある話を聞きたいんだと思う。そして、ロシアやロシアの若い連中のことをもっと知りたがっている。ファッション界は今までにないほど若いやつらに関心を寄せている。考え方とかファッションそのものや洋服に対する見方なんかをね。もちろん若者特有のエネルギーへの興味も大きいんだと思う。若者はエネルギーにあふれているから。

今までにないほど、ファッション業界が若者をターゲットにしています。
ああ、もちろん。今じゃ、メジャーブランドがスケーターカルチャーやストリートファッションにコラボを持ちかけているよ。

ファッションショーで使うお金のかからないアクセサリーとしてのスケートボード……。
その通り! だから、次のコレクションではスーツやフォーマルウェアをつくりたいんだ。

90年代後半までプレタポルテとストリートファッションははっきり区別されていたのに、今ではトレーナーの出てこないコレクションは考えられないなんておかしなものだよね。
ファッションというのはストーリーさ。イヴ・サン=ローランやカール・ラガーフェルド、ジャン・ポール・ゴルティエも、それぞれのストーリーを語った。彼らのようなデザイナーは、ひとりひとりが違う世界を表している。90年代後半には変化があって、ファッション界が若者文化や若い連中のストーリーに出会った。エディ・スリマンやラフ・シモンズのような人たちがそれを基に作品をつくった。シュープリームみたいなストリートファッションブランドがここまで大きくなったのは、彼らのおかげさ。そうこうしているうちに市場が変わった。皆、毎日新しいストーリーを聞きたくて探しているんだ。物には魂を吹き込まなきゃならない。ファッションそのものには何の意味もない。豪華さは見る人次第だし、そうみてもらえるように仕向けることは可能さ。ぴったりくるストーリーさえあれば、ビール瓶だってどうしても手に入れたがるような豪華アイテムになる。何だってそうさ。製品そのものは重要じゃない。SupremeのセーターがCHANELのドレスと同じくらい欲しくてたまらないものになることだってあるんだ。

CHANELのドレスのストーリーはおとぎ話のように聞こえます。あなたのはもっとリアルだ。
でも、ドレスだって夢になれる。ぼくの伝えるロシアのティーンエイジャーのストーリーに感情移入できない人たちにとっては、それは現実でも身近なものでもないよ。

ストリートファッションはどこでも見かけます。ゲイのデザイナーも多いですが、ストレートの男性たちがスタイルやファッションの感覚を持っていたっていいわけですし、そういった才能は求められてもいます。そうなることで我々の社会がより寛容になると思いますか?
どうかな。モスクワにもスキニージーンズをはいたやつはいくらでもいる。5年前なら同じ連中がスキニージーンズをはいたやつらをホモ野郎って呼んでいたはず。ただのマーケティングだよ。Adidasがスキニータイプのトレーニングパンツを売りだしたとたん、そういう連中がはき始める。15年前にラフやエディがスキニージーンズを作った時には、いかがわしいとか不気味だとか言われたんだ。でも、それが一般市場にまで降りてくれば誰も気にしなくなる。

見た目と言えば、あなたはInstagramをやっていますね。それについてはどう思いますか?
Instagramはすごいよ。皆をつなげてくれる。ニュースを見たってお互いに憎しみあうことしか教えてくれない。中国人、ロシア人、誰をも。どこにだって悪いやつはいる。韓国やロシアの若いやつをInstagramで見て、本当はいいやつで自分と同じような考え方をしていることに気づくんだ。若いやつらは世界中で同じ音楽を聴いて、同じ服を着ている。パリのスケーターはぼくが誰だか知っていて、ロシアとロシアの若いやつらをサポートするって言ってくれる。メディアが流している戯言なんて信じてないんだ。Instagramを見れば、ぼくらが本当はどんな人間なのかわかる。これは、画期的なことだよ。世界中の人間をフォローできて、本当のことがわかってくるんだ。個人としても、キャスティングをするのにめちゃくちゃ役立っているよ。

一方でInstagramは競争を生みますよね。プロフィールには現実ではなく夢が書いてある。
誰もがアーティストになりたがる。そして、Instagramでは簡単にアーティストになれる。確かにイメージづくりに利用するやつもいるけど、皆が皆そうじゃない。Instagramには現実だってたくさん載っているよ。誰をフォローしているかによるよね。何かをつくりだしたいというのは人間の本能で、Instagramならそれが可能なんだ。ぼくはしょっちゅう新しい才能あるやつやイラスト、写真、動画なんかに出会う。すばらしいことだよ。

西側の国ではいまだにロシアを一風変わった得体の知れない国だと思っていますが。
西側がロシアを自分と同じ世界の一部だと思うようになれば変わるさ。皆はいつだってロシアのことを少し怖がっている。彼らが心配するのをやめて愛するようにすればいいんじゃないかな。喜んで手を貸すよ。

ソーシャルメディアの発達が若者のモチベーションに影響を与えたと思いますか? 私には反抗心の代わりに競争心が台頭したように思えます。
それは多分ぼくらが年寄りの世界に生きてきたからじゃないかな。若い連中のことなんて気にもしなかった。もし社会が若いやつらのことを真剣に考えてくれたら、もう反抗する必要なんてない。大人は「若者は何が不満なんだ?」って言ってたけど、ぼくらは自分たちの声を聞いてほしかったんだ。見てほしかった。何かをつくりあげたかった。今じゃそんなの超簡単だけど。

そういった変化はいいものなんでしょうか?
それは、いずれわかる。ぼくはポジティブな世界観を持ち続けるよ。多分10年も経てば変わるかな? 若さの代わりに年を重ねるごとが素敵に思えてくる。もしくは哲学か、科学か、宇宙か。ぼくらはファッションのことなんて忘れてスーツだけを着ることにして、テクノロジーや天文学に夢中になるかもしれない。年寄りは、明日の若者かもしれないよ。

今でもスケートボードをしますか?
滅多にしないよ。やるなら毎日やらなきゃ。少し休むと勘が戻るまでが大変だ。どっちみちモスクワでは難しいよ。外でスケボーができるのは、1年のうち3ヶ月しかない。冬になればぼくはスケートパークに行く時間もないし。時々は時間をつくるけど。

スケートボードはあなたにとって何ですか?
シャイなやつでも誰かと新しく知り合いになれる。違う文化の人間をひとつにできる。ミュージシャンもアーティストも。モスクワのスケートボードコミュニティにはいろんな奴らがいるんだ。フォトグラファー、映画製作者、それからミュージシャン。集まって何か新しいものをつくるんだ。

スケートボードの何に特に惹かれるのでしょうか?
ぼくはリアルなものが好きなんだ。新作コレクションに取り組むときには、変なものや不自然なものはつくりたくはない。スケーターファッションは着心地が良いことが大前提。スケーターには独自のスタイルがあって、自分だけのひと工夫があって、その人らしい着方があるのさ。だからこそスケートボーダーの格好を見ていると面白いし、ぼくにインスピレーションを与えてくれる。あいつらのファッションはお洒落なのに着ていて楽なんだよ。それって、デイリーな着こなしにはバッチリだろ。

さきほど、他人が自分の作品をどう言おうが気にしないと言いましたね。スケーターだった時期からそういう考え方だったんですか?
そうだよ。だって、他人がどう乗りこなそうが関係ないじゃないか。最初から、自分のスタイルを見つけようとする。一つ二つ真似することもあるよ。スケーターファッションは似ているから。ぼくはSupremeの連中を知っているよ。5年前には彼らは皆の笑いものだった。でもあいつらのファッションがダサいって言っていたやつらが、今じゃSupremeを着ているよ。ほかの大勢と同じようにね。自分を信じなきゃならないし、それはスケートボードから学ぶんだ。

それがあなたのテーマ? 若者に力を与えることが?
どうかな。そんなことを考えるより、モノ作りをして自分のアイデアを実現するほうが好きだよ。その後はもうぼくの作品じゃない。解放してやるんだ。皆は好きなように見てくれればいいし、何か意味を感じてくれてもいい。どうでもいいんだ。ぼくはとってもシンプルさ。考えを実現できればそれでハッピーだ。

それじゃ、どうして次はスーツをやろうと思ったのでしょうか?
そうでないとつまらないからさ。また若い連中とスケートボードでやるかい? スーツやビジネスで着る服をデザインしたい。それだけだよ。少なくとも次のコレクションはそうするつもりだ。

その他のインスピレーション源は?
いつも人間観察をしているよ。一番大切なのはエネルギーだ。誰かと会ったらともかくそれを感じる。今のところ、自分にとってはそれが正しいと思っているから。世界中の色んな若いやつらからインスピレーションをもらっている。とは言っても、考え方は似ている。ぼくのコレクションが彼らをひとつにするんだ。

ラフが最近のインタビューで、ファッションがポップになってしまっていて、もっと限られた層のものだった頃のほうがよかったと言っていました。これについてはどう思いますか?
ぼくもそう思うよ。80年代後半や90年代の初めには、ファッションは夢の世界みたいで、コンテンポラリーアートに近いものだった。川久保玲やマルタン・マルジェラみたいなデザイナーはアーティストのような存在だった。本当の意味での創作をしていた。たしかに彼らがラフたちのようなデザイナーにインスピレーションを与えた。ファッションに対するそもそもの興味を掻き立てたと言ってもいい。でも、ぼくらは違う時代を生きている。どこを見てもストリートファッションで、ファッションはとても商業的になった。昔アレキサンダー・マックイーンがやったように、何かクレイジーなことをした方がいいのかもしれないな。川久保玲は今でもやっているよね。彼女のコレクションはどれもクレイジーでハードコアだ。彼女の服は衣類じゃなく芸術品だよ。ぼくは、ラフ同様、川久保玲は間違ったことや矛盾したことをやる大切さを伝えようとしているんだと思う。

さっきあなたは、CHANELのドレスとSupremeのパーカーを同列に語っていましたね。プロモーションによってクオリティの差は問題ではなくなるということでしょうか。
そうだよ。昔は品質と肌触りが何より大切だった。今大事なのはイメージと手の届くヴィジョンだ。生地や職人技なんてものはもう誰も興味がない。欲しいと思ったらともかく買う。似合うかどうかは問題じゃなくて、イメージが大事なんだよ。

プロモーションがなければ、それらは無意味なものになると。
ああ、ぼくはそう思っているよ。

一方で、判断している我々は何様なんだという話もありませんか? いいことかもしれませんが。
ぼくはどんなものでも役には立つし、可能だと思う。何かやりたいなら、やればいいんだ。それが変なドレスでもシンプルなTシャツでも、ともかくつくるんだ。ラフを見てよ。つくりたいものをつくりたい時につくって、結局ディオールのクリエイティブディレクターになった。そして辞めたくなったら、さっさと辞めた。それしかない。自分が何をやりたいのかを見極めて振り返らない。それだけだよ。

あなたはモスクワに住んで仕事をすると決めましたね。他の場所に住みたいと思ったことはありますか?
そんな必要はないよ。それは、何か面白いものを見たかったり、物足りなさを感じている人がやることだ。ぼくはそうじゃない。モスクワに住んで仕事をする。それはいつだって面白い。ここはインスピレーションをくれるし、必要なものも全て揃っている。インターネットやInstagramがあって、世界で何が起こっているのかわかる。インターネットが繋がってさえいれば、どこに住むかはもう重要じゃない――やりたければ森のど真ん中に住んで、そこから仕事をすることだってできるんだ。

ベルリンとモスクワに何か類似性を感じますか?
似たところはいくつもあるよ。建築やアート、他にも色々似ている。でも、モスクワの考え方はよくないね。大金と権力のことばかりさ。ベルリンは、それとはほぼ正反対だ。

そういう状況は時としてモチベーションになります。克服する方法や改める方法を探すとか。
そうだね。でもロシア人はとても正直だ。笑って、憎んで、愛する。ぼくらが何かを信じているからだ。自己矛盾なんて概念はぼくらにはない。ありのままを見ているんだ。いつだって誰も予想していなかったことが起きている。だからぼくはモスクワから動かない。不確かだからエキサイティングだし、しょっちゅう変化も起きるんだ。

@gosharubchinskiy

Credits


Text Tim Neugebauer
Photography Gosha Rubchinskiy