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『それから』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

映画の平行線 第3回:『それから』『夜の浜辺でひとり』

RIE TSUKINAGA

映画にまつわる本連載。映画ライターの月永理絵と文筆家の五所純子が、毎月公開される新作映画を交互に語り合っていきます。今回は、4作が一挙に公開されるホン・サンス監督の映画とロマンチック・ラブ・イデオロギーについて。

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女の出てこない映画はない。けれど女はまだ語り尽くしていない。 “映画の女” を見ながら感じたアレコレを、お喋りのように、戯れ言のように、手紙のように、交わしてみたい。「映画の平行線」は最新映画とともに、映画ライターと文筆家が意見交換していく往復コラムです。


愛をめぐる物語は、いつのまにか支配権をめぐる闘いに転じ、その対決は思いがけない喜劇を生み出す。そういえば、映画監督の万田邦敏は自著のなかでこう書いていた。「映画は一瞬の接触のために、すべてを用意するといってよい。敵の肩口にぐさりと食い込む刃、標的の心臓を一瞬のうちに射抜く弾丸、あるいは男と女の距離は一瞬の接吻のうちにゼロとなる」。一瞬の接触のためにすべてが用意されるのが映画なら、愛の証である接吻も相手を仕留める決闘も等しい行為なのだろう。ふたりの人物が真正面から向き合うとき、それは接吻の合図か、あるいは決闘の合図か。

だから『ファントム・スレッド』は、愛を描いた映画であるのと同様に、決闘についての映画でもある。アルマとレイノルズの笑顔が切り返しによって映し出されるあの瞬間を、決闘シーンと呼ばずに何と呼ぼう。ふたりの接吻が映されないように、刃がぐさりと刺さる瞬間は描かれない。両者の距離がゼロとなるのを待つまでもなく、キッチンで見つめ合ったふたりは同時に理解するからだ。刃など必要ない。私たちはこうして勝者と敗者を決めるのだ。決闘は回避され、悲劇は思わぬところで喜劇に転じる。五所純子さんが前回書いたように、『ファントム・スレッド』はたしかにヴァンパイアの物語であり、ハッピーエンドという名のデッドエンドのその後を描いた驚くべき喜劇である。でも、と、もうひとりの私が囁く。『ファントム・スレッド』の話ではない。ここで話したいのは、映画のなかのハッピーエンド、あるいはその結末へと導くロマンチック・ラブ・イデオロギーの話だ。

© 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

これはあくまで映画の話である、と前置きしたうえで、こう問うてみたい。ハッピーエンドとは本当にデッドエンドなのだろうか? ロマンチック・ラブ・イデオロギーは古めかしい幻想と化してしまったのだろうか? アメリカ映画は、恋愛がたどり着く先は常に結婚生活であると信じ、そのうえで、たったひとりの運命の相手と夫婦になることこそ最上のハッピーエンドだと宣伝し続けてきた。ディズニー映画を例に出すまでもない。映画のなかの幸福な恋人たちあるいは夫婦たちが、私たちをハッピーエンド中毒に陥れる。生まれてから死ぬまで若く美しい女に執着し一方で妻からの愛を当然のように求める夫など、文字にしてみるとあまりにおぞましい。それでも放蕩のかぎりを尽くした最後に「ああ、そうだ、あの人だけは、彼女だけは私を待っていてくれたのだ」と叫ぶドン・アメチーの涙に、夫婦としての最高のハッピーエンドを見出さずにいられない(『天国は待ってくれる』エルンスト・ルビッチ、1943)。真の名声を手に入れたその席で「私はノーマン・メイン夫人です」と笑みを浮かべて名乗るからこそジュディ・ガーランドはスターであり続け(『スタア誕生』ジョージ・キューカー、1954)、間違った相手と婚約してしまったケーリー・グラントとデボラ・カーは本当の相手を見つけるまでの試練を乗り越える(『めぐり逢い』レオ・マッケリー、1957)。

『ファントム・スレッド』のルックに影響を与えたというデヴィッド・リーンの『情熱の友』(1948)もまた真実の愛を求める女の話だった。身を焦がす恋よりも生活の安定を求めた女は年上の裕福な男と結婚するが、同年代の男と出会い初めての愛を知る。だが時すでに遅し。愛も生活もすべてを失った女は、最後の最後、夫から真実の愛を与えられその腕のなかに倒れこむ。紆余曲折を経て、ふたりはついに“本物の夫婦”となれたのだ。彼らはみな“Happily ever after.”の世界を生きている。たとえば『恋人たちの予感』(ロブ・ライナー、1989)のハリーとメリーのように。最初はお互いを嫌いあい、だが二度目の再会で親友になり、やがて親友であり夫婦となる。老夫婦に混ざって自分たちの馴れ初めを語るインタビュー映像は、その後結婚生活の危機を描いた『ストーリー・オブ・ラブ』(ロブ・ライナー、1999)に引き継がれる。そういえば、『ファントム・スレッド』でもインタビュー映像が使われるが、ここで質問に答えるのはアルマひとり。つまり、これはあくまでもアルマが語る夫婦の物語であったということか。ひとつだけ告白すると、私はロマンチック・ラブ・イデオロギーを古めかしい幻想と思いつつ、どこかで、その幻想を信じたいと願っている。そして、その行き着く先はハッピーンエンドであってほしいと切望する。これは明らかな矛盾だ。でもだからこそ、その矛盾に取り組む映画に惹かれてしまう。とにもかくにも、私はいまだハッピーエンド中毒から抜け出せない。『ファントム・スレッド』だって見ようによればハッピーエンドだ。ぐさりと体に食い込む刃は、真実の愛を射止めるキューピッドの矢だ。そういえば以前『ゴーン・ガール』(デヴィッド・フィンチャー、2014)をこのうえなく幸福な結末を迎えた夫婦映画だと言って、誰かに苦笑された気もする。

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それにしてもホン・サンスの映画である。2014年の『自由が丘で』以降しばらく日本では見られなかった彼の新作4本が、6月から一挙に公開される。『それから』(2017)『夜の浜辺でひとり』(2017)『正しい日 間違えた日』(2015)『クレアのカメラ』(2017)は、どれもキム・ミニ(『お嬢さん』)を主演に、2015年から2017年にかけて撮られた作品だ。

夏目漱石の小説からそのタイトルがつけられた『それから』は、とある出版社に新入社員としてやってきた女性が、社長の愛人と誤解され、知らぬうちに面倒な恋愛沙汰に巻き込まれる恋愛劇。『夜の浜辺でひとり』では、キム・ミニが、年上の映画監督との不倫で大きなバッシングにあった女優役を演じる。ドイツの知人の元にしばらく身を寄せていた彼女はやがて韓国へ帰国し、旧友たちと語り合ううち、女優復帰について考え始める。『正しい日 間違えた日』は、自作の上映のため、予定より一日早く水原(スヲン)へやってきた映画監督と、そこで出会った女性とのある一日の物語。朝から翌朝までのふたりの動向が描かれるが、すべてが終わった後、まるでリセットボタンを押したかのように再び同じ一日が始まる。そして『3人のアンヌ』に続きイザベル・ユペールが出演する『クレアのカメラ』。配給会社の社員としてカンヌへやってきた若い女性は、突然女社長からクビを宣告され途方にくれるが、写真が趣味のフランス人女性クレアと知り合い行動をともにするうち、女社長と旧知の映画監督との深い関係に気づく。

『それから』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

こうしてあらすじを読んでいくとわかるように、ホン・サンスの映画には、いつも同じような人たちばかりが登場する。若い女は年上の男(たいていは既婚者で映画監督や大学教授)との不倫に陥り、男たちは身勝手な理由で女にまとわりつく。とにかくみな酒を飲んではぐだぐだと愛や人生について語り合う。『正しい日 間違えた日』が顕著なように、彼の映画のなかでは、時間は何度もくり返される。男は何度も女と出会い酒を飲む。「こうでしかありえなかった」という一回性はここには存在しない。出会い、愛を告白し、諍いあい、別れてはまた再会する。そのすべてが何度も何度もくり返される。くり返した結果正解が生まれることはないし、何が正しく、何が間違いなのかもよくわからない。

そもそもカメラワーク自体も、決定的なワンショットを避けているようだ。切り返しはほとんど使用せず、多くのシーンは引きの構図とロングテイクで撮影される。ズームアップは多用されるが、ここぞという決定的なショットとは言い難い。切り返しを利用しない理由について、監督自身は、俳優の演技が常套化しないため、何よりカットを割ることで演技の流れを中断させないためだと語っている。監督にとって重要なのは物語よりも、その場所と俳優たち。脚本を事前に用意せず、毎朝、撮影の前にその日撮影する分の脚本を俳優に渡すという独特のスタイルも、その主義に沿ったものだろう。

『夜の浜辺でひとり』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

ホン・サンスの映画は、愛とも、決闘とも、かけ離れている。彼の映画の登場人物たちは、常に恋をし、愛とは何かを語り合い、生きているのが辛いと泣き喚く。でも決して彼らは死なないし、愛の言葉は簡単に覆される。真実の愛もハッピーエンドも存在しない。あるのは、ただその時その場で起こった(かもしれない)出来事の記録だけ。でももしかすると、それこそが真の一回性なのかもしれない。同じ時間をくり返しても何かが微妙に変化するように、恋人たちの関係もまた、その一瞬一瞬でしか存在しないのだから。

ホン・サンスの映画をどう受け止めていいのか、実のところよくわからない。愛と酒に酔いどれる人々を見てにやにやと笑う気にもなれないし、かといってどこかでたらめなその言葉や映像を信じてよいものか。わからないままに、人々の絶え間ない会話を、笑い声や泣き声を、焼酎瓶のぶつかり合う音を、永遠に聞いていたくなる。

  • それから』ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中。
  • 夜の浜辺でひとり』6月16日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。
  • 正しい日 間違えた日』6月30日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。
  • クレアのカメラ』7月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。