『犬ヶ島』ウェス・アンダーソン監督 interview

「より政治的になってきています」

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jun 2 2018, 3:41am

人形を人形のまま、小さいを小さいまま。

ウェス・アンダーソン監督が初めてつくった人形アニメ『ファンタスティックMr.FOX』は、そこが決定的にオリジナルだった。人形じゃないみたい、と感じさせようとはしない。リアルに寄せることに関心がない。

アンダーソン監督が再び人形アニメを選択した『犬ヶ島』を観て、それがどういうことかよりはっきりとわかった。「ケンカ煙」が登場していたからだ。もくもくと過剰に立ち上がった土煙から腕や足が飛び出た様で、激しいケンカを表現するあれを、綿と人形と綿でつくってみせた。なんて、わくわくするショットだろう。まずはそこから、聞いてみる。

「ワーナーブラザーズのアニメみたいなやつでしょう。日本の漫画でもおなじみの表現ですよね。ケンカの様子を伝えるには大変適した手法だと思います。ごくシンプルに描けますからね」

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

アニメや漫画でおなじみの「ケンカ煙」をそのまま、綿と人形と綿でつくった。綿は、アニメや漫画の表現としてしか存在しない、当然ながら実在しない「ケンカ煙」の煙であり、それでケンカを描いたが、綿を土煙に見せる気は毛頭ない。人形は人形のまま、ケンカ煙はケンカ煙のまま。

いかにも、アンダーソン監督らしいではないか。映画内の世界は完結していて、その架空世界内の法則のみにのっとる。だから、『犬ヶ島』の「今から20年後の日本」という設定も、「今」が、私たちのいる日本の今を指さない。

「今から20年後の日本」では、メガ崎市の沖合に位置する、ゴミで埋め立てた島に犬が隔離されている。小林市長が、人間の健康を脅かす伝染病に罹患しているからと追放したのだ。しかし市長の養子アタリは単身、愛犬の救出に向かう。ディストピアでの、戦いと冒険。

アンダーソン監督は、6年前にこの企画を立ち上げてから公開まで、日本には来ていない。ここで言われている「今」は、数年前に一度だけ訪れた日本ではなく、彼が刺激を受けた日本のさまざまな文化の中にある。

「映画を撮り始める前に私はいつも、そのインスピレーションとなったモノのリストを作ります。そして、実際に制作しているあいだは、それを忘れるようにしています。すべてを吸収したうえで、それらが私を通して映画に入っていく、ということなのだと思います」

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

「今回も映画だけではなく写真、本、音楽、などさまざまなモノから着想を得ましたから、『日本文化のどういった部分をオマージュしたか?』という質問があれば、答えは『すべて』と言っても過言ではありません。影響されたというのではありませんが、宮崎駿監督の静寂や静けさの感覚、黒澤明監督の大胆さやスケールの大きさ、そういったものは入れたいと考えました」

黒澤明の作品からは、音楽も採用されている。『七人の侍』のテーマ、『酔いどれ天使』からは「東京シューシャインボーイ」や「小雨の丘」。こうした昭和20年代の曲が、『ファンタスティックMr.FOX』からアンダーソン監督と組み、続く『グランド・ブダペスト・ホテル』ではアカデミー賞作曲賞も受賞したアレクサンドル・デスプラのオリジナルスコアととてもマッチしているのも、この映画の面白いところ。デスプラはギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』でも同賞を受賞したが、音楽によって映画をひとつの物語世界としてパッケージすることができる名手だ。

『ファンタスティックMr.FOX』からは、西部劇の構造も引き継がれている。そしてパンフォーカスのロングショットは、人形の人形らしさ、小ささを増幅させて、実写のそれとはまた違う妙が。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

さらに今回はその物語構造やロングショットが、黒澤明の作品を思い起こさせもする。黒澤作品と西部劇は相思相愛なのだから、無理もない。

黒澤が戦後15年間に撮った、当時の現代劇を中心にヒントを得ているのは興味深い点だ。特に影響を受けた作品として、アンダーソン監督は二作を挙げる。

「特に『天国と地獄』と『悪い奴ほどよく眠る』ですね」

『天国と地獄』(1963)は、誘拐事件を通して、利益を追求するばかりの企業のあり方や格差に言及した。『悪い奴ほどよく眠る』(1960)は、利権を貪る官僚たちの腐敗を描いた。そして瓦礫だらけの犬ヶ島は、そうした映画の中の、戦後まもない日本の風景に重なる。

この映画の舞台である「今から20年後の日本」は、黒澤が描いた戦後の日本から延びた時間軸上にあるようだ。「20年後」は、『ファンタスティックMr.FOX』で言うところのキツネ時間のようなもので、あちらの世界の時間の概念にのっとるから、リアルな今の日本から見て、過去か未来か今かはわからない。

あたり一面の瓦礫は、この映画の企画が2011年の春からそう時間をおかずに立ち上げられたことも想起させるが。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

ナチス台頭前のヨーロッパを舞台に、陽気に始まりながら次第に、融和に排他が押し寄せる前作『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)が公開された後には、トランプ政権が誕生した。続く『犬ヶ島』では、戦後の日本をモデルにした架空の日本の未来という設定だが、政治の私物化、権力の腐敗、事実の隠蔽、排他主義はまさに今の日本の問題そのもの。日本に暮らす私たちは、この一致に驚いてしまう。

「制作当時、私たちはアメリカのことが念頭にありました。権力者が弱い立場の人たちを操作する。2つのグループを対立させておいて、より自分の力を強くしようとする。こういった権力の構図というのは昔からありましたが、近年世界各国でどんどん増えてきているように思います。脚本を書き始めた頃はヨーロッパのことを考えていたのですが、書いている最中にアメリカもどんどんそうした状況になっていったという実感があります」

黒澤が社会問題を訴える映画に熱心に取り組んでいた当時、三島由紀夫は「思想が中学生並み」と揶揄したが、「中学生並み」を「お花畑」という言葉に代えた揶揄を支持する方向へ進んでいるのが日本の実状である。
この映画で、12歳のアタリや日本の高校生たちが解決に奮闘する姿がこそばゆいほどだ。アメリカでは、その活動をリードするのが交換留学生のアメリカ人であることを問題視する人たちもいたようだが、外圧に弱いのが日本ですから。

黒澤の一連の社会派作品は、結末が苦い。

アンダーソン監督の作品も、例えば『ファンタスティックMr.FOX』の主人公が野生を手放して生活との折り合いをつけるように、問題は解決しながらも、完全だった世界は欠損するのが常だった。『グランド・ブダペスト・ホテル』でも、融和の理想は潰えた。

本作には、黒澤の『野良犬』(1949)と共通する点も多い。『野良犬』では、戦争から帰還した男二人がそれぞれ、復員列車で荷物を盗まれて全財産を失い、ひとりは刑事になり、ひとりは犯罪者に堕ちる。二人はお花畑で殴りあうことになるが、『犬ヶ島』では野良だと自ら名乗る犬、チーフの前に、運命の双子と言える犬があらわれる。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

「もちろん『野良犬』にもインスパイアされています。黒澤監督が戦後すぐに撮った作品ですよね。『犬ヶ島』に登場してくる彼らは野良犬だし、ほかに『野良犬』なんていうタイトルで撮った監督はいませんから、それもまたひとつのご縁かなと思ってしまいます。(原案に共にクレジットされている)ロマン・コッポラと私の中には常に黒澤監督、そして彼の作品がありました」

野良犬な運命の双子の結末は、『野良犬』とは違う。対立を煽り、弱者を追い込む社会が世界に広がる今、私たちには希望が必要だ。

アンダーソンの映画では、パーソナルな情熱と外界との軋轢がテーマになることが多い。その外界が学校だったり家族だったりしたのが、『ファンタスティックMr.FOX』で社会に広がり、前作の『グランド・ブダペスト・ホテル』では、それが国になった。

「はい。より政治的になってきていますよね」

『天才マックスの世界』でアンダーソン監督を知ったときには、そんな言葉が返ってくるとは想像もしなかった。情熱が身近な外界とぶつかりあうさまが、素っ頓狂にスタイリッシュにカラフルにロマンティックに描かれるのを見続けるだけでよいはずだった。

「とはいえ、最初から政治的な映画をつくろうとしていたわけではありません。元々、島に隔離された犬の物語を考えていて、そうするうちに政治的な要素が入ってきたんです」

映画内に完結した別の世界を構築する、そこにはおのずと政治も必要ということか。それが現実を反映し、期せずして一度しか行っていない国の現在さえ予見してしまう。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

世界をひとつつくる、完璧に緻密につくりあげる。アンダーソン監督の作品はいつもそのようにつくられているが、それは猛烈な情熱なくしてはかなわないこと。

彼の映画の中で、外界との軋轢に身悶える情熱の持ち主には監督自身がいくらか重なって見える。

「憶測でしかありませんし、正確かどうか自分でもわからないのですが、自分にとって原点と思えるのは、7、8歳の頃のことです。当時、両親は別居していました。私は学校での態度が悪く、先生たちによく怒られていたのですが、3年生の担任の先生が、私が芝居の脚本を書くのが好きだと知っていて、こう言ったんです。『もし1日学校で怒られなかったら、星型のシールをつけてあげる。シールがたまったら、あなたが書いた脚本をみんなで演じましょう』と。そのおかげで、私の態度はかなり良くなったと思います。一年のうちに何回も、私が書いた芝居の上演をしてくれたから。その頃していたことは今やっていることと直接的につながっていると思います。先生がご褒美をくれて、私の作品をみんなで演じてくれた経験が、私の原点なのかもしれません」

クラスのお友達に代わって人形たちが演じた、もうひとつの日本のもうひとつの未来が、現状を憂える私たちの顔をすこし上向きにする。

犬ヶ島
5月25日(金)全国ロードショー