インディビジュアルな色:ルチア・ピカ インタビュー

2015年からCHANELのグローバル クリエイティブ メークアップ&カラー デザイナーを担うルチア・ピカに、故郷であるナポリの街、カラーパレットの生み出し方、そしてメイクと個性の関係について尋ねた。

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nov 17 2017, 5:34am

朝10時。表参道の街がようやく目を覚ます時間だ。屈託のない天真爛漫な笑顔を浮かべた彼女は、ブルーベースのツイードのパンツスーツ姿で颯爽と現れた。その人は、ルチア・ピカ ーー CHANELのグローバル クリエイティブ メイクアップ&カラー デザイナーだ。「チャオ」。対面したすべての人とその場の空気を、瞬時にしてポジティブに引きあげてしまう佇まいには滅多に出会うことができないものだ。

清々しいほど透明感のある空間で、彼女によるCHANEL 2018 SPRING/SUMMER MAKE UP COLLECTIONの解説が始まった ーー ルチアの生まれ育った地であるナポリをテーマとした「NEAPOLIS: NEW CITY」だ。「私に最も近いものである少女の記憶であり、私をかたち作った場所。このコレクションは、私のインティメート・ジャーニーであり、ナポリに宛てたラブレターなの」と、またも弾けるような笑顔で話す。そして「長い歴史と物語が蓄積されたところ」でもあると。「それでは、私がインスパイアされた写真を展示した地下フロアに移動しましょう」。ほんのりと薄暗い洞窟に潜るように階段を降りると、数十枚を超えるナポリの風景の断片が飾られていた。ギリシャ神話をもとにつくられた叙事詩『オデゥッセイア』に登場するセイレーンの一人であるパルテノぺ(後に、新しい都市を意味するギリシャ語「ネアポリス」と名が変わる)が、ナポリの起源だと語られたプロローグもある。「私がここで日本語を話したら皆さんを驚かせることができるのにね」。想像しがたいほどの遥かな過去と現在とが交差する街なのだ。「非常に活気に満ちていて、生き生きとしている都市です。私は故郷に降り立ってすぐ、その空気を吸い込んだ瞬間にナポリの匂いがわかりますし、目を閉じただけでナポリの『色』が浮かんでくるのです。私にとっては、探索と再発見。それが今回試みたことなのです」

ルチアに、一例を話した。これまで彼女が手がけたコレクションの中には、日本の伝統工芸や和紙とポップカルチャーをテーマにしたものがある。私たち日本人にとっては対極的なエレメントに思えるのだが、彼女の美学を通すと耽美的な整合性が生み出されていると。「そうね。一言で言えば、私は『コントラスト』が好きなのです。写真からインスピレーションを得ることが多いですね。それは、より自分との関連性を見いだすことができるから」。「常に何か良い対比はないかということで探しに出向いています。ですので、単に古いものにノスタルジックな想いを寄せているわけではないんです。例えば、クラシカルな美しさと真新しいポップなもの、光と陰、感情面で言えば攻撃的なものと優しい親切な心……。コントラストの中にも常にバランスを見出しているというのが、私のやり方ではないかと思います」


Photo by Max Farago Courtesy of CHANEL.

写真には、広い画角で撮影されたサンセットや街の情景などもあるが、ほとんどがクローズアップだ。撮影者の眼差しと色彩を見出した時の高揚感が漂っている。そして、一葉の写真がコンテンポラリー・アートのように美しい。すべてを紹介することは叶わないが、重厚なバロック様式の柱やタイル床、海風にさらされ風化した建物の壁面や教会のドア、漁師が用いるネットやビニールカバー、比較的新しく塗装されたエクリュピンクの壁、赤褐色の岩と波打つ海、雲ひとつない青空――私たちが見落としてしまいそうなインスピレーションを、きっと彼女は一つたりとも見落とすことがないのだ。ルチアは、「このグラデーションのこの色」と、指をさしながら説明する――その中には、数千年も前にデスビア火山の噴火によって失われた街、ポンペイのフレスコ画もあった。「この色は、アイライナーに」。長い月日を火山灰の中で過ごした「時間」を内包するナポリにしかない色だ。「日本もそうでしょう? その土地固有の、奇をてらわないさり気なさというものがあるのです」

祖国を熟知するイタリア人の中でも、ナポリは他の都市とは違うという声もよく耳にする。「確かにそうです。イタリアの中でも非常に独特な文化を持っていますし、ナポリだけが独立しているような、少しアナーキックな感じ。それは人々の立ち振る舞いにもあらわれていますね」。彼女のコントラストを見出す瞳は、その歴史にも向けられている。「160年ほど前、イタリアの北と南が分裂していた時代がありました。その頃までナポリは、シチリア帝国の首都でもあったわけです。今までの侵略のされ方も北と南では違いますから、またそこで感じる光も違うんです」。少し含みのある声に聞こえた。「南部にあるナポリの光は、地理的にも近い北アフリカのものと似ています。例えば、シチリアのパレルモもまた似たオレンジ色の光を放っていますね。イタリアの中でもエキゾチックで、それがいくつかの歴史のレイヤーとなって独特の雰囲気を作っているのです。とてもエネルギッシュでロマンチック、また同時に気まぐれでもあります。ぜひ行ってみてください、本当に愛されている都市ですから」

Photo by Angelo Penetta Courtesy of CHANEL.

――彼女の記憶のなかにはない、新しい色を発見することができたのかを尋ねた。「これとこれ……」。そう呟きながら、目の前のテーブルにある新作コレクションに向かって、すっと伸びる指先が迷いなく動く。「ブルーがリップグロスになるだなんて思ってもいませんでしたね。幼い頃から色に対する感覚はありましたが、もちろん戦略的なものではありませんでした。色の見方が違ったのでしょう。今は、美しい色をいかにインターナショナルに広げることができるかという視点がありますから」

ルチアの真骨頂ともいえる「赤」のバリエーションはもとより、その色彩のダイバーシティを見て、私たちがフォローしている日本のユースたちに勇気を与えるものではないかという思いが頭をよぎった。慣例や礼儀をこえた化粧。ルールから飛び出すかのように、自分の精神を解放して、純粋に自由なメイクを楽しむ彼女たちを見てきたから。「イエス。ファッションもメイクも自由に楽しむべきです。私は皆が同じでなければいけないと思ったことは一度たりともありません」。彼女はそっと続ける。「誰にとっても『インディビジュアル』は、とても大切なこと。私は、非常にクリエイティブな方法で皆さんが持っている個性を『色』で発揮できるようにといつも願っていますから」。透き通った青い瞳が、強く語りかけてくる。

最後にもう一つだけ、ルチアに聞いてみたいことがあった。i-D Japan Vol.4、日本の男の子たちがメイクをしたstraight ups『BOYS DON'T CRY(上を向いて歩こう)』を彼女に見てもらいたかった。「アジアの男の子は、よくメイクをしていますよね。とってもかっこいいわ」。ページを捲る。「そうね。男女関わらず、やはり『インディビジュアル』な表現をしている人に惹かれるわ。デヴィッド・ボウイも、あれだけメイクしていてもすごく魅力的でしょ? アイラインをひいている男性はすごくロックだとも思います。だから私は、メイクと"何か"を結びつけて考えることはありません。あ、マリリン・マンソンを忘れてはいけないわね」

ーー 東京からのインスパイアは? そう尋ねるとルチアは、ピュアな笑みを浮かべた。「とても個性的なファッションの人たちも多いし、えっと、白と黒のハイライトを入れた若い女の子……そう、ガングロの女の子たちのアイデアには本当に驚きましたね(笑)。とにかく非常に個性豊かで、ピンクの髪色をした原宿ガールたちも素敵だと思います。すべてがとてもインスパイアリング。でも、今日のところはこれで終わりにしましょう」

https://www.chanel.com/

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