人生を変えたクィア文学

ブッカー賞受賞作家アラン・ホリングハーストが、自身のゲイ男性としてのアイデンティティ形成に長く影響を与え続けた小説3冊と著者2人について語る。

by Alim Kheraj; translated by Atsuko Nishiyama
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dec 25 2017, 7:19am

William Burroughs, The Wild Boys E.M. Forster, Maurice

アラン・ホリングハーストはこれまで6冊の著書を通して、現代イギリスにおけるLGBTQの経験を文学的に追求する第一線に立ってきた。1998年のデビュー作、『スイミングプール・ライブラリー』はガーディアン紙によって「現代的な境遇と文脈に置かれたゲイの日常を描いた、英国初のメジャーな小説」と評された。2004年にブッカー賞を受賞した『The Line of Beauty(原題)』では抑圧と偽善、そしてエイズによる危機というテーマを追求。2011年に発表した『The Stranger's Child(原題)』はそのような探求をより間接的なアプローチで試み、過去に起きた性をめぐる事象の謎に迫った。「これまでずっと、興味を持ち続けてきたテーマなんだ。クィアであることが今よりずっと困難で複雑だった過去の時代について書く、ということに結局は立ち戻っていく」と彼は語る。「そんな時代にあっても、クィアな人々の人生は続いていたということも描いている。目立たない形で、完全に許されたわけではなく、それでも続いていった」

精緻でかつスケールの大きな最新作『The Sparsholt Affair(原題)』は、それらのテーマを重ね、70年間にわたる語りが展開する。物語の中心となるのは1966年に起きたあるスキャンダル。この年は同性愛が部分的に合法となる前年であり、謎に包まれたハンサムなキャラクター、デヴィッド・スパーショルトが収監されていたのは、社会的には不正とされていた性的行為が原因であることほのめかしている。しかし、本作ではこの「スキャンダル」の詳細な描写は避けられている。その代わりに、1940年代のオックスフォードで10代だったスパーショルトと出会った、同世代の研究者たちの物語に焦点が当たる。それから1970年代から現代へと時は進み、物語は彼のゲイの息子で肖像画家のジョニーの姿を追う。

そう、『The Sparsholt Affair』はただ「クィアな人々」の人生を追い求めたというだけの作品ではない。伝えられないままになった事柄が持つ、途方もない影響力の大きさを探求し、あらゆることが閉じられたドアの向こうでだけ囁かれるとき、人の関係性や表向きの性質にどんな影響を及ぼすのかを掘り下げた書でもある。そうする中で映し出されてくるのは、多くの場合「何が書かれたか」と同じくらい「何が書かれなかったか」が重要な意味を持つという、クィア文学の伝統である。ホリングハーストの言葉を借りれば「クィアの小説家は、場合によっては小説というものの置かれている現状を、引き受けなくてはいけない。けれど同時にそれを、自分なりの微かなやり方で打ち壊しもする」

さてそのことを踏まえて、アラン・ホリングハーストに彼自身が重要と考えるクィア文学と作家について話を聞き、ゲイ男性として、書き手としての彼に与えた影響を含めて語ってもらった。

1. ウィリアム・バロウズ『猛者(ワイルド・ボーイズ)—死者の書』
バロウズの『ワイルド・ボーイズ』を読んだのは、シックス・フォーム(日本の高校2,3年)の頃だ。内容の大半が、自分にはまったく理解できないものだった。ジャンキーとか幻覚とかの世界もそうだし、そもそも使われている言葉の半分は意味がわからない。ある意味では、それゆえにいっそうスリリングだった。とにかくあのギャングたちが行う過剰に性的な儀礼のいちいちに、イギリスの田舎の寄宿学校に暮らす当時の私は強い刺激と魅力を感じた。彼がただゲイ作家というだけでなく、その関心がそこに留まらないということも興味深かった。それは彼の広い広い想像世界で行われることの一要素に過ぎない。バロウズはとても明晰な頭脳の持ち主で、かつ文学的だ。ただの狂った奴じゃない。信じられないような奇妙な人生を生きた人だとしてもね

2.E・M・フォースター『モーリス』
1972年にオックスフォードに入学して、3年目にカミングアウトした。当時、同性愛についてこのことが話題に上った、という記憶が正直まったくない。自分たちはそういう文脈でフォースターの話をしていたか? 昔の時代の思考の枠組みの中で自分のことを考えるのは、とても難しい。フォースターの生前には、彼がゲイであることがわかるような作品は何も出版されなかった。死の翌年に『モーリス』が出版され、続いてゲイ短編集も出た。今ではフォースターはゲイの作家だと考えるのが当たり前だけど、ある時期までは、誰も学部の授業でそのテーマでレポートを書いたりしなかった。ものすごい変化だ。私が大学院で研究を始めたのは1975年、同性愛の部分的な合法化の8年後だった。それまで誰も取り上げなかったそのテーマを追求しようと決めた

もちろん『モーリス』は研究対象となるべき1冊だった。深刻に突きつけられた問題と向き合う者の、切迫感が描かれた作品だ。出版されたことによって、当時の状況を今に伝える役割を果たしてもいる。例えばモーリスが医者に言う〈私はオスカー・ワイルドと同類の、口に出せない存在なんです〉というフレーズは、当時の人たちが自分のことをどう考えていたか想像するヒントになる。作品が表に出ずに存在してきた歴史も興味深い。フォースターは少なくとも2度この作品に立ち戻っているが、その原稿はクリストファー・イシャウッドらの手に渡り、読まれていた。それが世代の違うゲイの間での秘密のライフラインのようになっていたということに、心を動かされる

3. ロナルド・ファーバンク
ファーバンクの作風は斬新だ。彼の著作は第一次世界大戦中に出版された難解なモダニスト小説(作中に戦争を感じさせるものはまったくないが)。彼は作品を自費出版した。初期の小説は300部ほどしか刷られなかったはずだ。それらが小規模だがカルト的人気を博した。次世代の作家にとても意義深い影響を及ぼし、小説という形態に根底から揺さぶりをかけた人物でもあると思う。イーヴリン・ウォーやヘンリー・グリーン、W・H・オーデンも熱狂的なファーバンク・ファン(ファーバンキアン)だ。彼が示したのは、ヴィクトリア朝時代の小説を取り巻く状況すべてを取っ払い、目の眩むような断片を通して衝撃的な出来事を垣間見るような構造を組み立てたら、一体何をし得るのか、ということ。非常に美しく、おかしさもあるが、省略が多い曖昧な書き方でもある。ファーバンクは、かなりたくさんのことを書かずに省いている。濃密さと風通しのよさを兼ね備えるのが彼の技法だ

4. デントン・ウェルチ
デントン・ウェルチは興味をそそる人物だよ。バロウズは彼を崇拝していて、半ば狂信的に『デッド・ロード』を彼に捧げている。バロウズの小説中にはウェルチが、大抵は幻影のような形で登場してさえいる

彼は才能ある作家だった。かなり若い頃、大型トラックに自転車ごとはねられて脊椎を損傷した。それほど長く生きられないとわかっていたから、まもなく失われてしまうかもしれないこの世界を、鮮やかに生き生きと認識して書いた

「ウェルチは素晴らしい日記も残している。30年ほど前に出版されたが、編集がかなり劣悪な本だった。その中には特に戦時中、兵士やアメリカのG.I.との出会いで興奮を掻き立てられたこと、彼らが服を脱いで川に入って泳ぐ姿などが記録されている。ウェルチはひどく貧乏で、エリック・オリバーという若者と一緒にガレージを改造したアパートに暮らしていた。実は昨年、アメリカの学者によって編纂された彼らのラブレターも出版された。彼が驚くべき優れた作家である理由の一つは、ひねりのある大胆な筆致で、興味を惹かれたすべてのことを表現した点にある。美しい若い青年から美しい古時計まで、何でも描写した。世界を捉えたいという渇望に満ちている。現代の人たちに、もっと掘り起こされるべき作家だと思う」

5. エドマンド・ホワイト『ある少年の物語』
『ある少年の物語』を初めて読んだ頃にTLS(タイムズ・リテラリー・サプルメント)にやや高慢なレビューを書いてしまい、後になってかなり恥ずかしくなった。この本には、私を愕然とさせてしまうような部分があったんだと思う。完全に新しい可能性を見せつけられた。ゲイとして成長する経験について、これほど美しく巧みに、かつ前代未聞と言えるほどの率直さを持って書くことができるんだ、と。それは本当に、それまで見たことがないようなコンビネーションだった。完全に自分をさらけ出す正直さと、文学的な想像力に満ちたヴィジョンの素晴らしさと。この上なく重要な作品だ。3部作になる予定のシリーズの1作目に乗り出すにあたって、とてもパーソナルな自伝的フィクションを書こうと彼は決めたんだ。3部作が全体としてどんなものになるのか、わからないままに。ある意味ですべてが冒険で、それもとてもパーソナルな視点から描かれている。特定の年代の記録であるということは、3部作の面白さの一要素でしかない。本当に興味をそそられるのは、それが豊かな文学的想像力を備えた視点から書かれているからだ

ホワイトの自伝的作品『My Lives(原題)』の中に「My Master」というセクションがある。メジャーな作家が自身のことを綴った文章で、ここまであけすけなものを私はあまり読んだことがない。かつてないほどの正直さで書かれていると感じる。読者の中にはむしろそれについていけなくて、はっきり言って知る必要のないことを聞かされている、と思う向きもあったと思う。でも素晴らしい作品だ。読むほどに潜り込んでいくあの感覚は、『ある少年の物語』でもはっきり感じた。激しすぎるほどの性的欲求の源にある、孤独の感覚。力強さと澄んだ明晰さを兼ね備えている。彼はやはり大作家と言えるだろう。今では手に入りにくい著作もあるらしいし、若い世代のゲイの読者たちにあまり知られていないと聞くと、寂しい気持ちになるよ