Photography Sofiya Loriashvili

戦前のウクライナの日常をとらえたZINE『My Last Voyage in This Fucking World』

パリを拠点とするフォトグラファー、ソフィア・ロリアシヴィリの新作ZINE『My Last Voyage in This Fucking World』は、彼女が祖国へと捧げるラブレターだ。

by Sarah Moroz; translated by Nozomi Otaki
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05 July 2022, 3:00am

Photography Sofiya Loriashvili

ZINE『My Last Voyage in This Fucking World』で、フォトグラファーのソフィア・ロリアシヴィリは、愛する祖国ウクライナにオマージュを捧げた。この薄い冊子は、2021年はじめ、2ヶ月にわたって複数の都市でウクライナの友人や家族を記録した、彼女にとって最後の帰郷を収めたタイムカプセルだ。そこに写るのは、薄暗い部屋や肌寒い屋外ではしゃいだり謎めいた表情を浮かべる人びと。例えば、ソ連時代を思わせる薬局の前に座る、ソフィアのタトゥーアーティストのポートレート。扉のないトイレ、大量のゴミ、そしてネコのいる麻薬の売人のアパート。ダイニングテーブル代わりのスーツケースに置かれたさまざまな所持品(ショーペンハウアー著『愛の形而上学』など)。剃り落とした髪の毛が散らばる汚れたバスタブなどだ。

A couple laughing together sitting on a clearing in the woods.

これらの写真は快楽主義的で、おおらかさと大胆さに満ちているが、いずれも深い愛情が感じられる。しかし同時に、野生的なエネルギーとは裏腹に深い哀愁を帯びていて、当時と現在の修復不可能な亀裂を強調する作品でもある。墓地で笑い合う友人たちの写真──その後ろの火葬場から立ちのぼる黒煙──は、甚大な被害をもたらしている現在の戦況をふまえると、不穏さを感じずにはいられない。

 パリのカフェでソフィアに会い、敬遠されがちなヌード写真、戦争の非現実感、そして低俗さが高潔さになりうる理由について話を聞いた。

 ──フランス系ウクライナ人というアイデンティティを通して、どんな体験をしてきましたか?

ウクライナで生まれて、5歳のときにフランスに来た。母がここに引っ越してきたの。ヨーロッパに行けばもっといい暮らしができるだろうと思ってね。8歳から10歳までは、母が父と復縁して3人でウクライナに帰った。10歳でまたフランスに戻ってきた。それ以来ずっとここに住んでるけど、1年のうち最低でも1ヶ月はウクライナで過ごしてる。母以外の家族はみんなウクライナにいるから。

 

──写真の勉強はしましたか?

ちょうど(パリの学校の)レ・ゴブランの1年目が終わったところ。ゴミ箱のポートフォリオと、HIV陽性者の人びとのポートレートを提出した。学校に通ってるのは、自分の生活の枠組みをつくるため。更生施設を出たばかりで、生活の基盤になるものが必要だった。私は独学に向いていない。ひとりで勉強するのは得意じゃないから。写真はずっと撮ってるし、若手デザイナーのシューティングも担当したけど、もっと上を目指して広告写真にも挑戦したいから、ちゃんと授業を取ってライティングなどについて学ぶことにした。100%自由を享受するためには、教授の存在や制約も必要。しばらく学校に通っていなかったからリズムを取り戻すのが大変だけど、楽しんでる。

A candid photo of a couple wearing black in Ukraine.

──『My Last Voyage in This Fucking World』を作ろうと思ったきっかけは?

最初はアルバムを作るつもりだった。2021年2月からの2ヶ月間にウクライナで撮った写真をほぼすべて使って(パソコンがiPhotoで自動で写真を整理してくれるの!)、覚えていることを書き出してね。私は心からウクライナを愛してる。ここに小さなウクライナ国旗のタトゥーも入れてる(肩を指差す)し、母について話すみたいにこの国のことを話す。私にとってずっと安全な場所だった。あまり調子が良くないときはいつも行っていた。でも、今は変わってしまった。あまり実感がないんだけど。そこで戦争が起きているという感じがしなくて。私が感じたのは、具体的にいうと、もう戻れないということ。自分の故郷、心地よく過ごせる場所が奪われてしまった。それが一番つらい。誰かがお母さんのおっぱいを奪い去ってしまったみたいな感じ。私がフランスに住んでるからかもしれないけれど、ウクライナの人びとにも理解できないような強いつながりを感じてる。すごく切実な気持ちをね。

──写真に写っている人びとについて教えてください。

ほとんどが私の友だち。つまり、私の日常を記録しただけなの。いつもカメラをポケットに入れて持ち歩いてる。更生施設で出会った友だちのダイアナと、タトゥーを入れてくれたディマとは、スラブ人らしい友情を築いてる。つまり一緒にいても、それぞれ好きなことをして静かに過ごす。フランス人の友だちとは、いつも議論をしてる。

A woman with asitting at the sink in a small bathroom wearing pink underwear.

知り合ったばかりの友だちも多い。ウクライナにいるときのほうがリラックスできて、オープンになれるからかも。パリでは写真を撮ったらそれで終わり。それ以降会うことはない。このカップル、ソフィアレクセイには、Instagramを通して出会った。写真を撮らせてほしいと連絡したの。一緒にお茶を飲んで、タバコを吸って、散歩した。ふたりの部屋には路面電車みたいな窓の美しいバルコニーがあった。そこでふたりの自然体な姿を写真に収めた。実はもうふたりは恋人同士ではないんだけど。

旅行中、Instagramを介して3人の男の子とも会った。お互いにフォローして作品を〈いいね〉し合っていたんだけど、2ヶ月丸々一緒に過ごした。マレクは絵を描くアーティスト。イリヤは金属で作品をつくってる。ヴラッドは短編映画を撮っていて、私も出演しないかと誘われた。どういう内容かはよくわからないけど、バスタブでお互いの髪を剃ったこともある。みんなハルキウに住んでいるけど、私が借りていたアパートで一緒に過ごした。スラブの国では、知らないひとと一緒に過ごすことに関してはずっとオープンなの。映画を撮っていたから、一緒に住むほうが都合がよかったし。彼らとはすごく仲良くなって、今もずっと親しくしてる。今回は運が良かった。インターネットを介して出会っても、お互いをすぐに忘れてしまうこともある。今回は3人があらゆる場所についてきた。この期間は体調があまりよくなかったんだけど、3人が私の手を握って案内してくれて、私は彼らの写真を撮った。もうひとり、更生施設で出会った友だちも一緒に暮らしてたんだけど、彼は私たちが裸で歩き回るのを見てショックを受けてた。

Three friends smoking cigarettes near a large concrete structure in Ukraine.

──どうしてそんなことになったのですか?

私は知り合ったばかりだったけど、3人はずっと前からの知り合いだった。でも、お互いの前で裸になるのは初めてだった。最初はちょっと気まずそうだったけど、〈アート〉のためだからと納得していた。お互いの身体を観察し、お互いを発見した。それを第三者として眺めるのはとても楽しかった。友だちがお互いにヌードをさらすところを見るのは興味深い。3人ともマッチョなタイプではないけど、それでも家族から刷り込まれている〈男らしさ〉というものはあるはず。3人ともカラフルなタトゥーを入れていて、もともとウクライナの男らしさの規範からはかけ離れていたけどね。みんな街で同性愛嫌悪的な言葉をぶつけられた経験がある。社会の周縁にいる存在なの。

Two men in the shower standing behind a floral shower curtain.

でも、3人はすぐに裸であることを気にしなくなった。すごく打ち解けた、気楽な雰囲気だった。子どもみたいにね。これらの写真を〈低俗〉だとか〈挑発的〉と捉えるひとも多い。友だちにも作品を低俗といわれたことがあるし、写真展のレビューに〈詩的なゴミ〉と書かれたこともある。でも、私にとっては幼稚というほうが近い。性やセクシュアリティには不安がつきものだけど、ヌードはそれに打ち勝つ手段であり、写真は一種の心理療法みたいなものなの。

 

──確かにそうですね。今指摘されたように、(ウクライナで)ヌードは欧米ほど浸透しているわけでも、自由に撮れるわけでもありません。レンズを通して搾取されるということもありえます。

そう。でも、この写真では、彼らはヌードを完全に自分のものにしてる。心からリラックスしてね。

 ──ヌードをよく捉えていると思うフォトグラファーは?

すごくたくさんいる。もっと若い頃は、米国に亡命したロシア人アーティストのスラヴァ・モグティンにすごく感銘を受けた。彼はゲイで、自分のセクシュアリティに向き合い、ブルース・ラ・ブルースとも仕事をしている。ふたりの作品が大好き。不条理さに満ち溢れている。なぜかはわからないけど、とにかく惹かれる。

A man in a white coat carrying a plastic bag filled with vegetables.

──写真を撮った場所について教えてください。

今回借りたアパートはひどい場所だったけど、写真を撮るには便利だった。まず、ものすごく寒い。変な形の小さくて薄汚れたヒーターが1台しかなくて、床もゾッとするような感じだった。給湯器は命があるみたいに勝手に動くの。ロフトもあった。そのひどさもある意味魅力かもしれない。1ヶ月後、3人が部屋を出ると、今度は祖母の家に泊まった。3人のうちのひとりの作品展のためにオデーサにも行った。そこでもアパートを借りて、2台のベッドに5人で寝た。作品の配送が間に合わなかったから、マレクは新しい作品をつくって、パフォーマンスで燃やした。

A man with a missing tooth and silver earring smiling for a portrait.

──写真に写っている人びとは今、どのように過ごしていますか?

ひとりは難民としてパリにいる。イリヤとマレクは、もともとアレクセイとは知り合いではなかったけど、私を通して知り合って、リヴィウで一緒に住みはじめた。今のところみんな無事で、作品をつくってる。誰も軍での経験はないから、招集はされていない。彼らが心配しているのは招集ではなく、お金のこと。私がときどきお金を送ってる。向こうに仕事はないから。彼らはみんなその日暮らしをしてる。〈今〉を生きてるってこと。私は未来や過去のことを考えたりもするけど、彼らみたいに今だけを生きたことは一度もない。

A woman being photographed by a man with one fingerless glove in a parking lot.

父は招集された。自分が所属する大隊の変な写真を送ってくれた(彼女が携帯で見せてくれた写真には、馬と荷馬車が写っていた)。祖父母は一緒に住んでる。祖父はキーウで飼い犬のロットワイラーと近所の見回りをしてる。みんな結構前向きに考えてる。少なくとも私に話してくれることは前向きな内容ばかり。私が心配しないようにね。でも、それを全部は信じられない私もいる。今起きていることに向き合うには、まだまだ時間がかかる。しばらくは実感が湧かないと思う。最初はあらゆる情報を追っていたけれど、今は友だちや家族が話してくれるまで待つようにしてる。

──今フォローしているウクライナのフォトグラファーは?

ウクライナ人フォトグラファーのクリス・ヴォイキウが始めた兵士を支援する団体を運営する女性グループ。それからナザール・フューリクもフォローしてる。彼の鋭い作品が好き。でも、ほとんどはウクライナにいる友だち。彼らのストーリーを見てる。誰も自分のことはほとんど投稿していないけど。私にわかっているのは、ウクライナに戻れるようになったらすぐに帰国するっていうこと。現状を知り、それからもちろん写真を撮るために。戦前、戦時中、戦後を記録する長いシリーズになるかも。

A black and white photo of a couple in Ukraine.

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