ビョークやグライムスとコラボレーションする話題のヘッドデザイナー、 河野富広

ジュンヤ ワタナベ コム デ ギャルソンのヘッドピースを手掛けたことでも知られるアーティスト、河野富広の「これまで」と「これから」。

by MAKOTO KIKUCHI
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03 June 2022, 8:08am

河野富広は変化を恐れないアーティストだ。2000年代初頭から、大阪、東京、ロンドン、そしてニューヨークの四都市を舞台に、美容師、セッションスタイリスト、ヘッドプロップアーティストといった数々の肩書きでファッション・ビューティー業界に君臨してきた。2014年から9シーズン連続で彼が制作したジュンヤ ワタナベ コム デ ギャルソンのヘッドピースを知る人も少なくないだろう。2017年頃には「キャリアの初めごろから興味があった」というウィッグメイキングを本格的に開始した河野。独創的でカラフルな彼のウィッグは、インスタグラム上で人気を博し、近年ではビョークやグライムス、マーク・ジェイコブス、メゾン・マルジェラといった超ビッグネームとのコラボレーションも果たしている。

河野は1980年、愛媛県宇和島市にあるみかん農園の長男として生まれた。家業を継ぐため農業学校に進学することを期待されていたが、高校卒業後は大阪で美容師としての修行を積んだ。その後原宿のサロンで働くため、上京。雑誌『FRUiTS』が街中でスナップ撮影をしていたり、裏原ブームがあったりと、ストリートカルチャーが色濃く残る当時の原宿は、彼にとって原風景と呼べるものだという。

イギリスのカウンターカルチャーに憧れていた河野は、2007年に舞台を東京からロンドンに移し、セッションスタイリストとしてのキャリアを本格的にスタートさせた。『i-D』を含む現地のファッション・カルチャー誌で多くヘアスタイリングを手掛けた彼だが、その最初の糸口となったのは、東ロンドンのオールド・スピタルフィールズで毎週木曜に開催されるアンティークマーケットに参加したことだった。同マーケットで仕入れたビンテージのパーツを組み合わせて制作したヘッドピースを展示していたところ、『Dazed & Confused』(現『DAZED』)の編集者に見いだされたのだそうだ。

その日は、河野にとって生涯忘れられない一日となった。同じ日にマーケットを訪れていたアイスランドを代表するポストロックバンド〈シガー・ロス〉のフロントマン、ヨンシーにも、彼のソロアルバム『Riceboy Sleeps』のローンチイベントのためにヘッドピースを貸してほしいと声をかけられた。「ほんとにその数日後にイベントが開催されて、僕の作品を使ってくれたんです。その様子は『DAZED』の記事にもなりました」

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2013年にニューヨークへ拠点を移した河野は、ピーター・リンドバーグやマート&マーカス、アルバート・ワトソンといった著名な写真家と撮影を共にしたり、雑誌の表紙撮影や広告を手掛けたりと、ここでもキャリアを大きく飛躍させる。ファッションデザイナー、渡辺淳弥と出会ったのもこの頃だ。輝かしい経歴を重ねていた彼だが、同時に自分のアーティストとしてのあり方に対する漠然とした焦燥感を抱えていたと本人は振り返る。「ファッション業界は、次々と若いクリエイターが現れてひっきりなしに世代交代が行なわれていく世界。自分がどんどん歳をとっていくなかで、ずっとそれを追い続けていかなきゃいけないことに対する疑問のようなものは感じていました」

「どんな仕事をしたかよりも、誰と仕事をしたかが評価基準になりがちでした」と河野はニューヨークでセッションスタイリストとしての日々を反芻する。「2000年代以降のファッション業界では、作為的でない、ナチュラルな表現が主流になっています。それ故に、モデルの地毛を生かす表現を求められることが多く、髪をいじる必要がほとんどないような撮影も少なくありませんでした」。もともと、被写体を大きく「変身」させることで生まれる写真表現に興味を持っていた河野。この頃から、ナチュラル趣向のトレンドに反して、よりキャラクターメイキングに特化した技術を身につけたいといと考えるようになったのだという。

そんななか、河野が新たな表現方法の模索としてはじめたのが、イギリスにいた頃から興味があったというウィッグ制作だ。「画家や彫刻家など、なにかをイチから作るような職業に強い憧れがずっとあって、それに最も近いものとして、独学でウィックメイキングを始めました」。2020年、ロックダウンの最中にあるニューヨークで、彼はこれまで制作したウィッグ111体を集めた作品集『PERSONAS 111』を発表した。“Transformation is beautiful. (変身は美しい)”というテーマのもと、千差万別のウィッグ作品を一人のモデルに着用させた同作品集。このために制作したウィッグの画像とインスピレーション源をインスタグラムに一日一投稿し始めたところ、瞬く間に世界中の注目を集め、フォロワーも急増した。

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作品をオーダーしたいとの連絡が河野のもとに続々と来るようになって、課題となったのがその価格帯だった。「ハンドメイドのフルウィッグは、洋服でいうところのオートクチュールのようなもの」と彼が言うように、土台を作るところから始めるという伝統的な技法で制作するウィッグは、作業に膨大な時間が必要となるうえに、往々にしてかなり高価だ。そのため、比較的手に取りやすい価格の着脱可能なウィッグとして河野が提案したのが、クリップやゴムなど、アクセサリー感覚で簡単に地毛に取り付けられる〈ファンシー・ウィッグ〉のシリーズである。「このウィッグであれば、例え職場や学校では付けられなくても、帰り道に気軽に取り付けることができる。顔周りに一束明るい髪色があるだけで、人のマインドは相当変わるんですよね」

自身の作品のなかで、〈ファンシー〉は言わば「コム デ ギャルソンにとってのプレイ、マーク・ジェイコブスのヘブン」のような存在なのだという河野。街を歩いてる人が実際に自分の作品を身に付けていることほど、インスパイアされるものはないと語る。「振り返って考えると、ストリートカルチャーは僕の原点。でも雑誌やショーをやっていたときは、それがうまく理解できていなかった。自分はアートを作っているんだ、と驕っていたからかもしれません。ファンシーを作って、いまようやくストリートと密接になれた気がしています」

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河野は現在、東京に拠点を置いている。「最近では海外のクライアントとリモートで仕事をしたり、ミュージシャンのためにオーダーメイドのウィッグを作りながら、アトリエで新作を制作しています」と話す。上海発の〈Yueqi Qi(ユキィ・キィ)〉やニューヨークを拠点にする〈Collina Strada(コリーナ・ストラーダ)〉といった世界中の気鋭ファッションブランドのショーをリモートで手掛けることもあるのだという。昨年末には、ビョークがリリースする詳細未発表のとあるプロジェクトのためにアイスランドにも訪れた。

河野は多才だ。ウィッグアーティストとして活躍する傍ら、キュレーションやキャスティングも行なう。パートナーであり写真家の丸山サヤカと共同で設立した〈konomad〉は、彼らが実際に制作を行なうオープンスタジオ兼コミュニティスペースだ。今年1月、konomadでは『自然界のドラマ』と題された合同展示会が行なわれた。写真家の遠藤文香や、ファッションデザイナー、ユキィ・キィやジュエル Yが参加したこの展示会では、自然をテーマに制作活動を行なう様々な若手クリエイターによる作品が揃った。他にも、ニューヨークでヘアサロン〈Vacancy Project〉を運営する細野まさみを招いて完全オフラインのトークセッションを行なうなど、国内外の若手クリエイター間のコミュニティの構築に尽力している。

しばらくは日本に拠点を置きつつ、海外のクライアントとの仕事も続行する予定だという河野。今後の展望を尋ねると、少し間をあけて「模索中」との返答があった。「逆に確固たる展望がないからこそ、いま実験的なことができているのかもしれません」といいつつ、彼の口からは洪水のように新しいアイディアが溢れ出す。「ファッションやビューティーに拘らず、広告などのクリエイティブディレクションもしてみたいです。ファンシー・ウィッグを購入できるコミュニティ型ヘアサロンを作るのもいいですね。自分と感性が合いそうな美容師たちがアイデアを出し合い、楽しく働けて、お客さんもギャラリーみたいにふらっと立ち寄れるような美容室をコンセプトから作っていきたいです」。今年7月にはオランダ、ロッテルダムのウェールト美術館で開催される企画展「Hair Power」への参加も控えている河野。最後にインタビューをこう締めくくった。「僕自身も、konomadで作っているコミュニティも、今後そうやって進化していったら面白いですね」

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Credits
All images courtesy of Tomihiro Kono

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