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黒人ゲイ男性たちを写した実験ドキュメンタリー『タンズ・アンタイド』は何が革新的だったのか?

昨年公開30周年を迎えた、米映像作家マーロン・リグスの『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』は現在世界中で再評価や特別上映が進んでいる。本作は何が画期的だったのか? 『ムーンライト』の先駆けともなった歴史的重要作の試みとは。

by Jun Fukushima
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10 January 2020, 9:40am

2019年に公開から30周年を迎えた、アメリカの映像作家マーロン・リグスの代表作『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』は、アメリカで黒人ゲイ男性として生きる人々の経験を描いた革新的な作品と言われる。

タイトルを直訳すれば「ほどかれた舌たち」となる。口の中でギュッと結ばれていた舌をほどき、口々は話し始める。黒人ゲイ男性たちのその姿、声、言葉、表へと出された感情を捉えたのが本作である。

この映画を、公開当初の1989年に見たという、アーティストのテーリ・テムリッツは近年こう振り返っている。「この映画は、繰り返される無視と沈黙の合間で自己愛を求めて上げられた叫び声の集まったものだった」

アメリカの黒人が置かれた状況というと、白人中心の主流社会との関係をまず思い浮かべる人も多いだろう。しかし本作が焦点をあてるのはブラック・コミュニティである。そこでゲイはいないものとされていた。公然とホモフォビックな言葉を浴びせかける「同胞」たちもいた。

同性愛は罪であると熱心に説教する黒人牧師。「伝統的」な家族や性のあり方を固守しようとするブラックナショナリスト。彼らが投げつけてくる、答えようのない問いーーお前は「黒人であることとゲイであること」そのどちらを選ぶのか? この時期のアメリカを襲っていたエイズ危機は多くの命を奪い、このようなホモフォビックな声をも大きくしていた。

詩のビジュアル化

そんな中でも黒人ゲイ男性たちはたしかに生きていた。リグスが注目したのは、彼らの中に、詩を通して自らの経験を語る声が現れ出てきたことだった。

1985年から86年頃の彼らにとって、黒人かつゲイというアイデンティティを表現する主要な表現手段は詩であり、そこではあらゆる形式や表現が用いられていた。リグスは黒人ゲイの声が表現された詩やショートストーリー、実験的なエッセイが収められたアンソロジーに次々と目を通し、これらの詩人たちに関する作品を作ることを思いつく。そして、詩の映像化という困難な課題に、ありったけのクリエイティビティを注いでいった。それまで詩に親しみがなかったというリグスも、彼らに触発されながら自らも黒人ゲイの一人として自伝的文章を書き、作品へと組み込んでいる。

マーロン・リグス, Tongues Untied, タンズ・アンタイド, 日本, 上映
Signifyin' Works

その成果は本当に見事なものだ。〈ニューヨーク・タイムズ〉紙は昨年、『Tongues Untied』公開30周年の特集上映プログラムを取り上げた記事でこう評している。

「マーロン・リグスの名前を聞いたことがない人は、どうして今まで知らなかったのか不思議に思うだろう。なぜこんなに賢明で先見の目がありフランクで赤裸々で好奇心をそそり、そして深くて勇敢なーーしかも笑える!ーー作家がアンテナに引っかからなかったのかと」

“乱交的”なまでの編集

リグス自身完成したこの作品の美点として「容赦のない正直さ(brutal honesty )」を持つことを挙げている。黒人でゲイである体験について「包み隠すことがなく」語ること。それがブラック・コミュニティにとって無いことにしたいようなものであっても、勇気を持って、それぞれの個人の視点から事実を語ること。

リグスは、彼らの用いる詩的な言語がコミュニティ内でしか通じないようなものであっても、それをそのまま映像に、オーディオトラックに刻み込んでいった。

『Tongues Untied』が取り上げる語りの方法は、詩だけに留まらない。黒人ゲイ男性がよく行う体の前で腕をしなり指を鳴らすスナップ、またヴォーギングダンスのようなサブカルチャーの身振り。黒人文化・芸能のど真ん中から引用される伝説的女性アーティストたちの歌声や、ドゥーワップ形式のコーラスグループが歌うオリジナル曲。あるいはラップのようなパフォーマンスもある。

マーロン・リグス, Tongues Untied, タンズ・アンタイド, 日本, 上映
Signifyin' Works

この作品が多様な表現形式の断片から組み立てられていることについて、リグス自身は「私は形式の選択について“乱交的”だった」とゲイカルチャーの言葉遣いで言っている。

また、本作編集中にラフカットを見たある人が、短いクリップをリズミカルに洗練されたスタイルでつないでいく編集についてだろうか、「これはMTVみたいだ!」と言ったのに対して、リグスは「MTVのように見えたとしても僕は気にしない。それがうまくいっているならば、それで構わないよ」と語ったという。

たしかに本作は、黒人ゲイ男性の多様な経験をさまざまな形式で語るスケッチを、リズム感よくつないで見せていくことで、刺激的で引き込まれる視聴体験を生み出している。

“沈黙”は破られたか?

2016年に公開されアカデミー賞で作品賞も獲得した映画『ムーンライト』。黒人のゲイである少年の成長を描いたこの作品の革新性を語るi-D USのレビューのなかで、『Tongues Untied』は黒人ゲイのアイデンティティを深く探った重要な先行作品として言及されている。

「アメリカが続ける"残忍なまでの沈黙"を打ち崩そうとした」作品であると。しかし、レビューはこう続く。「公開された1989年以降、映画界において性的・人種的相違についての沈黙が続いた」

いったいどういうことだろう? 「ほどかれた舌たち」によって沈黙は破られたのではなかったのか? 彼らは声を上げ続けているが、人々は耳と口を塞いだまま、というように単純に捉えることはできない。

「Your silence will not protect you(沈黙はあなたを守らない)」という、近年の日本で、社会で声をあげることを励ますように広まったフレーズがある。その引用元であるオードリー・ロードは、公民権運動やフェミニズムに関わり活躍した非白人のレズビアン詩人として、後進の若い黒人ゲイ男性が詩を書くことにも大きな影響を与えた。実際に本作にも、その名の言及はないもののロードの引用を皮切りに、沈黙の社会的・政治的・心理的メカニズムが語られる場面がある。

『Tongues Untied』を見ることは、沈黙を破る行為が形を変えながら繰り返しパフォームされるのを目撃することだ。しかし同時に、沈黙の構造やその複雑さを掘り下げる語りを辿っていくこともできる。それは本作公開後の30年間に起こった/起こらなかったアメリカ社会、人々の考えの変化を捉えていくことにつながるはずだ。そして、沈黙のなかにいる人々がアメリカの/黒人/ゲイ男性に限らないことに気がつくことになるだろう。


『Tongues Untied/タンズ・アンタイド』特別上映
日時:2020年1月13日(月・祝) 14:30~16:30(14:00開場)
入場料(会場で選択いただき、その場でお支払いいただきます)
・2500~3000円 『タンズ・アンタイド』+『知られざる結末、斬新な幕開』資料込み|料金スライド式
・2000円『 タンズ・アンタイド』資料込み
・1500円 22歳以下|『タンズ・アンタイド』資料代込み
会場:日比谷図書文化館 日比谷コンベンションホール(東京都千代田区日比谷公園1-4)
予約ページ:https://forms.gle/193Hm3TAAFUe...
主催:Normal Screen|C.I.P. BOOKS
連絡先:normalscreen@gmail.com

同時上映:『知られざる結末、斬新な幕開け』
リグスのレガシーをさらに発展させる現代のアーティストによる映像7作品。ミッキー・ブランコ、ブロンテス・パーネル、シェリル・ドゥニエらがアメリカ黒人コミュニティにおけるHIV/AIDSの影響を大胆に映しだす。

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