「洋服はレジスタンスの手段になる」『パピチャ』監督が語る、アルジェリア社会とファッションの力

セザール賞で「新人監督賞」「有望若手女優賞」を受賞した一方、本国アルジェリアでは当局からの検閲により上映中止となった問題作『パピチャ 未来へのランウェイ』。ムニア・メドゥール監督が、ファッションデザイナーを目指す大学生に託した思いとは──。

by Takuya Tsunekawa
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30 October 2020, 7:00am

ファッションは、ミソジニーに抵抗する手段である。アルジェリアのスラングでイケてる女の子を意味する題名を持つ『パピチャ 未来へのランウェイ』で、主人公は、ジーンズを履き、髪を風になびかせながら、街中に掲示された「女の正しい服装」を啓蒙するチラシを破り捨てる。1990年代、当局とイスラム武装勢力が衝突したアルジェリア内戦下で、彼女は身体を隠すことも髪をベールで覆うことも拒絶し、好きなものを好きなように着たいと望む。

監督を務めたムニア・メドゥールは、アルジェリア生まれのフランス人女優リナ・クードリ(ウェス・アンダーソンの新作にも出演する)が演じるファッションデザイナーを夢見るこの反逆的なヒロインに“ネジュマ”という名前を託した。Zoomを介したオンライン画面越しに、彼女は、それがカテブ・ヤシーンの同名小説に由来していることを認める。

 「アルジェリア文学を代表するカテブ・ヤシーンの小説『ネジュマ』の名前をヒロインに与えることでオマージュを捧げ、アルジェリアの文学や文化こそがこの国のアイデンティティになっているという意味を込めました。また、アラブ語でネジュマは“星”という意味があります。彼女が中心となって、ほかの子たちをガイドしていく意味合いも含ませました」

「ネジュマのバックグラウンドには、私自身の経験がベースになっています。私は18歳でアルジェリアを離れなければなりませんでした。それは突然のことで、すぐには納得できるものではありませんでした。家族のこと、大学の友達のことも絶対に忘れるものかというぐらい、祖国喪失はとても苦しい体験でした。ネジュマには私の喪失した気持ちを投影させながらも、祖国に残る意志を持ち、留まりながら祖国を変えていく人物に造形したのです」

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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC

多くの青春映画では、主人公は閉鎖的な社会からここではない別の場所へと逃れることを志向するものだが、ネジュマは祖国に留まりたいと考える。その意志は、ファッションの中に伝統を取り入れ、それを未来へと活用させようとする彼女ならではの哲学へと通じている。ムスリム女性が着用する伝統的な衣服「ハイク」をアレンジしたファッションショーを開くことを目指すのである。

メドゥールは、海辺のホテルに勤務する客室係の女性がひとりの男性客に魅せられていく様を描いた短編『Edwige』に続き、ファッションとアイデンティティの関係、あるいはキャラクターを定義するファッションというものに関心を寄せているように見える。

「自伝的ではない要素ですが、アルジェリアで暮らす彼女たちにとって、洋服はひとつのレジスタンスの手段になると考えて、物語に取り入れました。アルジェリアでは女性は洋服で身体を隠すよう強いられる中で、彼女たちはジャッジされるのではなく、自由に洋服を着ることで抑圧に抵抗するのです。そして、彼女たちは政治的なものにはそれほど関心のない若者ですが、洋服は身体を通して自分のイメージを外部に表出させるものであり、その共通の関心が団結に向かわせると思います。ファッションショーを通して、彼女たちの怒りを表現することも重要なことでした」

主人公たちを取り囲む家父長制社会の規範は、女は男の目に触れないよう家から出ずに慎み深く暮らせという制約を課す。身体を露出すれば淫売だと罵られ、下劣な男から路上でしつこい嫌がらせを受けるだろう。また、ネジュマの友人サミラは秘密裏に付き合っている恋人との間の子どもを身ごもっているが、彼女の意思とは関係なく、強制結婚の計画が進行している。

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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC

ここに登場する男たちは、女性の身体を支配しようとする者たちばかりなのだ。一見、全面的にネジュマを尊重しているかのようなボーイフレンドでさえも、その実、彼女を付属品のように考えていることが露呈される。そのような中で、『パピチャ』では、ファッションが女性たちが自分の身体をコントロールするためのものとして機能しているのである。

「アルジェリア社会で最も重要な問題のひとつだと思うのは、男女間の共存がなされていないことです。例えば学校は男女共学ですが、男の子は男の子、女の子は女の子という分離が自然とできていく状況があり、それはアルジェリアの文化的な伝統に基づくものです。男が規範を押しつけたいだけではなく、母親もそういうものだと息子に教えているのです。そのような伝統的な男女別々という考え方が未だに浸透している。男女平等が進んでいるのにも関わらず、片や伝統的なままでいようとする動きがある。アルジェリアの問題は現代性と保守性、あるいは伝統と進化が共存してしまうことなのです。女性は自由を求める一方で、男性は女性の身体を含めてコントロールしようとしている。もっと支配したいのにしきれないという男性に生まれるフラストレーションの要因は、学校においてセパレーションができてしまうことにもあると思います」

「今回、私はこの作品で、大学の寄宿舎の中でのミクロコスモスを女性の内側からの視点で描きました。しかし、ひとたび大学のキャンパスを出ると、男目線の社会になります。男社会がパブリックな視点であり、それがまかり通っている。そのような相容れないふたつの状況がせめぎ合っている中で、女性同士の友情や連帯を描きたかったのです」

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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC

街中に貼られた女性のヒジャブ着用を要請するビラは、次第にキャンパス内へ現れ始める。あるいは、イスラム原理主義者たちは、外国語を非難し、従来の服装を厳守することを要求するために教室に乱入し、後日、ネジュマたちの部屋の中にまで押し入るようになる。そしてそれらに付随するように、いつしか女子寮の周囲には有刺鉄線が張り巡らされているのである。このようにして、女性たちのミクロコスモスの中に公共空間から男社会の目線が侵入し、自由な空間が徐々に圧迫されていく様をメドゥールは視覚的に表している。

「男性目線が少しずつ深化し、抑圧がエスカレートしていく過程を見せたかったのです。アルジェリア社会の政情が悪化する、あるいは宗教的な武装勢力が過激化するとともに、最初は大学の校外、公共空間にあったものがキャンパスの中に侵入し、段々と女の子たちの親密な空間に入ってくる。原理主義たちは、授業、そして部屋に介入し、最終的には極端な行動に走ってしまう。そういう風に社会がエスカレートしていく過程を少し駆け足ではありますが、ヴィジュアル化したかったのです。この映画をドキュメンタリーではなくフィクションにしたのはそのためです」

印象的なのは、ネジュマたちにあるべきモラルを説き、戒律で厳しく縛り上げようとするのは、黒いヒジャブを全身にまとった保守的なイスラム教徒の女性たちであることだ。また、寮の女子生徒たちの性衝動を抑制させるために臭化カリウムを牛乳に忍び込ませる女性職員も登場する。

「男性が女性を抑圧するという構図だけでなく、女性が女性を抑圧することにも目を向けました。武装した女性の原理主義集団がネジュマやほかの女子生徒の行動を取り締まるためにキャンパスをパトロールし、プライベートな空間にまで乗り込んでくることはその一例です。ジャーナリストであるネジュマの姉リンダもその一味である女性に殺されます。そのように抑圧は、男性からだけでなく、女性からも行われることを示しました。女性に課される伝統的な役割が根深く続いているが故に、それが女性の敵を生んでしまっているのです」

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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC

もしハリウッド映画であれば、最後にファッションショーが行われ、主人公が自分の価値を示すことで映画はハッピーエンドを迎えるかもしれない。しかし、混沌とした不安定な時代を捉えた本作では、日常の時間の中で唐突な暴力の介入、極端なトーンの転換が見受けられる。

「アメリカ映画ではそうなるかもしれません(笑)。『パピチャ』で私が描きたかったのは、当時のアルジェリア社会のリアルでした。それは何もテロだけではありません。悲劇がある一方で、ユーモアや喜びの瞬間がある。それらが共存していたのが当時のリアルでした。みんなそういう困難な時代を、友情や助け合い、あるいは音楽を聴いて自由な時間を持つことで、なんとか乗り越えていこうとした時代でした。しかし彼女たちがなんとか抵抗しようとする中で、タバコもダンスも西洋の音楽もダメだと禁止事項はどんどん増えていく。彼女たちにとっては笑ったり踊ったりすることは現実の一部ですが、そこにテロの襲撃が介入することで、現実の方が凌駕されてしまうのです。それでもこの映画では、少し希望を持って未来を示し、かつ女性たちの闘いは続くことを示唆しています」

1990年代を舞台にしているが、社会情勢が保守化し、過激派や原理主義が再び台頭している今日の状況とも重なって見えるところがある。いまだ家父長制の暴力が蔓延する社会で若い女性が直面する課題を語り、抑圧への抵抗を謳う本作には同時代的なまなざしや危機意識が感じられる。例えば、強制結婚への異議という主題も『ソニータ』から『裸足の季節』『アンオーソドックス』『燃ゆる女の肖像』などの近年の作品と通じるものだと言える。

「女性監督がようやく、自分たち女性の物語を語る勇気を持ち始めたのではないかと思います。こうしたテーマは、危険を伴うものであることもある。あるいは伝統的な精神やイデオロギーにとっては、邪魔なものとして捉えられてしまうかもしれません。しかし、いまの現象としては、そのような家父長な状況や強制的な結婚というものを告発する勇気を持つ女性監督たちが出てきたという風に考えられます。それは、職業的な映画監督における民主化とも言えるでしょう。例えばフランスでは、作家主義的な映画は守られているので、そこで監督が男性であれ女性であれ、ファイナルカットの自由が守られている」

「私を含め、祖国を離れたときに自分の国で起こっていることが見えてきて、それを語りたいという想いが湧き出てくることが多いと思います。映画の民主化との相乗効果で、ようやく解放された言葉と勇気を持てる状況が映画製作にできているのではないでしょうか。それが新しい波を生んでいるのかもしれません」

『パピチャ 未来へのランウェイ』

10/30(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

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