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『TOILETPAPER』× Maison Kitsuné:ピエルパオロ インタビュー

Maison Kitsunéとのコラボで、カプセルコレクションを発表した異色のアート雑誌『TOILETPAPER』。その写真のすべてを手がける写真家のピエルパオロ・フェラーリが、現代美術家のカテランと雑誌を創刊したキッカケ、遅すぎる現代美術のスピード、今回のコラボの狙いを語る。

by Chie Sumiyoshi
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09 May 2017, 8:05am

現代美術作家のマウリツィオ・カテランと、ファッション写真家のピエルパオロ・フェラーリが、アートディレクターにミコール・タルソを迎え、2010年に発刊したアートマガジン『TOILETPAPER』。挑発的なヴィジュアルが瞬時にコンセプトを伝える、そのインパクトの強さで即座に注目を集め、アルル国際写真フェスティバル2016、アート・バーゼル・マイアミビーチ2016でのインスタレーションなど、さまざまなジャンルに表現の場を広げてきた。

現在開催中の「KYOTOGRAPHIE2017 京都国際写真祭」にも出展している彼ら。祇園のお茶屋さんが所有するモダンなギャラリービル1棟を使って、文字情報の一切ない、ヴィジュアルイメージだけで圧倒するインスタレーションを展開している。

巨大なスパゲティをプリントしたグロテスクな壁紙。ポールダンスのステージやミラーボール。墓石や石鹸のオブジェ。そこには2人の祖国イタリアの食文化や、クリシェともいえる慣れ親しんだポップカルチャーがふんだんに盛り込まれている。
さらに壁面を埋め尽くしためくるめくグラフィックに翻弄されながら、ソファでごろごろと寛げるラウンジでもあり、魅力的なマーチャンダイジングのショップも併設されている。
毒気とペーソスを効かせた作品で知られるマウリツィオと、ビビッドなイメージを得意とするピエルパオロのセンスが、空間の隅々まで行き届いている。
さらにこの度、『TOILETPAPER』とMaison Kitsunéのコラボレーションによるコレクションが発表された。彼らの鮮烈なグラフィックが施されたTシャツやトートバックなど、限定アイテムのお披露目を機に来日したピエルパオロに、代官山のMaison Kitsunéのブティックにてインタビューを行なった。

そもそも2人の出会いとコラボレーションにいたるまでの経緯はどのようなものだったのだろうか? 「2000年にマウリツィオのポートレイトを撮影したのが最初の出会いだった」とピエルパオロは言う。「その後、2009年に『W Magazine』が年に1回発刊するアートイシューで、30ページのメイン特集を連名で手がけることになった。それが引き金となって1年後、年2回発行する『TOILETPAPER』を創刊することになる。僕たちはディスカッションを重ねて、ファッションとアート、写真とグラフィックを分け隔てせず、すべてを織りこんだイメージにこそ力強さがあるし、より自由な立ち位置で表現できると考えたんだ」『TOILETPAPER』には文字情報やテキストは一切ない。その方針の意図を尋ねると彼は、「翻訳不要、説明不要、批評不要。パーフェクトな民主主義がアートと生活に浸透するようにしたかった」と、雑誌のコンセプトを説明する。「この雑誌は、言語に頼らない体験を促すことで、日常にちょっと違う側面をもたらす。ちょうど奇妙な映画を観るように、次々とページをめくるたびにどんな変化が起こるか予測がつかない。主人公がその部屋に入るために、カギを探して、電気のスイッチを入れて、カーテンを開けて、という能動的な行為に沿って感情が変化していくようにね。だけど僕たちはあくまで考えさせるだけで、本人が気づくまで結論や答えは一切出さないんだ」

写真とグラフィックだけで構成する編集には「広告」という既存の構造をトレースするねらいがあるのだろうか? 「そのとおり。従来のアート作品とは違い、『TOILETPAPER』はアイデアやコンセプトを広告する媒体なんだ。たとえば、室内にあるようなオブジェに写真をプリントしたり、プロダクトに写真をプリントして売ることで、日常のなかに美術館の概念を持ち込んでいる。実はプロジェクト全体で雑誌の占める割合は10%程度。VINYLなメディアでイメージを拡散していく僕らのやり方は"ロックンロール・プロジェクト"とも呼べるかもしれない。写真という古くからある様式を使って、誰でもアクセスし所有することのできるブランドを創出しようとしているんだ」

現代において、写真とグラフィックは、まさにこれぞコンテンポラリーという速度感で時代を反映するメディアだ。またそれらをスピーディに拡散していくには、広告や雑誌(WEBを含む)といった媒体が有効であることは間違いない。
旧来のアートシーンでは、作家が制作した作品は、ギャラリーや美術館あるいは芸術祭での展示、アートフェアでのディール、オークションと、複雑かつクローズドな過程を経て、ようやく私たちがアクセスできる場所に姿を現す。
「アートの世界のスピード感は、現代を生きる人間には少しスローなものに感じられることがある。アートマーケットの大きなビジネスに取り込まれゲームの一部になるのではなく、ルールを変えて新しいゲームをつくり、ジャッジせずシェアしていく。それが僕たちには合っているし、コンテンポラリーだと考えてる」

当然のことながら、そのコンセプトからはアンディ・ウォーホルが連想されるが、本人たちは意識はしているのだろうか? 「もちろん! 僕たちは悪党だから、泥棒は朝飯前だよ。ウォーホルだけじゃない。ピカソやマン・レイ、キース・ヘリング、漫画からも盗んだ。ドラえもんからもね。モチベーションは多岐にわたるさまざまな文化背景から得て、何もかも頭の中でミックスして、消化し、切換えているんだ。もちろんイタリアの文化からも。特にフォルナセッティやモリナーリなど、デザインの装飾性にはコミュニケーションの可能性があると思ってる。影響を受けているかもしれないね」

たしかに、紛うことなくイタリア男たちの仕業とわかるのは、彼らのそのデザイン志向なのだ。1点1点のグラフィックが、神が宿るといわれる細部にいたるまで、妥協や曖昧さのないきっぱりとしたデザインテイストに貫かれているのがわかる。

ところで今回は会えなかったマウリツィオだが、2001年のニューヨークの爆破テロ後にアーティスト引退を宣言し、実際に昨年グッゲンハイム美術館での大回顧展では、世界的経済格差に触発されたという『アメリカ』と題された黄金の便器をトイレに設置したことで物議を醸した。「もちろん彼の作品世界をリスペクトしている。僕の写真を通してマウリツィオが何を受け取るかが重要なんだ。彼は世界的に有名なアーティストだから、当初仕事を始めた頃は、彼の作品価値を消費させることになるんじゃないかとプレッシャーを感じていた。マウリツィオにとって美術作家を辞めるというのは、アーティストでなくなるという意味ではなく、これからは同時代の不特定多数のオーディエンスに向けた活動をメインプロジェクトにするということだ。彼がいつもモチーフに使う動物たちのように、独立した自由な立ち位置でやりたいんだ。彼はいま、9.11以降に結実した哲学のもと創作している。グッゲンハイムの展示を観た人たちはあれを"アーティストの死"と解釈したが、そうではないんだ。社会を批評的視点で捉え、これまで世界を支配してきた価値を無化しようとしたと思っている。マウリツィオの代表作のひとつである黄金の便器はその象徴だ」

合点がいく答えだった。筆者が2001年、アーティスト廃業を宣言したマウリツィオとのやりとりの中で感じた大きな虚無と無常観は、こうした形で結実したのである。

今回、Maison Kitsunéとコラボレートしたコレクションを見ても、彼らが若い世代に何を残したいのかを深く理解することができた。シンプルでありながら強烈なデザインは『TOILETPAPER』の世界観を存分に表現している。ショップのフロントには"SHIT"と書かれた女性の前歯のキービジュアルを大胆に配し、集まる人々の度肝を抜いていた。「彼らと同じように、イメージの力だけで社会にクエスチョンマークを投げかけることで、主人公である着る人自身がパーソナリティやスタイルを提示するという、オーガニックで本質的なブランド開発を探っています」とMaison Kitsunéクリエイティブ ディレクターの黒木理也は語る。

「『TOILETPAPER』が提示するアイデアには、グロテスクで暴力的なイメージや、セクシャルで猥雑なイメージが強烈な刺激をもたらすものも多い」と、ピエルパオロも今回のコラボについて言及する。「Maison KitsunéはそれらをCLEAN & NASTYに(クリーンでかっこよく)具現化し、スタイルを通して社会に疑問符を投げかける。ファッションや音楽も、人間が個々にもっている複雑なパーソナリティやメンタル、ライフスタイルを視覚的に表明するステイトメントなんだ。好き嫌いは受けとる側に任せるというスタンスを、僕らとMaison Kitsunéは共有している。僕たちは、世代批判はしない。若い連中と刺激的なディスカッションを繰り返して、知識や経験を交換しあうには時間が足りないくらいだ。これは決して額に入れることのできない、終わりのないクリエイションだね」

今後はジャーナリズムの媒体とも共同して、より一層、現代の社会と文化を反映して、意見を発信していく方向だという。アーティストたちにとっても、われわれオーディエンスにとっても、当分目を離せないプロジェクトになることは間違いない。

Credits


Text Chie Sumiyoshi
Photography Takao Iwasawa