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ジャン=ポール・グードとグレース・ジョーンズの複雑な関係

アートディレクター、ジャン=ポール・グードの展覧会『So Far So Goude』がミラノで開催。音楽史の伝説となったグレース・ジョーンズとの作品群を製作秘話とともに辿る。

by Jake Hall
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29 April 2016, 11:20pm

グレース・ジョーンズ(Grace Jones)が音楽界に残した功績は、その革新性な音と挑発的な歌詞、そして恐れ知らずの実験性にある。しかし、彼女をミュージシャンからアイコンにまで押し上げるのに、アルバムのアートワークが果たした役割も忘れてはいけないだろう。吠えるジョーンズの顔が縦に引き伸ばされた『Slave to the Rhythm』から、優雅にポーズを決める『Island Life』のアートワークまで、ジョーンズの視覚的インパクトは現代のポップカルチャーにも影響を残している。それらビジュアルは、ジャン=ポール・グード(Jean-Paul Goude)なくして生まれえなかった。フランス人のアーティストでグラフィックデザイナーでもある彼は、70年代後期のニューヨークで、ジョーンズとの運命的な出会いを果たした。ふたりの共作関係は、音楽史に残る影響力をもつに至った。その彼の展覧会『So Far So Goude』が、ミラノの現代美術館Padiglione d'Arte Contemporaneaで開催されている。当然ながら展覧会の大部分は、グレースとのコラボレーション作品に割かれている。ふたりをお互いに惹きつけたものとは一体何だったのだろうか? そして、彼らふたりの作品は、どのようにして70・80年代のビジュアル文化を決定付けるに至ったのだろうか?

グードの作品が、人種や民族、グローバルカルチャーをアーティスティックに表現することを軸に展開されているのは広く知られている。そのテーマは、彼の写真集『Jungle Fever』のなか存分に模索され、うち一枚は昨年、キム・カーダシアンが模写をして、インターネットで大きな話題となった。彼の作品がもつ魔力は、その異国情緒とエキゾチックな世界観にある。そこでの黒人女性の扱われ方が搾取的と議論を呼びもしたが、当の被写体たちからはそのような批判を受けることがなかった。グードはこれらのテーマをジョーンズとの作品でも一貫して扱い、彼女のセクシュアリティと黒人性は強調したアートワークを次々と生み出した。グードの目を通して、ジョーンズは人間の域を超え、両性具有的セックスアピールと閃光を放つ眼差しが強烈な印象を残す、黒人界きってのスーパースターとなった。自伝『I'll Never Write My Memoirs』で、ジョーンズは、かつてグードが彼女に突きつけた非現実的な要求について、またそれが原因となり、ふたりの関係が崩壊していった経緯などを明かしている。2015年、グードはSHOWStudioとのインタビューで「出会った当初は、少し才能はあるが、ただのパーティ好き程度にしか思っていなかった」とジョーンズについて赤裸々に語っている。しかし、それも彼女のパフォーマンスを生で見るまでだった。音楽性は彼の趣味ではなかったが、自らを女神と見立てたアイデアにはノックアウトされたという。「実際のグレースにというよりも、彼女を通して僕が作り上げることができるキャラクターに嫉妬したし、独占したいと思うようにもなっていった」。彼はジョーンズをなによりもアートの媒体として扱ったのだ。個人的な関係を壊してまでも、グードはアートワーク上に、超現実的な天上のミューズとして彼女を描きだそうとした。ジョーンズに流れるジャマイカの血と身体的特徴を際立たせることで、芸術家のビジョンと異国のミューズが見事に調和をみせ、ジョーンズのありのままの姿を具現化したGrace Jonesが誕生したのだ。

ジョーンズはその人生において多くの既成概念を覆してきた。「I Need A Man」などをリリースしていた初期の頃から、彼女は同性愛者たちからの支持を集め、今でも彼らのアイコンとして讃えられている。彼女はいかなるセクシュアリティで区分されることも拒否し、彼女の音楽性もまた、ポップからディスコへ、そしてダブを試したかと思えばレゲエに向かうなど、つねに流動的だった。こうした音楽へのアプローチは、後に彼女の先進的な音作りへとつながり、「Warm Letherette」や「Slave to the Rhythm」などの名曲を生んだ(メインストリームのラジオ局からは総スカンを食らった)。彼女の容姿もまた、さまざまな反響を巻き起こした。その際立ったビジュアルによって、三宅一生やティエリー・ミュグレーなどのデザイナーたちが彼女を女神と崇めた一方、メインストリームでは困惑が広がった。それを最も象徴しているのは、1985年のインタビューでジャーナリストとジョーンズが見せたやり取りだろう。ジャーナリストは彼女にジェンダーとセクシュアリティを明言するよう求めた(それに対して、ジョーンズは「無人島で空腹に苦しんでいたらあなたはゴキブリを食べるか」と訊き、ジャーナリストは困惑しつつ「食べる」と答えた)。この性の曖昧さはグードによって模索され、究極のかたちで表現されることになる。"定義付け"への抵抗を、ヴィジュアル製作のなかで表現したのだ。『Slave to the Rhythm』のビデオクリップ冒頭では、切り刻まれたポラロイドが並べられ、そこに写るジョーンズが細長く歪められていく。そこに映る彼女は、人間以上の存在感を放っている。これは、さまざまな意味において、グードが彼女の身体的特徴をが解釈し、表現した作品なのだ。Grace Jonesは、男でもなく、女でもなく、人間でもないのだ。

しかし、グードとジョーンズのデュオのビジョンを最もピュアに具現化している作品は「One Man Show」だろう。1984年のグラミー賞において「最優秀ロング・フォーム・ミュージックビデオ賞」にノミネートされたこの作品は、コンサート映像や写真、ビデオクリップをゴードがまとめたものだ。この時、ふたりはビデオ同様に有名になった数々のビジュアル作品も残している。そのうちのひとつ、横向きに座ったジョーンズの顔からゴムバンドが伸び、そこに幾何学の形をしたオブジェのようなものが引っ張られているアートワークはあまりにも有名だ。

画面外から伸びる手にそれらパーツを引っ張られながらも、ジョーンズの表情は涼しいまま。グードのディレクションによって彼女をポップスター以上の存在にまで高めた「One Man Show」は、MVというより、パフォーマンスアートと呼ぶにふさわしい仕上がりになっている。ジョーンズがポップアート界と密接な関係にあったことはよく知られている。アンディ・ウォーホルとも親しく、アートの世界で彼女を知らないものはいなかった。当時の音楽界で抜きんでていた彼女のビジュアルは、ハイカルチャーにも通じるものだったため、音楽界に新鮮な風を吹き込むこととなった。彼女は単なるシンガーではなかったし、ステレオタイプでくくられることもなかった。それは彼女が定義付けされることを徹底的に拒否したからだった。デビュー以来、音楽業界が彼女を本当に理解していたかには疑問が残る。キャリアの初期に彼女が強いられた苦悩は、当時の作品にも滲みでている。しかし彼女は音楽界を超えて文化的な一大事件にまでなった。そしてグードの作品がそれを誇張し、形に残した。その巧みな手法によって、グードは「アイコンになるべくして生まれてきた存在」というジョーンズのイメージを作り出した。そしてふたりは、際立ったイメージと同時に謎に包まれたGrace Jonesという伝説を築き上げた。一方で、ジョーンズはその巧みにして挑発的な物言いと個性で、大衆の興味を煽った。誰もが彼女を知りたがり、彼女とグードの関係を詮索した。ポストプロダクション、誇張された異国情緒、自己神格化はグードの作品を特徴付けるものにはかわりないが、ミューズを見出し、具現化させたことについての評価を忘れてはならない。グードは音楽史に残る伝説を作り上げることに大きく寄与したのだ。

So Far So Goude』展は、ミラノのPadiglione d'Arte Contemporaneaで6月19日まで開催。

Credits


Text Jake Hall
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.