FENDIがあるからこそ、世界は美しい

環境が目まぐるしく変わる現在のファッション界にあって、カール・ラガーフェルドが50年以上にもわたりFENDIでデザイナーの座に君臨していることは、偉業などという言葉では表現できないほどの偉業だ。そのFENDIが、このたびブランド生誕90周年を迎えた。

by Anders Christian Madsen
|
23 February 2017, 10:30am

ドイツのグリム童話デンマークのアンデルセン童話——世界中で知られる童話の多くは、古くから北国で生まれている。北ヨーロッパの厳しい冬はそこで暮らす人々の心に"生き生きとした現実逃避"を育むようだ。カール・ラガーフェルドもまた、そんな環境に育った。大恐慌が世界を襲っていた1930年代、不況に喘ぎながら次の大戦へと突き進んでいくドイツに生まれた。デンマークとの国境近くの町で、セルマ・ラーゲルレーヴのゴシック文学を読み、グラマラスな母親の背中を見て育つなかで、彼はマジカルなファッションの世界を夢見た。そして、その夢はマジカルなまま、現実のものとなり、ラガーフェルドはファッション界の皇帝となった。彼は、数々の偉業をどんどん過去へと押し流しながら、決して振り返ることなく突き進み続けている。突き進み続けてきたからこそファッション界の絶対君主の座につき、突き進めるからこそ絶対君主であり続けているのだ。

「いま起こっていることに興味がある。もう起こってしまったことに興味はない。過去の作品を見ることもありません。過去の作品なんて大嫌いですから」とラガーフェルドは、2015年に『Financial Times』のインタビューで語っている。このインタビューは、皮肉にも、彼がFENDIのクリエイティブ・ディレクター就任50周年を記念してのものだった。続く2016年は、ノスタルジックの対極をいく彼にとって大きな年となった。FENDIのバッグやメンズのデザインを手掛けるシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディと共に、カールはイタリア老舗ブランドFENDIの生誕90周年を迎えたのだ。イタリアはルネッサンスの国だ。寓話的世界観をファッションに用いるなど前例のないことだった。しかし、ラガーフェルドはそこで過去へと目を向け、彼がスカンジナヴィアで聞いて育った童話の世界にヒントを得た。「北国の童話こそは、私の幼少期の雰囲気そのもの」とラガーフェルドは、その年ローマで開かれたFENDIオートクチュールのショーで語った。テーマとなったのは、1914年にデンマークのイラストレーター、カイ・ニールセンの挿絵と共に出版されてノルウェーで人気を博した民話『太陽の東月の西』。ラガーフェルドはその世界観を服に落とし込み、まさに天上の王国をランウェイで表現してみせた。

"世界でもっとも美しいと名高い噴水に透明な橋を架け、そこでFENDIのショーを披露するなんてね――これがおとぎ話じゃなくて、何をおとぎ話と言うんだい?"

しかし、ラガーフェルドはノスタルジアに浸っていたわけではない。たしかに幼少期の影響をそこに見せてはいたものの、彼がそこに作り上げた壮大な世界観は、デザイナーである彼自身の功績へのトリビュートなどではない。あくまでもラガーフェルド王国が打ち出し続けてきた独自の世界を改めて、そしてさらに力強く表現したものだった。自身の名を冠したブランドを立ち上げた経歴も持つラガーフェルドだが、彼の半生は、ファッション界の老舗2大ブランドでの偉業の歴史だった。彼がいたからこそ、FENDIとChanelは後世にまで影響力を持ち続けるブランドとなり得たのだ。そうした意味で、ラガーフェルドは現世に生きる国王や女王たちと同等の存在であり、実際にファッション界に生まれる君主たちを統括する存在であり続けている。老舗メゾンでデザイナーたちが数シーズンの後に次から次へと辞任していく現在のファッション界において、ラガーフェルドは90年続くメゾンFENDIで50年にわたりデザイナーを務めている——現在のファッション界で「任期」といえば誰もが数年に限られた契約期間としか考えないが、ラガーフェルドがFENDIで果たしてきた「任期」は、任期以上の意味を持っている。彼はまさにFENDIという国を過去50余年にわたって統括してきた王様なのだ。

だから、FENDIという国家のアニバーサリーや、王としての自身の偉業をラガーフェルド本人が祝福するのを、誰も責めることなどできない。彼自身、これまでに幾度となく自身の功績を讃えてきた。「国際的社会現象にまで高められた存在になりたい」と、彼はジュリアス・シーザーのごとく高らかに宣言している。そして、FENDIのブランド生誕90周年コレクションで、彼は童話に出てくる王様が必ず突きつけられるのと同じ課題を自らに課した——「夢を現実のものにする」という課題を。FENDIの寄付によってようやく改修工事が完了したイタリアの観光名所トレヴィの泉で、水の上にプレキシガラスの透明の床を作って行なわれたショー。その最後にラガーフェルドは、シルヴィア・フェンディと手を取り合い、ダンスを披露した。「こんな瞬間が現実になるなんて、私でさえも想像しなかった」と彼は語っている。「世界でもっとも美しいと名高い噴水に、透明な橋を架け、そこでファッション・ショーを披露するなんてね——これがおとぎ話じゃなくて、何をおとぎ話と言うんだい?」

「不遜だ」と思う者もいるだろう。妄想だというのなら、それもいい。おそらくラガーフェルドにとって、そう書かれることなど痛くも痒くもないだろう。「私は地に足ついた人間だよ。ただ、足をつけている地がこの地球でないというだけ」とまで語っているラガーフェルド——王国に品格が何よりも求められる現代にあって、現在83歳のラガーフェルドはこれまでにも増して、そして周囲の若いデザイナーなど足元にも及ばないほど反逆的だ。そしてそれを、FENDIという老舗ブランドの生誕90周年記念イベントで世に知らしめ、年の功を若々しいアイデアに体現するという手法自体が、なんとも反逆的なやり方ではないか。続く9月に開かれたFENDI 2017年春夏プレタポルテ・コレクションのショーでは、フランス最後の絶対君主でフランス国民によって処刑されたルイ16世のロココ調をモチーフに、そのデリケートに豪華絢爛な世界にどこかイタリアが香る、実に反逆的な姿勢を打ち出した。「ナポリの女王がマリー・アントワネットと姉妹だったことを忘れることなかれ」とラガーフェルドはショーのバックステージで言い放った。このショーを見て、誰がそれを思い出さずにいられただろう?

「FENDIはローマの、イタリアの、そしてファッション界の文化遺産である」——2016年、FENDIはそのイメージを打ち立て、また他のどの老舗をも凌ぐ服の世界を築くメゾンであることを世界に示した。皇帝ラガーフェルドもまた、ファッション界で彼自身が持つ意味を決定づけた。ファッション界の父である彼——しかしラガーフェルドは、そんなセンチメンタルな呼ばれ方を好むようなひとではない。「いつかデザインを辞めるときがくる?なぜ私が辞めなきゃならないんだ?」と彼はあるレポーターに噛みついた。「ファッションを作り出すのを辞めれば、私は死ぬ。そしてそのとき、すべてが終わるんだよ」と。皇帝ラガーフェルドは永遠なり——FENDIオートクチュール・コレクションのショーを終えたラガーフェルドに、FENDIのCEOであるピエトロ・ベッカーリは晩餐会の席で言ったそうだ。するとラガーフェルドはこう答えたという。「そうだね。でもそんなことはいいから、早く100周年の話をしようじゃないか」

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Matteo Montanari
Styling Emilie Kareh
Hair Marki Shkreli at Tim Howard Management using Marki Hair Care
Make-up Georgi Sandev at Streeters using M.A.C. Photography assistance Leonardo Ventura, Melnie Smith
Digital technician Diego Sierralta
Styling assistance Omar Thomas
Producer Gaby Schuetz
Production Select Services
Model Selena Forrest at Next
Selena wears all clothing Fendi
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.