聖地で交わるセクシャリティと宗教:イスラエル人デザイナー、エリラン・ナルガッシ

「セクシュアリティ」と「宗教」という複雑な関係性をデザインに織り込むイスラエルのデザイナー、エリラン・ナルガッシ。ファッション大国から距離をとってクリエーションを続ける彼に話を訊いた。

by Felix Petty
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10 February 2017, 4:17am

"預言者モーセ"を意味するナビー・ムーサは、13世紀にヨルダン川西岸のユダヤ砂漠に建てられたモスクだ。そこはまた、キリスト教のイースターを前に5日間、モーセを讃えるパレスチナのイスラム教フェスティバルが行なわれる場所でもある。テルアビブを拠点として活動するデザイナー、エリラン・ナルガッシ(Eliran Nargassi)と写真家のダニー・ロウ(Danny Lowe)、そしてモデルのモル・アルカレイ(Mor Alcalay)は、ナビー・ムーサを訪れ、ナルガッシの最新コレクションのファッション・ストーリーを撮影した。宗教的要素が強い彼の服にとって、ここは最高のロケーションだ。彼の服に"宗教"が織り込まれている。それは宗教がイスラエル社会に深く根づいているからに他ならない。それは避けられないことなのだ。

敬虔なユダヤ教の家庭に育ったナルガッシだったが、現在は宗教を捨てて、自らをゲイとして自認し、オープンに生きている。彼のデザインにはBDSM(Bondage Discipline Sadism Masochism:調教など、支配と服従の関係をベースとした嗜虐的性向の総称。日本ではS&Mとしてひとまとめに認知されている)カルチャーの影響が見られることもある。彼は自身のBDSM観を、「非宗教的な崇拝」とシンプルに説明しているが、そこにある世界観は彼の言葉ほどシンプルではない。単純に宗教を拒絶するのではなく、神聖さと冒涜のあいだに生じる緊張を探っているのだ。彼の作品の核にはそうした類いの緊張感がある。それは、宗教と非宗教なあり方のあいだに生じる緊張であり、現代性と伝統的なライフスタイルのあいだに生じる緊張でもある。彼の作品は、イスラエルのステレオタイプを超越し、メディアではめったに取り上げられることのない"多文化が溶け合うメルティング・ポットとしてのイスラエル"を描いている。そこには、緊張状態が続く社会に生まれた"調和(ハーモニー)の兆候"を垣間見ることができる。

ファッションに興味を持ったきっかけは?
子どもの頃から、自分が着るものや自分が好きと感じるアートやデザインなど、あらゆる面で、とてもはっきりしていました。兵役を終えた頃には、ファッションが自分にとって自然な環境だと感じるようになっていました。

自分のブランドを立ち上げようと考えたキッカケは?
ほとんど偶然の成り行きでした。シェンカル工科デザイン大学を卒業後、すぐにイスラエル最大のファッション販売企業に就職したのですが、同時にあるエキシビションへの参加を呼びかけられたんです。そのエキシビションが頓挫したとき、大手ファッション・ブランドで働くことが自分の足枷になっていると気づきました。そこで、仕事を辞めようと決意したんです。エキシビションは中止になりましたが、それをきっかけに私は小規模ながらもカプセル・コレクションをデザインし始めました。業界からの反応を見てみたかったんです。その直感は正しかった。ちょうどその頃、メンズウェアにリバイバルが起きていると感じていたんです。

現在のイスラエルのファッション・シーンについて教えてください。若いデザイナーたちへのサポートは感じられますか?
イスラエルは小さな国ですから、インディペンデント系のファッション・シーンはとても小さいです。ですが、発展してきてはいます。それでもメンズウェアに限っていえば、独立系のデザイナーは数えるほどしかいないのが現実です。ウィメンズの分野はもっと大きく、テルアビブでは才能あるデザイナーがたくさんいます。彼らが作り出している物に対して、私は多大なる敬意を持っています。イスラエルには、ヨーロッパのように若いデザイナーを支援する助成金制度はありません。それでも、資金の支援プログラムがないわけではありませんし、若いデザイナーたちへの指導プログラムもあります。

ファッション大国から離れた国でブランドを運営するのは大変なことだと思い明日。これまでに経験したもっとも大きな課題は?
課題はいくつかあります。ひとつはタイミングです。世界のデザイナーやブランドが「6ヶ月後のシーズンのコレクションを発表する」というスケジュールで動いているのに対して、イスラエルのブランドのほとんどはシーズン到来の直前に最新コレクションを発表します。よって、時間と労力を集中させなければなりません。もうひとつの課題は、高品質な生地の手配です。イスラエルに輸入されるハイエンドな生地の種類は限られていますから、ブランドの成長はヨーロッパや日本からの生地輸入に大きく左右されます。最後に、これもまた重大な課題ですが、「世界がイスラエルのファッションにそれほどの興味を示してくれない」という問題があります。

あなたは、自分のデザインをイスラエル的、もしくはユダヤ的だと思いますか? 宗教を感じさせる要素が多く見受けられるように感じます。
私は正統派ではなかったものの、それでもかなり敬虔なユダヤ教の家庭環境で、ユダヤ教をベースとした価値観のもとに育ちました。思春期にさしかかり、自分の性的指向に気づきはじめた頃、自分自身の存在と信条を問いはじめました。規制があることも知っていましたから、「これから成長するにつれて否定できなくなるであろう自分本来のあり方が、社会で受け入れられないのではないか」と悩みました。今は、自分の宗教を信じながらもゲイとしてのライフスタイルを選んで生きていくことが可能だと思っています。デザインをするときは、そんなふたつの世界にある違いを見せつつも、そこに調和も見いだせるデザインを心がけています。

イスラエルでは、宗教について語らないということは不可能なのでしょうか?
イスラエルは様々な文化が入り混じっているメルティング・ポットです。世界中から流れ込んできた移民によって出来上がった国で、それぞれが祖国の伝統や習わしを損なうことなく生き続けてきた国ですから。また、この国はユダヤ教やイスラム教、キリスト教をはじめ多くの宗教において聖地とされる場所で、特にエルサレムを語る際に"宗教"は避けられない要素です。一方で、宗教はとても個人的なことで、だからこそ、宗教的な人にとってもそうでない人にとっても、この国は優しい国なのだと思います。

宗教、非宗教、BDSMという要素は、イスラエルでは物議を醸すトピックなのでしょうか? そして、そこには政治的な意味が生じてしまうものなのでしょうか?
今という時代、それらのトピックはイスラエルに限らず世界のどこへ行っても物議を醸すものです。セックスについて、とりわけBDSMやフェチを公に打ち出すことは、それが宗教色の強い国であれば特に、議論の的となります。でも、私はそんな議論に挑んでいきたいんです。それは個人的な嗜好であるわけですが、ここは個人的なことが政治的なものになる国ですからね。一部の人が「これが自分だ」とするあり方の要素を、他の人々は「認められない」「正統的概念に反する」と判断する——しかし私はそれが、一見して正反対のように見えるふたつの世界に調和を作り出そうとする実験のようなものだと思うのです。

イスラエルとヨーロッパで、あなたの作品に対する反応はどのように違いますか?
反応はそれほど変わりません。どちらの地域の反応も好感的なものです。ただ、ヨーロッパでは私のブランドの背景にあるストーリーやインスピレーションに焦点が当てられることが多く、私がイスラエル人であるということ、そして、例えばBDSMのように一部の人々がタブー視する要素をデザインに扱っているということに興味を示す人が多い——そう思えるのは確かですね。私がこれまで出会ったヨーロッパのファッション業界人のほとんどは、他のイスラエル人ファッション・デザイナーに出会ったことがなかったようです。それも新鮮で興味深いことですよね。

あなたのレーベルを言葉で言い表すなら?
エモーショナルで個人的、そしてコントラスト。

Credits


Text Felix Petty
Photography Danny Lowe
All clothing Eliran Nargassi
Model Mor Alcalay 
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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