BLACK OPERA「鈍色の壁」評:黒いオペラ、黒いオルフェ──失われた「オルフェウスの声」の復権

マヒトゥ・ザ・ピーポー、伊東篤宏、荘子it、OMSB、コムアイ、テンテンコらが共演し、大きな反響を呼んだ総合舞台作品、ブラック・オペラ「鈍色の壁/ニブイロノカベ」。気鋭の暗黒批評家・後藤護が本公演を掘って掘って、掘り下げる。

by Mamoru Goto
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12 December 2019, 7:45am

11月17日(日)のゲーテ・インスティチュートで開催されたブラック・オペラ「鈍色の壁/ニブイロノカベ」の最終日に滑り込んだ。開演前から左右に配された高台のような舞台装置(伊東篤宏と山川冬樹が阿吽のごとくそこに立つ)と、中央に配された複数のテレビモニターと蛍光灯をスクラップで繋ぎ合わせたような塔が妙な存在感を放ち、そのゴテゴテとしたメカニカルな風情もあって周りのオーディエンスからは「スチームパンクみたいだ」という声も聞かれた。

「黒いオペラ」は明確な合図もなく、地平線にうっすらと昇り出る暁のように人知れず始まっていた。白衣を纏ったANTIBODIES Collectiveのダンサー幾名かが、死者か精神病棟の患者のように不気味に舞台上を歩いている。そして今回の主役と思しき男女二人が舞台中心で相対するとき、警察が事件現場に張りめぐらす類のテープが、舞台からフロアを突っ切るようにして世界を二つに両断する。

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ここで今回公演のタイトルである「鈍色の壁」の意味が見えてくる。前回公演「Hole On Black」はいわゆる「68年革命」から50周年ということで「アンダーグラウンド」や「グロテスク」をテーマにしていたと思しく、それは冒頭の大谷能生による「人の内臓は取り出して拡げるとテニスコート一面を埋め尽くす」なる朗読からも窺い知ることができた。内臓とはカオスと迷宮の象徴であり、そうした「内」に汗牛充棟詰まったものを社会という「外」に糞のようにぶちまけるのが68年流儀であった。「Hole On Black」とは肛門に外なるまい。

そして今年はベルリンの壁崩壊から30周年ということで、「鈍色の壁」とはまさにそれ由来である。この「壁」というのは「分断」と同時に「幽閉」のコノテーションを持ち始め、舞台では続いて正方形の水槽が現れ出る。第二部でマヒトゥ・ザ・ピーポーが強烈にエコーがかかったようなヴォーカルでアジテーションしていた内容(「サラリーマン」、「自由」、「水槽」という言葉の結託があったように思う)から推し量るに、どうやらこの舞台上にずっと吊り上げられることになる水槽は、僕たちを拘束する社会=牢獄のメタファーである。差し詰めその水槽に放り込まれた金魚なり熱帯魚が、人間存在ということになろうか。その水槽に藤田陽介が歩みより、手で水をかき回すなどすると、それに応じるような美しいアクアな音響が発生する。水槽は一種の音響装置であると同時に光学装置とも化しており、音の変化に合わせるように差し込まれる光もさまざまな変化を蒙り、そのエフェメラルな様態はじつに美しい。

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「美しい」と書いたが、テーマである「壁」を考えると少し怖い。ユイスマンス『さかしま』の主人公デ・ゼッサントもまた、社会から孤絶し家に閉じこもり、食堂のなかにさらに船室のような小部屋を作り、あいだの空間に水を入れて一種の水族館とし、外光によってその色彩が変化するのを小部屋の窓から楽しむことが出来る発明品を愛した。いわば「独身者機械」(ミシェル・カルージュ)という病的な神話の系譜を、この水槽演出はやや想起させるのだ。

そうした「壁」や「水槽」といった分断のメタファーを駆使する本作は、前回公演よりコンセプチュアルな傾向が強まった風情で、肉体より知性に比重が置かれてしまうアンバランスを危惧したが、伊東篤宏の登場で即座にこちらの杞憂であったと知れた。舞台中心のスクラップ塔、それから舞台左に拵えられた高台に設置された蛍光灯が強烈な明滅を繰り返し、内臓まで顫動させる地響きのような重低音が場を支配する。「オプトロン」という伊東が発明した特殊音具なのだが、体験している身からするともはや「兵器」といった感じで、開演前のオーディエンスの声を盗み聴きしていると、これ目当ての人々も少なからずいたほどだ。

ところで伊東は黒いローブのようなものを身にまとい、さらにフードさえ被ったその外貌は中世の修道僧を思わせる極めて「ゴシック」風なもの。自己宣伝のようになってしまうが、僕は『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン)という書物をこの「鈍色の壁」とほぼ同時期にリリースしている。この本でゴシック原理の一つとしたのが「明暗対比(キアロスクーロ)」で、光と闇、善と悪という強烈なピューリタン的二進法で進行するのがこのジャンルの流儀であり、いわば「壁」の上に立つような中間項は抹殺される。「鈍色(グレー)」というか、あわいがないのだ。その意味で伊東が駆使する「光学音響兵器」の明滅は、世界を二つに分断するこれ以上ないゴシック的メタファー足りえている。

腹切りピストルズ

こうして重層的に張りめぐらされた「壁」なり「分断」なりを、いかに融和させるかというのが最大のテーマだといえる。冒頭でテープが、舞台からフロアに向けて一直線に張られたことで意識された会場の中央ラインを、和太鼓その他でどんちゃん騒ぎし行進する切腹ピストルズは、その「壁」の融和をなんとか試みるようであった(とはいえ結局の所オーディエンスを二つの領域に分断するこの行為を、冷ややかに見ている客が結構いたのは事実だ。融和はまだ遠い)。

荘子it、志人、OMSB、それからこのブラック・オペラの顔とも言えるブラック・スモーカー・レーベルのKiller-BongやJUBE、RUMIといったラッパーたちの「ヤバすぎるスキル」(ラッパ我リヤ)も見どころである。テクノスケープに浮かび上がるラッパーの強烈な身体を伴う「原‐言語」には、肉体と精神のあいだの「壁」を超える予兆が(まだちらちらとだが)見え隠れする。こうしたヒップホップ界隈のパフォーマーがいることから、会場にはBボーイたちの姿も確認できた一方、眼鏡をかけて腕を組みながら舞台を見るひょろっとしたインテリ風の客などもいて、あまり同じイヴェントで鉢合わせることのないような人種の組み合わせがフロアで実現されていたことは特筆に値する。「壁」の崩壊はむしろ客層に如実に現れ出ていた。

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ところで分断の克服を云々してきたが、オペラとはいわゆる「綜合」芸術である。すべてのアートフォームを結集するようなごた混ぜ(僕が舞台上のすべてをここに書き写せない豊饒ぶりがその証拠)に可能性がある。そしてその「綜合」の神話を司るのがオルフェウスである。エリザベス・シューエルは名著『オルフェウスの声』(白水社)で、「二つの文化」(C・P・スノウ)と称されるほどに分断された文/理を綜合するという夢を、琴を奏でると人獣さえ超えて木石さえ動かしたというこの神話に託した。会場となった「ゲーテ・インスティチュート」であるが、シューエルが博物学と詩学という一見相容れない両者を架橋する「オルフェウスの声」の持ち主として言祝いだのが他ならぬゲーテであった。そもそも日本で最初に翻訳公演された海外オペラがオルフェウスものだった、と知ったら読者はすこし驚くのではないか(グルックによる「オルフェオとエウリュディーチェ」)。作り手の思惑はいざ知らず、このブラック・オペラはそうした神話やオペラ受容史への原点回帰を感じさせる。

そして劇の締め括りでは、シンガーソングライター折坂悠太による名曲「さみしさ」の、ジェフ・バックリー級の絶唱を聴くことができる。位置取りに失敗した僕は第二部前半はほとんど舞台が見えず音しか聞こえなかったのだが、切腹ピストルズがフロアを掻きまわしてくれたおかげで後半は視界が開けた。ちょうど中央位置で、折坂の真正面だ。失われた「オルフェウスの声」が聴こえた。偶然会場で出会った『エクリヲ』編集長の佐久間義貴は、「折坂さん、結局すべて持ってっちゃいましたね」と感想を漏らしたがまったく同感で、壁の融和という夢物語に最大の説得力をもちえたのは彼だった。舞台上に結集した個性的なパフォーマーの乱れ撃ちを、ただの蒐集/分類のシステムに終わらせることなく血を通わせ、ダイナミックに綜合、力動させるのが「すべての調和の主」(F・ベーコン)たるオルフェウスの使命である。黒いオペラに現れた黒いオルフェ、それが折坂雄太なる吟遊詩人ではなかったか。

「壁」が崩壊する二年前の1987年、ピンク・ターンズ・ブルーは「もし二つの世界がキスしたら(If Two Worlds Kiss)」と悲壮に歌ったが、冒頭分断された男女は、舞台中央に鎮座する折坂を前にして最後、再び出会う。オルフェは二つの世界を接吻させる。

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Photography Eizaburo Sogo, Yosuke Torii, Wataru Uehara


「BLACK OPERA」をプロデュースしたBLACK SMOKER RECORDSによる展示が、12月13日から15日までリキッドルーム2階奥のギャラリースペース〈KATA〉にて開催。「BLACK OPERA – 鈍色の壁 / ニブイロノカベ –」で使用された特殊楽器やレーベル所縁のアーティストたちの展示のほか、毎日19時からはライブなど様々な催しが行われる。15日には本公演を振り返るトークイベントもあるので、お見逃しなく。

「BLACK GALLERY」
2019.12.13(fri) – 15(sun)
KATA[LIQUIDROOM 2F]
OPEN 15:00~ / EVENTS 19:00~
ENTRANCE FREE !! *EVENT TIME→1st drink charge 1,000yen

▼参加アーティスト
KILLER-BONG、VELTZ、伊東篤宏、浮舌大輔、河村康輔、城一裕、テンテンコ、十河英三郎、藤田陽介、山川冬樹

▼イベント

12.13(fri) -OPENING PARTY-
DJ:HIKARU, Q a.k.a INSIDEMAN, KILLER-BONG, YAZI

12.14(sat) -THINKTALK pt.22-
LIVE:伊東篤宏, VELTZ
TALK:K-BOMB, JUBE & guest

12.15(sun) -THINKTALK pt.23-
LIVE:藤田陽介, KILLER-BONG
TALK「BLACK OPERA 2019/ニブイロノカベ」:K-BOMB, JUBE, 伊東篤宏, ROKAPENIS & guest

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