東京ファッションウィークの開催中止とデザイナーのマインドセット

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が拡がる苦難の局面に、東京を拠点とするブランドは何を考え、実行しようとしているのか? それぞれの選択をした何人かのデザイナーにメールインタビューを敢行した。

by Tatsuya Yamaguchi
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25 March 2020, 7:12am

HYKE

3月2日、東京ファッションウィークの史上2度目となる開催中止がアナウンスされた。日本政府東京都から大型イベントの自粛要請がされていたなか、主催者である日本ファッション・ウィーク推進機構が下した決定は必然と言えるものだった。こうして、アジア諸国で行われる2020年秋冬シーズンのファッションウィークは、すべて延期か中止となった。

最終決定がくだる数週間前から、コレクションの発表を準備していたデザイナーたちは、明日の状況がわからないまま頭を悩ませていた。一部のブランドはプランを白紙に戻し、キャンセル料を支払う必要もあった。何よりも、コレクションを“適切な形式”で公に発表することができないという最悪のシナリオがすべてのデザイナーの頭をよぎったはずだ。

デザイナーたちは今、どんな心持ちなのだろう。私たちは、何人かのデザイナーに話を聞いてみることにした。

「セールスだけではなく、より精神的な面でのサスティナビリティの必要性を感じています」と語ったのは、半澤慶樹だった。彼が手がけるPERMINUTEはランウェイの中止を受け、ブランド初となる映像を発表する予定で、今シーズンからは自社ECでの受注システムも開始するという。

「資本主義社会とともに肥大してきた現在のファッション産業のフローにのっとる必要もそれほどない。単なる受発注の関係だけでなく、人と人のつながりを大事にしたいと思うようになりました」

デッドストックのファブリックをコレクションに活かすChildren of the discordanceのデザイナー志鎌英明は、「立ち止まってしまったら皆も立ち止まってしまう」と言う。彼は、大量生産は行わず、生産規模を超えるオーダーは一切受けない方針のもとブランドを運営してきた。「幸いなことにアトリエメイドをベースに、ONE OFFの生産を支えてくれるチームや、アトリエから近いところにある工場さんのおかげで小規模で運営しているため大きな影響はほとんどありません」

このようなアティチュードは今、光を放ってみえる。生産工程を網羅できる拠点が国内各所に存在する地産地消的な日本の“ファッション”のあり方を、私たちは再認識することができる。もっと言えば、過剰な廃棄物を出してしまうほどに物を量産していくことの功罪について再考する機会にもなっているからだ。

先行きの見えない状況にあるとオーダーのキャンセルやバイヤーの買い渋りも起こり得る。各国の指針にのっとって工場の一時閉鎖を余儀なくされるケースがあるため、製品や生地のデリバリーが遅延しうることもファッション産業の構造的に重大な問題だ。デザイン、プレゼンテーション、生産、ショップに届きエンドユーザーが袖を通すまで——。様々な影響は、これからもっと明らかになっていくに違いないが表現をやめないことに重きをおくブランドもいる。

Yohji Yamamotoでメンズパタンナーとして経験を積み、独立後は自身のブランドを経てAPOCRYPHA.を始動した播本鈴二は、「スタートしたばかりのブランドだからこそ、自粛ではなく発表を行うべきだと思ったんです」と話してくれた。予定していたショー会場も、発表日時も内容も、ゼロから組み直して無観客のライブインスタレーションを行う決断だ。「少しでもユーザーの気持ちが明るく前向きになれるものを作り、発信することは、発表形式を変えても変わることはありません」

malamute
malamute

精緻なニットウェアを中心にしたコレクションのすべてを日本国内の職人や工場との密なコミュニケーションによって作り上げているmalamuteは、公式インスタグラムのストーリーズ上でコレクションを発表した。「ランウェイで見られる洋服の動きやライブ感を適切に表現すること、次に、ひとつの場所に集まらずともどんな方にも見てもらえる手段は何かと考えました」とデザイナーの小高真理は語る。

繰り返すが、今シーズンの東京ファッションウィークの開催中止は必然である。このイベントに関わるすべての人の心身の安全への対策を講じることは実質的に不可能だからだ。

日本の公共衛生環境への意識は、おそらく世界的にみても高い方だ。海外の友人が来日したとき、レストランのメニュー表を、食事を終えた客が席を離れるたびにアルコール消毒している姿をみて感心していたことを思い出す。この時期になれば、流行型インフルエンザ対策でマスクをする人が大勢いるのも日本のランドスケープである。それらは、ごく日常的な行為で一般的な光景といってもいい。普段ならマスクをしているからと言って深刻な病を疑ったりはしないのだ。言うまでもないことだが、未知のウイルスの感染拡大を徹底的に防ぐことは何よりも大切だ。政府や専門機関が発しているガイドラインを頼りにしながら、自分自身と自分の周りの人々の安全を考え、実行することは肝心である。各ブランドは、消毒液の常設、マスク着用を促し、会場内に集まる人数をコントロールするためのアポイントメント制などを導入した上で、展示会への案内を行っている。

ここまで考えていくと、思い出されることがある。東京ファッションウィークが、未曾有の東日本大震災があった2011年3月に開催を断念したときのことだ。

さまざまな記録以上に被害は最悪だった。日ごとに明らかになる被災状況、犠牲者の数、津波の爪痕。深刻な日々を全日本人が経験した。店は臨時休業し、節電や安全確保が求められ、街も人も皆が皆、混乱していた。

ようやく復旧した電車に乗るためにホームで行列をつくる人々の姿を海外メディアが報道したとき、どんな困難に対峙しても粛々と生きていく日本人のメンタリティを垣間見たような気がした。こうしたことをすべて含めて、東日本大震災は、それぞれの立場や境遇から忘れてはならない日本の記憶と経験なのだ。

「3.11が起きた時、僕はまだ高校生でした」と、福島県出身の半澤は回想する。「将来を考えるタイミングで社会に起こった劇的な変化が、自分の人生観へ大きく作用したことが強く印象に残っています。当時と状況は違えど、同じように不安定な世の中だからこそ新しい態度や方法を持った作り手が出てくると思います」

あの頃、ファッションデザイナーたちは、否応なく苦渋の選択をせざるを得なかった。中止、延期、発表形式の変更。ファッションの無力さを嘆く声も耳にした。しかし、少しずつデザイナーのマインドセットは変化していった。文化の動きを止めてはならない。そして復興に寄与する手段を自分たちなりに模索していったのだ。例えば、mintdesignsANREALAGEは、「A NEW HOPE」という共通タイトルを掲げ、一度は中止を決断したランウェイショーをふたたび開催することを決めた。ファッションを愛する人たちに希望を。コレクションの発表が、被害が深刻だった東北地方にある津波に流されてしまった工場の、後の復興の手助けになるという考えもあった。ポジティブな希望の光を感じた人は、多かった。

もちろん、パンデミックとは状況がまったく違う。最大限の自己防衛は重要だ。それでも、心に沸き上がるストレスを最小限にしていく術を持つことも大切なことではないか。東京には刻一刻と変わる社会状況に精一杯対応しながら、できる限り自分らしい生活を営んでいくことに光明を見出している人々の姿をみる。声高にいうことではないが、日本人の資質というか、2011年の学びが、湧き上がっているような気もするのだ。

「誰かを傷つけてしまう可能性がある選択はブランドのコンセプトと大きく矛盾している」と語ったのは、CSMを卒業して帰国後、二度目の本格的なインスタレーションショーを予定していた小林裕翔だ。「移り変わる時代の中で価値観をアップデートしていくためにも、オンラインショーの見せ方を模索していきました」

yusho kobayashi

新しく5つのインスタグラムのアカウントをオープンし、iPhoneで撮影されたPA室やバックステージの様子を含む6つの異なるアングルを配信。「小さな画面越しだし、クオリティも良いものではありません。どこかアナログでDIYの感覚が伝わればいいなと思ったんです。私たちチームは、これをオーガニックインターネットとよんでいます」。小林は、自身のブランドの未来を語りながら話を続ける。

「ファッションは文化であると同時に、生活の一部。私たちが一番大切にしているのは“リアリティー”と“夢”のバランスです。帰り道に花を買うような心の余裕にファッションは生まれる。これからのファッションに求められる部分もそこにあると考えています」

不安定な世の中を乗り越えた先に、ファッションはどう変わるのか? KEISUKEYOSHIDAの吉田圭佑は、「装いには人そのものを変える力があると常に思ってきました。ファッションデザイナーは自分と社会に向き合う中で得た新鮮な気づきからビジョンを思い描き、少し先の未来の装いや人の在り方を模索している。こういった社会の状況の中だからこそ、2021年春夏コレクションは興味深いシーズンになると思います」と語った。

きっと現代のデザイナーたちは、この経験を未来につなげていく。私たちはまず、困難を乗り越えんとする文化的なエネルギーを、しかと見届けることを求められているのだ。

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