Photography Steve Brooks

80年代のロンドンを支えたヘアドレッサー「CUTS」

1978年以降、ロンドンの面白さは一軒のヘアドレッサーに集まっていた──。ネット以前のソーシャル空間として、若者たちの溜まり場・社交場となっていた「CUTS」。その美学と多様性を伝える500ページ写真集『CUTS』の刊行を記念し、関係者にインタビューを行なった。

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05 december 2018, 3:13am

Photography Steve Brooks

「CUTS」はパンク以降のユースカルチャー華やかなりし1978年のロンドンで、ジェームズ・ルボンとスティーヴ・ブルックスが創業したヘアドレッサー。今日まで移転、拡張しながら、流行の最先端をゆく若者たちをはじめ、この街に生きるさまざまな人々が行き交う場として愛されてきた。

そんなCUTSについてのドキュメンタリー映画『Steve, James and Cuts』がついに完成し、現在、各地の映画祭でお披露目されている。これにあわせて、スティーヴが90年代から2000年代にかけて撮影した顧客の写真を収めた『CUTS』が刊行された。ハードカバーで500ページ、どっしりと重みのあるこの本には、人種も性別も年齢もスタイルも多種多様なロンドナーたちの顔が並ぶ。

編集を担当したマーク・ルボン、発行元であるGimme5のマイケル・コーペルマンとDoBeDoのタイロン・ルボン、加えて彼らと長きにわたって親交を深めてきたヒステリックグラマーの北村信彦に、このヘアドレッサーと出版について話を聞いた。

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──まずは、みなさんとCUTSとの関係について教えてください。

マーク・ルボン:CUTSを創業したジェームズは2歳年下の弟です。わたしのほうが先に学校を出て、フォトグラファーのアシスタントをやっていました。ジェームズもマクドナルドで働いたり経理の仕事をしたりするのは嫌で、グラマラスな世界に近づきたかったから、ヘアドレッサーになると決めた。そして彼は小さな店をケンジントン・マーケットに開きました。わたしはフォトグラファーとして活動していて、同じ建物内に小さなギャラリーを作るのを彼が手伝ってくれたり。わたしたちの人生はとても近くにあって、一緒にいろいろなことをしました。

タイロン・ルボン:僕はジェームズの甥です。彼は僕が2〜3歳のころにCUTSの経営から離れていたんだけど、僕が5歳か6歳のころにCUTSで髪を切っている写真が残ってます。ジェームズはものすごく刺激的な叔父さんだった。

マイケル・コーペルマン:ジェームズとマークはうちの近所に住んでいて、地元のパーティで知り合ったんだ。のちにクラブでジェームズとばったり会って、家に行ったらマーク、ジュディ・ブレイム、レイ・ペトリなんかがいて。それからCUTSで髪を切るようになった。もう何十年も、数ヶ月に1回はCUTSに行ってるんじゃないかな。そのうちジェームズは僕のルームメイトになったんだ。僕はファッションの仕事(Gimme5)をはじめ、CUTSで働いてた人たちが僕のところの服を着てくれた。いい関係だったよ。

──マークは80年代、レイ・ペトリと一緒にクリエイティヴ集団「バッファロー」で活躍していたのですよね。ケンジントン・マーケットは70年代から80年代にかけてファッショナブルな若者が集う場所だったと伝えられています。そこからソーホーに移転したのはいつごろでしょう。

マーク:ケンジントン・チャーチ・ストリートに移って、それからソーホーに来たのが83年から84年ころだね。ジェームズが離れてニューヨークに行って、スティーヴが続けた。

マイケル:ソーホーではバー・イタリア(1949年よりフリス・ストリートで営業を続けているカフェ。イタリア系の人々はもちろんヨーロッパ文化を好む若者たちが通い、モッズの集う店としても有名)の隣だったんだ。当時、あの辺りはいかがわしい風俗街でもあった。ゲームセンター、売春婦、ドラッグ……そういうところでクールなこともいろいろ起こってた。スティーヴはクリエイティヴなやつで、いつも自分なりのやりかたで工夫してた。窓に写真のコンタクトシートを貼っていたのを覚えてる。1階で営業していて地下があったんだけど、ガラスのタイルを敷いて光を地下に入れるのにいろんな色を使ったり。当時としては普通じゃなかったよ。

マーク:そこでスティーヴが撮影していた写真のネガが発見されて、この本ができました。

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Tyrone having his hair cut in the shop as a kid, photographed by Kadir Guirey.

──CUTSのドキュメンタリー映画がロンドン映画祭で公開されたのですよね。

マイケル:監督のサラ・ルイスという女性は映像会社で働いていて、フィルムが余ったらいつもCUTSに行って、いろんな人のインタビューを撮影をしていた。もう20年ぐらい取り組んでいて、完成させる手伝いをしてほしいと僕らに言ってきたんだ。

マーク:弟が亡くなったことも契機になりました。ドキュメンタリーにはわたしも自分のアーカイブからいろいろ提供しています。弟だけじゃなくて、スティーヴとも長いこと一緒に仕事をしてきたんです。彼をモデルとしてファッション映像に使ったり。

──ヘアドレッサーとしてじゃないんですね。

マーク:そう、モデルで(笑)。時には裸になって、初期のクリストファー・ネメスの映像で重要な役どころを担ってくれました。だけどドキュメンタリーの監督はわたしたちじゃない。だからわたしたちがコントロールできるものを作ろうとマイケルが提案してくれたんです。

マイケル:僕はもともと音楽をやっていて、ファッションビジネスの経験はなかったけれど、ジェームズとマークに会って彼らみたいになりたいと思ったんだ。仕事がなくなったとき、彼らが自信をくれた。ジェームズはCUTSを離れたあと映像の仕事をするようになり、ヒステリックグラマーのビデオに関わっていて、僕にサウンドトラックを依頼してくれたんだ。

タイロン:ジェームズはよく旅をしていて、たくさんのお土産をくれたのを覚えてる。僕は1993年にロンドンにいて11歳で、彼はボンバージャケットやアメリカのスケートボードをくれた。世界がこんなに狭くなる前のことだったから、ものすごくエキゾティックで。本当にクールな叔父さんだった。

マイケル:ジェームズはここにうつってるティム・シムノン(Bomb The Bass)のビデオも撮ったんだけど、制作予算のほとんどを海外に行くのに遣ったんだよね(笑)。当時はそれがすごく新鮮だった。

──北村さんはどうやってジェームズと知り合ったのでしょうか。

北村信彦:この本の写真にもうつっているセリーナがジェームズを紹介してくれたんです。彼女は当時、東京でモデルをしていて、友達と一緒に僕の家に住んでました。ジェームズもMEN'S BIGIの仕事などで東京に何度か来て、何週間かうちに滞在して。80年代にTAKEO KIKUCHIがストリートモデルを使い出したんですよね。英語ができるようになりたいけど学校に通うのもなあと思っていたところに、そういう人たちが東京にいたから、うちに来ていいよ、って(笑)。一時は何人も居候がいた。

マーク:セリーナからだったんだ。すごい子だよね。すごくタフだけど繊細な。

マイケル:彼女と一緒にクラブイベントをやってたことあるよ。ウエストロンドンで日曜の午後に。

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Serena(セリーナ)

──そういった知る人ぞ知るシーンの重要人物の写真がたくさん収められているんですね。でも、本には被写体になった人の名前や撮影時期などの情報はまったく記載されていません。なぜでしょう?

マーク:CUTSの歴史についてはドキュメンタリー映画で総合的に紹介されています。この本はもっとピュアな側面を捉えたものにしたかった。なぜこの写真が重要なのか説明を書くこともできたけれど、そうしなかった。写真のアートブックというより人類学的。そのままでミステリーがあるところが気に入っています。見つかったネガのほぼ全部の写真を収めました。載せなかったのは1000枚以上あるうちの10枚程度かな。

マイケル:テッズとかパンクスとか、ユースカルチャー・カルトの本が好きなんだ。高級なアートブックじゃなくてロウブロウの本。そういう感じにしたかったんだよね。

マーク:印刷に関して、4色で黒を表現するリッチブラックで刷るか、それとも黒インクだけで刷るかの選択肢がありました。アートディレクターのエド(エドワード・クワンビー)に黒インクだけだとチープでナスティな風合いになるけど、と言われて、それこそわたしたちの求めているものだ! と(笑)。スキャンする際の解像度も低く、レタッチもしない。全面にホコリがついたまま、露出の修正もしない。アートブックでなくカルチャーブックのフィーリングを出すための決断です。

マイケル:このプロジェクトは本当にやれてよかったと思う。それというのも携帯電話が登場する前、CUTSは重要な出会いの場だったから。CUTSに行って髪を切って、隣でコーヒーを飲んで、そこにたむろしてる人びとに会って。そうでなきゃ金曜にパーティがあるとか、いま何が起こってるかを知ることができなかった。時にはドラッグ問題や人間関係のいざこざもあるけど、そこからすべてがはじまっていたんだ。

──貴重な時代のドキュメントとして、これからのロンドンを引っ張っていく世代にもインスピレーションを与えるのではないかと思います。この本の発行元はGimme5 & DoBeDoとなっていますが、Gimme5はマイケルのショップでDoBeDoはタイロンのギャラリーなのですよね?

タイロン:まだギャラリーの赤ちゃんだね。オンラインで10年ぐらいやってるんだけど、来年にはリアルなスペースを作れると思う。

──いまロンドンは家賃が高くて大変だと聞きます。CUTSのころのように若い世代がケンジントンやソーホーで事業をはじめるのは、なかなか難しいのでは。

タイロン:そう、だからたぶんサウスロンドンになるかな。ちょっとは安いし、つつましくね。

──それは楽しみ。かつてのCUTSのように新たな出会いが促される場になるといいですね。

マーク:こうしてインタビューされることで、わたしも改めて昔のことを思い出したりもします。新しく若い人たちと出会うきっかけにもなりますし。この本が出たことで古い記憶が蘇るだけでなく、新しい思い出が作り出されている。記憶は生きたものとしてある。それが素敵なことだと思いますね。

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