『ドリーム』映画評

アメリカで公開から11週連続トップテン入りを果たしたロングラン・ヒット作『ドリーム』。マーキュリー計画の成功の“知られざる真実”を軽妙に描いた本作を翻訳家/ライターの野中モモがレビュー。

|
okt 5 2017, 8:29am

2016Twentieth Century Fox

1960年代が幕を開けたとき、この地球上にはまだ「宇宙飛行士」が存在していなかった。この頃、アメリカ合衆国とソビエト連邦は、どちらが先に人類を宇宙へと送り込むことができるか、冷戦構造のもと国家の威信をかけて熾烈な競争を繰り広げていたのだ。ソ連は1957年に人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げを成功させ、アメリカをはじめとする西側陣営に大きな衝撃を与えた。先を越されたアメリカは航空宇宙局(NASA)を正式に発足。有人宇宙船を地球の周回軌道上に乗せたのち安全に帰還させることを目標に定め、日夜研究が進められていた。

『ドリーム』は、このNASAによる「マーキュリー計画」の成功におおいに貢献した黒人女性たちの活躍を軽快に描いた作品である。原作はマーゴット・リー・シェタリーによるノンフィクション。つまりいまから50~60年ほど前のアメリカで、実在の人物たちが経験したことをもとにした映画だ。

ⓒ2016Twentieth Century Fox

NASAの宇宙計画の鍵となる重要な計算を手掛けた数学の天才キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)。来たるべきコンピュータの時代を予見し、いちはやくプログラミングを学び教えたドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)。黒人女性初の航空宇宙科学エンジニアとなったメアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)。優れた資質を持つヒーローたちが次々と立ちはだかる障壁を乗り越えてその際立った能力を発揮し、認められる。これまで数え切れないほどの痛快娯楽映画で目にしてきた必勝の方程式である。ただしこの作品の場合、主人公はこうしたハリウッド映画で見慣れた白人男性ではなく黒人女性なので、まず日常の隅々まで染み渡った人種差別と性差別を克服して活躍する機会を掴まなければならない。本作の舞台であるヴァージニア州は、1961年の時点でまだあの悪名高き人種分離法が撤廃されていなかった州のひとつだ。有色人種はバスのうしろのほうの座席にしか座れず、図書館の利用や学校教育の機会すら制限されることが「そういうものだ」と受け入れられている社会で、3人のヒロインは奮闘する。

たとえば、キャサリンは数学の才能を見込まれ、黒人女性としてはじめて花形部署の宇宙特別研究本部に抜擢されるが、「有色人種の女性用トイレ」はそこから離れた建物にしかなく、彼女は勤務中に遠い道のり(字幕では800メートル)の往復を余儀なくされる。オフィスではわざわざいやがらせのように別のコーヒーポットが用意される。宇宙開発という「人類最先端」のミッションと、現在の感覚からすると冷酷かつ不合理極まりない差別が同時に存在している様はどうにもグロテスクなのだが、映画はそこで深刻に考え込む隙をあたえずテンポよく物語を運ぶ。

ⓒ2016Twentieth Century Fox

まず大前提として、彼女たちに活路が開かれたのは、あたりまえの人権が認められたからというより、ソ連への強い対抗意識に燃えるNASAの上層部が「使えるものは何でも使う」と判断したからだったというのは否定しようがないだろう。さわやかなサクセスストーリーには、特別に優秀なひとたちがひとつもミスをおかさずに人一倍がんばってようやく「縁の下の力持ち」として認められる世界の厳しさ、「敵」を設定した競争が大好きな人類の愚かさが内包されている。映画の後半、白人男性の上司や同僚が「有色人種の労働者たち」が集められた建物への遠い道のりを行く場面がある。彼らはキャサリンが日々往復していた距離をはじめて知るけれど、それを「ヒールの靴で」「毎日繰り返す」ことがどんなに大変だったか、一度やってみたところで本当には理解できないだろう。

また、上司が「これからは毎日残業してもらう」と部下たちに発破をかけ、部署のみんながそれを承諾する場面。キャサリンは3人の娘の世話を母親(娘たちの "おばあちゃん")に任せることで仕事に打ち込むことができたけれど、こうした状況で「家族の面倒をみなければいけないから無理」と現場を離れざるを得なかった女性たちがどれだけ大勢いたことか、そして現在もいることかを思って胸が詰まる。

ⓒ2016Twentieth Century Fox

このように、ヒロインが置かれた逆境は決して「過去の話」ではなく、今日の女性たちの苦い現実と地続きだ。しかしこれはあくまでも娯楽映画であり、ハッピーエンドが待っている。主演にも脇にも愛敬のある顔を揃え、ファッションやインテリアもあたたかみのあるかわいらしさで統一されて、画面にうつるものがことごとく目の保養になる高いクオリティ。それをファレル・ウィリアムス、ハンス・ジマー、ベンジャミン・ウォルフィッシュが組んだ軽妙かつ華やかな音楽が彩る。

監督・製作・脚本を手掛けたセオドア・メルフィはCM出身の新鋭とのこと。「群像劇を手際よく処理する最近のよくできたテレビドラマ」的ではあるのだが、やっぱり宇宙は大きなスクリーンが似合う。映画ならではの大画面と大音響が効果的にドラマを盛り上げており、だからこそアメリカで『ラ・ラ・ランド』超えの大ヒットを記録したのだろう。予告編やポスターのレトロなルックとスムースな音楽に心ときめく人ならば、きっとエンタテインメントとして笑顔で楽しめるはずだ。

ドリーム
9月29月(金)TOHOシネマズシャンテ他、勇気と感動のロードショー!
監督:セオドア・メルフィ
脚本:アリソン・シュローダー、セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー、キルスティン・ダンスト