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Copyright: © 1976 Studiocanal Films Ltd. All rights reserved.

映画『地球に落ちて来た男』製作の裏側

Paul Duncan

ニコラス・ローグが1976年に発表したSF映画の名作『地球に落ちて来た男』——その製作過程を探ったエッセイの一部を紹介。

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黒いリムジンが荒涼とした砂漠を走っていく。後部座席には痩せて蒼白なデヴィッド・ボウイが座っている。フェドラ帽の下からは鮮やかなオレンジとブロンドの混じった髪がのぞく。パックの牛乳を飲みながら、Diamond Dogsツアーについて語っている。彼は1974年からアルバム『Diamond Dogs』のプロモーションのため、ツアーでアメリカ全土をめぐっていた。「Space Oddity」や「Rebel Rebel」「Changes」などを披露して各地で好評を得たこのツアー——ボウイは8月に一旦休憩をはさみ、その間に次のアルバム『Young Americans』のためにソウル調の曲を数曲書いていた。そしてツアーを再開し、12月までこの黒いリムジンで各地をめぐった——リムジンで移動をしているのは、彼が飛行機での移動を拒んだからだ。北米ツアー、そして新たに作っている音楽について訊くと、ボウイは飲んでいた牛乳のパックを覗き込む。「中にハエが浮いているんだ。そこにあるべきでないものがある——それこそは僕がアメリカで感じること。ここで、僕は異質な存在で、だからこそすべてを吸収してしまう。この環境が僕のなかに渇望を生む。アメリカは僕にとって神秘の国になった」。そして、ボウイはこう続ける。「アメリカは根底にぎこちなさを抱えている。そこに多くの重圧を感じるからこそ、それを凌駕するための表面的な落ち着きをアメリカ人たちは作り上げた」。ボウイも自身の作品の根底にぎこちなさを感じている。彼はアルバム『Space Oddity』でトム少佐を、他にもジギー・スターダストやアラジン・セインといったキャラクターをアルバムごとに作り出してきた。「これらのキャラクターはすべて僕の一面を映し出している。でも、あるとき分からなくなってしまったんだ——僕がキャラクターを作っているのか、それともキャラクターが僕を作っているのか。それともキャラクターと僕は同一人物で、一心同体なのか、と」

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アラン・イェントブがボウイのライブに密着したドキュメンタリー『クラックド・アクター〜ライヴ・ロスアンゼルス’74』を観たとき、ニコラス・ローグは脚本家ポール・メイヤーズバーグとともに、ウォルター・トレヴィスの小説『地球に落ちて来た男』の映画化を計画していた。トーマス・ジェローム・ニュートンと名乗る、背が高く痩せていて髪が白い男が、弁護士オリヴァー・ファーンズワースのもとを訪れる。彼はいくつもの最先端技術を特許申請し、そこから巨額の富を手にして、巨大企業ワールド・エンタープライズ社を設立する。そして目的を明かすことなく、宇宙船の開発に着手する。彼は限られた人物にだけ正体を明かす——彼は母星を救うためにやってきた宇宙人なのだ。『地球に落ちて来た男』を映画化するにあたり、ローグはトーマス・ジェローム・ニュートン役に作家のマイケル・クライトン(『アンドロメダ病原体』や『ジュラシック・パーク』などの著作のほか、映画『ウエストワールド』の脚本・監督としても知られる)の起用を考えていた。彼が206cmの超長身だったからというのが主な理由だった。しかし、『クラックド・アクター』を観たローグは「トーマス役に他の人間は考えられない」と、ボウイの起用を決めた。「ボウイについては詳しく知らなかったが、作品は見たことがあった。ライブ・ドキュメンタリーを見て夢中になったよ。彼と、その作品に込められた思い、そして『地球に落ちてきた男』には共通したものがあると感じられてならなかった」

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映画『地球に落ちて来た男』は、1976年3月18日、ロンドンのレスター・スクエア劇場でプレミア上映された。評価は割れた。「批評家のひとりが、『すべては永遠のうちに始まり、そして永遠のうちに終わる(All things begin and end in eternity.)』というセリフについて、批判めいたことを言った。わたしは、『あれが18世紀イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの言葉だということを知っていて言っているのか?』と言ってやった」と、ローグは語っている。初上映では、複雑なストーリー展開や、視覚的モチーフの扱われ方、テーマなどを編集によって行間のうちに物語る技法などが理解を得られずに終わった。ローグは、「それまでは観客に映画を理解してもらううえで当然と考えられてきた、時間の経過を物語る軸を取り除いてしまった」ことで、映画の文法とも呼ぶべきものを永遠に変えてしまった。「この映画は気まぐれに停滞したり、動き出したりする、“人生”そのものに似ている。ひとの一生は、ストーリーとして捉えることなどできないものだと思うから」。ローグは映画そのものが「観客それぞれに働きかける」ことができるよう、観客にはただ「スクリーンを読んで」ほしいと話している。

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公開から40年、『地球に落ちて来た男』は名作としてその名を映画史に残している。ローグが編み出した新たな“映画文法”を、後世の映画監督たちが取り入れ、また観客も“スクリーンを読む”ことに長けていったからというのも、この映画が名作として語り継がれるようになった大きな理由だが、最たる理由はこういうことだろう——「僕はウィリアム・バロウズの大ファンで、彼が編み出した、“断片化したものをランダムにつなぎ合わせる”というアイデアにずっと魅了されてきた。ニック(ローグ)は、ふたつのものがぶつかり合うことで、そこに誰も見出していなかった3つめの現実が生まれることに気づいた。偶然が必然と感じられ、混乱のなかに秩序が見えると、ニックはとても喜んだ。この、混乱のなかの秩序というのは今や科学の世界では定説になっている。僕はこの映画に参加した後、“混乱の中の秩序”を自分の作品に多く取り込んでみた。ブライアン・イーノとの共作では、それを突き詰めることができたと思う。あの頃の僕の作品は偶然できあがっているし、そこにはニックとの作品作りで学んだ断片化のプロセスが多いに影響している」

『David Bowie The Man Who Fell to Earth』は、出版社TASCHENから発売中。

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