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歌姫ってなんなん?

私たちは英雄に何を望むのだろう。そもそも社会が多層化し混迷を極める今、それでもヒーローは存在し得るのか? もしもいるのだとすれば——。コンテンツ・レーベル〈blkswn〉発起人の若林恵が「歌姫」をキーワードに「超国家的な」これからのヒーロー像を探る。

by Kei Wakabayashi
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24 July 2019, 2:59am

とある音楽家が「歌姫ってなんなん?」と呟いたのが、少し前に話題になったというが、この問いかけは、なかなかに面白い問題を含んでいるように思う。たしかに、歌姫って何なのだろう。そこでまずは「姫」ということばに注目してみると、言わずもがな、姫という語は、王家やそれに近い身分に関わりのある女性を指していることがわかる。ウィキペディアを引いてみると、こうある。


「姫、媛(ひめ)は、およそ皇室から公卿、将軍家、大名など高貴な身分にあった人の息女の敬称として広く用いられた。特に内親王、女王を姫宮と呼んだ」


そこから転じて、遊女を指すことばとなり、その後、自分の娘を指す際に使われるようになったのだという。「歌姫」ということばが日常で使われるとき、それが遊女を含意しているとは考えにくいから、まずはその女性が非常に「高位」であることが明かされ、そして、同時に、その人が身近な、娘と思しき存在であることがなんとなく合意されていると理解することができそうだ。「歌姫なんなん」の歌手は、彼女が歌姫であったかはさておき、出自においてはたしかに「高貴」であったし(ご母堂が天才と呼ばれた稀有な歌い手であったという意味においてで、字義どおり高貴な育ちだったわけではない。むしろご母堂は非常に貧しい家庭に生まれ育った人物だった)、デビュー当時15歳だったことを思えば、「みんなの娘」とみなされる資格をもってはいたということにはなるのだろう。


「みんなの娘」と言ったときの「みんな」を、いまの時代にあわせて言い換えてみると、おそらく「国民」という言い方が最もふさわしいのではないかと思う。そう置き換えてみると、歌姫ということばは、その内実としては「国民的歌手」という語と、同義とまでは言わずとも、ある時代までは相当に近い意味の範疇をなしていたと考えることができる。日本の戦後における最大の「国民的歌手」といえば、美空ひばりその人であろうけれど、同じように「昭和の歌姫」といえば、誰しもが、まずは美空ひばりの名前を思い浮かべる。細かなニュアンスの違いはあれども、そのふたつの呼称は、ニアリーイコールで同じ対象を指し示していた(ちなみに美空ひばりの愛称「お嬢」は、「いいところの出の娘だけれども民間出身」であることを暗に語っており、新たな民主国家として再出発したばかりの戦後の日本の状況を考えると実にうまい)。


「姫」ということばの意味からもわかるように、それが暗に「王家」といったものの存在に紐づいている時点で、そこでは「国」というものが問題となっている。そして、それが「国民的歌手」という言葉になると、さらにあからさまに「国」というものがテーマとしてそこに組み込まれることとなる。「歌姫」も「国民的歌手」も、その名称からして「国家」というものがテーマとなった存在であって、そうやって、世界中を見回してみると、20世紀は「国民的歌手」というものが世界中の国でやたらと輩出された時代だったと考えることもできる。

フランスにエディット・ピアフがいて、アルゼンチンにカルロス・ガルデルがいて、アメリカにドリス・デイなりフランク・シナトラがいて、レバノンにファイルーズがいて、ブラジルにエリス・レジーナがいて、日本には美空ひばりがいて等々、「国民の胸の内」を代弁する声の存在は、20世紀において「国民国家」を束ねるうえで不可欠な存在だったにちがいない。そして「国民的歌手」の存在感が国家の内部で大きくなっていくのは、ラジオとテレビという新しい情報配信網が、国家の重要インフラとして発展していった流れとシンクロしてもいる。国民的歌手、もしくは歌姫という存在は、非常にうがった言い方をするなら、良くも悪くもハナから国家的な存在だということにもなろう。国民的歌手の創出には、視聴率80%を叩きだす紅白歌合戦のような「国家的コンテンツ」と、それを配信する国民的(つまりは国営、もしくは公営の)インフラを必要とする。


そもそも、今回お題としてもらった「ヒーロー=英雄」という概念からして非常に国家的な概念だった。それは「英雄」という概念を近代社会において強く賞賛したロマン主義の影響であって、これまたウィキペディアで「ロマン主義」と引いてみると、のっけからこう書かれている。


「それまでの理性偏重、合理主義などに対し感受性や主観に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす。恋愛賛美、民族意識の高揚、中世への憧憬といった特徴をもち、近代国民国家形成を促進した」


「近代国民国家の形成を促した」とあるのがここでは重要だ。国民国家というものは、その精神的支柱を宗教に求めることができないので、過去、現在は問わず世俗の人を象徴化し、それをみんなの憧れの存在として表象化することで、みんな=国民の精神的なよりどころにすることが必要になり、その結果、自国の英雄や偉人がリスト化されるにいたった、というわけだ。

フランスの偉人を奉ったパリのパンテオンに時代時代の有名人が埋葬されるようになったのは、フランスロマン派の巨星ヴィクトル・ユーゴーがそこに祀られた1885年以降のことだったと言われ、イギリスにおいても、英国の政治・経済・社会・文化をつくりあげた人物たちの肖像画ばかりを陳列した「偉人の美術館」であるナショナル・ポートレート・ギャラリーがロンドンにできるのも19世紀中葉のことだった。歴史学者アラン・コルバンの『英雄はいかに作られてきたか』という本には、フランスの国民的英雄や偉人は、19世紀に国民国家の誕生とセットで「つくり出されてきた」ということが書かれているそうだが、さもありなんと頷ける。

というわけで「国家の英雄」というものは、国家が国民をどんな思想や道徳をもって、どのように束ねたいか/教化したいかによって、ある意味恣意的に決定される存在でもあった。武闘的な政府なら、武勲をもって知られる過去の英雄が持ち出されるだろうし、経済を第一義とする政府であれば、過去の商人や商売に明るかった殿様なぞが持ち出されたりする。学校で習う「歴史的偉人」というのは、まさにこうした教化の一環にほかならない。

しかし、学校で習った偉人の逸話などが、まったく心にも響かず頭にも残らず「偉人ねえ...」といった程度の印象しか残さないのは誰しも心当たりがありそうなところで、人から与えられた英雄なんてものは、説教くさいばかりで嬉しくもなんともない。「この人をこれから国民的歌手として崇めるように」と言われて「ハイそうですか」と好きになる人も、まずいまい。であればこそ、過去から召還される英雄でない場合、つまりは同時代の英雄というものの扱いは国家にとって、極めてデリケートなものとならざるを得ない。


国家は国民を統合する感情装置としての「国民的歌手」を必要とするが、自分たちの手で誰かを選び出して、それを決定することはできないというジレンマがそこにはある。美空ひばりを数ある歌手のなかから選びだし、国民的な何かへと押し上げるのは、国民ひとりひとりの微妙な心理の綾であって、総体としていえば時代の気分のようなものでしかない。時代の信任を得ることができなければ、どんなに精妙な設計図を描いても意味はない。計画し、設計し、コントロールすることができないがゆえに、その存在は、両義的なもの、諸刃の剣となる。影響力があまりに大きくなりすぎると、国家の敵となる。国民が、国家元首よりも国民的歌手のほうにより耳を傾けるようになったら、そりゃお国としては都合が悪い。

Netflixのオリジナルドキュメンタリー「リマスター(Remastered)」は、国家とカルチャーヒーローのそんな微妙な関係を扱った必見のシリーズだ。ボブ・マーリーの暗殺未遂事件、チリの「国民的」フォーク歌手ビクトル・ハラの暗殺事件、サム・クックの変死、アイルランドの人気バンド「マイアミ・ショウバンド」の虐殺。いずれも事件としては似たような背景を持つ。抑圧的な産業社会の下層で生きることの貧しさ、苦しさ、痛み、恨み、つらみなどを色濃く反映した彼らの歌は、社会の下層で生きる多くの人を勇気づけ、鼓舞し、連帯を促すのだが、そうした歌が左翼政党への支持へとつながっていくことを恐れる右派・保守勢力は、それを歌う当の歌手を抹殺しようとする。ボブ・マーリー、ビクトル・ハラの暗殺の背後では中南米諸国の「赤化」を恐れるアメリカ、もっというとCIAが、マイアミ・ショウバンドの虐殺の背後では、北アイルランドの独立をめぐる闘争を背景に、MI6が裏で糸を引いていたことが疑われている。

あるいは、台湾の国民的歌手で、中国本土の民主化を主張するアクティビストでもあったテレサ・テンを思い起こしてもいいだろう。彼女は、終生の悲願だった中国本土でコンサートを行うことを許されることなく他界したが、そのポリティカルなスタンスの危険さから、2度ほど死亡説が流れたことがあり、そのたびに暗殺説が流布されたものだった。それでも、中国本土では海賊版や非公式の音源を通じてテレサ・テンは大きな人気を博していたそうで、「昼は老鄧(鄧小平)のいうことを聞き、夜は小鄧(鄧麗君:テレサ・テン)を聴く」「中華人民共和国は二人の鄧(鄧小平と鄧麗君)に支配されている」といったジョークが民衆のあいだで囁かれていたと、ウィキペディアに書いてある。


そのテレサ・テンの呼称として最も知られているのは「アジアの歌姫」という呼び名だった。いまにして思えば、彼女は「歌姫」と「国民的歌手」を分離し、「歌姫」という存在を国民国家の概念を超えたものとして成立させた初めての歌手だったのかもしれない。もちろん台湾国民は、政治的な態度も含めて彼女を「国民的歌手」とみなしているだろうことは想像に難くないけれど、テレサ・テンの存在を特別に感じていたアジア全域の非台湾人は、彼女を、国家よりももっと大きな空間において高位を占める「歌姫」として敬い続けてきたはずなのだ。「超国民的歌手」や「超国家的歌姫」という夢が、彼女の存在を通して立ち上がってきそうではないか。

あるいは、2018年のコーチェラにおいて、ブラックカルチャーの絵巻物のような圧巻のステージを通じてビヨンセが提示しようとしたのは、まさにこの「超国家的歌姫」の姿だったのかもしれない。世界の女性、有色人種、すなわちこれまで社会のメインストリームから排除されてきた人たちに向けて連帯を謳ったそのステージで、ビヨンセはアフリカの王女のような出で立ちで、近代国家によって植民され、これまでないものとされてきた女性や有色人種の領土を束ね、そこに雄々しく旗を立てたの だった。


ドイツの詩人・劇作家のベルトルト・ブレヒトの戯曲『ガリレオの生涯』には、英雄についての有名なやりとりがあるそうで、それは「英雄のいない国は不幸だ!」「違うぞ。英雄を必要とする国が不幸なのだよ」というものだ。ここまで見てきた流れでいうと、国民国家というものは、その成り立ちからしてずっと英雄を必要としてきたということになりそうだが、たしかに「国」が求める英雄が、必ずしもそこに暮らす国民を幸せにしてくれるものでなかったりするのは歴史が明かすところではある。まして昨今の世界を見渡せば、下手な英雄待望論は世界を退行させうるものともなりそうだ。

とはいいながらも、ひとりひとりの小さな民が、ヒーローと仰げるような存在を持てずにいたなら、それはそれで不幸なことかもしれないと思ったりもする。「歌姫」の面白さは、せんじ詰めればこうした両義性にあって、国家や国民という男性的で勇ましい大文字のテーマを相対化しうるポテンシャルは、いまだに有してはいるのかもしれない。歌姫が、国家やそれに紐付いた英雄という概念を超えていく存在として新たな役割を担うような未来を想像したって、悪いわけではないと思うのだが、どうだろう。

そういえば、どうでもいいことだが、こないだアメリカ在住の日本出身のシンガーソングライターのMitskiのライブを観に行ったら、髪型のせいか、遠くからの見た目がなにやらテレサ・テンにそっくりで、そのことに、なぜかひどくグッときたのでした。


Credit

Text Kei Wakabayashi