ZINEの昨日・今日・明日

1980年に創刊されたi-Dはファッション・ファンジンだった。そもそも、「ZINE(ジン)」って何だろう? 同人誌やミニコミとはどう違うのか? 『 ガール・ジン 「 フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』の翻訳者でライターの野中モモがジンの歴史を振り返りつつ、これからのジン文化のあり方を考える。

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jun 7 2017, 12:35pm

〈改めて、ジンの歴史〉
もう2017年なのだし、できれば「ジンとは何か」よりも、「現在どんなジンが作られ、読まれているのか」についての話がしたい。ジンというプラットフォームを、自分を偽る必要のない表現とコミュニケーションの場として日常的に活用する新世代の才能は、世界のあちこちで続々あらわれているのだから。とはいえ現在の日本において、ジンというものがまだまだ広く認知されていないのも現実。なので、まずはここで簡単に説明しておこう。「ジン(ZINE)」とは、個人または少人数のグループによって自主的に制作・流通される出版物のこと。多くの場合、コピーやリソグラフ、軽オフセットなど安価な印刷を用いた簡素な体裁で、部数も数十部から数百部までのものがほとんど。雑誌すなわち「マガジン(MAGAZINE)」から派生して英語圏で一般に使われている言葉だ。

アメリカで雑誌というものが庶民の手に届くようになったのは19世紀からと言われている。20世紀に入ると印刷技術もさらに進化し、大衆文化がますます栄え、厚みを増していった。そして1920年代には、マスの市場を対象とせず、限られた同好の士のあいだで流通する出版物がSFの愛好家などによって作られはじめ、それらは「ファンジン(FANZINE)」と呼ばれるようになった。以降、ファンジンは、資本や権威には相手にされない(まだ見つかっていない)さまざまなサブカルチャーの一部として、プロフェッショナルな出版業界の外側で作られ続けてきた。とりわけインターネットが普及する以前には、まだ何者でもない若者たちが意見を交換し、主導権を握って革新的なアイデアを育む上で極めて重要なメディアだった。

こうした自主的な小規模の出版活動は、時代と共にどんどん多様化していった。かつては趣味的な出版活動もグループで行うことが多かったが、情報技術の進化によってひとりでもできることがぐんと増え、表現の幅が広がった。コピー誌などで個人がささやかな思いつきを気軽に発信できるようになり、内容もよりパーソナルで分類不可能なものが増えてきた。そうした事情を反映して、90年代に「ファンジン」から「ファン」が落ちて「ジン」という言葉が用いられる場面が目につくようになったものと筆者は理解している。何かのファン活動に限定しない、もっと包括的で広がりのある言葉が必要とされたのだ。

ジンが大きな役割を担っていた文化として、70年代のパンクとその後に続くポストパンク、90年代のライオット・ガール(パンクの精神を継いだ草の根フェミニズム運動)などがよく挙げられる。イギリスでは、サッカーチームのサポーターたちが作るフットボール・ファンジンの文化も根強い。日本でもミニコミ、フリーペーパー、同人誌、インディペンデント・マガジンなど、さまざまな名称で自主出版の文化が育まれてきたが、それぞれ英語圏のジンと似ている部分も似ていない部分もある。だが少なくとも「自分(たち)の声を誰かに伝えたい」という出発点は共通しているはずだ。ちなみに、ジンを読む人・作る人はジンスタ(ZINESTER)と呼ばれる。「YOUNGSTER」(若いの、ガキ)や「GANGSTER」(ギャングスタ)という言葉があるように、しばしば軽蔑的なニュアンスを伴って「~する人」を示す接尾語「STER」が「ZINE」についたかたちだ。よく間違われているが「STAR」ではない。蔑称を逆手に取って誇りとするカウンターカルチャーの流儀である。

〈DIYの哲学と多様化するジン〉
「ジンとは本来こういうもの」だとか、「これが正しいジン」だとかは言いたくない。言葉も概念も生きていて、日々変わってゆくものだ。しかし個人的な希望を言えば、基本的な前提として、ジンは利益をあげることを第一の目的とする組織化された商業出版とは別のものとして存在していてほしい。資本の論理とは別のところで自分が伝えたいことを伝え、自由にやりたいことをやる。効率主義のもとに管理化・分業化・専門化が進む一方の現代社会において、生活のあれこれをできるかぎり人任せにしないで自分(たち)の手に取り戻し、主体性を獲得しようというDIY(DO IT YOURSELF)の考え方の実践だ。大量生産・大量消費社会のサイクルを疑い、与えられたものに満足するのではなく、自分から能動的に世界との関係を築く試み。どこかの権威に頼るのではなく、自分で納得のいく価値を生み出し、個人と個人が結びつくための出版活動。

とは言うものの、何をもって自主的とするのかは難しい。ビジネスとそうでないものの線引きも曖昧だ。お金儲けを第一にしていたら商業出版と何も変わらなくなってしまうが、作ったものに対して正当な対価を得る・与えるのは大事なこと。ジンを売買するのでも交換するのでも無料であげたりもらったりするのでも、そこにどれだけの、どのような価値があるのかそのつど自分で考えて決定することに意味がある、と言えるかもしれない。

おそらく現在、ジンと聞いてどんなものを思い浮かべるかは人によってかなり違うのだろう。DIYとは逆のアートマーケット的な発想で有名アーティストの出版物を限定数制作し、ジンと呼んで高額で販売している人もいる。ファッション関係の大企業が自社の商品カタログ的な広報誌をジンと名づけてストリートカルチャー的なイメージを利用(盗用と言うべきか)しているケースもある。音楽の世界で大成功しているフランク・オーシャンが英米の大都市にポップアップショップを設けて「ジンを無料配布」し話題になったりもする。いまジンというものは、輪郭のぼんやりした、あいまいな概念として社会の中にある。

誰かに頼まれていなくても、金銭的に大きな収益を
あげられなくても、ただ伝えたいことを伝えればいい。
作ることを楽しめばいい。誰かが自分の意志で何かを
発信することを静かに肯定している人々の営みこそが、
いつでもそこにあるジンの文化なのだ

〈日本における歪み〉
このように、ジンの文化には長い歴史の積み重ねと多様性があるのだが、それが日本に紹介されるにあたって、どうも不幸な誤解が生まれているように感じられてならない。まず、横文字の輸入文化の避けられない運命なのか、既存のミニコミや同人誌の文化と差異化しようとする意図が過剰に働いているのか、ジンは日本のメディアにおいて、「アートな」「オシャレな」「スタイリッシュな」といった修辞と共に語られがちだ。「ファッショニスタやクリエイターの間で親しまれている」だとか、「アーティストによる手作りの同人誌のようなもの」だとか。ジンは誰でも作れるところに意味があるのに。アーティストを名乗っている人もそうでない人も同じ地平で自分を表現し、そもそもアートとは何なのかを改めて問うような出版活動なのに。もちろん中には誠実な内容のものもあるけれど、こうした雑誌やウェブでのジン紹介記事を読んでいると、個人が自由に意見を表明し自分を表現したいというあたりまえの欲望に対してマスコミの人たちは理解と敬意が足りなさすぎるのではないか、と感じてしまうことがしばしばだ。「儲かるわけじゃないけどやりたいからやる」心性がなかなか理解されない傾向は、日本社会全体の風潮を反映しているとも言えそうだ。そしてそれもまた、ジンスタがジンに向かう理由のひとつである。

そういえば先日ツイッターで、同人誌を作っている女性が「ZINE作りましたとは絶対に言いたくない」と呟いているのを見かけた。ジンは薄っぺらいファッション指向といったイメージがついているのだろうか。それとも逆にいまここで語ったような理想主義が古くさく重いと思われているのだろうか。「横文字はかえって恥ずかしい」という感性が育ちつつあるのだろうか。同人誌もジンも自分の伝えたいことを自分で伝えようとする人々の文化という点は変わらないのに悲しいことだと思う。この先、日本でもジン文化についての理解が進み、「自分でやる」人々が国境を越えてつながる経路がより太く多彩になってゆくことを願ってやまない。

〈SNS 時代のジン〉
インターネットが政府や軍やアカデミズムの人々だけでなく、一般にも広く開かれはじめたのは90年代半ばのこと。「Boing Boing」のマーク・フラウエンフェルダーとカーラ・シンクレアなど、80年代から90年代前半のジン・シーンを盛り上げたジンスタたちの一部は、ネットでもいちはやく「e-zine」(要は個人ウェブサイトだ)を立ち上げ、まだ今日ほど商業化されていなかったサイバースペースをどんどんカラフルな場所にしていった。

それからおよそ20年の時が流れた現在、物心ついた頃からネットを当たり前に利用してきた世代がこんどは逆にジンを発見し、紙での出版に新たな意義を見出している。本誌i-DのUK版およびウェブサイトでも、現在のジン・シーンがちょくちょく紹介されており、非常に興味深い。「バック・トゥー・ZINES:なぜ今、ZINEを始める女性が多いのか?」と題されたオーストラリアのシーンについての記事によれば、彼女たちはのびのびと自分を表現し、読者との親密な関係を築くことができる比較的安全なメディアとしてジンを利用している。たとえば性差別を批判するような内容の記事をネットで発表した場合、女性に敵意を抱いている人々からの短絡的ないやがらせのコメントを浴びせられる危険があるが、ジンなら落ち着いて議論を深めることができる。

ジン・シーンをより多様でインクルーシブ(包摂的)なものにするべく積極的に情報を発信している人々もいる。主にアメリカで活動しているPOCZine Projectというグループは、有色人種(People of Color)の人々によるジンの情報を広めコミュニティを育む目的で2010年に設立された。これまでジンに関して「都会の若い異性愛者の白人男性サブカルチャー」のイメージが強調されてきたことに異を唱え、「みんなのもの」としてのジン文化への理解を促している。そうした「白い」イメージの強いサブカルチャー(たとえばSF、パンク、スケーターなど)にも実際には多様な人々が関与してきたことに注目を促し、同時にその内部においても差別が歴然と存在していることを批判する。さらに、ジンをもっと古くからある私的な表現とコミュニケーションの営み、またそこから地続きの社会運動の歴史に連なるものとして位置づける。「いちばん最初のジンは20年代のSFジンだって言うのも還元主義的かつレイシスト的。何よ、アイダ・B・ウェルズの自主出版物は最高じゃん?」と(ツイッター公式アカウントより2016年12月の投稿)。アイダ・B・ウェルズ(1862-1931)は、1909年にアメリカ合衆国最古の公民権運動組織のひとつ全米有色人種地位向上協会を創立したアフリカ系アメリカ人女性だ。

彼女たちは言う。「ジンとは何か/何に成り得るかについての定義を脱植民地化せよ。私たちはこれまで何世紀もやってきたように自主出版を続けるから。ジンが何さ(ファック・ア・ジン)」「それをジンと呼ぼうと呼ぶまいと、あなたがブラックまたはブラウンで自主的に出版をしているのなら、それは強力な実践であり創造的表現でありアイデアを伝達している」

呼び名や定義はたいした問題ではない。誰かに頼まれていなくても、金銭的に大きな収益をあげられなくても、ただ伝えたいことを伝えればいい。作ることを楽しめばいい。誰かが自分の意志で何かを発信することを静かに肯定している人々の営みこそが、いつでもそこにあるジンの文化なのだ。

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Credits


Text Momo Nonoka