パンクはどう歳をとるのか?

パンクを生んだ世代は、すでに50代。アンチエイジングをしようと思えば、美容整形もできる歳になっている。70年代に一般的な美の基準に中指を立てていたパンク第一世代は、どのようにして21世紀のビューティーカルチャーに順応して生きているのだろうか?

by Bethan Cole
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06 June 2016, 5:28am

従来の美の基準に対し、パンクがいかに破壊的意味を持ったかを想像するのは難しい。ブライトンを拠点に活動を続けるアーティスト、カウンテス・パシャ・ドゥ・ヴァレンタイン(Countess Pasha du Valentine)は現在52歳だ。彼は当時、毎週色が変わるモヒカンに、雷を象ったユニオンジャックのフェイスペイント、黒と赤で四分割したリップ、耳に開けた7つの穴、チェーンでつないだ鼻ピアスといういでたちをしていた。「一般的な女性美の理想像を拒絶していたのはたしかね。それまで女性の容姿に求められていた受身的なイメージが大嫌いだった」と彼女はパンク的美意識へと傾倒した背景を話す。「周りの子の凡庸さと想像力のなさに憎悪すら感じたわ。なにより、女の無力さにはうんざりだった−−"ねえ、早く捕まえてちょうだい"とでもいうような、いわゆる"可愛い"ルックスにね」

現在50歳のゲイル・ティバート(Gail Thibert)はパンクバンド、フラワーズ・イン・ザ・ダストビンでキーボードとコーラスを担当していた。彼もまた、慣習への批判をしたかったのだという。「自分を"ノーマル"な人間だと感じなかったんだ。人とは違う自分でありたかった。人とは違うと感じてたから」

パンクバンド、ヘイガー・ザ・ウームのカレン・アムスデン(Karen Amsden)は、従来の美の基準への拒絶ではなく、他の美があっても良いという考えからのパンク傾倒だったという。「人とは違う美意識があったのよ。私たちは独自のアイデンティティを持ったパフォーマーでありたかった。だからああいう容姿に行き着いたの。デレク・ジャーマンの『ジュビリー』(1978)を繰り返し観に行ったわ。そこに登場するジョーダンの格好に惹かれてね」

パンク女性たちが戦ったのは、"女性らしい美しさ"という押しつけられた美意識であり、女性の大衆的な描かれ方だった。女性であることをやめたわけではなかった。「男性中心主義に出来上がっていた男性/女性という文化的構造をぶち壊すことで自分を非女性化しようとしていたかと訊かれれば、その答えはイエスね」と、55歳のミシェル・ブリガンデージ(Michelle Brigandage)は言う。彼女はファッションレーベルSexy Hooligansを経営し、ブリガンデージのボーカルも務めている。「身勝手な色眼鏡で道行く女性を見ている男たちが、私たちを見てギョッとしてるのを見ると、すごくパワフルになったように感じたものよ」

若い時分であれば、大胆な政治的姿勢を表現するのも比較的簡単だ。だが、歳を重ねてからはどうだろう? 「パンクロックのフェミニスト・アナーキストだった頃から、歳は優雅に重ねようと決めていたわ」とミシェルは語る。

しかし歳をとるということは、パンクであろうとなかろうと、大きな悩みを伴う。個々のスタイルもまた変化していくものだ。「もちろん歳をとるにつれて、丸くはなったわよ」とヴァレンタインは話す。「似合うもんなら今でもモヒカンにしたいわ。1年ぐらい前にアンダーカット(片側のみサイドを剃るスタイル)にしてみたけど、もう今の私がやってもイケてなかったのよね」

一方、カレン・アムスデンは"ひと回りした"のだそうだ。1981年、ヘイガー・ザ・ウームでキーボードを弾いていたアムスデンは当時17歳で、モヒカンをピンクやレッド、ブルー、グリーンとたびたび変えていた。「立てたモヒカンが崩れないように、毎回Bootsのスーパーホールドスプレーを使いきっていたわ」。しかしバンドが解散したことをきっかけに、彼女に変化が訪れた。音楽の趣味も、スタイルの趣味もより大衆的なものへと変化していったのだ。22歳から46歳までの間、彼女は、「パンクにはほど遠い在り方だった」という。「この時期に出会った人たちは、私がパンクのアナーキストだったと知ったら驚いたに違いないわね」。しかし27年を経てバンドが再結成した際、彼女は自分のルーツを再発見し、2人の子供を育てる白髪混じりの主婦から「パンクバンドで活躍するワーキングママ」へと変身を遂げた。アムスデンは、「自分のオリジナルスタイルに立ち戻ったように感じたわ。50'sのドレスを着て、激しいカラーに染めた髪とドギツいメイクをしてね。このスタイルはずっと私の中でくすぶっていたんだと思うわ。ただ20年間ずっと忘れられていただけでね。それを取り戻した私に、いま家族は度肝を抜かれているわよ!」

ルベラ・バレエのリードシンガー、ジラー・ミンクス(Zilah Minx)は一度たりとも丸くなったことはない。1976年、15歳のときに、元々ブロンドだった髪を食用着色料で染めて自身のパンクスタイルを確立したミンクスは、その挑発的なヘアとメイクを今なお貫いている。「軟化したことはないわ。この格好を死守する意志は歳を増すごとに強くなる。このスタイルこその私だから。人とは違う自分でありたい。どこにでもいる、ジーンズにスニーカーみたいな奴らと一緒にしないでほしいわ」。しかし、パンクスタイルの容姿は、一般社会の雇用環境でどのように現実的な問題と折り合いをつければ良いのだろう? 「多くのパンクスはバンドやファッション、タトゥーやフォトグラフィーの世界で賢くやって、自分たちの雇用を生み出したのよ」とミンクスは言う。「15歳のときから、"パンク"っていう自分のアイデンティティとスタイルを守ってきた。バンド人生でも、一般社会での雇用の世界でもね。慈善団体の職員として、ピンク色の髪のパンクのままエリザベス女王にも会ったし。部下を紹介したとき、女王は驚きもしなかったわよ」

しかし一方で、スージー・スーやヴィヴ・アルバータインのように、今でも大衆の注目の中に生きているパンクスやオルタナティブロッカーたちには、若い容姿を保たなければならないというプレッシャーがつきまとう。デボラ・ハリーは『The Telegraph』紙とのインタビューで、美容整形手術を「仕事の一環」として何度か受けたと明かしている。

整形手術や美容注射は、自然の摂理に対して中指を突き立てるパンク的行動だと言うこともできる。しかし、そのことを大衆的理想に対する若さと美しさの敗北で、"魂を売る行為"と考える人も少なくない。「それで自分自身が良い気分になれるなら手術ぐらいいいじゃない」と、ブリガンデージは美容整形に対して温和な態度を覗かせる。「私はまだそれほどシワが目立ってないし、表情が固まるのもイヤだから、ボトックスはしないけどね! でも、友達がボトックスをやったんだけど、昔とは違って今のボトックスって柔らかいのよね。彼女は、私と同じようにハウンドドッグみたいに二重顎ができているの。おぞましく忌々しい老化現象よね。でも今じゃ注射のおかげで今は見違えるようよ!」

「パンクは、どんなシェイプやサイズであっても自分自身を受け入れることと」とゲイル・ティバートは言う。「フラワーズ・イン・ザ・ダストビンは、"醜くてもいい"っていうスローガンを掲げて活動しているの。本当にそうだと信じてやまない。パンクは、自分を"一般社会的な価値基準には当てはまらない"と感じるひとを惹きつけるもの−−ちょっと変わった体型や外見にコンプレックスを持っている人たちをね。パンクの世界では誰もそんなことで人を判断したりしない。自分自身でいられるのよ」

「パンクロックは生き方。容姿うんぬんじゃない」とブリガンデージは訴える。「精神がパンクであることが大事」とティバートは結論づける。「パンクバンドのメンバーより、ファンの方が過激なルックスだったでしょ。パンクを体現した人たちにとって、パンクは生き様なの。ボンデージパンツを穿いて髪を立てればパンクになれると思っているなら、それはファッションとしてしか見てないってこと。それこそが、パンクが疑問を呈し、反抗した体質そのものなのよ」

Credits


Text Bethan Cole
Photography Rainer Theuer
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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