Björkはとどまることを知らず

6月29日より日本科学未来館で開催されている『Björk Digital—音楽のVR・18日間の実験』。それに先駆けて行われた公開収録とトークセッション、そして2時間半にわたるDJプレイからは、今もなお我が道を突き進む彼女の現在を窺い知ることができた。

by Kouji Fujisaki
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15 July 2016, 9:25am

© 2016 One Little Indian Ltd / Wellhart Ltd

1965年、アイスランドのレイキャビクに生を受けたビョーク。彼女は両親の影響を受けて幼い頃から音楽に触れ、自分で曲を作ったり楽器を習ったりしながら、広大な自然に囲まれて伸び伸びと育った。11歳の時にアイスランドの童謡を歌った『Björk Guðmundsdóttir』をリリース。その類稀な表現力と圧倒的な歌唱力によって、早熟の天才の名は瞬く間に国内に轟くことになる。しかしながら彼女は"神童"というレッテル、ひいては先人によって整理された既存のカテゴライズに収まることを拒み、敷かれそうになったレールから逸脱する。そうした彼女の確固たる意志、常に新しいものを追求するというモットーは、当時最も先鋭的な音楽表現であったパンクと強く共鳴することとなる。次なる活動として始めたバンドTAPPI TIKARRASではドラムなどさまざまなパートを担当し、自身の求める音を模索する。その後に友人と結成したK.U.K.LはUKハードコアの雄CRASSの主催するレーベルから発表され、呪術的とも形容できる前衛音楽を繰り広げている。3つ目のバンドとなったThe Sugarcubesでは全英インディースチャート2位を記録し、その存在はひろく世界中に知れ渡ることとなった。

実質的なソロデビューアルバムとして『Debut』をThe Sugarcubes脱退の翌年にあたる1993年に発表し、ソロアーティストとしてのキャリアを歩み始めたビョーク。その地位を確かなものにした現在に至るまで、彼女はさまざまな要素をおそれることなく取り入れ、消化し、多岐に富んだ表現を試みていく。音楽もさることながら、ビョークの作品を語るに欠かせないのが視覚的要素だ。既にバンド時代から極めて独創的なPVを制作していた彼女は、ソロデビューに伴って更なる心血を映像に注ぎこみはじめる。国籍を問わず数々のアーティストとコラボレーションし、今まで誰も見たことのないイマジネーション溢れる作品を楽曲と共に数多く手掛けてきた。新しいものを常に探し続ける表現者としての姿勢、そして音楽のみならず映像にも表れるこだわりと真髄。その彼女が今注目するのが、最先端の映像表現の一つであるVRだ。VRとはヴァーチャル・リアリティの略称で、訳すると仮想現実となる。なんだかSF小説で用いられる専門単語のように感じるかもしれないが、今やYou Tubeでも配信されるその技術は、私たちの生活にとても近いところにある。ビョークとVRが蜜月となったのは、昨年にニューヨーク近代美術館(MoMA)とMoMA PS1にて開催された回顧展でのことだ。そこでは最新作となる『Vulnicura』に収録された「Stonemilker」のVRが公開され、それを契機として「Mouth Mantra」「Notget」の2曲のミュージック・ビデオがVRによって制作された。そしてこのたび、4曲目となる「Quicksand」の収録は東京の埋め立て地に位置する日本科学未来館にて、しかも世界初となるリアルタイムでの360度VR映像のストリーミング配信という形で制作されることとなった。

©Santiago Felipe

7月18日(月・祝)まで開催されている最新VR展示会イベント『Björk Digital—音楽のVR・18日間の実験』に先駆けて、先に述べた「Quicksand」の公開収録と、今回の展示と彼女のVR作品の制作に関わったクリエーターを交えたトークショーが実施された。オープン初日には、ビョークによるDJプレイも開催した。

公開収録は日本科学未来館の3階にあるジオ・ステージにて行われた。設置されたステージには360度VR撮影のためにいくつものカメラが配され、その中心にマイクスタンドが立っている。そのステージを半円形に取り囲むように客席が配置され、背後には球体ディスプレイ"ジオ・コスモス"が昼と夜を繰り返す地球の姿を映している。定刻となると拍手に迎えられたビョークが、もはや代名詞ともいえるマスクを被って現れた。今回撮影に使用したマスクはMITメディア・ラボのネリ・オックスマン教授らによってデザインされ、60時間かけて3Dプリンターによって製作された代物で、本人も大変お気に入りとのこと。「Quicksand」を今回の収録曲に選んだ理由として「短く、激しくて、ストロボのような感覚」と語ったままに、ライブストリーミングとアーカイブ収録で2度行われたパフォーマンスでは激しく瞬くストロボと、P.I.C.S. TAKCOM氏によって演出されたジオ・コスオスに映される混沌とした映像に包まれながら、いつも通り音に寄り添い踊り歌うビョークの姿を見ることができた。手術を経てもなお衰えることのない声には、その空間を共有できたことを心から感謝させられた。ただし、過去のライブと比べて別段目立った違いが感じられたわけではなかった。それもそのはず、今回の主旨は撮影した映像にある。リアルタイムで全世界へ配信されたその映像は、ライティングと共にストリーミング演出AR/VRを担当したRhizomatiks Researchの真鍋大度氏とそのクルーによって、生で演出を加えられた。実際にその会場にいた観客たちはあとになってその映像を見て、「目の前で行われていたライブが、こんなことになっていたのか」と驚いたというわけだ。さまざまな演出によって過去に類を見ないライブ配信となったその映像は追ってアーカイブ化されるとのことなので、是非とも大いに期待してお待ちいただきたい。先行でダイジェスト版が公開されているので、気になる人はそちらを。

公開収録を終えて休憩を挟むと、ビョーク本人の他に今回の公開収録の指揮を執ったDentsu Lab Tokyoの菅野薫氏、前述の真鍋大度氏とTAKCOM氏、さらに日本科学未来館の内田まほろ氏によるトークショーが行われた。以前からいろいろな媒体でインタビューを目にしていたが、本人が参加するトークショーは日本で初とのこと。内容は各々が通訳を通してビョークに質問するという形で進められ、予定の時間を越えて1時間半近くに及んだ。独特の語り口と仕草で多くを語ってくれた彼女に敬意を称しながら、下記にその内容を掲載する。

©Santiago Felipe

最新アルバム『Vulnicura(ヴァルニキュラ)』にVRを用いた背景
今回の作品の前に、前作について話をしましょう。前作『Biophilia』では、タッチスクリーンを使って曲を制作しました。そして、自然の理論を踏まえ、そこを出発点に曲を作り上げていくというプロセスを得て、『Biophilia』は完成しました。今回の『Vulnicura』は、前作とは逆の順序を辿っています。まず最初に、曲が出来上がりました。そして、それらの曲にはストーリーが時系列で存在し、まるでギリシャ神話のような作品に仕上がったのです。そのように物語性を持っているという点から、VRで表現するのが面白いのではないかと思ったのがキッカケです。新しいテクノロジーを使う際に気をつけなければいけないのは、芯があるかどうか。『Vulnicura』の物語性には芯があったので、VRを使っても問題ないと考えました。

リアルタイムでの360度VRストリーミング配信が実現するまでのプロセス
Dentsu Lab Tokyoとは長きにわたってコミュニケーションをとり、今回のプロジェクトにたどり着きました。きっかけはジェシー・カンダ監督との『Mouth mantra』MVで、口の中の360度撮影を彼らが技術面でサポートしてくれたことでした。その時から何か一緒にできないか? とお互いに話を続けていた中で、今回のリアルタイム360度VRストリーミング配信をオーディエンスの前で行う話を提案してきてくれました。とても面白い企画だと思い、この新しい体験に相応しい曲はどの曲かと考えて『Quicksand』を選びました。この曲は短くて、激しい曲ですからね。 今回はオーディエンスの前でパフォーマンスするので、その条件に最適だと考えました。生で歌う際には、この曲の持つ焦燥感とストロボのようなリズムが、オンラインで見ている人たちに臨場感を与えるはずだと思ったのです。

© 2016 One Little Indian Ltd / Wellhart Ltd 

最新のテクノロジーを使って表現するということ
私はミュージシャンである以上、自分には"人間らしさ、その魂をいかに伝えるか"という役割が与えられていると思っています。それはこれまでの何十年の間も変わらない。そしてその手段が生の楽器であろうと、最新のテクノロジーやコンピューターであろうと関係ありません。例えばヴァイオリンは300年以上も前に生まれて、今日の西洋音楽においては必要不可欠な楽器ですね。演奏するにあたって多くの試行錯誤が繰り返されて、長い歴史の中でいろんな感情表現の方法が育まれてきた。今回の『Vulnicura』では自分でストリングのアレンジメントをしました。大変な作業で、アルバム制作の7割を費やしたほどです。でも、とっても楽しかった。言ってしまえば当時のヴァイオリンというのは、現代においてのコンピューターみたいなものだと思います。ヴァイオリンがそうだったように、コンピューターやVRといった最新のテクノロジーについても、人間の感情を伝える方法が今後蓄積されていくでしょう。そうしていけば、きっと生身の人間ならではの表現が可能になると思っています。まだ手探りでしかない今の状況は、まるで初めて火星に足を踏み入れた瞬間のように、とってもエキサイティングです。電話が誕生した100年前、人々はパニックに陥ったと聞いています。「人間同士が会わなくても話せるだなんて、人間らしさが無くなってしまう」ということだったようですが、100年経ってみれば人間は電話という道具を使って、人間らしい行動をしていますよね。愛する人と話をしたり、インターネットを通じて連絡したり、携帯でメールを打ってみたり。感情表現をするのにいろんな形で電話というツールを使うようになっています。VRというテクノロジーもきっと同じように、将来的にはいろんな使い方が増えて行くのではないかと思います。人間はとても長い歴史をもっているし、それはこれからも続いていきます。そのなかで、人間臭さというのが私たちの中で最も大切な部分だと思っています。きっとこれからどんなツールを使っても、そこにどのように感情を伝えていくのかということを私たちは模索し続け、獲得していくはずです。

©Santiago Felipe

単純にビジュアルとして面白いものと、作品のコンセプトとのバランス
音楽を作るときの私は、とんでもなく頑固になります。自分自身の軸がブレてはいけない、という強い気持ちがありますから。ですが映像の場合、The Sugarcubesのときみたいに、バンドの一員のような感覚でやっているんです。ソロ活動をする前には10年間バンドをやっていたから、ソロになるのは一人ぼっちだし、つまらないかなと思っていました。でも、そんなことはなかった。いろんな人とコラボレーションすることができましたから。 ただ、多くの人と一緒に作業をするという点で、ビジュアルを生み出す作業は私自身とても楽しいんです。 今回のように360度VRのライブストリーミングは初めてだし、最初は怖い部分もあったけど、正しい道だと思ったんです。正しい怖さみたいなものを感じました。ここから、「Quicksand」を仕上げていくのが本当に楽しみ。歌の感情表現とビジュアルとをどうやって繋げていくのか、私のほうからお願いをするかもしれません。私の役割は、自分の作った音楽と映像とがいかに感情の部分で合致しているか、一貫性があるかということを、ちゃんと判断することだと思います。だから、どの曲に関しても口出しします。 今回でいえば「ビートがストロボっぽい」「この色を使いたい」とか。 歌詞に関していえば、「Quicksand」は悲観主義と楽観主義がぶつかりあっていて、それによって生まれる緊張感やテンション、さらには母と娘という関係も含まれている。母が楽観的にならないと、娘が悲観した思いを引き継いでしまうかもしれない。そんなことへの思いをつづった歌なんです。そういった内容を映像として形にするときにどう表現するかということはとても楽しみだし、後ろにあるジオ・コスモス、まさに母なる地球を使ったことも素晴らしかった。VRはたくさんの可能性を秘めていると思うので、この作品がどんどん進化していくのが楽しみです。

© 2016 One Little Indian Ltd / Wellhart Ltd 

知名度や年齢、国籍を問わないコラボレーション
コラボレーションするときは、極めて衝動的に、直観で決めています。ただ同時に、繋がりも大事にしています。バンドを10年間やってきて身をもって学んだのは、"ずっと同じ人たちと活動をしていくことの大切さ"と"同時に、それが全てではない"ということ。矛盾していますが。ソロになって以降、誰とコラボレーションするかは直観的に決めているんです。 お互いがそれをすることによって高め合っていけるのか、ということを大事にしています。成長に繋がらないと判断したら、悲しいけれども、手放さなければならない。そこには本物としての要素が備わっていなければいけないし、純粋にやりたいという気持ちがなければならない。習慣ではなく、毎回この人とやりたいという意義を感じなければいけないし、お互いやりがいのあるものでなくてはいけません。私のまわりには、16歳のころから一緒に仕事をしている人もたくさんいます。その一方でこれまでのキャリアの中では、ほんの短い間だけ一緒に仕事をした人も同じくらいいます。でも、みんなとは等しく強い絆で仕事をしてきています。どうやってそれがわかるかと聞かれても、それは感覚や直観でしかありません。「この人は3作一緒にやったけど、4作目はないな」と、感覚的にわかるんです。それは生きていくのと同じことで、友情にしても同じことがいえます。"この人だったら3週間一緒にいることができる"、"この人とは離島に旅行に行ける"、"この人とだったらホテルの同じ部屋に泊まれる"、"この人とはたまに会うくらいでいいかな"、"この人には会っても話すことはないや"、とか。みなさんもそれぞれ、友人との距離感や付き合い方があるはずです。コラボレーションするときも、良いアイデアが出てこないのであれば、しばらく距離を置くのがいいように感じます。だから私は「これは良い!」と思う自分の感覚に、素直に従って決めているのです。

©Santiago Felipe

今日の社会の一員として、アーティストである自分が思うこと
何とかしなければいけない、そうでなければこの地球がどうにかなってしまうのではという危機感を感じているのは、みなさんも同じだと思います。ですから私だけの使命ではないように思いますが、長い間、地球に対して私たちがやってきたことを見つめ直すことは重要だと感じます。またそれを、政治家だけのせいにはできない。私たち自身、罪の意識が麻痺した感覚になっていると思います。自分だけではどうしようもできない、だからこのままでもしょうがないよね?という気持ちになってしまっている。 例えばハリウッドの未来を描いた作品には、地球がダメになって、人間が火星などに移住しているというテーマがありますね。最近の70%くらいがそんな印象です。でも、地球を諦めるのではなく、大事にしなければいけないと思う気持ちを持つことが大切だし、私は実際可能だと思っています。 インターネットでもいろんな話を見かけます。オランダではごみ処理から食べ物の自給自足まで全て自分たちでまかなっている町があったりとか、ある青年がプラスチックを燃料にする技術を見出したりとか、そういった前向きなニュースもあるんです。こういった環境に対する話は、NYにいる10年来の親友であるアノーニ(アントニー・ヘガティ)ともよく議論するのだけれど、彼女は私ほど楽観的ではないですね。私はきっと元に戻せるはずだと、強く思っています。今から150年前、イギリスは炭鉱が盛んでした。それが原因で多くの人が健康を害すことになった。産業革命なんだから仕方ないと多くの人が諦めていたけれど、ある市長が炭鉱はやめようといったことで、イギリスの街でも青空が見えるようになったという例があります。私が一年の半分を過ごしているブルックリンのハドソン川でも、ニューヨークのアップステートにあった工場の汚染水によって、川には魚が生息できなかった。だけど、その工場が閉鎖して8年経った今、川には魚が戻ってきています。自由の女神のすぐ近くには、クジラだってやってきたんです。 何かをきっかけに以前の姿に戻ることは、確実に起き得ることです。それは音楽でも同じです。私がなぜテクノロジーを音楽に取り入れているかというと、そうすることで多くのことが可能になるから。箒やぞうきんだけでは地球を綺麗にすることは難しい。でも、最先端のテクノロジーを使って、頭の良い人たちを集めて、みんなで力を合わせて向き合い、どこかの政府が率先して向き合えば、地球はきっと元の形に戻るはずだと信じています。クリエイティブな考えと最先端テクノロジーこそが、そのきっかけを作るのだと感じます。テクノロジーは自然と人間、そして音楽とを共存させ、ひいては地球と共存していける、その繋がりになるのではないかと思っています。

上記の内容からは、時代の移り変わりやテクノロジーの進化に左右されることのない、ビョークの信念を感じることができる。個人的にはバンド時代の経験が共同作業の際に生かされて大きく影響している、という点が興味深かった。ソロ以降にビョークの存在を知ったリスナーは恐らく"孤高の天才"というイメージを抱いていることだろうと推測するが、それはあくまで彼女の魅力の一側面であるということだ。

©Santiago Felipe

本展示は"VRコンテンツ""Biophilia""Cinema"の3つの展示で構成されている。VRコンテンツでは愛する人との別れという極めて個人的な感情から生まれたアルバム『Vulnicura』に収録されている楽曲のVR作品を、それぞれ別の部屋で体験する。誰もいないアイスランドの浜辺で、観る者を囲むようにビョークが歌いかける「Stonemilker」。ビョーク自身の口の中にカメラを入れ、混沌とした映像と曲が独特の世界観を展開する「Mouth Mantra」。光の粒の集合体となったビョークのエネルギーがほとばしる「Notget」。SFアニメで見かけるような作りをした専用のヘッドギアを装着し、ヘッドフォンをすれば、眼前には瞬く間に別世界が拡がる。その臨場感は、急に異次元に入り込んでしまったかのようで、なんだかすこし不安な気持ちにすらさせられる。特に「Notget」では、曲が進むに連れてどんどん大きくなる金色のビョークの中に入り込むことができ、言ってしまえば、ビョークの内側で音を聞くことができる。まるで自分から音が溢れているかのようななんとも不思議な感覚は、まさにVRの醍醐味といったところだ。ただしこの曲のVRに関して本人は未完成としているらしく、技術者が頭を抱える様子が目に浮かぶ。嬉しい悲鳴、としておこう。普段画面で観るミュージック・ビデオとVRとでは、まず観る側の心持ちに大きな違いが生まれる。音楽を楽しむ一要素としてではなく、自分が作品の一部に取り込まれてしまうような感覚。それは、作品をより深く理解することに直結するのかも知れない。

"Biophilia"は、前作アルバムと共に生まれた音楽制作アプリを紹介するスペースとなっている。このアプリは、アカデミックで知識を優先する一般的な音楽教育に疑問を抱く彼女自身の理念に基づいて構築されている。使ってみることで、彼女が思う科学や音楽の正しい学び方を感じることができるだろう。

"Cinema"では、5.1chという音環境で本展示のためにリマスターされた映像音響で、過去のミュージック・ビデオを見ることができる。映画館のような雰囲気だが、前方にはクッションソファーが置かれたフラットスペースも配置され、観る人それぞれが好きなように過ごすことができる。

展示の初日には、今回の大きなトピックであるビョークによるDJプレイが行われた。単独で2時間半のセットリストとは、はたして一体どんなことになるのか。全く見当もつかぬまま、ただただ高揚感だけを携えて会場へと向かった。天井にジオ・コスモスを仰く特設ステージに通されると、スペースの端には植物に囲まれたDJブースが目に入った。予定していた時間を少し過ぎたところで現れたビョークは、トークショー時と同じ赤いマスクを着用して、PCで音を掛け始める。日本の民謡や祭り囃子に始まり、世界の民族音楽、ポップチューンからビートやエレクトロ。簡潔にカテゴライズできないビョーク自身を象徴するかのように、内容は極めて多岐にわたるものだった。最新ヒットチャートからマイナーまで分け隔てなく取り入れるセットリストからは、彼女の表現活動に一貫する姿勢を感じ取ることができた。

もちろんこうして記事を書きながらも、筆者自身、彼女の活動のすべてを把握できていないだろうこと、そしてもちろん理解しているという域には到底たどり着いていないということを痛感し、半ば悄気ている。しかしながら自ら求めること、触れようとするその一歩こそ、最も価値のあることだとここでは敢えて明記しておこう。自分から遠ざけてしまったら、もしかしたら届く場所への道も永遠に閉ざされる。もしかしたら取り戻せるものも、決して手には入らない。恐れることなんて何一つない、そういった気持ちにしてくれる力を、彼女は持っている。残すところ数日となった展示だが、まだ足を運んでいない人には心からの来場をおすすめしよう。話を聞いたりブログを読んだりするのではなく、自分の目で、耳で、今も止まることなく歩みを進めるビョークの気概を感じるべきだ。

このまたとない機会に編集部が直接電話で敢行したインタビューも公開予定なので、そちらも是非チェックしてみてほしい。

Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験
期間:開催中〜7月18日(月・祝)
会場:日本科学未来館
http://www.miraikan.jst.go.jp/exhibition/bjorkdigital.html

 さらに、ビョークが自身でミックスを手掛けたライブアルバム「ヴァルニキュラ:ライヴ」が発売している。2015年3月からスタートし、8月に突如中止となった「ヴァルニキュラ・ツアー」--日本公演は実現しなかった"幻のツアー"--この音源を、是非堪能していただきたい。

『ヴァルニキュラ:ライヴ』
発売中
¥2,400+税
初回仕様限定盤 特殊スリーヴケース付 

Credits


Text Kouji Fujisaki

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