『ジュリアン』グザヴィエ・ルグラン監督が語る、家庭内暴力の“精神的な恐怖”

フランスでは40万人動員の大ヒット。ドメスティック・バイオレンスを緊張感たっぷりに描いた映画『ジュリアン』の新人監督グザヴィエ・ルグランが、DVを受けている子どものジレンマやサスペンスを高める日常音の使い方を語る。

by Shinsuke Ohdera
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28 January 2019, 2:44am

家庭内暴力というシリアスな社会問題に切り込みつつ、同時にサスペンス映画としての圧倒的魅力も備えた『ジュリアン』は、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を獲得したほか、今年のセザール賞において最優秀作品賞を含む最多10部門でノミネートされるなど、世界的にきわめて高く評価されている。舞台と映画で活躍する俳優でもあるグザヴィエ・ルグランは、この初めての長編監督作品にどのような思いを込めたのだろう。その背景を伺った。

——まず、ドメスティック・バイオレンスという社会問題を主題として取り上げた理由についてお聞かせください。

「家庭内暴力というテーマは非常に現代的であり、難しい側面を持っています。世界中どんな国でも、政府がどのように被害者や子どもたちを保護すれば良いか、正しい回答を見つけることができていません。だから、実はどの国でも共通して直面する難問のひとつだと思います。フランスの場合も、それがあまりにも困難でプライバシーなど微妙な問題を含んでいるため、一方でタブー視される傾向もありますが、やはり大いに議論されていると思います。この映画を作るにあたって、実際に様々なカップルから取材しましたが、出会って恋に落ちて愛情を育み、ある場合には子どもを作ったりもした彼らが、家庭内暴力に直面したとき、経済問題や相手への愛情、そして依存心からなかなかすぐにはその関係性を断ち切ることができない。これは実に深刻な問題です。こうした状況に対して、映画としてその内側にカメラを持ち込み、彼らの実際のリアリティを描くことができればと考えました」

——現代社会のリアリティと共に、舞台俳優でもある監督はギリシア悲劇からもこの物語のインスピレーションを受けたと語っておられましたね。

「そうです。私はギリシア悲劇がとても好きで、この作品をその現代版として構想しました。ギリシア悲劇で中心的なテーマとなるのは、権力であったり、対決、決闘、親から子へと受け継がれていく血の争い、そして家族間の抗争のようなものです。こうしたテーマを、現代社会を背景とした物語のなかでも展開できるのではないかと考えました。ギリシア悲劇では神々が主人公になりますが、この映画では現代のフランス社会で生活する中産階級の人間です。しかし、そこで展開される家族の悲劇には共通性があると考えています」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——脚本作りにおいてどのような取材をされましたか?

「物語を作り込んでいく前に、長い時間をかけて様々な人々から話を伺うなど、綿密に現場調査をしました。もちろん、実際に家庭内暴力の被害者となった女性たちにも会いましたし、そうした家庭で育った子どもたち、あるいは家庭裁判所の裁判官、判事、そして警察にも取材に行き、緊急事態で実際にどのような状況が発生しているかについても様々な事例を伺いました。ドメスティック・バイオレンスについて書かれた数多くの著作も読みましたし、体験談や各種資料、そしてフィクションも読みました」

——暴力はきわめて映画的主題ですが、家庭内暴力にはそうした映画で描かれる典型的暴力とは少し異なる側面があります。例えば、ジュリアンが父アントワーヌの車から逃げ出す場面では、家の鍵を父親に奪われていたことや、結局一人ではどうしようもないのでジュリアンは車に戻ってこざるを得ません。自分が依存しなければいけない相手が同時に恐ろしい敵でもあるというアンビバレントな状況が生む恐怖を感じました。

「関係の壊れた元夫婦であるアントワーヌとミリアムのあいだで、二人の子どもであるジュリアンにはとても大きなプレッシャーがかけられています。その上、彼には人質のような役割も与えられる。父親であるアントワーヌは、夫婦のつながりが壊れてしまった後でも依然として妻との関係を保ちたいと考えている。そのために、父親としての権力、そして男としての権力を利用しようとするのです。人質として利用されるジュリアンが直面するのは、こうしたジレンマです。そして、あの場面に登場する鍵には象徴的意味合いもあります。それは、アントワーヌがもはや自分ではアクセスできない、閉ざされた妻の心を開けようとする鍵という意味です。しかし彼は、やはりその鍵を使うことができないのです」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——愛情や家族の絆が暴力として機能するシーンとしては、もうひとつとても印象深い場面がありました。アントワーヌがミリアムを抱きしめる場面で、僕は変わったと彼は口にするのですが、ミリアムは身動きもできず、まるで硬直したようにただ黙って耐えるしかない姿が描かれていました。

「とても良い例をあげていただきました。あれは非常に強いシーンだと思います。脚本のために取材したとき、実際に家庭内暴力の被害を受けた女性たちから話を聞くなかで、ああした状況の具体的事例について知り、強烈に心に残っていました。ああいう場面で男性たちは、しばしば女性に対して僕は変わった、改心したと口にするのですが、その何分か後には再び暴力を繰り返す。この関係性の全体が、きわめて強固な暴力の悪循環のなかに捉えられていると思います」

——暴力を主題にしたこの作品で本当に恐ろしいのはこうした場面であり、むしろ身体的暴力は具体的に描かれていないのが印象的でした。

「実際に身体的暴力を見せつけられるよりも、それを想像させられたほうがしばしば恐ろしいのではないでしょうか。映画やテレビでは暴力が描かれることが多いですが、それが重要だと私は思いません。そしてこの作品の場合、精神的な恐怖が暴力として描かれています。家庭内暴力が恐ろしいのは、こうした部分だからです。身体的暴力が振るわれなくても、精神的暴力が相手を支配していく。これは他人の目からはなかなか見えません。そしてそれが家族の問題であることによって、さらに外部から隠されてしまう。そこで実際に何が起きているのか、当事者以外にはなかなか分からない。だからこそ、観客の想像をかき立てることで、その恐ろしさに踏み込もうと考えました」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——実際の暴力よりも、想像によってそれを仄めかす方が恐ろしいというのは、映画ではヒッチコックの定式として知られています。監督は他のインタビューで彼の名前を挙げておられましたが、つながりを感じますか?

「ヒッチコックには大きな影響を受けました。小さい頃から彼の作品はたくさん見ており、大好きな映画監督のひとりです。『ジュリアン』にはサスペンス映画としての側面があり、とくに物語を作る段階では影響を受けたと思いますが、演出や映画的手法という意味では違うのではないかと思っています。ヒッチコックの場合、物語を語るうえで大がかりな仕掛けを使いますが、私は使っていないからです」

——日常的な物音がサスペンスを高めるために実に効果的に使われていると思いました。車のなかのシートベルト警告音やウィンカーの音、あるいは扉をノックする音や時計の音など、リズミカルで神経症的に反復される音響が逃げ場のない恐怖を観客に感じさせていたと思います。

「サスペンス効果を高めるためどのように音響を使うかについては、シナリオの段階からずっと考えていました。よくある映画やテレビのスリラーで観客を驚かせるため紋切り型として使われる音響効果や音楽などではなく、日常にある物音を効果的に活用することで、よりこの作品に相応しい恐怖を演出できるのではないかと思ったのです。同じ物音がリズミカルに反復されることで、恐怖が蓄積されたり、時間的な経過が示されたり、映画的手法として上手くいった部分だと自分でも思います」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——静けさのなかで恐怖が蓄積し、最後にはこの作品で最も暴力的な場面が展開されますが、ここでも電話で応対した警官が極めて冷静沈着な声だったのが印象的でした。現実にもそうなのだろうと思いますが、映画としても抑制された素晴らしい効果を上げていたと思います。

「この作品の冒頭は、長いあいだの夫婦間の問題に裁判官が判決を下す場面で始まっています。この判決によって皮肉にも女性が危険にさらされることになるわけですが、その後、家庭内で陰湿に進行した暴力がラストで再び社会に開かれます。警官たちや隣人の存在は、家族の周囲に拡がっている社会の存在を現しており、その描写が冒頭とラストで呼応し合っているわけです。こうした構成的な配慮の他に、私はこの作品を血生臭い暴力描写では終わらせたくなかったという気持ちもありました。派手なクライマックスを描くことで、本来のテーマから観客の目をそらせてしまうと感じたからです。常に客観的な目、一歩下がった距離をおいた目でこの家族の状況を見つめることが重要だと考えました。そのことで、観客は単なるエンタテインメントだけではない、具体的な何かをこの作品から感じられるのではないかと期待したのです」

——きわめてミニマルな人間関係のなかで展開する作品ですが、物語に深く関わらない長女ジョゼフィーヌが妊娠検査をする場面が強く印象に残りました。

「とても重要な場面だと考えています。ジョゼフィーヌは成人に達しており、年の離れたジュリアンとは異なって彼女に親権が及ぼす影響は大きくありません。しかし、両親の関係や家庭環境は彼女にも同様に深く影を落とす。彼女のその後の人生に大きな影響を与えるのです。私が取材したところ、こうした環境で育った子どもたちはしばしばいくつかの選択肢を押しつけられることになる。男子の場合、自分もまた父親と同じように暴力的な夫になるか、あるいは暴力に過敏に反応することで、注意深く慎重な性格が醸成されていきます。女子の場合は、様々な手段を使ってできるだけ早く家庭から出ていこうとする。自分自身の家庭を築いたり、自立を急いだりするわけですね。この作品でも、彼女が自ら妻となり母親となることで、なんとか早く家庭から出ていこうとする姿が描かれています」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——ルグラン監督は、『ジュリアン』以前にほぼ同じキャストが同じ役名を演じる『すべてを失う前に』という短編を撮られていますね?

「映画で悲劇を描くにあたって、はじめ同じキャストによる三部作の短編を作ろうと考えていました。その一作目が完成した後、テーマを色々と考えるなかで、このあと短編を二つ作るよりも長編を一本作ったほうが形式として相応しいと考えたのです」

——俳優として活躍されているとはいえ、映画監督としていきなり長編を作るのに資金集めなどの苦労はありませんでしたか?

「私はとてもラッキーでした。短編を製作してくれたアレクサンドル・ガヴラスがこの『ジュリアン』でもプロデューサーを務めてくれたのですが、彼との出会いがなければこの作品を作ることは難しかったでしょう。私は映画学校を出ているわけではありませんし、この作品以前に長編映画の監督経験もありません。そんな私を信頼して財政面でもサポートしてくれる人がいたというのは、本当に恵まれた状況だったと思います」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

——はじめての長編映画を作るにあたって、モデルにした映画作家などはいましたか?

「シナリオに関しては色んな映画を参考にしました。演出面では、私はミヒャエル・ハネケ監督やクリスティアン・ムンジウ監督の映画がとても好きなので、彼らから影響を受けていると思います」

——俳優として自作に出演したいという欲望はありませんでしたか?

「長編映画を監督するという経験が初めてのことで、私にとって非常に難しく、また大きな仕事でもありましたので、自分に役を与えることでそれをさらに複雑にしたくはありませんでした。舞台俳優として仕事をしているので、映画で役がもらえないというフラストレーションもなかったですし。また、この作品のなかに私が演じるべき必然性のある役が存在しなかったことも大きいですね」

——アントワーヌを演じたドゥニ・メノーシェが素晴らしかったですが、カメラの背後に立ちながらも、一人の俳優として彼に嫉妬を感じることはありませんでしたか?

「ドゥニは本当に素晴らしい俳優で、彼のような人が私の作品に出演してくれたことにとても大きな感謝と幸せを感じていました。だからジェラシーはなかったと思います。逆に、それを感じていたとしたら、ジュリアン役を演じてくれた子役のトーマス・ジオリアに対してだったかもしれませんね。私は10歳で俳優の仕事を始めましたが、彼がこの作品に出演したのと同じ年頃にあれほどの仕事ができたか考えてみると、これはちょっとジェラシーを感じざるを得ないです(笑)」

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©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

ジュリアン
2019年1月25日(金)よりシネマカリテ・ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開中。

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