悲しみを美に変える男:Arcaインタビュー

挑発的ともとれるほどオープンで純粋、そしてもろく、素直な3rd アルバム『Arca』で初めて母国語での歌声を披露したアルカ。世界的な写真家ヴォルフガング・ティルマンスが世界の悲しみを美しいものへと変えることについて、アルカに訊いた。

by Wolfgang Tillmans
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31 May 2017, 12:30pm

デビュー・アルバム『Xen』と、続く2作目『Mutant』で、アルカ(Arca)はダンス・ミュージックには極めて稀な感性を音楽に織り込んだ。軽やかではためくようなリズム、膨らみのある重いベース、かすかにきらめくメロディライン ─ アルカが作り出した音楽を、世界は言い表しようのないもどかしさをもって高く評価した。まだ若干23歳であるにもかかわらず、その才能は否定のしようがないものだった。カニエ・ウェストとともにビートを作り上げ、FKAツイッグスの音世界を築き、ビョークの『Vulnicura』で多くの曲を共作し、共同プロデュースも手がけた。レーベル<XL>との契約にいたった今、アルカは自身の名を冠した3作目のアルバムをリリースする。母国語であるスペイン語で初めて自らの歌声も披露しているこのアルバム。そこに、一切の妥協は感じられない。深く哀愁の色を帯びたその声の向こうにはバロック的な壮麗さが広がっている。挑発的ともとれるほどオープンで、ピュアで、脆く、そして素直なアルバムだ。実験的な音世界に、傷ついた威光が響きわたる。アルカと近しく、また作品作りをともにしたこともあるヴォルフガング・ティルマンスが、i-Dのためにカメラを手に取り、インタビューでは、ポップ音楽や政治、そして悲しみを美しいものへと昇華することについて訊いた。

アルバムタイトルに自分の名前をつけたワケは?
そうするつもりがあったわけじゃないんだ。他に挙げたタイトルの候補がどれも「違う」と感じただけでね。1年間、いろんなタイトルを考えてみたけど、どれもしっくりこなかった。でも今回はスペイン語で歌っているから、『Arca』と名づけても不自然じゃないように感じたんだ。

その「アルカ」という名前の意味は? 友達には「アレハンドロ」と本名で呼ばれているよね?
僕は「アイデンティティ」や「ペルソナ」という概念をかなり疑っているんだ。これまでの半生が影響しているのかもしれないね。アイデンティティなんて、実に曖昧なもの。アルカとアレハンドロ、どちらがよりリアルかと問われれば、どちらも同程度にリアルとしか言えない。でも同時に、矛盾するようだけど、「アレハンドロのほうがアルカよりもパーソナルなあり方だ」とは言える……。音楽作りをしているときは、今の自分はアレハンドロか、それともアルカか、なんてことは考えない。どちらでもないからね。Arcaは「箱」や「木」という意味の古いスペイン語。儀式で使う木箱で、宝石や宝物を入れるためのもののこと。この言葉は、僕が音楽や意味を与えたときに初めて実態を現す空っぽの言葉なんだ。手垢のついた単語じゃなくて、僕が意味を加えていくことができるまっさらな言葉だっていうのが大事だったんだよ。

中毒性のあるアルバムだね。"万能""天才""素晴らしいコラボレーター"と称賛されてきた君だけれど、このアルバムはこれまで君がやってきたこととはずいぶん違うよね。それはなぜなんだろう?
それは結果論でしかないんだ。実際にリスナーに音を届けて、振り返らないと自分でも理解できないものがある。だから今後はまた違った見解になってしまうかもしれないけれど……今回のアルバムで出来上がったサウンドは、私生活での変化と成長が混ざり合って影響したもの─そして僕の飽きやすさも影響しているかもしれない。同じことを繰り返したくないんだ。未知の領域に挑戦していくなかで自分をより知ることができるからね。

このアルバムでは初めて歌声を披露しているね。
うん。ピッチを変えたりするんじゃなく、リバーブやディレイといった残響効果を使ってボーカルをのせている。歌声というのは、僕にとってダンスのようなもの。動きがあって、静止がある。未知の世界のように感じながらも、10代の頃の自分と向き合っているような感覚もあった。その不思議な感覚にワクワクしたよ。

よくわかるよ。僕も10代の頃の記憶を作品に用いたりする。ティーンの感性は軽視されがちだけれど、後になって振り返れば、その頃の自分が不条理だらけの世の中を前にいかに純粋に、そして真剣に悩んでいたか─そしてそれをいかに自覚していたかがわかるよね。
さらに遡って、子どもだった頃の自分ですら真正面から世界に向き合っていたよ。9歳の頃に書いていた日記をいまだに持っているんだけど、そこには13歳になった自分が読み返した形跡が残ってるんだ。9歳の自分はいつもワクワクしていて、感情豊かなんだけど、13歳の僕はそれを斜めから見てる。「ガキだな」なんて書いてあったりしてね。今、27歳の自分がその日記を読むと、9歳の自分のほうにより強く感情移入するんだ。世の中への怒りもなく、はじけるように生を謳歌していた子どもの頃の自分にね。

歌詞は何に着想を得て書いたのかな?
1曲を除いて、すべて最近書いたもの─すべて即興でできあがった歌詞だよ。僕は、座って言葉を紡いで、後で書き換えるということはしない。メロディも歌詞もたくさんレコーディングして、ピュアだと感じるものはそのまま残した。心から溢れ出てくるものを、頭で判断するようなことはしなかった。

発表するのが恥ずかしいと思う部分はあるかな?
後で考えて「こうすればよかった」と思いつつも、そのまま残した部分はもちろんあるよ。歌詞はもちろん、パフォーマンスの部分でもね。ほとんどの曲は最初のテイクを採用してる。まったく編集を加えなかったから、唾が変な音を立てたり、喘息で苦しそうな歌声なんかも残っているんだけど、それにはその良さがあると信じてそのまま使ったんだ。多くの曲では、最後のほうで声を絞り出してるよ。喘息で声がうまく出せない、あるがままの音を使ったんだ。

「ヴァルネラビリティ(脆弱性)」という単語を君はよく使うよね。この言葉にはポジティブでもネガティブでもない、無味無臭で無機質な響きがあるように感じるんだけど、それは「メランコリア(憂うつ)」とは違うのだろうか?
今よりももっと若かった頃、僕は「音楽を作ってるんじゃない。自分の感情を浄化させてるだけ」と自分の音楽活動を説明していた。僕にとってヴァルネラビリティは「さらけ出す」ということ─「明かす」ということなんだ。鎧を捨てて、痛みを受け止めるということ。今回のアルバムでは、僕の心のうちに広がる悲しみと対話をしているんだ。心理学的な物言いはイヤだけど─もしかするとその悲しみの本質というのは「たとえ両親であってもやはり自分を完全に理解するのは不可能で、やはり自分という存在はどこまでいっても自分でしかない」という、若い頃に誰もが経験する"孤独への気づき"に関係しているのかもしれない。世界は悲しみに満ちていて、僕はそこから美しいものを作り出したいという衝動を感じる。音楽の面でも、僕個人の面でもね。

君が語ると、悲しみもネガティブな響きを伴わないね。悲しみを謳歌しているようにも感じるよ。
そのとおりだね。ずいぶん昔から、僕は悲しみを見て見ぬふりをせず、それそのものとして受け止めて、それを謳歌する人間だった。もしも生きることに悲しみが内在しているなら、僕たちはその周波に合わせて自分をチューニングし、そこに調和を生み出したうえで、悲しみとともに生きていかなきゃならない。そこに悲しみが内在してしまっているかぎり、それから逃れることは絶対にできないんだから。存在の奥深くにある感情を消し去ることなんてできない。「悲しみとの調和のうちに生きるのが自分」と認識することが大切なんだ。それが「癒し」というものだと思う。悲しみを忘れようとしたり、否定したりするんじゃなく、そこに調和をもたらすのが癒やしなんだ。

僕と撮影をしたとき、君は目の周りをアザのように黒く塗ったよね。あれは劇的な効果を生もうとしたのかな? それとも何かしらの感情を表現しようとしたのだろうか?
暴力を匂わす表現に惹かれるんだ。暴力を物語ったり称えたりするビデオや写真には興味がないんだけどね。僕が惹かれるのは、暴力が起こった後に人が何をするのかということ。暴力を受けた人が他の誰かに暴力をふるって連鎖を生んだり、暴力の事実を真正面から受け止めて、そこに生まれた悲しみや痛みを認め、他の何かへと昇華させたりね。視覚的な面では、あれが「アルカは暴力を美化している」と受け取られたとしても構わないと思ってるよ。そのリスクは承知のうえ。聞こえてくる美しい歌の声の主を辿ってみたら、傷ついた生物がそこにいた─死を目前に控えた白鳥はとても美しい声で鳴くっていうだろう? そういう神秘的なアイデアに、なぜだかとても惹かれるんだ。

音楽に話を戻そう。もっとアルバムについて聞かせてほしい。今作のプロデュースは誰が?
レコーディングもミキシングもプロデュースも自分でやったよ。その際、ヴィジュアルアーティストで僕の親友でもあるジェシー・カンダの存在は大きかった。そしてビョーク─彼女から多くの助言やエネルギーをもらった。彼女の存在がなかったら、このアルバムで僕が歌うなんてこともなかったと思う。あるとき、ビョークと一緒に車に乗っていて、楽しくて歌を歌ったりしていたんだ。すると彼女が「自分のアルバムで歌おうとは思わないの? 」って訊くんだ。もちろん否定はしたよ。だけど、後になって「自分が歌う」ということについて考え直してみた。ボーカリストとして尊敬しているビョークから言われたという事実に、突き動かされたんだ。彼女の導きがあったからこそ今回のアルバムを完成させることができた。アルバムの制作工程でビョークは一貫して大きな支えとなってくれたし、友人としての彼女の存在なしに、僕はあそこまで勇敢にはなれなかった。

ジェシーやビョークの他に、助言を求めたり、トラックを聴いてもらった人は?
アルバム制作の初期段階で意見を求めたのは、ジェシーとビョークだけだった。制作途中のサウンドというのは、僕にとってとてもデリケートなものだからね。アルバムがある程度できあがってからは、近しい友達に聴かせてまわったよ。

アルバムの完成はどうやって判断してる? 僕はアート制作スタジオに「手放すべきタイミングを知れ」と書いた紙を貼っている。音楽もアートも、可能性が尽きることがないからいつまででも取り組み続けてしまえるだろう?
本当にそのとおりだね。今回のアルバムは、手放すタイミングがつかめなかったんだ。できあがったと思った途端に、また新しい曲ができて、自分を止めることができなかった。作品によっては「この状態で出そう」とすぐに察知できるものもあれば、なかなかしっくりこなくて時間がかかるものもある。料理みたいなものだね。魚を焼くだけでできあがる料理もあれば、発酵させたり酢漬けにしたりして、時間を要する料理もある。感情的な作品に仕上げるには、そこに化学変化が起こらないといけない。いつやめれば良いかを感じ取りたければ、しばらく音楽から離れるのが一番だよ。数日間の休みをとったり休憩をこまめにとったりしないと、脳の中で判断能力を司る部分が疲弊してしまう。まったく曲を聴かない時間を自分に与えてあげて、2週間くらいしてから曲を改めて聴くと、何をすべきかを簡単に見出せたりするものだよ。

DJをするとき、自作の音楽はどれくらいプレイする?
90%くらいは自作の音楽だよ。あとは他で絶対に出会えないような音楽だね。クラブで未知のサウンドに出会う、あの感覚を僕も人々に引き起こしたいんだ。そういう空間を作りたい。多大な時間と労力が必要とされることだけど、それこそが楽しいんだ。

年寄りみたいなことを言うようでイヤだけれど、君が昨年ベルクハインでプレイしたパーティで、ビートらしいビートはないのに、そこにいた誰もが君の音楽に体を動かされていた─あれは信じられない光景だった。パーカッションの音は聞こえても、そこに明確な4ビートはなく、でもとんでもなくリズミックに感じられた。あの"粉砕的なサウンド"は、今の20代にどんな意味をもって訴えかけるのだろうか?
脱構築のサウンドが時代精神に呼応しているんだよね。巨大なスピーカーから無音というサウンドが叩き出されることで、クラブ空間に空白が生まれる─あれはとても新鮮で、興奮の瞬間だね。空白に五感が刺激されるんだよ。僕が知るなかで初めてそれをやったのは、クラブGHE20GOTH1Kでのシェイン・オリヴァーだった。僕はそれまで、あんな風にプレイするDJを見たことがなかった。シェインとトータル・フリーダムには大きな影響を受けた。あの2人こそが世界で初めてああいうプレイをした第一人者。ニューヨークは、これまで常に混沌のうちにパンクと脱構築の世界を作り、その可能性を押し広げてきた場所。クラブ・ミュージックにおける僕の転換点があったとすれば、それはシェインGHE20GOTH1Kでプレイしていた数年間。あの空間で彼が生み出していたすべてが、僕に多大な影響を与えた。その影響の大きさは、言葉ではとても説明できない。

それはいつのこと?
5〜6年前だと思う。特に、シェインが音楽を脱構築し始めて、それまで誰も聴いたことがないようなサウンドを鳴らしていた1年は、まるで夢を見ているようだった。誰も無視できないような音だったね。でもシェインはそれを成し遂げてしまうと、DJの活動を辞めてHood by Airでの活動に専念するようになった。DJというのは大変な稼業だからね。でも、DJ文化やクラブ文化というのは、スタジオでは絶対に生まれないようなアイデアが次々に生まれる世界なんだ。目の前に観客がいる状況で、大きなリスクを感じながらプレイするからこそ生まれるもの─それがシェインが生んだあのサウンドと空間。プレッシャーがあってこそ、奇跡のようなものは生まれるんだよ。

クラブ文化が君に及ぼしている影響は絶大だね。
クラブには、他の環境では絶対に起こらない文化交流のようなものがある。なんでもありで、動物的。クラブで文化的・概念的交流が起こるスピードは、文学やアートの分野でのそれよりもはるかに速い。追いつこうと思っても追いつけないんだよ。クラブ文化はひとつの"完全な生き物"なんだ。1日中働いた後、夜に誰もがリラックスして頭も体も解放できる空間があるというのは本当に特別なこと。それはなんとしても守っていかなければならない空間だね。 なくなるなんてことは絶対にないよ。この世界が崩壊しても、アンダーグラウンドでのパーティは絶対に開かれる。この世の終わりが訪れたとしても、しばらくすれば人はパーティを開かずにいられなくなる。必死になって守らなくても、音楽があるかぎり人はパーティを開き続けるから大丈夫だよ。クラブ文化は、それを潰そうとするどんな政治家や支配者よりも貪欲だから。政治に勝ち目はない。

その言葉が真実であることを願って─ 君が開く"この世の終わりのパーティ"には必ず顔を出すよ。
会場で会おう!

Credits


Interview and photography Wolfgang Tillmans
Introduction Felix Petty