ドラァグ母娘物語vol.2:メリー・チェリー&ハンナ・ルー

母の日を祝して、ニューヨークを拠点とする母娘ドラァグを紹介するシリーズ。第2弾はブルックリンのドラァグマザー、メリー・チェリーと彼女のドラァグドーターであるハンナ・ルー。実の家族とは違う、自分で選んだ家族の重要性とは?

|
08 May 2019, 8:05am

2000年代後半から、ニューヨークに住むアーティスト、パフォーマーたちの多くが、マンハッタンを出て、イーストリバーを渡った先のブルックリン北部へと転居しはじめた。彼らはそこに、未来志向で伝統にとらわれない表現に根ざした、新たなクィアのクリエイティブコミュニティを形成した。ブッシュウィックを拠点とするメリー・チェリーは、地域でもっとも愛されているナイトライフの達人。彼女がブルックリンへ移住するために渡ったのは、橋ではなく国。バークレーに生まれた彼女は、もともとサンフランシスコでドラァグクイーンとして活動していたが、彼女の芸術的才能が開花し、コミュニティを想う強い気持ちが芽生えたのは、2010年、ニューヨークへ拠点を移してからだった。

それ以来、チェリーはブルックリンのドラァグシーンの発展を牽引してきた。2002年、ニューヨークの地下鉄L線の最寄り駅から名前が拝借された、ウィリアムズバーグの有名ゲイバー〈Metropolitan〉でクロークガールとしてキャリアをスタートした彼女は、様々なひとと出会い、ネットワークを築いていく。そしてついに、自らが企画するドラァグパーティの開催をMetropolitanの店長に打診する。店長から与えられたチャンスを、彼女はモノにした。

以来、チェリーは月に一度、ドラァグコンテスト〈DragNET〉を開催(今年5月には8年目に入る)。またパフォーマンスアートスペース/ドラァグフェスティバル〈Bushwig〉にも欠かさず参加している。2016年4月の閉店まで、ブルックリンの有名なゲイバー〈This n' That〉で月一のイベントと週一のイベントをそれぞれ手がけていた。2017年4月には、ブルックリンのインディーロックバンド、BEACH FOSSILSのシングル曲MVにも出演した。

「メリー・チェリーは声が大きく、やんちゃで元気」と証言するのはチェリーのドラァグドーターであるハンナ・ルーだ。メリー・チェリーという〈母〉がいなければ、DJとして忙しい日々を送るルーは存在しなかった。彼女はホラーチャタとともに、ブルックリンの様々なパーティや会場でレコードを回している(毎週水曜にMetropolitanで開催される〈Cakes〉、金曜のThe Rosemont〈Bitch Nasty〉など)。彼女は、ブルックリンのナイトライフを盛り上げている個性的なアーティストやパフォーマーを称える〈Brooklyn Nightlife Awards〉での受賞を目指し邁進中だ。実は、この賞を設立したのは他ならぬチェリー。「みんな、彼女のことを〈ブルックリンの母〉って呼んでる」とルーはいう。

実の家族が、温かく、いつも味方でいてくれるクィアは少なくない。たとえば、本シリーズ第1回で、ドラァグマザーのボブ・ザ・ドラァグクイーンとともに登場してくれた、ハーレム在住のドラァグ・コメディエンヌ/ライターのミズ・クラッカー。彼女は、いかにして友人たちのより良い支えになるかを、実の家族からのサポートに学んだという。しかし、本人の気持ちをくじくような家族をもつクィアも多い。チェリーはNYを離れて3週間バークレーの実家へ戻ったとき、それを思い知ったという。帰省はしんどかった、と彼女は吐露する。「ニューヨークの家へ戻ってきたら、みんなに『戻ってきたのね! 会いたかったよ!』『おかえり! ランチでも行こう!』って歓迎されて、いろんな友だちと会う約束をして。街を離れていたのはたった3週間だったんだけどね。ここで感じる安心感や愛は、実の家族からは感じない」

チェリーのドラァグファミリーにおける指針は、参加すること、協力すること、そして仲間と支え合うこと。「仕事がないときは、姉妹のパーティに行き、彼女たちをサポートする。だって、姉妹のパーティだもん」。チェリーは、たとえもし姉妹たちが不適切な行動をしたとしても、彼女たちの肩をもつという。「もし友だちが間違ったことをしたら、公共の場では『何の話? あの子は大丈夫よ』って一蹴する。プライベートな場では、『アンタおかしいよ!』っていうけど。とにかく私にとっていちばん大事なのは、手を差し伸べること。今の時代、そういう助け合い精神が足りないと思う。助けてもらえばもらうほど、ひとは成長できるのに」

アート集団を育てようと尽力するチェリーは、ブルックリンのドラァグシーンにおいて存在感を増しているが、彼女の魅力はそれだけではない。彼女のドラァグが魅力的なのは、実験的で柔軟な思考で生み出すパフォーマンスや表現力のおかげだ。かつて彼女は、自分のスタイルをこう説明している。「恐ろしいピエロから、尻軽なビッチ、キラキラのお花、百目のモンスターまで、何にでもなる」。彼女は、まさに〈チェリー(さくらんぼ)〉という名前を思わせる真っ赤なウィッグをかぶることもあれば、地毛で勝負するときもある。ステージ内外問わず、彼女は常に新鮮なアイデアを試し、斬新なアプローチを吸収しては調整を繰り返している。「ドラァグの未来は、私たちの望むまま」とチェリー。「ドラァグにはルールがないし、可能性を限定するような定義もない。ドラァグファミリーに所属していようがいまいが、どうか自分らしく、強くあってほしい。そうすれば、運命がおのずと正しい道に導いてくれるから」

ドラァグ母娘物語シリーズはこちらから。

Credits


Text Emily Manning
Photography and film Barbara Anastacio

This article originally appeared on i-D US.