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デヴィッド・ロバート・ミッチェルが語る『アンダー・ザ・シルバーレイク』

本作は公開まもなく、カルト映画の仲間入りを果たした。監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルが、その理由を語る。

by Douglas Greenwood; translated by Ai Nakayama
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16 October 2018, 3:01am

Still from  Under the Silver Lake

ロサンゼルスに夜が訪れると、ロマンティックだったアパートや古びたヴィラは、一瞬で陰鬱さをまとう。ヤシの木が落とす影は、あらゆるものを別の姿へと変えてしまう。聴こえるのは、塩素の匂いがするプールのさざ波と、つんざくようなセミの鳴き声。そして、丘の下のほうで絶え間なく響く人生への不満だ。正しく描写をすれば、ロサンゼルスは実に恐ろしい街だ。大ヒットホラー映画『イット・フォローズ』(2014)を世に放ったデヴィッド・ロバート・ミッチェルは、それを知っていた。

彼の最新作『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、今年のカンヌ映画祭でプレミア上映され、華やかさと神秘と犯罪とがそれぞれ同等に彩る街へ観客を引き込んだ。参照される膨大なポップカルチャーと、故人になったセレブたちから鑑みるに、舞台は2011年の夏。主人公のサムを演じるのは、キャリア最高の演技を見せるアンドリュー・ガーフィールドだ。サムは落ちぶれた30代で、職もなければ向上心もない。ある日の午後、自宅アパートのバルコニーに座っていたサムは『アメリカン・ハニー』(2016)に出演したライリー・キーオ演じる、向かいに越してきた美女サラがプールサイドで日焼けに興じる姿を目撃し、ひと目惚れする。しかし翌日、サラをデートに誘いに行くと、彼女のアパートはもぬけの殻だった。夜のあいだに、痕跡も残さず忽然と姿を消してしまったらしい。彼女はどこに消えたのか。サムは彼女の行方を追う……。

都市伝説、陰謀論、連続殺人鬼のストーリーを編み込んだ本作。近年の映画ではあまり目にすることのないロサンゼルスの姿が描かれている。裕福な住民たちよりも圧倒的な存在感を放つのは、この街の、頭が痛むほどの暑さだ。「元々は『あの丘に建っている豪邸のなかでは、いったい何が起きているんだろう? もしかしたら、この界隈で奇妙な出来事が起こりつつあるのでは?』という妻と私の疑問から始まりました」と監督は回想する。「この街はすばらしい。映画史と街の変容が絡み合っていて、昔からあるものもたくさんあれば、失われたものもたくさんあります」。ロサンゼルスに暮らす異常なほどの金持ちと、大きな夢を抱く市井の人びとのあいだに生じる齟齬が、街の性格と入り混じったとき、監督曰く「まるで火に薪をくべるように」、LAノワールへのお膳立てが整う。

どんどんパラノイアに陥っていくサムは、自分を取り巻く世界が送ってくるサブリミナルメッセージに従っていけば、姿を消したサラの元へたどり着ける、と確信するに至る。そんなサムの頭を占めるのは、サムが見つけたZINEに載っていた、フクロウの顔をした奇怪な連続殺人鬼にまつわる都市伝説だ。出版物による陰謀論の拡散は、このインターネット時代においてはもはや過去の遺物感があるが、監督は、今こそその文化を登場させるときと感じたという。「サムは時代遅れの、アナログな情報共有に固執しています」。そうやって情報が広まると、情報源を特定できないため、都市伝説の神秘性は増す。「現代では、みんなが自分のウェブページをもち、真偽不明な情報をどんどんアップしています。当時は、情報をコピー機で複製して売っていました。受け取る情報は、必ずしも真実ではなかったんです」。あるいは今だってそうだ。

陰謀論に惹かれる傾向は、監督自身のなかにもあるのか、それともこの映画をつくるにあたってインスピレーションとなっただけなのか?「幼い頃は、エイリアンの物語が大好きでしたが、それは『E.T.』のせいだと思います」。監督は、自分はサムほど強迫的な陰謀論者ではないと言明する。「それよりも、存在しないモノを追い求める人間のほうに興味がありますね。彼らがそんなふうになってしまう理由、そして、彼らが歩む長い道のりに私はワクワクします」

ミッチェル監督ファンは『イット・フォローズ』に通ずる、奇怪で悪夢的な雰囲気をまとっている本作に歓喜するだろう。やはり監督は、サスペンスや現代におけるパラノイアを描くのが好きなのだろうか。「私自身パラノイアを経験した時期があります。でも、映画で描かれているほど酷くはありませんでした。だから、自分がパラノイアを正しく理解しているかは怪しいんです。でも、確かに本作はパラノイアについて語っています。現代は人びとにパラノイアを植え付ける時代です」

それはきっと、今がネットの取り締まりや常時監視の時代であり、携帯電話やCCTVで全行動が追跡されているからだろう。自分よりも自分について知っている誰かがどこかにいる、と私たちは考えざるを得なくなった。混乱するのも無理はない。そうして、現実の生活はフィクションよりも恐ろしい、と思い込んでしまう。

監督は、現実と映画的ファンタジーの境界線をぼかすのが得意だ。『アンダー・ザ・シルバーレイク』の先行上映を観た映画批評家たちからは、デヴィッド・リンチ監督、特にLAノワールの代表作である彼の『マルホランド・ドライブ』(2001)に言及する声も上がった。しかしミッチェル監督は、他のアーティストの作品をそのまま焼き写すのでも、インスピレーション源となった作品にただオマージュを捧げるのでもなく、それ自体がカルト映画の名作の仲間入りをするような、そんな作品を生み出している。「もちろんデヴィッド・リンチは好きな監督のひとりですが、彼以外にもたくさんいます」とミッチェル監督。「脚本の執筆、撮影中ずっと、デヴィッド・リンチならどうするだろう、なんて考えていたわけじゃありません。でも確かに私はリンチ作品のファンですし、影響を受けているとは思います。とはいえ、作品に影響を与えてくれたものは、まだまだたくさんあります。デヴィッド・リンチを想起することは間違っていませんし、私から反論もしませんが、それだけじゃないんです」

作品やその監督がカルト的存在になるには、数十年かかるのが普通だ。しかしデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督は、デヴィッド・リンチ監督同様、たったの3作手がけただけでもうカルト的存在になっている。ファンや批評家が自分の作品に授ける〈カルト的〉という褒め言葉について、監督自身はどう考えているのだろうか。「最高ですよ!」と監督は、まるでこの不思議な星のめぐり合わせを説明できる言葉はない、とでもいうように笑う。「観客が、自分の作品とつながりを感じてもらえれば、といつも願っています。私自身が強い気持ちを抱いていれば、たとえ観客がすぐに作品とのつながりを感じられなくとも、きっといつかは感じてくれると思うんです」

いや、「きっといつか」なんて考える必要はない。彼の作品のすばらしさは即座にわかる。

10月13日(土)新宿バルト9 他 全国順次ロードショー

This article originally appeared on i-D UK.