靴箱に眠っていた90年代カルト映画の女優たちを捉えたポラロイド写真

映画『ドゥーム・ジェネレーション』や『Nowhere』で当時の若きスターたちのアイコニックなヘアメイクを作り出してきたジェイソン・レイル。それから20年を経た今、彼は当時のポラロイド写真をInstagramにアップして、ネット世界を沸かせている。

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sep 20 2016, 9:35am

Photography Jason Rail

ジェイソン・レイル(Jason Rail)のInstagramにある写真がアップされた。「Obey(従え)」と書かれたアルミ張りの壁を背に、大仰なウィッグとハート型のサングラスをまとい、ディープチェリー色のリップのパーカー・ポージーが立っている画像だ。グレッグ・アラキ監督が製作したカルト映画『ドゥーム・ジェネレーション』(1995)のセットで撮られた1枚だ。レイルはこの映画で、ヘアメイクを担当していた。その数ヶ月前、ジョン・モリツグ監督映画『Mod Fuck Explosion』(1994)のセットが認められ、起用されたのだ。16歳のローズ・マッゴーワンにほどこしたスリックボブほどのアイコニックさはないにしても、『ドゥーム・ジェネレーション』でのパーカー・ポージーは、劇中のセリフ「鳥を殺めるときみたいに、あいつのチンコをひねり落としてやる」とともに永遠に語り継がれるだろう。映画撮影から20年を経た今でも、ポージーとレイルは近しい関係を保っている。しかしそのあいだ、この写真は長らく靴箱のなかに眠り、忘れ去られていた——映画『House of Yes』のプレミア上映会場で捉えたマリリン・マンソンとポージーの写真や、アラキ作『Nowhere』撮影初日に捉えた当時18歳のマッゴーワンの写真、そしてジル・シュプレッヒャー(Jill Sprecher)監督の『Clockwatchers』(1998)でキャストが真っ赤なプラスチックの皿にのせたサンドイッチをほおばっている写真など、90年代のインディ映画の世界を網羅した他の写真たちとともに。また、この靴箱には、ニューヨークファッションウィークの90年代全盛期やニューヨークのダウンタウンに息づいていたナイトライフを如実に物語る瞬間を捉えた写真も多く残されていた。

「僕はスマホすら持ってないんだよ」とレイルは電話越しに言う。レイルは現在、サンフランシスコでヘアスタイリストとして活躍している。スマホこそ持っていないが、iPadは持っているそうで、20年もの長きにわたり靴箱に眠っていた写真たちをInstagramにアップする際に使っているのだという。「いつか写真集を出したいと思っているんだ」と彼は言う。Instagramのコメントでも、その要望は多く寄せられているのだそうだ。問題児の女優のため、感情面でのベビーシッターになるということ、そして安物のウィッグをマッゴーワンにかぶらせた悪名高き『ドゥーム・ジェネレーション』のポスターについて、レイルが語ってくれた。

Parker Posey on the first night of shooting "The Doom Generation" (1995)

写真に捉えられている人たちとはずいぶんと仲が良いのでしょうね。Instagramでよく見かけるスナップに比べて、あなたの画像にはとてもリラックスした空気感があります。
いまメイクアップの道を志すキッズはみんな「私には情熱があるの!見て!この美しい女性を、さらに美しく変貌させたわ!」って感じだけど、僕は——まあ僕もヘアメイクとしてはそんな意気込みもあるけど、照明がしっかりしていてセットもよければ、大抵の場合はいい写真が撮れるものなんだよ。でも、ヘアメイクというのは、セラピストというか、ほとんど感情面でのベビーシッターみたいな役割を担わなきゃならない。そこを若いヘアメイクはわかっていない。俳優や女優がスタンバイする直前まで空間を共にする存在だからね。だから、家賃のことやらボーイフレンドのことやら病気になった飼い猫のことやら、自分のことばっかり話していると、女優さんたちだってイライラしてくるわけ。彼女たちがどんな精神状態でセットに向かうか、それはヘアメイクにかかっていたりするんだってことを理解しなきゃならない。撮影がコメディ映画なら、現場はだいたい和やかな雰囲気だけど、それがインディ映画だったりすると、作品では必ず誰かが殺されたり狂っていったりするでしょ。ある現場のことを鮮明に覚えてるんだけど、僕が担当した女優が「お願いだから私を見ないで」って僕に言うわけ。映画のなかで、彼女は性的嫌がらせを受ける役を演じていてね。「話しかけないで。あなたと話すと、楽しくなりすぎちゃうから」って言ってた。

Lisa Kudrow and Parker Posey on the set of "Clockwatchers" (1997)

ドゥーム・ジェネレーション』でのヘアメイクは秀逸ですね。ローズ・マッゴーワンのボブは「アイコニック」の一言に尽きます。
面白いのは、あの映画の撮影が終わって3日間、僕たちクルーはロサンゼルスに残ってたんだけど、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』のビルボードがちょうど貼られようとしているのを見かけたんだ。ユマ・サーマンが横になって日記だかなんかを読んでいる、あの有名なポスターね。ユマ・サーマンが黒髪のボブになってたでしょ。『ドゥーム・ジェネレーション』のロージーは黒髪じゃなかったけど、でもダークヘアのボブだったから、その後は観たひと誰もが「なるほど、『パルプ・フィクション』にインスパイアされたのか」なんて言ってた。「違う!」って毎回叫んでたよ!でね、ある日、「ボブ」でネット検索をしてみたら、『ドゥーム・ジェネレーション』のローズと『House of Yes』のパーカーが出てきて、「イエー!」って感じだったよ。あのころ、僕にとって何より楽しかったのは、グレッグ(アラキ)ら監督たちと、キャラクターの性格や過去や経済状態を話しながら映画を作り上げていくプロセスだったね。監督とそういう話し合いを重ねることで、僕もキャラクターに奥行きを与えていけるというのが喜びだった。でも、そのうち「可愛くしてくれ」っていう監督ばっかり出てきて、もう映画のヘアメイクはやめようと思ったんだ。監督との会話がまったくなかったんだ。

Parker Posey and Marilyn Manson at "The House of Yes" premiere after-party (1997)

ある種のベビーシッターだという発言は面白いですね。画像に捉えられた頃、彼女たちはとても若かったんですもんね。
本当に若かった。僕はね、"問題の多い女優たちを落ち着かせることができるヘアメイク"って評判だったんだよ。ローズやアナベラ・シオラ、ペネロペ・アン・ミラー……。なぜだか、みんな僕の前ではすごく可愛く優しい面しか見せなかったんだ。彼女たちが誰かに無礼な振る舞いをしたりするのは、意図的なものだったんだと思う。でもね、だからこそ彼女たちとは仕事の距離感を保たなきゃと決めていたんだ。さっきも言ったように、僕の歯が痛かろうとクレジットカードの支払いが遅れていようと、彼女たちはそんなの知ったこっちゃない。ヘアメイクは女優さんたちの問題に耳を傾けなきゃならないんだ。「卵の白身の部分に黄身が混じってたから食べなかったわ」って女優さんが言えば、「辛い日だったね、君はよく頑張った!」って言ってあげなきゃならない。それがヘアメイクという仕事の大きな一部だから。でも誰もそんなことは教えてくれない。ときには何人もそんな女優さんの相手をして、なだめなきゃならない現場もある。粘土でアニメーションを作るように、彼女たちを操っていかなきゃならないんだよ。

Rose McGowan on the first day of filming "Nowhere" (1997)

映画の撮影現場にたずさわるようになったきっかけについて教えてください。
すでにヘアスタイリスト友達がたくさんいたんだ。みんな僕より年上で、Vidal Sassoonでアシスタントをやってた。当時のVidal Sassoonオーナー、クリストファー・ブッカー(Christopher Booker)は、ロンドンからこっちへ来るたびにサンフランシスコに泊まってたんだけど、そのころに友達がサンフランシスコのサロンでアシスタントをしていて。僕はそのサロンで友達の実験台みたいな感じで、クレージーなパーマやヘアカラーを試すモデルにをやっていたんだ。そこでクリストファーに出会って、仲良くなったんだけど、彼の勧めでロサンゼルスのヴィダルサスーン・アカデミーに通うことになった。僕がカットやカラーリングをしてあげてた友達が、ダウンタウンにあるブティックで働いていて、そこに「パンクロック映画を作ってる」っていう女の子が来たんだ。彼女が演じる役用に、服とヘアメイクが必要だってことでね。そしたら彼女が、僕の友達の髪を見て、「それがいい。誰がやったの?」って。それで僕が呼ばれたというわけ。彼女が自分でやったように見えるスタイルに仕上げたんだけど、それがすごく良かったみたい!低予算映画だから、もちろんギャラはでなかったけどね。でも、その映画を製作総指揮していた女性が「数ヶ月後にロサンゼルスでもうひとつ映画を撮るから、迷惑じゃなければ是非手伝ってもらえないか」というオファーをくれてね。それが『ドゥーム・ジェネレーション』だったんだ。

Devon Odessa and Staci Keanan on the set of "Nowhere" (1997)

当時はどんな生活を送っていたのですか?クラブキッズでしたか?
そうだね、それも楽しかったね。親友のザルディーと、その友達マシュー・アンダーソンと3人でよくチェルシーホテルに泊まってたな。ザルディーはデザイナーで、マシューはルポール(RuPaul)のヘアメイクをやってたよ。1980年代からニューヨークのナイトライフで女王と崇められてきたスザンヌ・バーチ(Suzanne Bartsch)と友達になったり、クルーたちとクラブに行ったり——あ、昨日もリッチー・リッチ(Ritchie Rich)と遊びに行って楽しかったな。その画像もInstagramにアップするよ。90年代は本当に自由を感じられる時代だった。受け入れられて、普通の人たちと一緒くたになって、すべてがグラマラスなものとして括られるようになったというのは皮肉なことだよね。

当時はどの程度ファッションの世界に関わっていたのですか? Vivienne Westwoodのショーからの画像をアップしていましたが、あれはグウェン・ステファニーが登場した最初のショーだったと思います。
そう、あのショーでヘアを担当したんだよ。グウェンのヘアを担当していたダニーロっていうアーティストと知り合いでね。僕はサンフランシスコでのファッションウィークを手伝いに行っていてね。グウェンを、日本の女子高生みたいにしたんだ。モデルたちが手がけたキャンペーンや、彼女たちの出身国、彼女たちが所属しているエージェンシーまで全部覚えていて、「あのキャンペーンやってたよね?あのエージェンシーでしょ?」って興奮して話していたら、モデルたちは驚いてた。女優との現場では、女優たちは女優の仕事を、僕はヘアメイクとしてヘアメイクの仕事をしていただけだから、そこまで夢中になることもなかった。でもモデルたちの存在は僕にとって別格だった。特にあの時代にはね。僕が特に好きだったのはTodd Oldhamのショーで、シンディ・クロフォードがいて、ナオミ・キャンベルがいて、ケイト・モスがいて、クリスティー・ターリントンがいて——僕があのときに感じた興奮は、きっとアシッドがキマッた状態でレッド・ツェッペリンのコンサートにいった大ファンにしか分かってもらえないと思う。

Beyoncé and Jason Rail filming the music video for "Work It Out" (2003)

@nosajliar

Credits


Text Hannah Ongley
Photography Jason Rail
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.