トランプのジョーカーが私と『PETRICHOR』のアイコン:歌代ニーナ interview

「ファッションは虚像だから」。スタイリスト、エディター、ライター、デザイナー。多彩な顔を持つ歌代ニーナが刊行したファッションZINE『PETRICHOR』は語り手たる彼女が編み上げた、嘘偽りのない「愛」に関する一篇のストーリーだった。

by Tatsuya Yamaguchi
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19 March 2018, 1:59pm

パープルのヘアに、ゴシック調のメイク——スタイリストやエディター、ライターだけでなく、2018年春夏からはAVALONEウィメンズラインのデザインも手がける“SATAN'S DAUGHTER”こと歌代ニーナ。ファッションを基軸にマルチな活動を続ける彼女が、すべての編集とスタイリング、そしてテキストを手がけた『PETRICHOR(ペトリコール)』が3月21日(水)にDOMICILE TOKYOにて先駆けて刊行する。「紙媒体、しかもマガジンではなくジンだからこそできることが確かにあります」。そのひとつは、ファッション誌の商業性や慣例からの解放だ。「例えば、既存のファッション誌では絶対に取り扱わないテーマ、Instagramのモラルルールでは削除されてしまうようなビジュアル……。ですから、私たち側から“魂を込めた”ページや写真をネット上のデータにして陳腐化させたくない。Instagramのアカウントを作るかさえもまだ悩んでいるくらいです」

彼女のインタビューをした日の早朝に「ISSUE 00」の全80ページを見た。それぞれのページが発する強烈なエネルギーには、読む人に襲いかかるような、目を覚ますに十分すぎる衝撃があった。彼女はその“正体”について事細かに話してくれたけれど、どれも彼女なりの「愛」が込められていることだけ述べて、これからZINEを手にする人のためにここで解読することは遠慮しておこうと思う。「メディアとしてのトーンセットやスタイルを固める目的も大きいので第0号なのです」。現代社会や個人のあり方に針を刺すようなユーモアやアイロニーがそこかしこに満ちていて、ときに彼女の“自己紹介”のようにも感じた——。「一冊がひとつのストーリーになっています」。プロローグから始まり、最後にエピローグがある。ファッションクレジットも皆無で、広告はもちろんない。あくまで「語り手」である彼女個人の声を宿す一冊となっている。

その物語は、彼女が経験したこと、体感したこと、思考したことが下敷きになっている。「例えばネット上で私の風貌だけを知っている人、仕事の現場の私だけ知っている人が見たら本当に驚くと思う」。なかでも数千字に及ぶ“エピローグ”がもっとも顕著だと話す。嘘偽りのない彼女の心情から発せられた「自分を含めた全ての人間との接し方について」のメッセージが、赤裸々に、広大な視点で記されたものだ。「これはもう“自爆”と言っても過言じゃないほどに心をさらけ出しています(笑)。だからこそ“フェイク”であってはいけない。偽らないこと、“綺麗ごと”で済ませないことは『PETRICHOR』全体に貫く必要があったのです」

「そもそも16歳くらいからZINEを作りたいと思っていました」。23歳の彼女のキャリアをたどると、モデル、VMD、スタイリスト、雑誌のエディター、フリーランスのライター、デザイナーと実に幅広い(モデルとVMD以外は現在形だ)。ただ、『PETRICHOR』の構想を実現化し始めたのは2017年7月からだ。「これまでとくに1冊の雑誌を取り巻く仕事に携わってきました」。ページ内で声高らかに宣言されている、彼女の「クリエーションの方程式」というべきフレーズがある。「認識、感謝、抹殺、そして創造」でいえば「認識」のフェーズだった。「多くの人からさまざまなことを学びましたし、感謝してもしきれません。みなさんに献本するつもりですが、何を言われるかヒヤヒヤしています(笑)」。 「ただ、私は私。創造するためには、認識して吸収したものを強い意志を持って撃ち壊す勇気も必要ですが、雑誌に負けずとも劣らないクオリティだと自負しています。例えばヌードの写真も、ポエムのページも、乗馬キャンプで教えている子どもたちにDiorのサドルバックを持たせたポートレイトもある。“死をまっすぐ見つめて生きること”を楽観的に提案するファッションストーリーも」。一見すると振り幅のある転調を繰り返しながら、80ページの物語は読者に何を語りかけるのだろうか?

こうも話す。「ファッションを仕事にするというのは、良くも悪くも虚像を扱ってビジネスをするということだと思っていて。マザー・テレサとも、一寸のミスで人の命を奪いかねない外科医の仕事とも違う。だから、ファッションはやっぱり“ギャグ”なんです」。その“本気のギャグ”は誌面の細部に至るまで、無数に発見できる。さらに批判の矢面に立ちかねない刺激的なページもある。「一番強いのは、世界、あるいは宇宙に私自身が裸で立つこと。私はメンタルを銃で打たれても、しっかり泣いてから立ち直るから(笑)」。フェイクに溢れた世界ではことさら、“個”から発せられるものが類を見ない強度を生むのだと彼女は強く信じている。

同時に、コンセプトや媒体としてのクオリティを裏打ちするものとして、彼女が自身のメンタリティを語った「能動的なニヒリズム(虚無主義)」を共有しているというコントリビューターは欠かせないと話す。「物事を見る視点が極めて似ていながら、表現する角度が私と違う」というHIMAWARI、従来の誌面広告の役割を果たすような差し込みのグラフィックページを制作した「クリエイターとして尊敬しているだけでなく、数年前から大切な友達である」葵産業のKONIDA、そしてAVALONEのグラフィックも手がけているHIROKI OHKUBOは、『PETRICHOR』ではアートディレクターとしてアティチュードをかたちづくるうえで実に大きい存在となっている。それぞれのエディトリアルに関わったフォトグラファーたちも同様だ。「ページ数の調整は後回し。彼らが日々のクライアントワークではできない、内に抱いた不満を吐露するかのような自由なクリエーションをしてもらいたかった。それは偽りのない真実ですから」

最後に、カバーや中ページにたびたび登場する、HIROKI OHKUBOによって描かれたピエロ(その理由は誌面にある)をモチーフにしたトランプのジョーカーは、「『PETRICHOR』の永遠のアイドル」なのだと話してくれた。「ゲームによってジョーカーは、一番良いカードにも一番悪いカードにもワイルドカードにもなる。変貌自在です。でも、いかなるゲームやルールでもジョーカーが現れたら一瞬どきっとするし、他にはない強い意味を持つ特殊な存在ですよね」。見る人によっては最上のもの、他方では最悪なもの——AVALONEの「善と悪」の考え方を問い直すコンセプトにも通じている。ひとつまみの挑発を込めて、こう話す。「『PETRICHOR』はそんな象徴的な存在でありたいのです」

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