「必要なときに声を出すことは大事」水原希子 インタビュー

自分のやりたいことに邁進する姿勢。その姿は日々、私たちにインスピレーションと希望を与えている。しかし、彼女の前進は始まったばかり。そのスピードは人びとの予想を超えて、ますます加速していく。誰も見たことのない未到の地へ。水原希子は止まらない。

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nov 5 2018, 7:07am

水原希子はまだ誰も通ったことのない道を行く。それはすなわち、自分だけの道を切り拓きながら進むということだ。これまで、モデル・女優としての華やかなキャリアはもちろんのこと、500万人を超えるフォロワーを抱えたInstagram、自らプロデュースするブランド「OK」など、時代と併走するダイレクトな発信でも熱い視線を集めてきた。誰よりも「見られる」存在である彼女の目には、いったいどんな風景がうつっているのだろう?

今回i-Dは、水原がかねてより敬愛し、昨年、NHKの番組にて対面し語り合った写真家・長島有里枝とのはじめてのシューティングをセッティングした。長島は撮影場所として、都会の喧騒から離れた涼やかな高原を指定。1995年に発表された写真集『Empty White Room』にも被写体として顔を出している昔なじみの友人たちが暮らす森の家で、リラックスした雰囲気のなか撮影は進んだ。

もともと日本語・韓国語・英語を話し、国際的な活動を指向していた水原だが、今年、そのグローバルなプレゼンスはぐっと高まった。Diorビューティ部門初のアジア アンバサダー、続いてCOACHのアンバサダーおよび2018グローバルキャンペーン広告に起用されたのだ。これは彼女のキャリアの上で大躍進に違いないが、水原はあくまでも冷静だ。「ようやくそういう時代が来たなあ、アメリカとかヨーロッパの企業がアジア圏の人たちというか世界の人たちを無視できなくなったんだなあって。それは喜ばしいことだと思います。もちろん私自身にとってはすごくプラスなことで、いろんな国の人に私を知ってもらう機会ができたことも大きいし、これを通じて自分の感じていることや好きな文化を発信して、より多くの人に伝えられるようになれたら嬉しいです。私が起用された理由はさまざまあると思うんですけど、企業も多様性を模索しているし、求めている。だからようやくスタート地点っていうか、これからだなって」

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昨今はファッション業界でも、女性、有色人種、LGBTQなどマイノリティの権利の擁護がホットなトピックになっている。基本的に歓迎すべき動きではあるが、やはりそれもビジネス戦略の一環であり、見せかけの多様性によって持たざる者の歴史がマーケティングのツールとして利用されてしまうこともままあるだろう。そうしたさまざまな思惑が交差する現場にあって、水原はモードの世界に受け継がれるクリエイティブなパワーに期待を寄せている。「『アート オブ カラー展』っていう、Diorが今まで作ってきたメイクの展覧会を見たんです。私、セルジュ・ルタンス(1960年代末から70年代にDiorのメイクアップラインを手がけた伝説的アーティスト。資生堂との仕事でも知られる)がすごく好きなんですけど、彼が70年代にやっていたショートフィルムに圧倒されちゃって。言っちゃえばもうエイリアンみたいな、この世の中には存在しないような女性像がそこにはあって、完全にその世界ができあがってるんです。こんなすごいことをやってたんだ、自分が今この企業と仕事できてるんだ、とか、いろんな感動が押し寄せてきて放心状態になっちゃって。そうしたら、横からピーター・フィリップス(Dior現メイクアップ クリエイティブ&イメージ・ディレクター)が来て、「いいでしょ?」って(笑)。あ、この子はこういうことに興味があるんだ、って彼はちゃんと見ていてくれて、こんど撮影をしようって話をしています。私としては、今後そういうかたとクリエイティブな仕事をやることが楽しみなんです。それは広告かもしれないし、アートかもしれないし、どうなるかまだわからないんですけど、そうやってクリエイトし続けていくことがいちばんパワフルなんじゃないかなって」

世界のトップレベルの才能との協働をすすめる一方、昨年スタートした自らのブランド「OK」では、手に取りやすい価格帯で、ポップなテイストのルームウェアなどを発表。オフィシャルサイトのほか総合ディスカウントストア〈ドン・キホーテ〉でも販売し、各地で来店イベントを開催した。「自分のことを応援してくれている人たちに生で会ってお話できたのは、私にとってすごく活力になりました」と水原は語る。「これまでファッション中心にお仕事をやってきて、ハイエンドのファッションを着る機会はたくさんあるけど、私生活ではヴィンテージや友達が作ってくれた服もよく着ます! なので、自分にとってリアルな、みんなが簡単に買えるものを作ったらいいんじゃないかなと思ってやってみました。これまでとは別の角度からアパレルの企画・製造・販売に関わってみたことで、新たな課題も見えてきて。この経験を踏まえて、もっと自分らしい物をOKで作って残していけたらなと思ってます」。さらに水原はこのブランドを、商品を販売するだけではなくポジティブなメッセージを伝えるためのプラットフォームとして育てていこうとしている。「OKって今はプロダクトを作ってるけど、同じようなスピリットを持った人たちが発信していく場所になればいいなとも思っていて。イベントみたいなこともやりたいし、自分がサポートしたいアーティストがいたらコラボレーションするとかエキシビジョンやるとか、そういう場所を作りたいんです。前に進んでいくためのポジティブなメッセージを感じてほしいなって。「OK」っていう言葉自体も、「NO」じゃなくて前に向かっていくみたいな感じ。オッケー! って万国共通でみんな使うじゃないですか。そういう意味ではワールドワイドだなあとか思ったりして。実は去年の誕生日に設立した私の会社、Office Kikoの頭文字をとっただけで、けっこう思いつきなんですけど(笑)。そのネーミングをしてくれたのはLAに住んでる大好きな友達。彼女もUNIFっていうブランドをやっているんです」

現在27歳の彼女は、近頃、女性としての自分の体が強く意識されるようになってきたという。「最近、自分が女なんだってことを体で感じてきて。ホルモンの働きがわかるというか、こういう感覚はじめてなんですよね。それがすごい面白くて。たぶん体が「子どもを作れるよ」って言ってる」。人生経験を重ねるうちに、恋愛観にも変化があった。「私たちの世代って、子どものころにディズニープリンセスとかがめちゃめちゃ流行った世代で、イケメンと恋に落ちてもうハッピーエバーアフター、永遠にその人とモノガミー(一夫一婦)の関係を続けなきゃいけない、浮気したら悪い人、みたいにある意味ブレインウォッシュされてるというか。でも、世の中これだけ不倫が起こっているし、結婚の制度も男女平等なのか、とかいろんな疑問が出てきて、いろんな恋愛を繰り返し、友達と男女に関しての話とかをいろいろした結果、なんか……もっと自分たちのことを動物だと思ったほうがいいんじゃないかって」現行の社会で一般的とされている型や制度と、ひとりの人間として日々を生きる実感の噛み合わなさ。特別に輝く存在である彼女でさえ、このありふれた悩みに直面してきた。「だから、今はそういうすべての社会通念みたいなものを捨ててみようと。刷り込まれているから本当に難しいんですけど。あまり概念や形にこだわらずに自分が好きだと思ったから会いに来た、今この人と時間を過ごしたいと思ったからそうしたってことで、見返りを求めず、自分がしたいからしてるって考えるようにしたんです。そうしたら精神的にすごく楽になったんですよ。もっと対人間の関係になれたような。これから先、赤ちゃんを産みたくなったり、この人とは本当にずっといっしょにいたいって思えるような出会いがあったりして、また関係性は変わってくるかもしれないけど、今の時点では、「愛してる」それだけでいいなって」

既存のシステムに倣うのではなく関係のありかたから模索しようとする姿勢は、そうした試みを率先して行なっている人びととの交友を通じて育まれたものでもある。「古代とか昔はもっと“子どもはみんなの子ども”みたいな感覚があったんじゃないかなと思うんです。その時代に生きてたわけじゃないので想像ですけど。あと、LAに住んでる親友どうしの男女の友達がいて。その女の子はレズビアンで男の子はゲイなんですけど、最初はふたりとも自分たちがゲイだって気づいてなくて、というか半分気づいてるけどまだ若いからわかんないみたいな感じで、お互い趣味とか合うしいいなって思ってデートしてたんだけど、いざ体を交わすとなんかやっぱり違うなって感じになっちゃったみたいで。でもお互い人としてすごく尊敬してるし、すごく好きで。で、結果、「うちらゲイだよね」みたいに気づき、「でもあなたのことすごく好きだし、私あなたの子どもほしいと思う。だから、将来は子どもを作ろう」って言っていて。彼にはゲイの彼氏がいて、彼女には女の子の恋人がいるから、みんなでビッグファミリーにしようって計画を立てているんです。夢みたいな話だけど、すごくいいなって。私もそういう感覚でいてもいいのかな、と思ったんですよね」

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水原が古い日本社会の慣習から比較的自由に動くことができているのは、今がSNSを通じてファンに直接リーチできる時代だというのも大きいだろう。Instagramも最初は日記みたいな感覚ではじめたもので、こんなにビジネス的にも重要なものになるとは思っていなかったと彼女は語る。「基本今も昔も好きなものしか載せないって姿勢はあまり変わってなくて。なるべくウソのない言葉を発していきたいし、ちゃんとした自分の空間にしたいなと思ってます」。また、個人の発信を容易にする環境は、クリエイションに携わる人びとの国際的な交流を促してもいる。「Instagramとかができて、本当にすべてがフラットになって、一瞬でグローバル化するようになったから、私としては生きやすいというか、楽しいことばっかりやってます。みんな気軽にDMで「今NYにいるならショー出てよ」とか「こんど、こんな撮影があるんだけど、どう?」とかそういうコミュニケーションができるようになってる。それも、自分が発信してるイメージとかメッセージを受け取ったうえで「この子ならできる」と思ってくれて、すべてが起こっていて。そういうのは今まであんまりなかったんじゃないかなと思うんですよね」

今はすごい変化の時、と彼女は言う。#MeTooでの告発をはじめ、性差別の問題が次々と表に出てきたのも、社会が変わろうとしていることのあらわれだと理解している。「私は女性として生きてきて嫌な思いをしたことはあんまりなくて……いや、そんなことないか。セクハラとかフツーにあるけど、そういうのが当たり前だと思って生きてきちゃった部分もあって。だから、やっぱり必要なときに声を出すことは大事だなと思います。それがいつ、どんなふうにというのは本当に難しくて、考え込んでしまうんですけど……。きっと会社に勤めてたりする女性のなかには、もっとたいへんな思いをされてるかたがいると思うんです。だから、私は私のやりたいことを毅然とした姿勢でやり続けることで、そういう人たちに、自分は女だからこんなことしちゃいけないとか、出しゃばっちゃいけないとか、そういうことじゃなくて、「やりたいことはやれるしやっていいんだ」ってちょっとでも思ってもらえるような存在になれればいいな」。きらびやかなレッドカーペットから誰にでも開かれたストリートまで、縦横無尽に世界を駆けめぐる彼女は次々と見たことのない景色を見せてくれる。そのまなざしは、見ているだけじゃなくてあなたもどう? と私たちを冒険に誘っているのだ。

Fashion story kiko mizuhara

Credit


Text Momo Nonaka.
Photography Yurie Nagashima.
Styling Michiko Kitamura.
Hair and Make-up Haruka Tazaki.
Hair and Make-up assistance Saki Tominaga.
Location Ako’s House and Naganohara-machi Asama-en.
Model Kiko Mizuhara.

KIKO WEARS ALL CLOTHING COMME DES GARÇONS.