Images courtesy Netflix

『消えた16mmフィルム』:シンガポール初のフェミニスト・ロードムービーを撮った少女たちの実話

シンガポール版のヌーヴェルヴァーグだったかもしれない幻のインディー映画『シャーカーズ』。しかし、そのフィルムは一人の男によって持ち去られてしまう——。サンダンスでも話題となった本ドキュメンタリーの監督サンディ・タンが2つの『シャーカーズ』を語る。

by Oliver Lunn; translated by Atsuko Nishiyama
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nov 8 2018, 6:11am

Images courtesy Netflix

サンディ・タンが初めての映画『シャーカーズ』を作ったとき、彼女はまだ18歳だった。それはシンガポール初のインディー・ロードムービーで、まさにゲリラ的と言える映画製作の手法で1992年に撮影された。若いスタッフたちの姿を想像してみてほしい。あるシーンを撮るために老人ホームから老人を連れ出し、学校から子どもをこっそり誘い出して、また戻す。日の出の時間に撮影を敢行するため、早朝の高速道路に不法侵入する。彼女たちは許可など一切取らなかった。カチンコを鳴らす係の少年はたった13歳。路上の人びとの目に映る彼女たちは、ただのおかしな若者の集団だった。「私たちが何をしているのか、誰も知らなかった」とサンディ。「あんな映画の撮り方をしていた人はほかに誰もいなかったから」

ティーンエイジャーの映像作家だったサンディには、あふれんばかりのアイデアがあった。真面目でお堅いシンガポール社会のルールを破壊しようとした。彼女は『シャーカーズ』の製作にすべての心血を注いだのだ。それは、シンガポールの路上をさまようティーンエイジャー(演じるのはサンディ本人)の冒険をシュールに描いた、フェミニスト・ロードムービーだった。けれど実はこの映画には、ある深い謎がまとわりついている。『シャーカーズ』は公開される前に——それどころか撮影された映像が誰の目にも触れないうちに——盗み出されてしまったのだ。犯人はサンディの指導者的立場にあった、年上のアメリカ人男性。『シャーカーズ』の撮影に協力し監督も務めた、ジョージという名の謎の男だった。

それから26年たったいま、サンディはこの映画をめぐるできごとを描いたドキュメンタリーを発表し、サンダンス映画祭で受賞した。先日Netflixで公開されたこの作品もタイトルは同じく『シャーカーズ』(邦題は『消えた16mmフィルム』)。そこでは、「失われた映画」の裏側にあった、心をかき立てられる物語が展開する。謎の人物、ジョージとは何者だったのか。彼はなぜ映画を盗んだのか。彼とサンディたちがともに撮影した70巻ぶんものフィルムに何が起きたのか。ドキュメンタリーは謎の解明を目指し、映画にまつわる宝探しの旅のように進む。そしてその過程で、燃えるような野心と不屈の粘り強さを持った10代の少女の姿を感動的に描き出す。それはひどく切なく、同時に希望にあふれた物語でもある。

Sandi Tan, Shirkers, Netflix Documentary

ロンドンでサンディに会った私は、彼女自身の脚本を元に撮影されたオリジナルの『シャーカーズ』について聞いた。「脚本は第一稿からまったく書き直さず、そのまま撮影したんです。それくらいめちゃくちゃだった」と低予算のプロダクションを思い出して彼女は笑う。「振り返ってみると、本当に大した野心のかたまりだったな、と思います。とても純粋で、すごくフレッシュで、若さがみなぎっていました」

『シャーカーズ』は、デヴィッド・リンチやヴェルナー・ヘルツォークなどの作品からの影響を、サンディが独自にブレンドしたような趣の映画だった。90年代初頭のシンガポールではまったく新しく、異質なものだった。当時の彼女と仲間たちには、革新的なことをしているという実感はあったのだろうか。「そんなふうには考えていませんでした。ただ感じていたのは〈もう何なの、シンガポールで作られるのはくだらない映画ばっかり〉ということ。何かまともなことをしなくちゃ、何かやってやろう、という気持ちでした」

サンディによれば、当時のシンガポールでは「自分自身で楽しみを、映画を、アートを作り出さなければ、平凡でちっぽけな型にはまったものの捉え方に打ちのめされ、巻き込まれてしまうのが目に見えていた。とにかく絶望的でした」

Sandi Tan, Shirkers, Netflix Documentary

ドキュメンタリーはジョージがフィルムを持ち逃げした後の顛末を語り、観る者の好奇心をかき立てながら謎を明らかにしていく。愛情を注いだフィルムを奪い去られたと気づいた当時サンディが感じたのは、ただ一言「ありえない」という気持ちだった。その後は徐々に、フィルムは無くなってしまったのだ、彼はいなくなってしまったのだ、と理解し始めた。ジョージの行方を追跡しようと試みたものの、当時の自分には簡単ではなかったと彼女は言う。というのも、彼女たちには大人の協力者がまったくいなかったのだ。所詮は子供たちのごっこ遊びと見なされ、真剣に捉えてもらえるはずもなかった。「唯一の大人だったジョージがフィルムを持っていなくなった、と大人たちにうったえるのは、自分たちがバカだったから騙されたのだと認めるのと同じことでした」

それにしても、なぜジョージはフィルムを持って消えたのだろう。当時のサンディは、彼がひとりでフィルムを編集しようとしているのでは、と考えていた。彼女とほかのスタッフたちが、この映画を自分たちの功績にしたがることをジョージは恐れていた。撮影を実現させたのは、ほかならぬ彼女たちだったから。「彼は、私たちが本当に映画を作れるとはまったく思っていなかったんです」。彼がフィルムを破壊してしまうかもしれないと心配になったことはなかったのだろうか。「そんなことできるはずがないほど、すべてを注ぎ込んだ努力の賜物でした。ジョージがいかに歪んだ人間であったにせよ、あのフィルムはすごい労力の産物でしたから。それに、彼自身の作品でもあったわけだし」

フィルムはまだどこかにある、とサンディは確信していた。とはいえ、どこにあるのか、いかにして取り戻すのか、その術はわからない。彼女の受信箱に最初のヒントが届いたのは、それから20年後のことだった。ジョージの未亡人からのEメール。「〈あのフィルム、あなたの手元に返しましょうか?〉という内容でした。私はもう…まさか、本当に!?って」

Sandi Tan, Shirkers, Netflix Documentary

70巻ぶんのフィルムは完璧な状態で保存され、20年以上も日の目を浴びずに保管されていた。きっとサンディは取り戻したその日のうちにそれらをデジタル化したに違いない、とあなたは思ったはず。ところが実はフィルムは開けられることもなく、3年ものあいだ彼女の家の居間に置かれていた。「見てしまったが最後、深い穴に吸い込まれて戻って来られなくなるのはわかっていましたから」。それにしても、3年とは! 「感情面でも、まるでパンドラの箱を開けるようなものだった」と彼女は言う。「自分にその準備ができているか、確信が持てなくて」

23年のときを経て、サンディはついに『シャーカーズ』を見ることができた。「私が覚えている通り、そっくりそのままでした」と彼女。「私の記憶が証明されたようでした。撮影した覚えがあるものは、実際に全部残されていたんです。それに、自分が正しかったことも証明されました。『ゴーストワールド』に似ているというのは私の思い込みじゃなかった、本当にそっくりでした。『ゴーストワールド』を観たときは、何ていうか…(息を飲む)ああ、まるでこれは!と思って鳥肌が立ちました」

突然、ティーンの頃の自分を目撃する窓が目の前に現れた状況を想像してみてほしい。タイムカプセルのなかに自分を見つけ、あの強烈な時間を、青春の夢を、不確かさのすべてを、もう一度感じることを。フィルムを編集する9か月のあいだ、サンディはシンガポールで過ごした若き日に引き戻されていた。「フィルムと向き合い、最初のうちはティーンの頃の熱狂的な自分を再構築しているようでした。そして人生最大の謎を解き明かすうち、物語の語り手としての自分に再び自信を持つことができるようになっていたんです」

16mmフィルムの柔らかな光に包まれた10代の自分を見て、サンディはいま何を思うのだろう。「当時の私の内側と外側には、大きな隔たりがあったのだと感じます。外から見た私は無表情でぼんやりとした女の子だったけれど、内側では抑えきれない野心と活力が渦巻いていた。自分がどれほどいつもアイデアとエネルギーに満ちあふれ、頭のなかに自分だけの宇宙を作り出していたかを思い出しました。でも当時の写真に映る私は、おとなしく自意識の強い人間に見えます。そのおかげで、忘れてはいけない、と思い直したんです。これだからどんな人のことも、見かけで判断しちゃいけないのよね、って」

シャーカーズ(消えた16mmフィルム)』はNetflixで公開中。

This article originally appeared on i-D UK.