「Ways of Seeing」:ジョン・バージャーの「ものの見方」

偉大な美術評論家として、また人々の心に触れる作品を生み出す小説家として活躍したジョン・バージャーがこの世をさった。人々のアートに対する“視点”に革命的転覆をもたらした彼の偉業をここに讃える。

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11 January 2017, 9:40am

誰しもアーティストに理想を抱いてがっかりした経験があるだろう。インターネットが普及した昨今では、アーティストたちの私生活までが私たちに向けて露呈されるからだ。アイドルもプライベートではやはり欲にまみれた人間であり、私たちは"それ込み"でアーティストを人間として見る試練を課されている——現代はそういう時代なのだ。

しかし、2017年1月2日にこの世を去ったジョン・バージャー(John Berger)は違った。彼の生き方は、彼が作り出すアートに負けず劣らず——彼のアートは彼の視点そのものだった。アートとは何か、アーティストとはなんたるかを見せてくれた彼に、今一度感謝したい。

バージャーは才能溢れる、頭脳明晰な、素晴らしい小説家だったし、革新的な美術評論家でもあった。バージャーの登場の前と後では、イギリス国民全体のアートに対する考え方がまったく違う。「彼がいたからこそアートを理解できた」と感じるひとも少なくないだろう。「アートの見方を教えてくれた」という偉大なる功績を遺したバージャーだが、彼は原理を大切にする人だった。生涯を通してマルクス主義を貫き、崩れゆく資本主義を厳しく非難する視点から生命と人生を考え、ひとびとへの慈悲から小説を書いた。この同情と慈悲の心こそがバージャーの特筆すべき点であり、この特徴をもって彼は現代きっての偉大なる知識人となった。彼は常に、民衆のための公人としてあり続けたひとだった。

もともと画家として活躍もする教師だったバージャーだったが、BBC World Serviceでアートを題材とした番組を受け持つとこれが好評を呼び、のちに『New Statesman』で美術批評家としてのポジションを得るに至った。1972年に放送され、現在に至るまでバージャーの代表作とされるBBCのテレビ4部作シリーズ『Ways of Seeing』は、彼がプロデュースから脚本、出演までこなした力作。当時の視聴者の多くが、今でもこの番組を通してヴィジュアル・アートと文化理論を理解したと公言してはばからない。番組の成功を受けて書籍化もされた『Ways of Seeing』(『イメージ−視覚とメディア』ちくま文庫)だが、このプロジェクトの素晴らしいところは、なんといってもその「シンプルさ」にある。不必要に謎めいた高慢な雰囲気を通して存在意義を主張しがちなアートと、それを助長するアート界を、バージャーは問いただした。穏やかで愉快な彼のオーラも手伝い、『イメージ−視覚とメディア』はそれまでアートを縁遠く感じていたひとびとをも引きつけ、アートを一般人の生活の一部にまで押し広めた。

『イメージ−視覚とメディア』はまた、それまで男性に支配されていた美術批評の世界への抵抗を打ち出した点でも画期的だった。バージャーは、今日もなお美術界に巣食う間違った認識を解明してみせ、アートでの女性の描かれ方を実に率直に訴えてみせた。女性のヌードに関して、バージャーはこう言っている——「裸になることは本来の自分になることである。ヌードであるということは他人に裸を見られるということであり、本来の自分を気づいてもらえないことである。裸の肉体がヌードとなるためには、まずオブジェとして見られなくてはならない」

バージャーは、アートにおける「身体」の扱われ方が、性差別文化の中で本来の文脈から逸脱してしまっていると主張し、「単なる性の対象として体が描かれている」と訴えた。私が初めてバージャーに触れたのは、彼がセルフィー(自撮り)に関して語った言葉だった。その言葉は「自撮りをするなど自惚れて」と男性が女性に対し発する言葉への非難だった。これは私の心に深く共鳴した。女性に外へ向けて自分の魅力を打ち出すよう促してきたのは男性ではなかったか? 女性は一体これまで誰に向けて女性性を誇張し表現してきたか——男性ではないのか?

バージャーはこの矛盾を実にエレガントに要約した。「男性は、目の前の女性に惹かれるあまり彼女の顔に塗料を塗り、"見てごらん"とばかりに手鏡を持たせておきながら、鏡を覗いた彼女に"自惚れだ"と言い、男性のために裸になった彼女に"道徳に背いた"などと放言する」と。女性を性の対象として消費し続けるかぎり、男性は、女性が楽しんで自撮りをすることを責められる立場にはないのだ。

バージャーのキャリアは繁栄に満ちたものだった。『イメージ−視覚とメディア』がメインストリームのカルチャーにおいて大きな成功を収めるのと時を同じくして、バージャーは小説『G』でブッカー賞を受賞した。彼は同賞の受賞スピーチで「この賞金、実はカリブ地域の人々との搾取的取引によってブッカー・グループが生み出している利益からきている」と発言した。彼はこの賞金を受け取り、半分は次作小説の制作費に充て、半分はブラック・パンサーのイギリス支部に寄付した。

1972年、バージャーは、彼がそれまでも度々コラボレーションを手掛けていた写真家ジャン・モアとともに『A Fortunate Man』を制作・出版した。『A Fortunate Man』は、バージャー自身も暮らしたことがあるグロスタシャーの村と、そこで村民の健康を守る医者ジョン・サソール(John Sasall)を追ったドキュメント作品。村民たちとの交流を絶やさず、彼らの健康に人生を捧げるサソール医師に、バージャーは「これが本来あるべき医師の姿であるはず」と心動かされた。医療に従事するうちに、人間の苦悩と贖罪という「答えのない問い」に直面し、以降ずっとその問いを胸に村民の医療にあたっている思慮深い人物としてサソールが描かれている。しかし、医者として医療を全うするサソールの向こうには、無情な現実も克明に描かれている。

『A Fortunate Man』の最後で、バージャーは、サソールという人間をその功績だけで測ることがいかに無意味かに気づく。「救われた命の価値について考える」とバージャーはいう。「重病患者に治療を施すということ——それは、例えば無名の詩人による上出来の詩が持つ価値などと決して比べられないものではないだろうか」と。

人間の身体と精神の不完全さを探るだけでなく、世界の僻地に暮らすことで人間の心に巣食う社会的・文化的孤独感についても見つめている『A Fortunate Man』は、多くの意味でとても悲しい作品だ。医師が自らの使命と村民に人生を捧げるさまを、バージャーは畏敬の念をもって克明に描写しているが、牙を剥く現実をもまた余すところなく文章に織り込んでいる。「患者が苦しむ姿に自らも苦しみ、手を尽くしても救うことができない現実に直面し、無力感に苛まれる」。医師を、読者である私たちも目の当たりにすることになるのだ。

『A Fortunate Man』は厳粛な作品だ。しかし私は、この作品こそがバージャーの真骨頂だったと考える。彼が人間に対して持っていたあくことなき好奇心は、この作品で聖なる領域にまで高められているし、彼が持つ慈悲の心は、この作品を社会学的フィールドワークから文芸作品にまで高めたのだ。私たちのような一般人には到底想像も及ばない世界に生きる人々への絶対的敬意——その真のヒューマニティこそが偉大な芸術作品を作り出すのだと、バージャーは身を以て証明した。彼は言語という手段を用いて彼の平等主義精神を存分に表現し、学問的知識や視点を持ち合わせていない、ともすれば芸術の世界から阻害されがちな多くの一般人に、「芸術」の真の姿を見せてくれたのだ。

アートは人間の生命の一部にあるものであり、決してそこから乖離した特別な世界ではないのだということを、バージャーは深く理解していた。人間がそれをそこにみとめられるだけの心を持ち、社会がそれをそこに感じさせてくれるだけの人間味を持ち合わせていれば、アートとは個人がそれぞれに自分という人間の生命の一部として共鳴できるものなのだ、と。

Credits


Text Megan Nolan
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.