「アイデンティティと多様性」:Vetementsの2017年秋冬コレクション

Vetementsがこれまででもっとも政治色の強いコレクションを発表した。「僕たちにはユニフォームを交換することによって、アイデンティティを移動させる贅沢が許されている」

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jan 31 2017, 4:52am

あの中年女性は誰だったのか?招待状にプリントされた一連のパスポート写真——あのソーシャル・ワーカーは、あの秘書は、あのパンクと婦人警官は一体誰だったのか?ヴァザリア兄弟がどのようにして、そしてどこからあれらの写真を入手したのか——モデルや俳優ではなく、一般人ばかりが主役となったVetements 2017年秋冬コレクションで、デムナ・ヴァザリアとグラム・ヴァザリアが訴えたかったのは、まさにその「誰?」という点にあった。冷たく事務的で殺風景なジョルジュ・ポンピドゥー国立美術文化センター館内で行なわれたショー。そこには、パリの日常が描かれていた。トレンチコートにドレスパンツを履いたパリ女性が、コーデュロイ・パンツにユーティリティ・ベストを合わせた年金受給者の前を颯爽と通り過ぎ、ライダース・ジャケットやテーラード・スーツに身を包んだビジネスマン風の男たちは、トラックスーツとベースボール・キャップというスタイルの低所得者層キッズには目もくれない。「大学の勉強では、社会学にもっとも興味があった。今シーズンは、社会に溢れているユニフォームや人々の着こなしへの僕の興味が爆発したもの」とVetementsのデザイナー、デムナはバックステージで明かしてくれた。「これまでも常にこの視点から創造をしてきた。でも今回はそれを強調して、ひとつひとつのルックをキャラクターとして掘り下げることにしたんだ。実は、ひとつひとつのルックにはキャラクターの名前も、ストーリーも考えてある。そういったストーリーが織りなして出来上がったのが今シーズンのコレクションなんだ」

デムナと、Vetementsのビジネス面を支える弟のグラム、そしてふたりのデザイン・チームとその仲間たちは、前夜までキャスティングに追われていた。Vetementsのショーはもはやカルト・イベントの様相だが、そのランウェイに、今季は友人や親を起用した。「このキャスティング方法で起用された人たちは、当然ながら様々な体型をしている。小柄なひともいれば長身のひともいる。それに合わせて最後の最後に服を調整しなくてはならなかった——そういう意味で、これはとてもオートクチュールなコレクション。学生だったときから考えても、こんな経験はしたことがなかった。興味深いプロセスになったよ」とデムナは振り返る。昨シーズンから、オートクチュールのスケジュールでコレクション発表を展開しているVetements。このスケジュール調整は、デムナがVetementsとBALENCIAGA両ブランドでの制作においてペースを保つことを可能にしただけでなく、ファッション業界に巻き起こる「シーズン・スケジュール改革」を推し進める結果も招いた。この日、披露されたVetementsのコレクションは、オートクチュールのスケジュールでウェディング・ドレスがショーのクロージングを飾りはしたものの、やはりオートクチュールではない。しかしながら、そのストリートウェアのあり方も、極められたテーラリングの世界観も、極めてオートクチュールに近いものではあった。オートクチュールとは、多様性とアイデンティティのコレクションだ。ChanelやDiorといったメゾンが作り出すクチュールは、顧客ひとりひとりに合わせて、クチュリエによってテーラリングされて出来上がる、世界にひとつしか存在しない作品なのだ。

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Vetementsでは、もちろんそのような服作りはしていない。しかし、今コレクションのコンセプトはそれに勝るとも劣らないものだった。「既存のアイテムの典型をVetementsの世界観とコンセプトに落とし込むのが今回のテーマだった。いたって平凡にしか見えないものにも、実はトリックが隠されている。それこそがテーマだったんだ。僕はこれまでもずっと過去に存在したルックを現代に蘇らせるということを実践してきた。今シーズンは、これまで数シーズンにわたり僕が作り出してきたものをひとつのコレクションとして総括した」とデムナは説明した。「今の現実世界では、アイデンティティが大きな意味をもつようになってきた。社会で起こるすべてのことは(良くも悪くも)、アイデンティティを通じて僕たちに影響する。アイデンティティは "仕事"、そしてその"ユニフォーム"を通して獲得されるもの。だけど、僕たちにはそのユニフォームを交換することによって、アイデンティティを移動させる贅沢が許されているんだ。ファッションは今も十分に力を持っているよ」。民主党から大統領選に出馬していたバーニー・サンダース。今季BALENCIAGAで、デムナはそのサンダースが選挙活動の際に用いていたグラフィックをもとに、新たなロゴを生み出した。そしてVetements——デムナは今季コレクションで、かつてないほどの政治色を打ち出した。これは「僕のコレクションは特定の政治的観点を打ち出したものではなく、すべては見る者・着る者の解釈に委ねられている」と強調してきたデムナにとって、大きな変化となった。

今季のVetementsコレクションには、見間違いようのない、強いメッセージが見てとれた。「ヨーロッパの国旗をジャガードで織り込んだものにニットのプルオーバーを合わせたあのルックは、ホームレスを描いたもの」とデムナは教えてくれた。また、迷彩服に身を包んだ兵士のキャラクターについては、「心では"こんなもの着たくない"と叫んでるんだ」と説明した。パンクのキャラクターは背中に「Queers Still Here」と大きくペイントされたレザー・ジャケットをまとい、ミンクのコートでショーのオープニングを飾った上流階級風女性は、それらの多様な人々の多様なあり方を白い目で見ることもなく、共存の姿勢を気高く打ち出していた。これがロンドンやニューヨーク、そしてパリのように多種多様な人々が調和のうちに生きる都市の姿なのだ。このコレクションは、現在世界各地に台頭している大衆主義に中指を突き立て、また外界で起こっている問題から束の間の現実逃避を試みていたオートクチュールの世界に活を入れた形となった。招待状からランウェイにいたるまで、ヴァザリア兄弟は今回のショーで統計データだけでは決して計り知ることのできない生身の人間の生命とアイデンティティを描いていた。

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Credits


Text Anders Christian Madsen
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.