Advertisement

タータン・ヒストリー:格子柄とパンク、政治の歴史

テリーザ・メイ英首相がVivienne Westwoodのタータン・スーツを着てジョニー・ロットンの真似をして幕を開けた2017年。秋冬コレクションでは、JUNYA WATANABE COMME des GARÇONSからFenty x Pumaまで、いたるところにタータンチェックが見られた。今あらためて、タータンとパンク、そして政治との関係性を振り返る。

by Anastasiia Fedorova
|
27 April 2017, 10:50am

Fenty x Puma fall/winter 17

タータンチェックをプリントした、くるぶしまで伸びるダウンジャケットに、同じくタータンをプリントしたボクシング・ショーツを合わせたスリック・ウッズ(Slick Woods)がランウェイへと現れた、Fenty x Pumaのショー——期待が高まっていたリアーナとPumaによるこのコラボレーション・プロジェクトだったが、そのショーは圧巻だった。イギリスのみながらず世界でおなじみとなっているタータンチェックだが、Fenty x Pumaのコレクションでは、バギー・パンツからミニドレス、膝上まで伸びるブーツのライニングにまで、いたるところにその存在感を主張していた。ゴスやヒップホップ、アイビー・リーグといった要素と融合させることで、そこにはタータンの新しい顔が見られた。それは、ファッションの歴史において幾多の困難を乗り越えてきたタータンがまた新たな高みに達したことを告げるとともに、タータンが今という時代にあってかつてないほどに意味を持つ「闘いのシンボル」だということを世に示した。

Fenta x Pumaのショーをみたイギリス人は、おそらくそこに親しみのようなものを感じたことだろう。ブラック・ウォッチと呼ばれるダーク・ブルーとグリーンのタータンは、ひょんなことから今年初旬にファッション界で大きな話題となっていた。テリーザ・メイ首相が、1月に、イギリスEU欧州連合離脱への確固たる決意を発表した際、Vivienne Westwoodのブラック・ウォッチ・スーツを着ていたのだ(デザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドはこれに関し、『The Today Programme』の取材で、「テリーザ・メイがわたしの作った服を着るのはかまわないけれど、わたしは彼女をすこしも評価してない。あのひとはおぞましい」と語っている)。メイ首相がとった政策は現代の若者たちからさまざまな好機を奪うものと懸念されるが、彼女がブラック・ウォッチを着たことでポップ・カルチャー好きは大いに沸いた。ブラック・ウォッチ姿のメイ首相は、1977年のコンサートでタータン・スーツを着ていたセックス・ピストルズのボーカル、ジョニー・ロットンと比較された。ロットンがイギリスのエリザベス女王を「ファシスト」と呼びながら、空のビール瓶を観客フロア後部に向かって投げた、あの伝説のコンサートだ。それぞれにまったく違う方法で、まったく違うものに反逆しているメイとロットンが、時を超えて共演を果たした。それは、イギリスがこの数十年にわたり世界に送り出してきた文化的産物のなかで、ヴィヴィアン・ウエストウッドが打ち出してきたパンクとファッションがいかに重要だったかを浮き彫りにするものだった。

Ashley Williams fall/winter 17

2017年秋冬シーズンは、タータンに溢れていた。Ashley Williamsはテーラード・パンツやドレス、キルトのようなスカートに、鮮やかな黄色や黒、赤だけでなく、よりニュアンスのある赤、ライト・ブルーなどのチェックを配した。今回のコレクションには、他にも、花柄、黄色のフーディ、カウボーイ・ハットが合わせられるなど、さまざまなモチーフが取り混ぜられていた。その世界観は底抜けに楽しく、世界のどの都市でもしっくりくるルックを作り上げていた。前衛的デザインで世界に広く知られるデザイナー、JUNYA WATANABE COMME des GARÇONSの渡辺淳弥は、これまでメンズでもウィメンズでも常にチェック柄を多くデザインに取り込んできた。今季コレクションは、鮮やかな色の髪に、ブーツ、フィッシュネット・タイツパンクなど、パンクを前面に出した内容でありながらも、サブカルチャーの文脈を超えて、繊細な脱構築の後に革新的シェイプで服を構築し直し、荒さの中にも儚さが香るタータン作品が多く見られた。Loeweでもタータンが見られたが、ここでもタータンは伝統的なシェイプや素材から離れ、スリーブや透け素材のトップスなどにディテールとして組み込まれていた。

今日のファッションにタータンを読み解こうとすると、ファッションがいかに伝統というものを再解釈し、咀嚼し、そして新たなものを作り出してしまうかが見えてくる。タータンには、実に込み入った政治的歴史がある。そして、その伝統の信ぴょう性にすら疑問が残る。わたしたちはタータンをスコットランドのものと考えがちだが、歴史を遡ればタータンの原型は中欧に見つけることができる。タータンがスコットランドに代々続く家系の家紋のような役割を果たすようになったのは19世紀に入ってからのことで、これは1815年にハイランド・ソサエティ(Highland Society)が、「明確な色分けがなされたタータンは、ヴィクトリア王朝時代から続くいくつかの家系特有のものである」という概念を打ち出したことに端を発している。

Junya Watanabe fall/winter 17

タータンの豊富なバリエーションは、主に地域ごとに固有の染料や織機の違いによって生まれた。「各地域に長く続く家系の家紋の役割を担う」と考えられたのも、「各タータンに用いられている色がそれらの地域でしか生み出せない色だったから」という背景によるところが大きい。そのようにしてスコットランド各地域の伝統装束となったタータンだったが、イギリス議会が1746年に「ドレス法(The Dress Act 1746)」を発令し、スコットランドはハイランド地域の伝統装束を着用禁止とした(この法は1782年に撤廃された)。当時、タータンを着用しているものは逮捕され、収監、もしくは追放の罰が課された。

Alexander McQueenのデザイナー、アレキサンダー・マックイーンは、そのキャリアを通して、黒、赤、そして黄色のみで作られた伝統のマックイーン・タータンを幾度となく用い、そこに、自らの体に流れるスコットランド家系の血と、スコットランドの混乱の歴史を訴えた。『Highland Rape(レイプされたハイランド)コレクション』とタイトル付けされ、大いに物議を醸した95年秋冬コレクションでは、利益にしか頭にないイギリスが19世紀にスコットランドのハイランド地域を一掃した歴史を、「レイプ」として描いた。「ショーのランウェイはギョリュウモドキ(ヒース)やワラビの葉に覆われ、マックイーン・タータンなども配した多くのコレクション・ピースには19世紀に女性が着ていた胴衣を思わせるデザインがなされていた。胸をあらわにしたタータンのジャケットや、体を包み込むようなタータンの胴衣には、"引きちぎられた"レースがあしらわれ、テーラリングには、無防備で繊細なハイランドのあり方と、その生態が外部からの野蛮な力によって無残に犯されたさまが表現されていた」と、ファッション学者のジョナサン・フェイアーズ(Jonathan Faiers)は、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されたAlexander McQueen回顧展に、言葉を寄せている。マックイーンはまた、1746年にハイランド地域でグレートブリテン王国軍とジャコバイト軍が繰り広げた"カロデンの戦い"をテーマに作った2006年秋冬「Widows of Culloden(カロデンの未亡人)」コレクションでも多くのタータンを用い、いかにタータンが商品化され、ファッションとして英国化されているかを訴えてみせた。

Alexander McQueen fall/winter 95. Image via blog.metmueseum.org

タータンがいかに英国化されたかをもっとも顕著に打ち出したのは、おそらくVivienne Westwoodの1993年秋冬「Anglomania」コレクションだろう。タータンのドレーピングがレイヤーを作るミニスカートが見られたほか、ヴィヴィアンの夫であり共同デザイナーでもあるアンドレアス・クロンターラーにちなみ「McAndreas(マクアンドレアス)」と名付けられたタータン生地を惜しみなく使い、大きなボリュームを生み出したガウンを、ケイト・モスがまとってランウェイに現れた。しかし、そこはヴィヴィアンだ。これは思慮に欠けた文化盗用などではない。彼女は70年代にパンクが誕生した当初から一貫してタータンを多く用いてきた。前夫のマルコム・マクラーレンがマネージャーを務めていたセックス・ピストルズや、彼女の店<SEX>のために服を作ることでキャリアを開始したヴィヴィアン——<SEX>は、今にも芽吹こうとしていたパンク・シーンの震源地となった。彼女自身、これまでにボンデージのアイテムをタータンのスーツに合わせたいでたちで、多く公の場に姿を見せている。そのスーツは、彼女が、テリーザ・メイのためではなく、ジョニー・ロットンのために作ったスーツを彷彿とさせる。

ヴィヴィアンが示した道に、誰もが続いた。現在のサブカルチャーに根づいているタータンの存在感は、ヴィヴィアン・ウエストウッドが築き上げたものといっても過言ではない。70年代のパンクから90年代のグランジにいたるまで、タータンは若者の怒りを表現するシンボルとして機能してきた。タータンには、権力者が持つ保守の姿勢と国家的伝統、そしてのどかな田舎のオーラがかすかに香る。だからこそ、それを壊して再構築することでそこに新たな意味を作り出すことができるのだ。いま、わたしたちは再び怒りに燃えている。だから今、タータン人気が再燃しているのかもしれない——無意識のうちに、反逆の歴史に共感し、それを反逆の軍服として認識しているのかもしれない。

タータンは、ミニマルでありながら派手でもある。否が応でもひとの目を惹くオーラを持つ一方で、無限ともいえるコンビネーションのなかで控えめに用いることもできる。だから今日のファッションにも適用できるのだ。これまでに幾度となく新たな解釈を加えられてきたからこそ、今後も歴史的・個人的両レベルで、新たな解釈が可能なのだ。Le Kiltの創業者でありデザイナーでもあるサム・マッコーチは、まさにその道を突き進んでいる。祖母がかつて彼女のために作ってくれたというキルトに着想を得て、マッコーチは、男性用の伝統的なタータン装束を、現代女性のマストアイテムに生まれ変わらせるべくデザインにあたっている。そこに織り込まれ、浮き上がるのはもちろん歴史だが、彼女がそれ以上に追求しようとしているのは、クオリティと耐久性、イメージ、そして未知数の可能性を持ったスタイルの柔軟性だそうだ。「ひとが服を手にとってそれをそのひとなりに着る——ストリートに見るひとたちが服をどう組み合わせて着るか——そういったことにいつも刺激を受けているんです」とマッコーチは以前語っていた。今日、タータンの精神が息づいているのは、やはりストリートなのだ。

関連記事:テキスタイルが伝えてきたもの:刺繍のメディア史

Credits


Text Anastasiia Fedorova
fall/winter 17 photography Mitchell Sams
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.