ファッションは私のキッチン:ベラ・フロイド interview

娘として、母として、ひとりのデザイナーとして—。インディペンデントである、ということとは。

by MAKOTO KIKUCHI; photos by Den Niwa
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26 December 2018, 11:06am

取材日、彼女はとても美しい赤のコートを着ていた。聞けば、自身のブランドのアイテムだと言う。「素敵ですね」と言うと「ええ、これお気に入りなのよ」と微笑んだ。落ち着いた穏やかな声に思わず聞き惚れてしまう。

「泣く子も黙る」という表現が正しいのかどうかはさておき、ファッション・デザイナーのベラ・フロイドについて語るのに、〈フロイト〉というファミリー・ネームを無視することはできない。精神分析の生みの親、ジークムント・フロイトを曾祖父に、イギリス人画家のルシアン・フロイドを父に持つ彼女は、1990年に自分の名前を冠したブランドをスタートさせた。キャッチーなフレーズをモチーフにしたニットウェア〈ワード・ジャンパー〉はケイト・モスやアレクサ・チャンといった「イット」ガール達がこぞって愛用したことで、今日ブランドを象徴するアイテムとして広く知られている。

ファッションデザイナーとしてキャリアを築き、現在は一児の母でもあるベラ。最近ではインテリア・デザインも多く手掛けている。底知れぬしなやかさと強さを兼ね備えた彼女は、我々に何を教えてくれるのだろう。

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——最新コレクションのルックブックを拝見しました。バイクレーサーのようなデザインが特徴的ですよね。

レース場にはこういうタイプの女の子達がいるわよね。ボーイッシュな服を来ているのに信じられないくらいセクシーでオーラがあるの。わかりやすい「女性らしさ」というのはあまり見えてこないのだけれど、彼女の魅力は十分伝わってくる。70年代であれば、レース場にいる女の子達はみんな、男の子を待っているだけなのかもしれないけれど、今はそうじゃない。モダンガールはただ待ってなんていないわ。彼女達自身がレーサーなの。

——胸元に「24時間」とフランス語で書かれたジャンパーやジャンプ・スーツが印象的です。背後にあるストーリーがとても気になります。

西アフリカのダカールに行ったときに目にした、「24時間」と書かれたジャンプスーツから着想を得ているわ。ガソリンスタンドを彷彿とさせるような、キャッチーなフォントだった。それがすごくいいなと思ったのよ。今の時代、何もかもがノン・ストップでしょう? 現代人はいつでも自分自身に燃料をくべることができるから。

——燃料?

私がここで「燃料」として捉えているのは、アートや文学、音楽といったもの。そこから得られるアイディアが自分のエネルギーになるの。

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——ブランドのシグネチャーのひとつである香水、〈サイコ・アナリシス〉(精神分析)についても教えてください。どうしてその名前を冠した香水を発表しようと思ったのでしょうか?

そうね……。言葉自体に意味があると思ったの。誰かが口にした瞬間、「一体どういう意味かしら」って考えてしまうような言葉でしょう? それできっと私は、他の誰かがやるよりも先にやるべきだと思ったの。ジョークみたいに聞こえるでしょうけどね(笑)。彼がイギリスに住んでいたのは亡くなる前の一年半くらいだけで、その時に彼が住んでいた家へ訪れたことがあるの。部屋には庭に面した窓があって、そこを開くとライラックの香りが漂ってくる。それで私は、彼が住んでいたときのことを想像したの。彼の持っている革製品や、木の家具、葉巻といったものが持つ男性的な香りと、そこに混ざり合う花の香り。キャンドルにはオレンジブロッサムの香りを使っているわ。まるでウィーンのような、マジパンとコーヒーの香りも一緒にね。

——キャンドルや香水に限らず、プロダクトデザインも幅広く手掛けていらっしゃいますよね。ライフスタイルとファッションの関係性はなんだと思いますか?

ライフスタイルとファッションはすごく関係していると思う。ファッションは、私にとってキッチンみたいなもの。ファッションにだけ心血を注いでいるというわけではないけれど、メディアとしてとても好きなのよ。キャンドルを作っているときも、キャンドルがファッションの一部になったらいいなとおもっていたの。でも香水作りはある意味違う。香水とファッションを結びつけたかったというよりも、香水をファッションと同じように捉えているわ。洋服と人を一緒に見る時に「この服の下にはなにがあるんだろう。中身はどんなだろう」って考えるでしょう? 香水も同じ。香水でも誰かのキャラクターを作りたいと思ったの。その香りを纏った人が、「この香りはなに?もっと知りたいわ!」って誰かに思わせるようなね。

——確かに、香水には何か特別な力があるような気がします。私が初めて香水を付けた時、なんだか一人前の女性になったかのような気がしたのを覚えています。

ええ、すごく分かるわ。それって自立心の獲得みたいなものだと思うの。私の父は香水を嫌っていて、初めて香水を身につけたときは、反抗心に近いものを感じたの。〈ジョイ〉という香りでね、とても古めかしくて女性らしい香りだったけれど、父に気を使って香水を付けない母に対抗するかのようで、すごく気に入ったわ。

——アイデンティティと香りが結びつく、というのは面白いですね。ただヨーロッパの人々に比べ、日本人はあまり香水を付けないような気がしますけれど。

確かにそうね。でもこれだけは言っておきたいのだけれど、特に英国では、みんなものすごい量の香水をつけるの。あれって最悪! 香りに攻撃されたような気分になるわ。だから私はもっとおだやかな香水を作ることを心がけているの。香りは自分を偽るのものではなく、自分の中にある何かをすこし引き出すようなものだと思っているわ。

——ご自身はこれまでにどんな香りを身に纏ってきたのでしょうか。

いちばん最初に付けたのは〈ジョイ〉ね、その次は〈フラッカ〉。とてもフレッシュで、詩的な香りなの。そのあとできたボーイフレンドが〈アビー・ルージュ〉を付けていて、私もたまに使っていたわ。そして最終的に私が落ち着いたのは〈アンバー〉。この香りは後にブランドのトレードマークにもなったのだけれど、大抵それを身につけているのよね。なんて言うのかしら……それはとても心地のいい香りで、すぐに消えてしまうの。あまり主張の強い香りは好きじゃなくてね。ずっと強い香りを嗅いでいなきゃいけないなんて、酸素を奪われたような気がしてしまうでしょう? ロクに息もできないわ。

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——ショートフィルムを用いてコレクションを発表されてきていますよね。ランウェイでショーをせず、そういった形でのプレゼンテーションを選んだのには何か理由があるのでしょうか?

ブランドを始めたばかりの時に、ショートフィルムをふたつ作ったの。理由は特にないわ。「映像を作ろう、きっとそれがいい」って思ったのね。それから10年が経って、「もうショーをやりたくない」っていう結論に至った。映像を作ったほうが、自分のアイディアを広げられるような気がして。私はコラボレーションそのものがすごく好きなの。自分のアイディアを第三者が解釈を通して見るというのがね。

——ジョン・マルコヴィッチとコラボレーションした作品もありますよね。

人に紹介してもらったことがキッカケで、「なにか一緒にやりましょう」という話になった。初めて一緒にショートフィルムを作った時、たしか彼は『マルコヴィッチの穴』の撮影を終えたばかりで、マルセル・プルーストについての映画にも参加していた。彼のスケジュールは忙しくて、2日間しかロンドンにいられなかった。とにかく私達は準備をしながら彼を待つしかなくて、一体どんなものが出来上がるのかさっぱり分からなかったの。ほとんど手探り状態ね。

——その時に撮影したのがデヴォン・アオキも出演している『STRAP-HANGING』ですよね。メイン・キャラクターの日本人男性にとても興味を持ちました。

あのストーリーは、ジョン・マルコヴィッチの案なのよ。ある日本人男性についての記事をGQ誌で読んだんですって。その男性は、津波をすごく恐れていて、波が押し寄せた時に通常の30倍に膨らんで浮き輪の代わりとなるパンツを作っていたの。ジョンはそれをテーマに映像を作ったら面白いんじゃないかって。それで私は「まあ、あなたはジョン・マルコヴィッチですし、あなたがそう言うのなら」ってね。でもコレクションのテーマそのものと、ショートフィルムのストーリーは全く別だったのよ。チャールズ・コレットのスタイルのような、第一次世界大戦中に人々が着ていたようなツイードをメインに使って。これ以上違うことってあるかしら。

——その後ジョン・マルコヴィッチと制作した作品でも、コレクションのテーマとショートフィルムのストーリーテーマを分けて作られたのでしょうか?

彼との3作目の作品として発表した『Hideous Man』ではショートフィルムに合わせた服を作ったわ。〈ワード・ジャンパー〉を作り始めたのはその時ね。ビート族の女の子達が、詩の朗読会に集まって講演者を待っているのだけれど、そのうちのひとりが「ゲンズブールは神(Ginsberg is God)」と書いてあるジャンパーを着ているの。


——ケイト・モスやアレクサ・チャンが愛用したことで、〈ワード・ジャンパー〉はブランドのシグネチャー的存在になりましたよね。今の時代、ファッションブランドがセレブリティに服を提供してSNSに投稿してもらうことで知名度をあげる、といういわゆる「インフルエンサー商法」は当たり前になりつつあります。この流れをどのように見ていらっしゃいますか?

私が人に自分のブランドの商品を送るのは、その人のことをよく知っていたり、すごく尊敬していたりするとき。でも考えてみると、誰かに商品を送って、「投稿してください」と言ったことは今までにないわ。たまに「ああこの人がウチの服を着てくれたら」と思うことはあるけれど、それもすべてその人への愛が根底にあるのよ。例えば、私はシャルロット・ゲンズブールが大好きなんだけど、一度も何かを送ったことはないわ。そう頼まれたことがないからね。でも、もし彼女が望むのであれば、喜んで送る。それを投稿してくれるかどうかは抜きにして、彼女への愛があるから。

——当時の「イット」ガール達が〈ワード・ジャンパー〉を着たのは自然な流れだったのですね。ブランドにとって極めてアイコニックな商品であるにも関わらず、〈ワード・ジャンパー〉は着る人にとって自分のアイデンティティを表現するツールになっているという印象があります。それは最初から意図されたことなのでしょうか?

確かに、ヒット商品を着ると、同じ服を着ている人を街で見かけるというのは避けられないことよね。それでも私が理想とするのは、その商品を着た人が「あら、これお揃いね。でもあなたが着るととても違って見えるわ」という感覚を持てること。例えよく売れている商品だとしても、着た人がその商品に愛着を持てるようであって欲しい。それに関しては、常に気を配っているわ。

——ご自身として、大量生産に関心はありますか? 有名なスポーツブランドや、ファストファッションブランドとコラボレーションすることについて、考えたことはありますか?

ええ、とても興味はあるわ。すごく面白いものができるような予感がするの。「大量生産」であるということが、必ずしも悪いこととは限らないでしょう。ただコラボレーションというものはデリケートなもの。生産の規模がどんなに大きかろうと、そこには真心がなくてはならないと思っているわ。本当に心からやってみたいと思うようなコラボレーションの方法があるのだとしたら、私自身すごく楽しんで取り組むことができるんじゃないかしら。

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——ファッション・デザイナーとしてご活躍される一方、10代の息子さんがいらっしゃいますよね。母である、ということはお仕事になにか影響を与えましたか?

突然何にも代え難いほどの大切なものができて、もちろん制限も生まれたわ。だけど、その制限の中で自分がどれだけやれるのかというのを追求するのは、とても刺激的なことよ。 子供が生まれたことで、仕事の仕方に変化が出るのは当然のこと。一日中ダラダラと仕事をしているわけにはいかないからね。でも私はデッド・ラインがある状態が好きなの。そのほうがずっと生産的な働き方ができるから。あなたが想像するほどに大変なことばかり、っていうわけでもないのよ。

——息子さんは今おいくつですか?

18歳。彼の成長を見るのはすごく楽しいの。彼が興味を持つものは、不思議と私が興味を持つものと被っていて。私はアヴァンギャルドの映画を見るのが大好きなんだけど、彼もそうなのよ。それは私からの影響は関係なく、彼が自然と興味を持ち始めたもの。自分の力で色々なものを探ってきたようね。それに彼はすごくいい審美眼を持っていて、私はそれをとても誇りに思うわ。

——以前別のインタビューで「フロイトの名前を背負うことは、ポップスターの娘であるより、よほど簡単」と仰っていますね。とても興味深いと感じました。

ファッション業界というのはとても競争率の高い世界。その中で、何かしら人の注意を引くような要素を持っていることは確かにその人にとってのアドヴァンテージとなり得るわ。そういう意味では、人に知られている名前を持っているということは有利なのかも知れない。それと同時に、人によく知られている名前を背負って生きる人は、一生懸命働いて結果を出さない限り「あの人はああいうバックグラウンドがあるのに、大したこと無いな」なんて言われてしまう。でも意外に思うかも知れないけれど、英国では〈フロイト〉という名前はそこまで浸透していなかったのよ。

——それは、意外ですね。

対して、イタリアに行った時、銀行員やらクリーニング屋やら誰もかもが「精神分析(psychoanalysis)」に夢中で、不思議に思ったわ。ともかく、私の育った国においてその名前はあまり浸透していなかったのよね。私自身は自分の仕事に没頭していたし、きちんと自立するためにたくさん働いた。その姿勢は、父から学んだわ。彼は完全に家から離れたところで自立していて、努力家だった。

——最後に、今後の展望をお聞かせください。

今、私はすごく自分のペースを掴めている気がするの。最近手掛けているインテリア・デザインのプロジェクトもとても楽しんでやっているわ。それ以外だと、映像制作や執筆にも興味がある。ファッション・ビジネスをテーマに何か書いてみたいの。私達のいる業界って本当はすごく面白いでしょう? だけど業界の外にいる人は、ファッションなんて薄っぺらくで、競争率が高くて、チャラいだけだと思っている。でも非常に興味深いのは、この業界の中には素晴らしい人間関係があって、忠誠心や気遣いもある。悲劇的な話もあれば、笑っちゃうような逸話もある。短編を書いてみるのもいいかも知れない。どんなものが書けるのか、探っているところよ。

www.bellafreud.com