〈m a s u〉がパリの空気に溶け込むとき
人種の坩堝・パリで暮らす若きアーティストたちは、自身のアイデンティティをどのように纏って、この街で暮らしているのだろう。〈M A S U〉デザイナー・後藤愼平が考える「人格と一体化していることの美しさ」に沿って、新たな可能性を秘めたパリの街で出会った人々に話を聞いた。
〈M A S U〉は、日常的に使われる日本語の「〜ます」という語尾を由来に、いつまでも人々の手元で愛されつづけるような”価値のなくならないモノを”という想いから、型の決まった服の長所や短所を考察し、その型や伝統を尊重しながら現代の空気を纏わせることをコンセプトに作られている。
文化服装学院卒業後、東京の隠れ家的ヴィンテージ・サロン〈LAILA〉に入社し〈セブン バイ セブン(SEVEN BY SEVEN)〉の立ち上げメンバーとして企画・生産に携わった後藤愼平。国内外の一流デザイナーたちのヴィンテージ服に囲まれた経験のなかで、袖を通した服の持つアイデンティティほど魅力を感じることはなかったのかもしれない。
今回、デザイナー・後藤愼平が向かったのは、パリ。嗅いだことのない空気のなかで彼の服がパリの若きアーティストたちの装いに溶け込んでいく。自己に対する意識や内面との対話、環境のなかで個々の装いは、どのようにつくられているのだろう。

バンビとグサヴィエ
—— 何をしている人?
バンビ:モデルで芸術史を学んでいる。映像作家で映画収集家。自分で撮った写真にペイントもしてる。
グサヴィエ:フォトグラファー(ほとんどフィルム)で、シネマトグラフィーとフォト・ディレクションを学校で学んでる。
—— 出身地は?
グサヴィエ:イタリアのボローニャという小さな街で生まれた。自由で美しい街。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
バンビ:彼とモンパルナスに住んでる。私は物を溜め込む癖があるから、アパートは大抵散らかっているんだけど、スタイリッシュでチャーミングなところ。
—— パリはあなたをどうインスパイアした?
グサヴィエ:もうパリに住んで6年になる。僕にとってこの街で自分の居場所を見つけるのは少し大変だった。というよりも、この街の美しさだけに捕われないように仕向けていたというか。
—— あなたがあなたらしくあるための3つの不可欠な要素は?
バンビ:写真、映画、枝豆。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
バンビ:いつでもドクター・マーチン。楽だから。
—— あなたのアイデンティティはどんなふうに服に反映されている?
グサヴィエ:“Noir c’est noir”
—— スタイルアイコンは?
バンビ:フランソワーズ・アルディは10代の頃から私のアイコン。全てが完璧。あとは、『アダムス・ファミリー』のウェンズデー・アダムスとフランスのミュージカル映画『ロバと王女』。
グサヴィエ:マルチェロ・マストンヤンニ。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
バンビ:動物虐待や過度な農業生産。小さい頃からベジタリアンだったんだけど、最近になって世界がより悪い方向に向かっていると気づいた。それに農業では環境や健康に良くない薬品をたくさん使っている。もちろん、気にしなきゃいけないトピックは他にもたくさんある。
グサヴィエ:マテリアリズム。想像の欠如。動物と人への虐待。
—— よりよい未来のためにできることは?
グサヴィエ:人々が逃避行できるためのアートをつくる。夢を与えて、インスパイアできるように。
—— あなたが最も幸せに感じるのはどんなとき?
バンビ:今日。エアコンが良く効いているから。
—— 今週末の予定は?
バンビ:たくさん映画を見て、写真をペイントする。
グサヴィエ:友達とショートムービーの撮影。
@bambivader and @xavier_tozzi_fontana

アレックス
—— 何をしている人?
フォトグラファーで映像作家。モデルをしたりヘンテコなデザインをしたり。ダンサーでもある。
—— 出身地は?
フランス北部にある小さな街、ランス。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
幼いころにパリの郊外、ノアジー・ル・グアンというところにに越して、ずっとそこに住んでいる。引っ越したことによってアートや、違うライフスタイルやダンス、ヒップホップに触れるようになった。綺麗な街。緑や噴水が至るところにあって、すごく穏やか……僕にとっては、ね(笑)。皆にとってそうってわけじゃない。荒っぽい土地だから。
—— パリはあなたをどうインスパイアした?
パリは文字通りメルティング・ポットで、いろんなカルチャーやライフスタイルがごちゃまぜになってる。アート的にも、文化的にも、建築的にも、圧倒されるようなものがパリにはたくさんある。いつも何かしらやることがあって、展示を見に行ったり、世界中の食べ物を食べたり、みんなでダンスしたり…… 宝の山だよ。
—— 最近ハマっていることは?
僕自身。今は自分のために時間を使うようにしている。
—— あなたがあなたらしくあるための3つの不可欠な要素は?
喜びのエネルギー、好奇心、オープンマインド。
—— ファッションのスタイルはあなたの個性にどう関わっている?
色を身につけるのが好き。例えば黄色はいちばん好きな色。喜びや幸福感、エネルギーや若さを表しているの。それに明るいしね。僕によく似合うんだ。大きなパンツやシャツを着るのも好き。どこでも飛んだりはねたりしているから、自由に動き回れる服がいい。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
5つの指輪は絶対につけている。そのうちの二つは母にもらったものだから、大切にしている。すごく意味のあるものなんだ。シルバーの指輪は間違いない(シルバーしか付けない)。家にいるときや寝るとき以外は常に付けてる。
—— スタイルアイコンは?
デヴィッド・ボウイ、マイケル・ジャクソン、プリンス。彼らがどのくらいユニークかっていうのは説明不要。アイコニックだ。
—— クリエイティブに生きることは、あなたやあなたの仲間たちにどう影響している?
すごく意味がある。それにより自分たちが本当に感じていることを表現できる。自由な感性を引き出してくれるし、心地良いんだ。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
アート業界でもっと黒人が活躍すべきだということ。僕たちの声に耳を傾けて欲しい。僕たちの存在を当たり前のものとするために、声をあげる必要がある。
—— あなたが最も幸せに感じるのはどんなとき?
自分のまわりにいる人たちが成功して目標を成し遂げているのを見ること。
—— 今週末の予定は?
家族と過ごす。

マガイヤ
—— 何をしている人?
女優でフィルムメーカー。
—— 出身地は?
パリとニジェールの首都、ニアメ出身。パリ……まだこの土地が自分にとってどんなところなのかは分からない。ニジェールは私にとっての心であり、血。第三の故郷は父が住んでいるギリシャ。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
母とパリに住んでいたんだけど、LAに引っ越して、2年前にまた戻って来た。いつでも旅行中なの。
—— パリはあなたをどうインスパイアした?
古い建物はどれもミステリアス。パリは外国人が作り上げた神話のような場所だから。たくさんの文化と歴史と、過去の植民地支配……「愛の都」だからって良い所ばかりとは限らない。
—— 最近ハマっているものは?
ラブ、アイデア、シューベルト。
—— あなたがあなたらしくあるための3つの不可欠な要素は?
駆動、忠誠心、狂気。
—— ファッションのスタイルはあなたの個性にどう関わっている?
流行っているからといってなにかを買うことはない。それでも流行もので自分が好きだと思うものがあれば、なるべく被らない色を選ぶ。例えばね。
—— あなたのアイデンティティはどんなふうに服に反映されている?
心地よさ、エレガンス、自信。
—— スタイルアイコンは?
ナイジェリアのジャーナリスト、Rahmatou Keïta。「シック(chic)」についての理解がある。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
西洋の国はアフリカ諸国などの国を侵略し、そこから利益を得るのをやめるべき。
—— よりよい未来のためにできることは?
正直できちんと考えのある人たちと協力していくこと。数よりも質で勝負すること。
—— 今週末の予定は?
書いて書いて書きまくる。

エリアス
—— 何をしている人?
〈GooDirtySound〉っていうアンダーグラウンド・コレクティブのDJ。たまにモデルもする。
—— 出身地は?
1993年のパリの郊外生まれ、場所はワイルドなところ。ストリートアート(グラフィティやタトゥー、音楽、ラップ、ダンス、その辺りを嗅ぎ回ってる警察)の型破りなやり方を教えてくれた場所。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
カルチャーがミックスされている場所。昼夜を問わず美しい。
—— 最近ハマっていることは?
仲間たち、自由、トラップ音楽。
—— あなたがあなたらしくあるための3つの不可欠な要素は?
敬意、愛、そして家族。
—— あなたの個性と服はどう関わってる?
服は言語だ。「ドレスコード」なんて今はもうなくなっているけれど、コミュニケーションの手段ではある。ルールは気にしない。どんなバックグラウンドもインスピレーションもスタイルも、すべて受け入れる。
—— あなたのアイデンティティはどんなふうに服に反映されている?
オーバーサイズの服を着る。ドクターマーチンの靴にジョギングパンツを合わせるのも好き。なんでも好きなものを着ればいい。
—— スタイルアイコンは?
エイサップ(A$AP Rocky)、トラヴィス・スコット。
—— よりよい未来のためにできることは?
人を助けて、もっとオープンであること。人がどう思おうと自分の力で考えること。
—— 今週末の予定は?
クロアチアに行ってフェスでDJする。

エラスレッド
—— 何をしている人?
アーティストのAokigaharaと一緒にラップをしたり、ペイントをしたり、MVを撮ったり。第一弾の企画を9月にリリースする。
—— 出身地は?
アフリカにあるガボンという国の首都、リーブルビルで生まれた。6歳のときにフランスにやってきたんだけど、家族の多くがまだそこに住んでいる。リーブルビルは、僕のルーツだ。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
パリの郊外にある公営住宅に住んでいる。そのあたりに住むほとんどの人は貧しいし、警察はちょっと乱暴だけど、コミュニティはすごく自由だし、つながりを感じられる場所。黒い石でつくられた建物があって、変わった建築が見られる魅力的なエリア。
—— パリはあなたをどうインスパイアした?
メランコリーな冷たい雰囲気が好きで、ものすごい寂しさを感じる。カルチャーがミックスしていて、それがパリの色を濃くしている。昼間と夜のコントラストがはっきりしてるのもいい。パリのニヒルでハチャメチャなところにインスパイアされる。
—— ファッションのスタイルはあなたの個性にどう関わっている?
服を着る上でもっとも大切なのはその人の持つカリスマ性と自信。それらはスタイルに光りを当ててくれる。ヴィンテージやお下がりの服を着ることが多い。その服が自分の手に渡る前にストーリーがあるから好き。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
兄にもらったチェーンネックレスとゴシックマンガっぽい指輪。
—— スタイルアイコンは?
カート・コバーン。着飾りすぎることがなくて、いつでもチルで自由。あれが本当のグランジでパンクでカリスマだ。
—— 仲間たちの存在は、クリエイティブに生きることにどう影響してる?
俺たちは自分たちのアートや音楽で食べていけるようになりたいと思ってる。プランBはない。この2019年に、希望を持ちすぎることは危険なことだけど、今のところはそのリスクを背負うことにしている。
—— よりよい未来のためにできることは?
キザに聞こえるかもしれないけど、音楽なんじゃないかな。音楽とアートが僕を救ってくれたから。
—— あなたが最も幸せに感じるのはどんなとき?
アフリカに戻ってお母さんと家族に会うとき。一度もアフリカを訪れたことのない弟も連れて行きたい。

ヒューゴ
—— 何をしている人?
服飾学生。コメディアン。フリーランスのスタイリスト。
—— あなたが住んでいるところはどんなところ?
とんでもなくとっ散らかっている街。カラフルで暴力的で、詩的。道に迷うと気分がいい。
—— あなたがあなたらしくあるための3つの不可欠な要素は?
反乱、美学、ユーモア。
—— ファッションのスタイルはあなたの個性にどう関わっている?
私のファッションスタイルは不思議な組み合わせだってみんな言う。ファンタスティック・ウォーリアーの祭司と90年代のビッチがハイファッションのクチュールと出会って、細身のウェストとパワーショルダーの服を着てる。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
指輪。ものすごく重要なディテール(って言う程ディテールじゃない)。優雅な銀の淑女が私の手の動きに光を照らす。人を催眠術にかけるのに便利。
—— あなたのアイデンティティはどんなふうに服に反映されている?
誘惑と楽しさとパワーを注ぎ込むことで。
—— スタイルアイコンは?
リアーナ! 何事をも恐れない。彼女こそ本当のカメレオンでセクシーでファニー。彼女に飽きることなんてない。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
オリジナルじゃない意見だけど、環境問題はもっと考えるべき問題。ファッション業界では特に。今の状況への理解を持たずしてファッションに関わろうとするなんて理解できない。服を作るのに環境に優しい方法を探さなかったら、あんたの仕事つづかないよ!
—— よりよい未来のためにできることは?
アートは人をインスパイアするものだからこそ、未来への責任がある。すべてのアーティストが何かを守るためにその才能を使うべき。
—— あなたが最も幸せに感じるのはどんなとき?
牡蠣を食べているとき!

ポール
—— 何をしている人?
私と赤の他人が一つ屋根の下で一緒に暮らす様子を記録する〈ザ・ウィークリー・リレーションシップス〉っていうプロジェクトを進めてる。使い捨てカメラと、デジタルカメラで撮影していて、来年に発表する予定。
—— 最近ハマっていることは?
日本のシューゲイズ。〈マス オブ ザ ファーメンティング ドレッグス〉を四六時中聴いてる。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
矢沢あいの『NANA』に影響されて、ヴィヴィアン・ウェストウッドの指輪はいつも付けてる。守られてる気分になるから。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
最近はアポロフォビアが気になる。哲学者のアデラ・コータイナが名付けた「貧困層への嫌悪」という概念。
—— よりよい未来のためにできることは?
環境や人と人とのかかわり合いにおいて、僕らはポジティブな側面を選ぶべきだ。日々ベストを尽くして、可能なときにはそこにさらに何かを加える。自分の行動で家族や友人たちをインスパアできるという希望を持つことが大切だ。そうすれば、自分が間違っていると気付いたときに、お互いに話ができる。一緒に成長していくことができる。
—— あなたが最も幸せに感じるのはどんなとき?
手紙を受け取ったとき。

オディール
—— 何をしている人?
モデルでアートディレクター、グラフィックデザイナー。
—— あなたをあなたらしくさせる三つの要素は?
食事、睡眠、愛。
—— ファッションのスタイルはあなたの個性にどう関わっている?
自分が好きだと思う服、自分が好きなものに関係しているものを着るだけ。「自分のスタイルじゃないから」と言って勇気を出さないのは残念なこと。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
着心地のいいパンティーがなきゃ外に出られない。
—— スタイルアイコンは?
FKA Twigsかな。彼女自身をとことん表現してる。
—— 最近声をあげるべきだと感じているトピックは?
たくさんあるけど、人権問題と戦っていくことは今もこれからもすごく大切なこと。たくさんのストーリーが、私たちが平等からいかに程遠いのかってことを物語ってる。
—— よりよい未来のためにできることは?
沈黙のかわりに、声をあげること。

サム
—— 何をしている人?
エレクトリック音楽プロデューサー。アナログの機械を使ってインダストリアルのドラムコアの中間のような音楽を作ってる。モデルもしてる。
—— 出身地は?
ベルサイユ出身だけど、10代はほとんどスペインで過ごした。いろいろな所を転々としてきたから故郷っていう場所はこれといってない。
—— 最近ハマっていることは?
音楽に新しい楽器を足したりしてエクスペリメンタルなものをつくること。
—— その日のスタイルに限らずいつも身につけるものは?
いつも黒の大きなサングラスをつけてる。ジュエリーは好きじゃない。
—— 自分のアイデンティティはどうやって服に反映されている?
数年前まで服には全然無頓着だった。マルジェラのショールームモデルをしたことがきっかけで、ファッションを理解するようになった。ジョン・ガリアーノを知ったのもこのとき。それで少しオープンになれたかな。

ユングG
—— 何をしている人?
マーケティングビジネスの修士課程を終えるところ。クランプダンスを13年続けている。モデルもたまに。
—— 出身地は?
パリの10区で育った。世界でいちばん美しい都市だ。
—— パリはあなたをどうインスパイアした?
ダンサーとして、ものごとを観察するのが好きなんだけど、身の回りのものすべてからインスパイアされる。パリにあるさまざまな文化的要素をダンスや自分の生活のなかに取り入れるんだ。
—— あなたをあなたらしくさせる三つの要素は?
家族(彼らのおかげでいまの自分がある)、ダンス(これのおかげで僕の人生はつまらないものにならない)、友達(兄妹みたいなもの)。
—— 自分のアイデンティティはどうやって服に反映されている?
ファッションの犠牲者じゃないけど、自分が着るものには気を遣う。たいてい黒。内向的な性格だからね。
—— スタイルアイコンは?
ジェイデン・スミスかエイサップ・ロッキー。どちらかを選ぶならジェイデンかな。彼の大胆さが好きなんだ。
—— 仲間たちの存在は、クリエイティブに生きることにどう影響してる?
クリエイティブに生きていると人生に飽きない。好きなことであれば、何をしているかは問題じゃない。やる気に満ちていて好奇心旺盛な人たちが周りにいて、僕はラッキーだ。刺激になる。

Credits
Photography Asuka Ito.
Styling Celine Laviolette.
Hair and make-ups Takai.
Casting Director Louise Lila.
Models (from top) Bambi, Xavier, Alex, Magaajyia, Elyas, Erasered, Hugo, Paul, Odile, Sam, Young G.
Special Thanks Shinpei Goto from M A S U.