Pixerama, San Francisco, copyright eBoy

コム デ ギャルソンを魅了したネットアート集団:eBoy

インターネットの登場で生まれた新たなアートの素材となったピクセル。川久保玲を魅了する彼らが、インターネットとアートの関係、やさらに技術が進歩した現代でピクセルアートにこだわる理由を語る。

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maj 22 2018, 11:00am

Pixerama, San Francisco, copyright eBoy

2018年春夏コレクションで、川久保玲は18世紀以前の巨匠や現代作家による10点のアート作品を拝借し、現代的なモザイクプリントをつくり出した。彼女はそのコラボレーションを「多次元のグラフィティ」と呼び、それをアヴァンギャルドなドレスに落とし込んだ。巨大で立体的なスリーヴのコートドレスには、ステファン・マルクスによるモノクロのデジタル画がマンガ風のドームとなって、ロンドンを空のように覆っている。ドレスの上の街は、90年代にドイツのネットアート集団〈eBoy〉によって描かれたもので、100万ピクセル以上を使ったそのディテールは色彩豊かで人目を引く。

「いま最も魅力的なブランドのひとつと関わることができて、すごく感動した」と、その集団のメンバーであるカイ・フェルメール(Kai Vermehr)は言う。「私たちがやっていることを認めてくれたみたいだ」というのは、もうひとりのメンバー、シュテファン・ザウアータイグ(Steffen Sauerteig)。eBoyがギャルソンと組むのは2度目。2012年に、彼らのもうひとりのメンバーであるスヴェント・シュミタル(Svend Smital)を加え、COMME des GARCONSのために2Dのピクセル風景画――eBoyは“ピクソラマ”と呼んでいるーーで表現されたパリの絵を作成、それをモチーフにCOMME des GARCONSは巨大なスカーフを制作したのである。「少し離れて見ると、まるで命を吹き込まれたかのように見えるんだ。柄みたいにも見えるけど、ユニークだし反復的な要素もない」。ブランドとうまくやっていける理由を聞かれて、フェルメールはそう答えた。「でもCOMME des GARCONSのアートへの関わり方、ステファン・マルクスの作品との組み合わせ、そしてデザインこそ、この服をこんなにも美しく見せるいちばんの要因だね」

Photography Mitchell Sams

Paul SmithやDKNYといったブランドともコラボしてきたこの集団が結成されたのは、1997年。メンバーがベルリンに住んでいたころだ。「あのころはいつもビースティ・ボーイズを聴いていて、エレクトロに夢中だった。だから“eBoy”という名前をつけたんだ。ドメインもまだ使われていなかったから、買ってね」と、49歳のザウアータイグは話してくれた。彼らはさらに、eBoyは90年代のアートに対するDIY的アプローチなのだと言う。当時は画廊やキュレーター、コレクターがそのアートにイチかバチか賭けてこない限り、アーティストになるのは難しかったのだ。

「仲介者が必要だったし、人や予算しだいってところも気が滅入ったね」とフェルメールは当時を語る。「そしたら、インターネットという魅力的なものが登場して、誰もがアクセスできる、オンラインの展覧会ができるようになったんだ」。そうザウアータイグは付け加えた。彼によると、ネットの暗黒時代が始まる前に、彼らは初期の電子書籍を作って流通もしていたという。

Pixerama, London, copyright eBoy

ネットが普及し出すと、eBoyはHTMLを学び、黎明期を迎えたごく小規模の90年代“ネットアート”の波に参入した。短命に終わったこのムーブメントの源流には、ダダイズムやコンセプチュアルおよびパフォーマンスアートがあるのは明らかだ。「ネットアートはコミュニケーションやグラフィック、Eメール、文章やイメージを支持しながら、それぞれを参照し、また融合させる」と、ネットアートの歴史家であるレイチェル・グリーン(Rachel Greene)は『アートフォーラム』誌に寄せたエッセイ「Web Work: a history of Internet Art」の中で書いている。グリーンによれば、ネットアートは実世界における物質由来もしくは市場ありきの作品や「“視覚の”美」ではなく、ネット上の会話なのだという。
冷戦後の90年代、ヤエル・カナレック(Yael Kanarek)やJodi.org、ヴーク・コジッチ(Vuk Ćosić)のようなアーティストたちは、慣例化されたアートや政治を批判するための場としてネットを活用した。1997年に、コジッチがドクメンタXのウェブサイトをハッキングして、美術館の作品をアンディ・ウォーホルのキャンベルスープ缶に変換したり、ポール・セザンヌの『カード遊びをする人々』シリーズをネット上で無料公開したことはよく知られている。

eBoyがネットアートの素材にピクセルを選んだのは「スクリーン上で操作できる一番小さい要素」だからだと、53歳のフェルメールは説明する。「それぞれのピクセルは、それ自体が美しいオブジェだ」と彼は信じているのだ。「それにほかのピクセルと組み合わせるのもすごく簡単ーーそいつに取り組むのは本当におもしろいんだよ!」そして彼はこうつけ加えた。「ピクセルをほとんど使わなければ、制約が浮き彫りになる。そうすると抽象概念を考え、探し出さなければいけないーー本質的には、内省と理解の方法だね」

eBoys Berlin, copyright eBoy

eBoyは、ローテクなデジタルドットを使って複雑な都会の風景やキャラクターの肖像画、進化したシムシティのようなポスターを作ることでその名を知られるようになった。彼らのもっとも野心的な作品は、COMME des GARCONSのドレスに描かれたロンドンのように、ピクソラマで描いた都市の姿だ。その理由のひとつに、ピクソラマは永遠に終わらないというのがある。現実の都市が変わり続けるように、eBoyは彼らが「モジュール式アプローチ」と呼ぶ手法を使って、電子都市に人や場所を書き足していくのである。そこから想起されるのは、プレーヤーが自身の素晴らしい新世界を作り出すという、初期のネットゲーム文化の精神だ。

「僕らの描いたロンドンを見せると、一人ひとり違った感想を持つ」とザウアータイグは言う。「そして都市の素晴らしさは、現実の都市には何百万人という人間が関係し、彼ら自身の小宇宙を変えていくところにある」とフェルメールは加える。「ベランダに飾るものを変えたり、家が壊されてトランプが持ち主になり、同じ場所に醜い豪邸が建てられたりね」。つまり彼ら――ベルリン、ニューヨーク、東京をはじめ、そのほかいろいろな国際都市をピクセルアート化してきたーーが言いたいのは、そこに住む人々やその周囲のものにまつわる大小さまざまな出来事が作用しながら、都市が進化していくダイナミズムなのだ。

eBoyの作品「Baltimore Docks」は、ボルチモアの港を拡大したつくりになっている。川には「believe」と書かれたコンテナを運ぶ平台船が浮かび、マンガ本のようなイメージが、未来的に表現されているのだ。彼らによってデジタル化されたこの街の川岸には工場が立ち並び、彼らがつくり出したキャラクターがそこで働いている。10年前、eBoyはボルチモア港のピクソラマに登場するキャラクターのフィギュアを販売していた。「最初のものはアメリカの玩具会社KIDROBOTとのコラボで、下部、中央部、上部に分かれた小さなフィギュアだった」と、50歳のシュミタルは解説する。「見た目もすごくかわいいし、実際にキャラクターに触れられるんだ」

RedBull Music Academy Qrion, copyright eBoy

eBoyが結成されてから約20年、テクノロジーがピクセルの可能性を押し広げた。私たちが今日スマホやパソコンで見ているものは、インターネット技術の進歩によって現実のように見える「ピクセルの集合体」に他ならない。しかし、eBoyはネット時代の初期段階にあった単純化されたピクセルにこだわり続けている。彼らのレトロアートは、かつてあったものへの哀愁や自らの内なる可能性を想起させ、急進的で大衆化されたネットアートのエートスを呼び起こすのだ。

「テクノロジーは大きく変化したけど、僕らはいまだに最初のころ学んだスキルを磨き続けている」そうシュミタルは話す。「ピクセルが魅力的なのは、それがモジュールの典型のようなものだから」とフェルメール。「それこそ、アートの真実のようなものだね」

Pixerama Baltimore, copyright eBoy