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長島有里枝 インタビュー 3/3 「写真とテキストの関係」

BySogo Hiraiwaas told toAtsuko Nishiyamaphotos byEiki Mori

写真家・長島有里枝にC.I.P. Books主宰の西山敦子がインタビューを敢行。part3は、写真とテキストの関係、自分の「好き」を疑ってみることの大切さ、世の中にあふれる「自由」幻想について。最後には、若きアーティストたちへのアドバイスも。「わたしたちは言語的な説明がない写真をどう見たらいいか、実はよくわかっていないと思います」

part1はこちら:長島有里枝 インタビュー 1/3「フェミニズムと工夫」
part2はこちら:長島有里枝 インタビュー 2/3「作り続けること」

——作品自体に言語化できる意味や価値があるのか、というお話に通じるかもしれませんが、最近は作品の制作日誌を公開されていますよね。『about home』と『縫うこと、着ること、語ること。』については、それぞれ制作の記録を「すばる」誌上と、KII+O:(デザイン・クリエイティブセンター神戸)から刊行された冊子の形で発表されて。私はギャラリーで『about home』を拝見して、そのあと『すばる』で『テント日記』を読みましたが、作品の印象が変わるくらいに日記にいろんなことを踏み込んで書かれていることに衝撃を受けました。お母さまとの共同制作過程を綴る中に、家族の中でのこと、お母さまが抱えてきた葛藤のこと、制作時のことだけではなく、過去からの今までの長島さんご自身の家族への様々な思いも編み込まれていて。長島さんの感情の面でも色々な過程と段階を経てあのテントができていったと知った後では、作品が少し違ったものにも感じられました。制作過程を文章にして発表することで、作品そのものから得られる印象とはまた別の側面があることを公にしたい、という思いがあるのでしょうか?

そうですね。自分の作品にとっては、制作の「成果」として展示される作品そのものと同じぐらい、その制作過程や背景にどのようなことがあるのかということが重要だと思っています。「表象」のレベルに到達した作品っていうのは、ひとつの側面でしかないと思っているというか。その裏にあるものにこだわるのは、おそらく女性の仕事のありかたがまさにそのような「表象に値しない」あるいは「そのレベルに到達しない」ものだと見なされて無視されてきたことと、大きな関係があります。
それから、最初の作品が激しく誤解されたということも大きいです。写真は視覚表現だから見たものがすべてです。けれど同時に写真は言葉に流されやすくもあります。私の作品は内包されるフェミニズム的な主張のことが強調されて語られがちですが、他にもいろいろなことに取り組んでいて、その一つが写真と文字情報との関係性です。例えば、写真の中に文字があると、読んでしまいませんか? もし写真の中の文字がヒンドゥー語で書かれていたら読むことは断念しますが、少なくともそこがおそらくインドであろうことを自分は理解したと思ったり、「外国っぽい、素敵!」と思ったりもする。本当は「うんこ」って書いてあるかもしれなくても(笑)。どうしても、人はイメージの中に文字情報があれば、それを読むことで自分が直面しているシーンを理解したいと思いがちです。これは可逆的にも言えて、写真がしばしば挿絵としての役割を果たすことなどがそうです。雑誌、新聞、絵本……さまざまな媒体で、写真は文字情報の真実性を裏付けたり、強調したり、理解を深めたりするのに使われています。一般的に、わたしたちは言語的な説明がない写真をどう見たらいいか、実はよくわかっていないと思います。
このような写真と言葉の関係はずっと作品のテーマとしてあって、『SWISS』と『背中の記憶』で同じ写真に2つの別のテキストをあてがってみたり、植物園でラテン語の学名で書かれた名札と一緒に展示されている花を撮影したシリーズ(『名札付きの植物』)を制作したりしてきました。最初の作品が思いもしない受け取られ方をしたことへの反省もあって、自分が何をしているのか、ちゃんと説明しなくちゃいけないと思っています。コンセプトを明確にするというのは、留学していたカルアーツ(カリフォルニア芸術大学)の教育方針の主軸でもありました。写真に限らず、アートが世界共通言語だというような考え方にも疑問を持っています。自分が言いたいことはほんの少ししか伝わらない、というのを大前提に作品は制作しています。だから、必要であれば、伝えたいことを伝えやすい技法、写真だけじゃなくて文章や立体作品で伝えることに違和感はないんです。

《Tent》〈家庭について/about home〉より 2015年 発色現像方式印画

——ではむしろ初めから、日記を公開することありきの作品でもあったわけですね。

実家に実家にしまいこまれていた古着や古布を使って作ったテント、といっても大体の人は「へぇー」と思うだけでしょう。中に入って、服から家の匂いがして怖かったよ、なんて言ってくれる人は普通よりちょっと繊細な人。テントは可愛い、きれい、とも言ってもらえます。それはそれですごく嬉しいし、私が目指したところでもある。でも、あのテントは『テント日記』に書いたような家族の歴史がなければ制作されることはありませんでした。
『テント日記』の中にもありますが、家族は「家」という閉ざされた空間の内側に問題や秘密を隠し、最終的にはもみ消そうと長らく努力したんです。でも、結果的には母も私も病気になって、家族も決裂寸前になってしまった。そこでようやく、努力のベクトルが間違っていたことに気づいて、事態にきちんと向き合おうと思うわけです。20年以上経ったいまも、家族でよく話をします。二度とああいうことが起きないようにしたいとそれぞれに思い、お互いが努力を重ねてきました。
あくまでもプライベートなことだし、できれば誰にも知ってもらいたくないことだと本当に長いあいだ思い続けてきたし、いまもそう思って怖くなります。私の記憶と母の記憶には異なる部分もあって、どっちが正しいかはわかりません。母は私が書いたことすべてに合意してはいないけれど、自分と娘は別の人間で物事の見方が違うこと、さらにこれは作品であって真実である必要がないのだということをわかってくれています。だから、『テント日記』の中のエピソードはあくまでフィクションだと私は思ってます。
作品は、見たい人だけがある程度の労力を使って手に取ればいいと思う。だからネットでは公開しないし、『テント日記』も文芸誌に掲載してもらいました。あの日記を出すのはすごく勇気がいることだったから、どこで発表するか、どのくらいの人がそれを読むのか、考えずにはいられませんでした。

——本当に、どれほど勇気のいることだったか、と感じました。その上で、誰もが読める形ではなく、求める人が探し出せるようにかなり考慮されて日記を発表した、ということだったんですね。

だって読みたくない人もいるでしょう。

——作品の背景とか作られた過程にあるものを読みたくない、という意見が出ることもかなり意識されていたんですね。それは日記の内容を含めて、でしょうか。

芸術の価値基準を決めてきたのが男性である以上、『テント日記』のようなことは「女の領域」であり、価値あるものの外に位置づけられてきたと思います。ある男性に「そこまで言葉で説明しなくていい」と言われたとき、やっぱり知りたくないし、関わりたくないんだなって思いました。俺の知らないところで女たちが勝手に片付けておくことじゃないですか、家で起きている問題って。その問題も、突き詰めれば「俺」の至らなさなわけだから目を逸らす。そこに関わりたくないから余分に仕事をして、帰りが遅くなるとか。男性が支配している社会ならば、読みたくないという反応が起こっても不思議ではない気がします。家庭内のもろもろが秘密にされるのは、それが男性を傷つける恥だからです。でも、それは私じゃなく、彼らの向き合うべき問題。私は自分の問題に取り組むことしかできません。

《Rose and Wood Turner》〈家庭について/about home〉より 2015年 発色現像方式印画

——「よくぞこれを外に出してくれた」と思う人もたくさんいるはずですよね。

絶対にいます。少なくとも私と母はそう願ってます。

——「知ってもらいたい」という願いがあるからこそ、ですもんね。

わかってほしいからこそ母も、そもそも私に話して聞かせたんでしょう。掲載後も、母は自分のしたことについて混乱している私との話し合いに何度も応じてくれました。「これを読んで救われる人が絶対いるよね」と言って励ましてくれます。自分たちが経験したような悲しみを、「家のことだ」「プライベートなことだ」と、もっともらしい言い方でなかったことにされて泣いている人が、いまもどこかにいることを私たちは知っているし、その人にこの作品が届くといいなと思います。

———そういう意味で、言えないけれど同じような経験をしている、してきた人たちにとっては、書いて外に出してくれた、共有してくれた、という感覚があったと思います。

実際の家族や友人を被写体にした作品が多いからか、私が扱っているのは私だけの個人的な問題だと考える人がいます。あれを書けたのは、私や私の家族があけすけな性質だからだろうと思う人たちがいるし、デビュー作となった家族の写真もそう解釈されることが多いんです。でもそういう人は、問題を自分から切り離したい人なんだと思う。やっぱり防衛本能が働くというか、私の問題を社会の、ひいては自分の問題として共有したくない人たちはいると思います。だから、そういう人からすると『テント日記』は母親の悪口を書いたひどい娘の手記としか読めないかもしれない。でも、母とは、わたしたちが経験した問題は自分たちの何かが特別ダメだから起こったわけじゃない、という話をずっとしてきました。母はリベラルで前向きで、自由とフェアなことを愛する人だから、自分が恥ずかしがって沈黙することでもっと悪いことが誰かに起きるなんて耐え難いと思ってるんじゃないかな。

——それはまさに「個人的なことは政治的なこと」ですよね。

そうです。その言葉を知らなくても、そういう行動ができる人はいるってことです。

〈家族〉より 1994年 発色現像方式印画

——個人的なことは政治的なことなんだ、「悪いのは自分」と思いがちだけど実はそれは社会の問題だったり、抑圧構造だったり、これまでにも続いてきたものに関係があるのではないか、という視点を持つことは以前より少しずつ広がっているような印象があります。海外のポップ・カルチャーからフェミニズムを知って、という影響なんかもあると思うのですが、私より10歳とか15歳若い人たちと話したり、書いたものを読んでそう感じることも多くなってきています。とはいえそれが当たり前になっているのはごく一部かもしれない、とも思いますが。今の日本に住んでいて、表現活動をしていこうとする若い世代の人たち、特に女性のクリエイターやアーティストに向けて、何かアドバイスはありますか?

アドバイスというか大丈夫かなと思うのは、例えば、女の子だけのイベントがあったとして、そこで「女の子のカルチャー」と言われているもののベクトルが割とステレオタイプ化しているときとか。「魚拓集め」とかは含まれない感じというのか……。

——そのカルチャーに含まれているものに、多様性が感じられないということでしょうか?

私たちの中にも「女性らしさの表現ってこういう感じ」っていう偏見があるんじゃないかなと思うときがあります。だから女性のデザイナーさんはクライアントさんが「ターゲットは女性だからピンクを使って…」と言ったら、戦ってほしい。あなたが黄色がいいと思うなら、「女子は黄色も好きです!」って言って。女性誌はサンリオ特集をするけれど、超合金特集はしませんよね。私はキキララの便箋と同じぐらいゴールドライタンの超合金がほしかったけど、女の子だから買ってもらえなかった。サンリオ特集も嬉しいけど、超合金特集もあれば読みたいです。なんて言ったらいいんだろう、この感じ……。でも最近はそのことがすごく気になっています。

——個々人が選び取ったと思っていても、あらかじめバイアスがかかっていることがまだまだある、ということですね。そういうものをなくしていくことはできると思われますか?

女の子だから超合金は買わないよねっていう教育を受けていることに、意識的になることかな。ちょっと難しい話になるかもしれないけど、自分が好きなものって自分が本当に好きなものじゃないかもしれないんです。赤ちゃんのときにトミカが大好きな女の子ってめちゃめちゃいるんですよ。だけど物心ついたときに「あんた、男の子みたいな子だったのよ」っていう語られ方をされたりすると、それはもう女の子のカルチャーじゃなくなっていますよね。だから自分が選び取ったものでも既存の価値観によってそうやって語り直されて、自分でもそういうものだと思い込まされているかもしれないってことも少し考えるといいかも。

——自覚的になって、意識してほしいと。

そう。特に女性誌の編集者とか、グラフィックデザイナーみたいに作って発表する立場の人は。私たちの生み出すものって若い世代の女性に見られているし、影響も及ぼしうるから。いちから自由に選んだ結果として女子のカルチャーがピンク系統になったわけじゃないっていうこと。これは本当に私の好きなものじゃないかもしれないって自覚しながらやってほしいなって思う。単に、女の子相手ならこういうのがウケるでしょう、というんじゃなく。

《Onion》2005年 発色現像方式印画

——「いちから自由になってものを作ろう」と心がけて取り組んでほしい、ということでしょうか?

自由にはなれないの。だから自分は自由なわけじゃないんだっていうことを知った上で作るのがいいと思うんです。女に対するステレオタイプとか不理解とか、偏見とか束縛とか、いろんな条件のなかで右往左往して、たまたまここに来れたわけだから、あたかも自分が自由に選んでここにきたっていうふうに、それが女性の解放だって思わないでほしいなって。

——本当にそうですね。でも「私は自由だ」と思いたい部分もありますからね。

思いたい! 私は好きでこれをやってます、と言いたいけど、でもそれはやっぱり大事な何かを隠蔽しますよね。なんとなくやってみようかなと思って始めたら引き返せなかった、っていうのが人生というか。生きるって結構、その程度のことなんじゃないかなと思って。だからそんなに自由にならなくてもいいんじゃないの、って思う。

——「そんなに自由にならなくていい」という言葉には、逆にすごく解放感がありますね。絶対に自由にならなきゃ、というのもある意味でしがらみというか、「自由」と「個性」に呪いみたいに縛られるようなこともあるように思うので。それは、この現代社会においては女性たちはどんな生き方も自由に選び取れる、というまやかしのようなものにも通じますね。

あれは何かを売りつけようとする広告だもん。

——もちろんこれまで道を切り開いてくれた女性たちのおかげで、選択肢はすごく広がっていて。だからこそ、女性とか男性とか関係なくもうなんでもできるでしょ、と思わされてる部分がある世代なんですよね。でも、そんなことない。

そこですよね。やっぱりそこに気づいたでしょう、子どもを産んだときに。「あれ、聞いてたのと違うな」って思ったでしょ(笑)?

——「これはあまり誰も教えてくれなかったな」とは、確かに思いました。

そうなの。「これからは家庭も仕事も」とか「わたしはもっと欲張りになる」とか、そういう女性誌的なキャッチコピーを鵜呑みにしていた。そういう言葉は生きる希望だったし、勇気の源ではあったんだけど、実は両立や子育てって本当に大変だし、雇均法ができても世の中の構造は相変わらずだってことを隠蔽する役割も果たしてしまっていたんだなってよくわかった。

——子どもを持って働いたり、物を作ったり、そんなことは当たり前にできることにしとかなきゃいけない何かがあるからですよね。それができないのは個人の問題、というような。「そんなことないよ」って誰かが伝えてくれていたのに、私が話を聞いてなくて届かなっただけかもしれないですが(笑)。モヤモヤしていました。

ほんと辛いですよね。私、自分の言いたいことばっか喋る面倒くさいばばあみたいに作品作ろうかな(笑)。いまは必要だって思ったら誰でもネットで探せるし、 そのときそこにあればいいだけだから。若い人に言いたいことなんて特にないの。息子にも、ああしろこうしろとか特にないしなぁ。高校生にもなると、もう言うことなんて聞きゃあしないしね! アドバイスなんかしても無駄、っていうか、聞いてねえし(笑)!

part1はこちら:長島有里枝 インタビュー 1/3「フェミニズムと工夫」
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長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。
2017年9月30日(土)〜11月26日(日)
東京都写真美術館 2階展示室
休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館)