"Pearls and snake", 360x120cm, 2020. Art by Inès Longevial. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.

ヌードを通して女性の複雑さを讃えるイネス・ロンジェビアルの肖像画

裸婦画で知られるフランス人画家が、色彩への愛、パンデミックが創作に与えた影響、〈女性らしさ〉という言葉が内包する複雑さについて語る。

by Emma Russell; translated by Nozomi Otaki
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27 January 2021, 3:17am

"Pearls and snake", 360x120cm, 2020. Art by Inès Longevial. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.

1日のなかで生きられる瞬間が決まっているとしたら日没を選ぶ、とノスタルジーに満ちた女性の肖像画で知られるフランス人画家イネス・ロンジェビアルはいう。暖かな光が満ち、空に赤、オレンジ、黄色、ピンク、青みがかった紫が優しく溶け合い、影がひとり歩きを始める……。彼女はこの一瞬にオマージュを捧げ、パリのギャラリーKetabi Projectsでの個展を〈Before the sun sinks low(太陽が沈む前に)〉と名付けた。

 そこで展示されたのは、幼い彼女が絵を学んでいたときに描いた作品に似た、女性のむき出しの身体や顔を夕日のような柔らかな色合いで捉えた作品。幼い彼女にとって、自分が描く大人の裸の女性は「子どもの幻想」であり、「思い描いた未来に投影した自分自身」だったという。

しかし、それは年齢とともに変わっていった。今のイネスは、日々の生活や感情の記録、内なる葛藤や喜びとは相反する表情のクローズアップなど、自身の現実を描いている。

 「女性であるということが、私のアイデンティティの中心になっている」とイネスは語る。「これは自分にとってのいちばん魅力であるだけでなく、いちばん褒めたたえたい部分でもある」彼女は母親から姉妹、祖母、おば、従姉妹、女友達まで、人生で関わりのあるすべての身近な女性に目を引かれるという。イネスにとって、彼女たちは「魔女で、妖精で、魔術師」、すなわち彼女がじっくり観察し、違いを尊重し、知識や意見を求める神秘的な存在なのだ。

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"I got your back", 162x130cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects

イネスの作品が女性らしさや女性の持つ力を讃えているのは明らかだが、それが作品の代名詞として使われることに対しては、彼女は懐疑的だ。「女性らしさという言葉は、偏見に満ちた時代遅れな概念やイメージに矮小化されやすいので、私にとっては罠のようなもの」と彼女はいう。

 「私自身、女性らしさという言葉を体現しているとは思えない。自分の身体に違和感を覚えたり、内面と外見が食い違っているように感じることもある。女友達や姉妹、母を見ても、女性はみんなとても強い存在だけれど、いつも自分のイメージに疑問を持っていることがわかる。なりたい自分と期待されるイメージの違いを恐れている」

 社会はあまりにも長いあいだ、華奢で、美しく、受け身で、依存を求め、他者を慈しみ、深く共感する女性像を強いてきた。功績ではなく、外見や子育ての能力で女性をジャッジしてきた。

 フランスのフェミニスト、理論家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールも、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と社会の本流が女性に求める高い水準や画一的なイメージを指摘している。

 さらに1960年代はじめ、ベティ・フリーダンは著書『新しい女性の創造』で「女性性の文化的イメージの劇的な変化」を呼びかけ、それは女性の社会進出に必須だと主張した。しかし、有害な女性らしさを解体するための闘いは、21世紀になった今も続いている。

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"Concrete Sky", 85x120cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.

「恐れてばかりいるのではなく、自分の個性を大切にし、個性が与えてくれるパワーを感じるべき」とイネスは訴える。鎖骨を柔らかく照らす光から顔の半分を覆う影まで、彼女の短く滑らかな筆致は、物思いにふける女性を生き生きと描き出す。彼女たちの突き刺すような視線は力強く、揺るぎなく、迫力に満ちている。

 イネスの肖像画は、彼女自身の言葉を借りれば「まるで身体が風景であるかのように」、ほんの一瞬の表情の本質を捉える。特定の人物からインスピレーションを得る代わりに、彼女は色から創作のヒントを得るという。「色を食べたり、キスしたり、愛撫したり、舐めたりしてみたい。さまざまな色のなかでの生活が、私を覚醒させ、突き動かす原動力になっている」

 イネスが生まれ育ったフランス南西部の田園風景は、まばゆい光に満ちていた。今住んでいるパリで彼女にとっていちばんの悩みは「ライトブルーのデニムみたいな色合い」だという。「夕日ですら赤くないの」と彼女は強調する。

 イネスが影響を受けたのは、パブロ・ピカソの自由なセンスと常に変化し続けるスタイル、そしてパワフルで官能的な女性を描いた作品で知られるアルゼンチンのシュルレアリスム画家レオノール・フィニだ。

 さらに、スペインの映画監督ペドロ・アルモドバルの女性への注意深いまなざしと色づかいを尊敬し、ジョニ・ミッチェルやレナード・コーエンなどの曲に慰めを見出し、THE STROKESのヴォーカル、ジュリアン・カサブランカスの名言に感化されたという。

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Photo courtesy of the artist and Ketabi Projects

「私が好きなのは、2回聴くと印象が変わる曲。最初はハッピーで楽しい印象を受けても、2回目は憂うつで意味深に感じられる、そんな曲」

 「好きになるものは何でもそうかもしれない。最初に気づいたのはひとの表情で、いろんな気持ちにすごく敏感な子どもだった」

 自身のスタイルを発展させるなかで、イネスはInstagramで30万人を超えるフォロワーを獲得した。しかし他の現代のアーティスト同様、SNSの世界で生きていくのは簡単なことではない。

 「みんな待っているからインスピレーションや作品を投稿しなきゃ、と感じることもある。ひとに会いたくないのに、どうしても出席しなきゃいけないパーティーみたいな感じ」

 目標はあくまで絵を描き続けることで、ブランドを生み出すことではない、と彼女は明言する。「私の作品は時流やイデオロギーとは何の関係もないし、それに縛られることもしない。やりたいことをやるだけ。自由であることが私の唯一のルールなの」

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"Velvet Ground", 85x120cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.

パンデミックのさなか、イネスは8ヶ月を費やして過去2年の生活と仕事のスクラップブックを制作し、2020年11月に『Longevial』というタイトルで自費出版した。彼女のメモ、落書き、歌、おみやげ、写真とともに、スケッチや絵画を時系列順に収めた1冊だ。温かく、ノスタルジックで、すべてを包み隠さず語る本作は「読者に秘密の箱の中身を見せているみたい」と彼女は語る。

 2020年は不安に満ちた1年だったが、マンハッタンの花からベトナムの派手なネオンカラー、ロンドンの「私は深く考えすぎる」と書かれたポストイットが貼られたフライドポテトまで、本作は不思議で奇抜なもの、観光地や辺ぴな場所を楽しげに映し出す。

 ニューヨークで絵を描き、アトリエを構えるという夢を短期間で実現したばかりの彼女は、その新たなアトリエで、『Longevial』の作業を進めたという。

 「最初はこの悲しくて憂うつな世界で絵を描くのは難しかった。でも、徐々にそういう日常が当たり前になっていった」とイネスはパンデミック下の創作を振り返る。

 「夏が始まって2、3ヶ月は無気力に過ごしたけれど、ここ数ヶ月はもっと大変だった。絵は描いているけれど、すごくフラストレーションが溜まる。あまり眠れなくて、夜中に200回くらい目が覚めてしまう。私の絵は日常と切っても切り離せない。どんな生活を送っているかが、描くものと深く結びついているの」

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"Extra Love_Tiny Hate", 195x130cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.
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"The sun of Fire 1", 162x130cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.
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"The sun of Fire 2", 162x130cm, oil on linen, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.
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"Pearls and snake", 360x126cm, 2020. Courtesy of the artist and Ketabi Projects.

イネス・ロンジェビアルの個展〈Before the sun sinks low〉は2021年1月19〜29日までパリのKetabi Projectsにて開催。11月に出版された『Longevial』はこちらで発売中。

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