唯一無二の場所だった80年代のニューヨークのストリート写真

ヘイゼル・ハンキンが、長年アーカイブに埋もれていた未公開のストリート写真について語る。

by Miss Rosen; translated by Nozomi Otaki
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03 August 2021, 3:54am

1960年代のブルックリン、ミッドウッドで育ったヘイゼル・ハンキンは、十代でマンハッタンに移り住むまで世間の荒波を知らずに生きてきたという。「より広いニューヨークの本当の姿が明らかになりました。良いことばかりとは限らない、少し怖い街だけれど、エネルギー、興奮、可能性に満ちていた。あの頃は社会的、政治的にも大いに混乱していた時代でした」とヘイゼルは振り返り、彼女の世界観に影響を与えたものとして、解放運動、反帝国主義運動、急進派フェニミストのコンシャスネス・レイジング(意識高揚)団体を挙げた。

ブラックパンサー党やヤングローズが人権を求めて闘うなか、ヘイゼルは、正義の大切さは住む場所と同じくらい基本的なものだということを痛感させられた。「当時のニューヨークは無理なく暮らせる街でした」と彼女は回想する。「それなりの収入で暮らせたし、仕事もたくさんあった。アーティストでもアクティビストでも、いろんなことに挑戦中の若者でも、少しの稼ぎで活動することができたんです」

two boys leaning against a railing, one blowing bubble gum
Two boys, Park Slope, Brooklyn, 1977

16歳で高校を卒業後、ヘイゼルはニューヨークの大学プラット・インスティテュートに進学するが、家庭での問題が大きな負担となったため、退学を余儀なくされる。「一緒にアパートを借りていた友達のミシェルは、私たちが18歳のときに家から逃げてきたんだと話しています」とヘイゼルは笑いながら、プロスペクトパークのフラットブッシュ門の近くでの生活を懐かしく振り返る。

勉強を続けることを決意したヘイゼルは、昼間は会社に勤めながらブルックリン・カレッジに入学、夜間コースで絵画と写真を学ぶ。当時の現代アートの世界は写真を排除しており、その流れは20年も続いた。専門職としては認められなかったものの、1日の午後だけでポートレート、ドキュメンタリー、フォトジャーナリズム、ストリートフォトを自在に行き来できる写真という媒体の流動性は、ヘイゼルをはじめ多くのアーティストを魅了した。

two men, one holding a bottle of gatorade and tensing his arm muscle
Muscle-man and friends, Park Slope, Brooklyn, 1978

ヘイゼルは20歳で結婚するが、夫との離婚を決めたとき、自分のスタジオがないことに気づく。再び人生における大きな選択を迫られ、彼女は絵画から写真へと大きな方向転換を行う。ニューヨークの〈フォトリーグ(社会正義の問題に焦点を当てた写真家グループ)〉のメンバー、ウォルター・ローゼンブラムとバーナード・コールに師事するなかで、ヘイゼルは世界に一歩踏み出しさえすれば作品をつくれるという事実に解放感を見出した。

「カメラを持ってあちこち出かけるようになりました」と彼女はいう。「ニューヨークは写真を撮るのにうってつけの街ですが、自分をストリートフォトグラファーだと思ったことは一度もありませんでした」。行きつけの場所はパークスロープ、プロスペクトパーク、ローワーイーストサイドで、1日のうちに全部を回ったという。

1976年に勉学を終えたヘイゼルは、その同じ年にフォトジャーナリストとして最初の大きなチャンスを掴む。アクティビストとのコネを通じて、ヘイゼルは『The Guardian』紙(英国紙ではなくニューヨークの左翼新聞)の写真部員/フォトエディターのジョージ・コーエンと知り合い、彼が取材できないときに代役を務めるようになる。さらに同じ年、ヘイゼルはシカゴのPrairie FireとWeather Undergroundが主催する急進派団体の1週間にわたる会合〈Hard Times Conference〉を取材する機会を得る。

a group of young women and one man sat on concrete blocks
Teens, Co-op City, the Bronx, 1976

運が巡ってきたかのように、『ニューヨーク・タイムズ』紙と『ビレッジボイス』紙も取材記事で彼女の写真の使用するようになり、ヘイゼルのキャリアは軌道に乗り始める。「自分もプロのフォトグラファーになれるかも、と思いました」と彼女は語る。「挑戦してみることにしたんです」

仕事と並行してニューヨークのストリートの生活も記録し続けたが、その大半はこれまでずっとアーカイブに埋もれたままだった。「ここに写る場面やひとは、ニューヨークの日常の一部に過ぎませんでした」とヘイゼルは今まで公開されることのなかった写真について語る。「いろんな意味で、私はそれを当たり前のものと考えていました。でも時が経つにつれ、私が撮った写真は新たな意味を持ち、これまでとは違うかたちで心に響くようになった。この写真は歴史の一部になったんです」

「世界がどんなに変わっても、人間という存在、つまり私たちが何者で、何を必要としていて、何を大切にするかは変わらないということに、写真は気づかせてくれる。写真に写るひとを見て、今どんな生活を送っているのだろう、とよく考えています」

ヘイゼル・ハンキンの写真は、女性ストリートフォトグラファーの作品を集めた初の写真集『Women Street Photographers』(Prestel出版)に掲載されている。

two men dancing and roller skating
Skate dancers at Park Circle Roller Disco, Brooklyn, NY, 1978
a man and woman dance in front of people sat by the river
Hangout at Hudson Piers, NYC, 1980s
kids playing in an abandoned and derelict lot
Kids play in abandoned lot, Lower East Side, 1980s
a salsa band perform to a group of people on the street
Neighborhood salsa band performance, Lower East Side, 1976
a keith haring illustration on the wall of a subway station
Keith Haring public art, NYC subway, 1984

Credits


All images © Hazel Hankin

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